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… 「片側の未来」番外☆菜花編その2 …
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 その時、あたしの耳は外部の音を全て遮断していた。

 頭の中が徐々に霞がかっていく。岩男くんがあたしに触れているから。十本の指の先が輪郭を捉えて包み込んで、耳たぶをかする中指。どこで傷つけたんだろう、新しい絆創膏が貼ってあった。それだけで、もういっぱいになってるのに。

 あたしの唇をふさぐもの。これ、本当に岩男くんなんだろうか? もっとがさがさしているのかと思ってた。こんなにしっとりして暖かくて…優しい。でも、目を開けて確認することなんて、恥ずかしくて出来っこない。微かな震え、ぴくぴくっと伝わってきて、くすぐったいよ。あたしが震えているの? それとも岩男くん?

 内側から心臓の音が響く。頭の中で反響する。首に回した腕から伝わる体温。思ってたよりも熱い。

 どこか、遠いところに沈んでいくのかな。ふたりきりでどこまでも行くのかな。嬉しいな、岩男くんと一緒なら。


「…っ…!」
 しがみついてた腕がするりと抜けた。我慢したけど、もう限界だった。あたしは岩男くんから顔を背けると下を向いて、けほけほと咳き込んだ。

「菜花ちゃん…?」
 すごく情けなくて、もう顔を上げることなんて出来ないと思っていたのに。それでも岩男くんはあたしの背中をさすりながら、そっと囁く。耳元に掛かる息。もうどうしていいのか分からなくて。我慢しないと、泣いちゃうよ。

「…どうして? 息を止めてるから、苦しいんでしょう? 鼻で呼吸するんだよ、こう言う時は」

「え…?」
 見上げた自分がどんな顔をしてるかなんて、もう分からなかった。せっかく、岩男くんがキスしてくれたのに、一分でも一秒でも長くくっついていようと思ってたのに。苦しくて、自分から離してしまったのが情けなくて。

 それを。数学の公式を読み上げるみたいに、冷静に指摘しないでよ。

「そんなこと…頭、回らなかったもん」
 ただ、側に行きたくて、側に行くならくっつきたくて。それはあたしにとって当然だった。でもどうやったら上手く行くかなんて、考えるゆとりはとてもなかったもの。

「いっ…岩男くんこそっ…。どうしてそんなこと、知ってるのよ…」

 言いかけた時にまた、唇が触れ合う。やだ、目を開けたまんま。もう恥ずかしさは最高潮だ。あたしは顔も耳も真っ赤になっていたと思う。当たり前みたいにリードしてくる岩男くんが信じられない。

「そりゃあ…ちゃんと勉強してるから」
 あたしから離れた岩男くんの口が、ちょっと上向く。嬉しそうに笑わないで、何がそんなにおかしいの。

「女の子と違ってね、男はきちんとしてないとみっともないだろう? それくらいのことは誰でも知ってるの…もしかすると、こんな風にいきなり迫られたりすることもあるんだから」

「うっ…」
 もう、顔なんか見てられない。気が付くと下を向いちゃう。もしかして、岩男くんって初めてじゃないの? あたし、そのまんま初めてなのに。今の今まで気付かなかった、岩男くんに彼女がいるかもしれないなんて…どうして、考えなかったんだろう?

 あたしの知らないところで、岩男くんはもうとっくにハッピーでらぶらぶで。だから、あたしのことなんて、迷惑以外の何者でもなかったの? …それなのに。ああん、あたしってば、馬鹿馬鹿っ!


「…菜花ちゃん」
 それなのに、岩男くんは。ものすごくやさしい声であたしの名前を呼ぶ。そのまあるい響きに、うっとりしてしまう自分が情けない。

「今度は、ちゃんと途中で離してあげるから…おいで」
 岩男くんが近づくのが空気の熱さで分かる。前屈みになって、そして、あたしの顎に手を掛ける。漫画で見たみたいな流れるような仕草。導かれるままに背中を伸ばして、そしてゆっくりと目を閉じた。

「ん…っ」
 さっきより深く重なり合うのは、角度が違うから? 半開きの口元から出てきたのは、もしかして舌? それがしっとりとあたしの唇を辿る。自然にぎゅっと口を閉じちゃう…くすぐったい。恥ずかしいよぅ。もう、姿勢を保っていられなくて、手探りに岩男くんのTシャツを握りしめた。きっと伸びちゃう、許してね。

 くっついたり離れたり。上の唇と下の唇を交互についばまれて。岩男くんが器用に動く。うなじと背中に回された手のひらがあたしを確かめるみたいに動いて。そして、だんだん呼吸が合ってくる。気が付いたら、岩男くんのリズムに合わせて上手に反応出来るようになっていた。

 …もう、余計なこと、何も考えられない。あたしは自分の身体が透明な繭になってしまった気がした。そして、身体の中を徐々に満たしていくもの…岩男くんの存在。あたしはもう全身が岩男くんになっちゃう。されるがままって…こんなことなんだなと思った。


「…あ…」

 腕が解かれて、岩男くんの熱さが目の前から遠ざかる。その時に初めて、あたしの耳に夏の音が戻ってきた。鳴き始めのひぐらしの声、遠くの車のクラクション。自転車のブレーキ。…じんじんと熱を残したあたしの唇。もう、岩男くんの顔は見られない。きっと、見たら泣いちゃう。我慢出来ない。

 あたしは触れ合った岩男くんを少しでも長く感じていたくて、両手で口元を覆った。

「岩男くんっ、…あのっ…」
 この瞬間に、逃げ出してしまいたくなる衝動と戦いながら、あたしは最後の力を振り絞っていた。だって、岩男くんはあたしの我が儘を聞いてくれたじゃないの。あんなに嫌がってたのに、必死でお願いしたら、我慢して。だから、…ちゃんとお礼を言わなくちゃいけないと思う。

 きちんと呼吸を整えて、出来る限りの笑顔で。岩男くんを最後に見つめるなら、そんな風に特上のあたしでいたい。岩男くんの中に綺麗な姿で残りたい。膝に下ろした手でスカートをぎゅっと掴んで、それからせいの、で顔を上げた。

「岩男くんっ…ありがとう。あたし、嬉しいよ…お願いを聞いてくれて、本当に嬉しい…」
 とびきりのぴかぴかの笑顔でそう言えた。でも岩男くんがハッとした目であたしを見たから、言葉が止まってしまう。


 もうおしまいなんだ、約束したんだから。一度きりだって、もう絶対に我が儘言わないって…そう言ったんだから。ああん、どうして、そんな風になっちゃうんだろう。自分で決めたのに、一度だけ、初めてのとっておきのために。そして、それが叶ったのに。

 好きだったから、ずっと好きだったから。一緒にいたかった。岩男くんの彼女になって、公園でデートしてボートに乗って、駅前のソフトクリームショップでクリームチーズのソフトを食べるんだ。指を絡めて、表通りを歩く。もちろん学校の行き帰りだって一緒。図書館で勉強して、お昼は手作りのサンドイッチで。

 …そして。

 いつか、港の見える公園の観覧車に乗って、夕日に照らされるてっぺんまで来たら、キスするんだ。そうやって出来た恋人同士は永遠に幸せになれる。そんなの迷信だよって…きっと笑うだろうけど、やってみたかった。ずっと側にいたかった。


「あ、あのねっ…あのねっ…。でもっ、ごめん。あたし、岩男くんのこと、やっぱり好きなのっ…ううん、いままでよりもっと好きになっちゃった。身体の中から岩男くんが溢れてきそう…」

 あたしの言葉を聞いてるのに、岩男くんは無言だ。何にも言わないで下を向いてる。どんな顔をしているのかももう分からない。その輪郭が、だんだん滲んでいく。泣いちゃいけないと思うのに、涙がまた溢れてくる。

「ご、ごめんっ…今日はもう帰るねっ…! ほんと、もう、こんなことしないから、安心して。好きだけど…もう、迷惑、絶対にかけないから。すぐには出来ないけど…あたしだってきっといつか…」

 新しい恋が出来るのだろうか? 岩男くんのことを忘れられるほどの素敵な人が現れるのだろうか? …無理だと思う。だって、岩男くんは…あたしの全てだったから。安心させてあげたいけど、きっと無理だと思った。


 岩男くんが顔を上げたその時、あたしは弾みをつけて立ち上がった。もう、こんな顔は見られたくない。岩男くんに嫌な女だって思われたくない。

「な、菜花ちゃんっ!!」

 ふすまの方に歩き出そうとした時。いきなりスカートを引っ張られた。…え? ちょっとっ! これ、ウエストゴムなんだよっ!! そんな力一杯引き合ったら、伸びて…。

「きっ! きゃあああああああああっっ!!」
 思い切り、しりもちをついていた。だって、そうでしょう。膝の辺りまでずり下がったスカート…ツインのTシャツとの間に、しっかりとピンクの花柄のパンツが…!

「うわっ!」
 岩男くんもばっちり見てしまったらしく、まるでゴキブリに遭遇したように身体を飛び退かせてる。失礼な、乙女のパンツとゴキブリは同レベルなの!?


「いたたたたたっ…」
 畳の上とはいえ、おしりを思い切りぶつけたら痛い。あたしは四つんばいになってスカートをずり上げながら、そろそろと振り向いた。岩男くんが耳まで真っ赤になって、下を向いてる。

「な、菜花ちゃんっ…」
 と、また、スカートを引っ張る。もうどうしたの、学習能力がどこかに行っちゃったの? でもまあ、あたしの方がちゃんとウエスト部分をぎゅーっと押さえてずり下がり防止につとめた。

「な、…何っ?」
 パンツを見られたショックで、今までのしんみりした空気が一掃されてしまっている。溢れ出た涙も止まってしまい、何とも中途半端などうしていいのか分からない気持ちだ。それにしても、どうしたのよっ…岩男くんは。スカートを握られているので、これ以上、離れることも出来ない。乙女のパンツの危機だ。仕方なく岩男くんのすぐ前に背中向きに座った。

「あの…出来ることなら、諦めないで欲しいんだけど…」

 …へ? ひぐらしの方が大きい声で、消し飛んでしまいそうな言葉。大好きな岩男くんの声じゃなかったら、聞き取れなかったと思う。

「岩男…くん?」
 あたしは振り向いて、俯く岩男くんを下からのぞき込んだ。トマトみたいに真っ赤になった顔が観念したようにこちらに向き直る。

「オレも…菜花ちゃんが好きだから。ずっと…ずっと、好きだったから。多分…菜花ちゃんより前から。初めて逢った時から」

「うっ、嘘っ!!」
 思わず、即効で返していた。ダイレクトだ。だって…だって、変だよ。どうしたのよ、急に。さっきまで冷たかったのに。もしかして、キスしたら、人格が変わっちゃった!?

「岩男くんっ、あたしといるの嫌そうだったじゃないの。学校だって一緒に帰らなくなったし、声を掛けても嫌な顔してあっち行けって感じだし。…いつもいつも、避けてたじゃないっ!」

 そうそうそう! あれは「照れ隠し」何て言う可愛いレベルではないわっ!! 楽天的なあたしですら、打ちのめれるくらいのすごさだったわ。

「だ、だって…」

 全然、はっきりしない態度。何なのよ〜あの道場で見せる、精悍な態度はどこに行っちゃったのっ! あれくらいピシッとしてご覧なさいよっ!! でもって、しっかり説明してちょうだいっ!

「菜花ちゃんは、目立つんだ…側にいると、みんながこっちを見て、恥ずかしいんだよ」

「…へ…!?」

 何言うのよ、こんなでかい身体で。岩男くんの方が百倍は目立つわよ。あたしなんてちびだし、岩男くんと比べたら、ゾウとアリみたいよ(…ちょっと、オーバーか?)。

 あたしが非難がましく睨み付けると、岩男くんは言い訳するように呟いた。

「菜花ちゃん…気付かないから。菜花ちゃんってね、すごく可愛いから、全身からオーラが出てるんだよ。それも、下手なアイドルよりすごいと思う。だから、道を歩いていても、学校でも…テニスコートでも、菜花ちゃんだけはすぐに分かるんだ。それは嬉しかったんだけど…でも、一緒にいると、オレまで見られるから、それが嫌で…」

 岩男くんは辛そうにはあっと息を吐いた。なんじゃそれ、そんなことであたしを避けていたの? そもそも、そんなオーラなんて、あたし持ってないよ。何言ってるのよ。

「菜花ちゃんが、俺の名前を呼ぶと…みんなが『何だ、コイツ?』って、顔でオレを見るんだ。そりゃ、小さい頃はさすがに気が付かなかったんだけど、小学校の3年生くらいになったらさ、男たちは菜花ちゃんの争奪戦に明け暮れてるし…あの中で一緒に戦うのは勝負ないなと思っちゃったんだよなぁ…とくにさ、あの政治家の息子、おっかなかったし」

「え…?」
 それは…成川鷹司くんのこと? 一緒に児童会をやったけど、彼、威張っているばっかりで全然使えなかったよ? その上、お金で中学に入れると信じてるから、「西の杜」落ちちゃったし。その後、アメリカのスクールに行っちゃったって言うじゃない。

「中学に入れば、またすごいだろ? 今度は高等部の先輩まで出てきたし。菜花ちゃん、毎日のように呼び出されるし、下駄箱手紙は掃いて捨てるほどだし…」

「…岩男くんっ!!」

 あたしは、猛烈に腹が立ってきた。黙って聞いてれば、何言ってるのよっ!!

「どうして? 周りがどうしたとかこうしたとか。そんなことで、諦めちゃえるの? 岩男くん、自分の都合ばっかりじゃないのっ! あたしの気持ち、ちょっとでも考えてくれた? ずっと、岩男くんが大好きで、いつも辛い思いをしてたのにっ…今日だって、もう命がけで…玉砕覚悟で来たんだよっ!?」

「な、菜花ちゃんっ…」
 急に強気になったあたしに、岩男くんがうろたえてる。ふんだ、止まってあげないもんっ!

「おっ、女の子に…こんな風に言わせるなんて、最低だと思わないのっ!! あたし、もう一生分、恥かいたからねっ…」

 うえええええんっ、もうやだよぉ…恥ずかしかったんだから、口惜しかったんだから。こんな風にしないと、何もしてくれない岩男くんが。それなのに。あのとき、あたしはすごく幸せで…うっとりして、溶けちゃいそうだった。どうしても岩男くんのことを嫌いになれない、どんどん好きになっちゃう、自分が情けない。

「うわあああっ、菜花ちゃんっ! だから、もう泣かないでよっ…。オレさ、頑張るからっ…これからはみんなにどんなに白い目で見られたって、平気だよ。それに、今すぐには無理だけど、何年かしたら、きっと菜花ちゃんの彼氏にふさわしい立派な男になるから。そうしたら、もう誰にも何も言わせないよっ…!」

「岩男くん…?」
 あたしは涙をぼろぼろ流しながら、顔を上げた。岩男くんはすごく真剣な顔であたしを見てる。

「しばらくはさ、あんな彼氏どうして選んだんだって陰口叩かれても…我慢してくれる? オレ、菜花ちゃんのこと、やっぱり諦められないって、思い知ったよ」

「ほ、ほんと…?」

 ひとつひとつの言葉が真珠のようにころころと輝きながら心に転がり込んでくる。そして、さらに岩男くんはもごもごと口の中で何かを話し出そうとした。

「あ、あのさっ…」
 岩男くんはそれだけ言うと、恥ずかしそうにガリガリと頭をかく。

「恥かきついでに言わせてもらうと…実は、今日、会長の携帯を鳴らしたのはオレなんだ」

「え…」
 あたしが言葉に詰まっていると、岩男くんはなおも恥ずかしそうに続けた。

「本当ならさ、さっき菜花ちゃんが言ったように、あいつのことはり倒してやりたかったけど…もう自分を抑えられる自信がなかったし。夏の大会前にバスケのレギュラーをボコボコにしたらちょっとまずいだろ? もちろん、あれで埒があかない時は、出て行くつもりだったけど――ごめんね、怖い思いさせて…」

「…そんな…」

 どうしよう、信じられない。こんなことって、あっていいのだろうか。岩男くんの目が、すごくやさしくてまっすぐにあたしを見つめてくれる。あたしだけの岩男くんに、本当になってくれるの? もうこれからはこの想いを隠さなくていいのっ…!?


「やんっ! 嬉しいっ…!」
 がばっと、抱きついてしまった。真正面から。岩男くんはおっきいから、あたしが思いきり抱きついたって倒れたりしない、ちゃんと抱き留めてくれる。だから、大丈夫。この想いも、全部、残らずぶつけても大丈夫。

「なっ…ななななななな、菜花ちゃんっ! 駄目だってっ…離れてっ…!」
 もう、今更…何を照れているんだろう。岩男くんてば、あたしを必死で引きはがそうとする。

「どうして…? だって、あたし、岩男くんの彼女でしょ? 彼女は、きゅーって抱きしめて貰えるんじゃないの?」

「それは…だなあ…っ!」

「何で? 照れなくたって、いいじゃない」
 ああ、嬉しいなあ。こう言うの、痴話ゲンカ、っていうんだよね。これからはこうやって、ずっと仲良しでいられるんだ…いいなあ、幸せだなあ…。


 …とか。悠長に構えていたら。いきなり、あたしの視界が反転した。ぐるりと全てがひっくり返って、気が付いたら、さっきの雪崩れ布団の上に押し倒されていた。

「い…岩男くんっ…?」
 あたしに覆い被さる大きな身体。獣みたいに荒々しく息を吐いて、吸って、吐いて、吸って…。

「あ〜、だからっ!! あのねえっ、ここはまずいんだからっ! もう舞台も小道具も揃ってるんだから、やばいんだよっ!! 分かってくれよっ…こっちだって厳しい状態なんだから…!!」

「へ…?」

 …ちょっと? それは…あの、もしや、…そういうこと? あたしはさすがにちょっとひるんだけど、でも別にいいやと言う気にもなった。どうせ、おばあちゃんいないし、なんだかふたりとも盛り上がってるし。

「いいよ〜? このまましても。だって、あたし…はじめては岩男くんだって決めてるから。岩男くんになら、いつでもあげるよ?」

「だ〜〜〜〜めっ!?」

 

 それなのに。岩男くんはきっぱりとそう言うとあたしを強引にお布団の中から起きあがらせた。そして、ぐいぐいと背中を押して、ちゃぶ台の部屋の方に追い立てる。ふすまをぴっちり閉めると、怖い顔でこちらを向き直った。

「菜花ちゃんっ!! 性行為はね、そもそも、子孫を残すために行うものなんだからっ!! こんな中学生で、まだ自分に責任が持てない年齢の人が安易に行っていいものじゃないんだよ、分かるねっ!」

「は…はあ…」
 なにげに真面目なようでいて、すごいことを言ってませんか? 岩男くん、と言う感じだ。あっという間に保健体育の授業になってしまった。そうなってくると、あたしは生徒だ。ついつい質問してしまう。

「あの〜…でも、そう言う時のために、避妊具があるんでしょう? この前、授業で配ったじゃない、コンドーム、あれを使えば平気じゃないの?」

「…馬鹿っ!!」

 ひ〜、いきなり愛しの彼女を馬鹿呼ばわり? どうなってるのよ、あたしは本当のことを言っただけじゃないの。そんなに真面目な顔して、怒らなくたっていいじゃないのっ!

「あのねえ、菜花ちゃん。コンドームの失敗率は12%、安全だと言われている低用量ピルだってね4%は失敗するんだっ、完ぺきな避妊なんてあり得ないよ。もしも、今、菜花ちゃんが妊娠したら、その子をどうやって育てるの? これから高等部に行って、大学にも行くんだよ? 菜花ちゃんの将来のことを考えたら、あまりにもダメージが大きすぎるよ!」

「は、はあ…」
 さすが、優秀な岩男くん。完全に数値を暗記してる。でも…だから、内容がすごいんだけど?

「菜花ちゃん、結婚出来るのは法律で、男が18で女が16だったよね? だから、万が一のことを考えたら、オレが18になるまでは絶対駄目っ! 妊娠して困るのは菜花ちゃんなんだからっ! オレ、中絶とか絶対に反対だからねっ!」

 …今度は民法ですか。ああん、もう、話がとんでもない方向に〜〜〜〜。

 仁王立ちになって、真っ赤になって、必死であたしに訴えてる。でも、そんな岩男くんが可愛くておかしくて、思わず吹き出してしまった。

「…菜花ちゃん、ちょっと、真面目に…」
 そう言いながら、顔を寄せていくる岩男くんのほっぺに、ちゅって、あたしからキスした。そして、耳元に囁く。

「じゃあ、…岩男くんの18歳のお誕生日になったらいいんだね? …だよね?」


 次の瞬間。わ〜〜〜っと叫んだ岩男くんに、一気にお玄関まで押し出されていた。そして、くるりとあたしに背中を向けると、今日は悪いけど自分で帰りなさいと言う。

「彼女、送っていかないと…いけないんじゃないの?」
 とびきり可愛い声でそう言ったのに、岩男くんはずんずんと奥に戻って行ってしまう。


 そして、ちゃぶ台の部屋に入ってから、首から上だけひょいと出して言った。

「男には男にしか分からない、やんごとなき理由があることもあるの」

 その何だかとっても辛そうな顔に、また吹きだしてしまう。岩男くんはちょっとむっとした顔をして、そのままぴっちりとふすまを閉めてしまった。

おしまい♪(030429)


 

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