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… 「片側の未来」番外☆菜花編その3 …
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 え…? それって、どういうこと?

 岩男くんのものすごく緊張した目があたしを見ている。そうか、おばあちゃんがお出かけなんだね、それは分かった。あたしの質問に答えてくれたのか。うんうん。

「あの〜、岩男くん…」

 ちょっと、この中腰の体勢は辛い。岩男くんは柔道で鍛えているから平気かも知れないけど、あたしは高校では家庭科部に入っていたの。やってることはほとんどが調理実習。どうにかお料理の腕を上げようと思って。
 岩男くんのおばあちゃんの作る煮っころがしや佃煮はとてもおいしい。ハナから比べる方がおかしいけど、やっぱ、ちょっとでも追いつきたいじゃない? 茶まんじゅうとかはおばあちゃんにも好評だったんだ。お台所で復習がてら、一緒に作ったりして。ふふ、何だかお姑さんとお嫁さんみたいだったわよ。

 …あ、話がずれた。

 とにかく、あたしが顔をしかめたら、岩男くんははじめて気付いたみたいにぱぱっと手を離した。汗ばんだ手をごしごしとズボンでこすると、立ち上がる。それから、無言でちりとりと箒を持ってきて、割れた欠片を集めた。
 それから、あたしをちゃぶ台の前に座らせると、お紅茶を入れてくれる。ちゃんとカップも温めて、本格的だ。岩男くんのやることにいい加減の文字はない。いつもきちんきちんとこなしていく。

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐***‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「え、…ええとね…」
 ちゃぶ台の真向かいではなくて、はす向かいに座った岩男くんは、お紅茶をストレートのままでごくんと飲むと、こちらに向き直った。もう、顔色も普通に戻っている。

「朝にはそんな話、してなかったんだよ。今日、菜花ちゃんがケーキを持ってきてくれるって言ったら、3人で食べましょうねとか言ってたし。それが…戻ったら、メモ書きがあって」
 岩男くんの太い指が、すすすっと小さな紙切れを差し出した。そこにはおばあちゃんの綺麗な字で書かれた文字が並んでいる。

『木村さんのおばあさんから、誘われたので出かけてきます。高尾の奥の方まで行きますので、戻りは夜になります。干してあるお布団はそのままで行きますから、いれてくださいね』

 木村さんはあたしも知ってる。パパや岩男くんのおばあちゃんのガーデニング仲間だ。とてもアクティブなおばあちゃまで、趣味はハイキング。綺麗な野草を写真に納めるのが好きで、一年中山歩きをしている。

「そしたらね、さっき、戻った頃に電話が来て。どうも、今年は紅葉が早いらしくて、本当は来週の予定だったんだけど急遽、早くしたんだって。お天気もいいしって、朝、いきなり決めたらしくて」

「ふうん…」
 あたしはちょっと残念な気持ちでケーキの箱を見た。

「おばあちゃんが好きだから、レアチーズにしたのに。ハッピー・バースディもみんなでやりたかったよね」
 食べちゃっていいのだろうか? でもやっぱ、あとにした方がいいかな? せっかくろうそくも18本付けて貰ったのに…とか色々考えてしまった。

「そ…そうだねっ…」
 岩男くんはどこか焦点の定まらない目をして、ゆらゆらと視線を泳がせる。やっぱ、どこか変だわ。今の岩男くん。朝はこんなじゃなかったのに。

「あの…岩男くんっ…?」
 あたしは心配になって、ずいずいっと近づくと、下からのぞき込んだ。座っていてもこの座高の差、本当に何で30センチも身長差があるんだろう、泣きたくなるわ。体重に至ってはもう考えたくない。3倍とか違ってたらどうしよう。

「なっ…、何っ!?」
 びくっと大きく反応して、大きな身体が後ろに飛び退こうとした。それよりも一瞬早く、あたしの両手が汗をかいてるほっぺを包み込む。

「どこか、具合でも悪いの…? あしたから、中間テストなのに、大変じゃないの」

 そうだよ〜岩男くんは一般受験だけどさ、それでもやはり内申点は大切だと思う。それに今の勉強は定期テストのものでも模試のものでも、それが全部受験勉強に繋がっていくのだ。だからこそ、緊張の連続で気が抜けない。

「ちっ…違うよっ…! 別に、そのっ…熱があるとか、具合が悪いとかそんなじゃなくて――」
 とか言いつつ、ぶんぶんと顔を振るから、あたしの手が振り払われた。きょとんとして見つめていると、また、岩男くんの顔はかあああああっと赤くなっていく。リトマス試験紙よりも早い。赤い色が肌の奥から浮き出てくる感じ。

「あの、菜花ちゃん?」

「なあに?」
 名前を呼ばれたから、素直に答える。なのに、岩男くんは、またごくりとつばを飲んで少し口をつぐんでしまった。でも唇を動かして、何か言いたいみたいだ。

「おばあさんが、いないんだけど」

「うん、そうだね。ケーキが一緒に食べられなくて残念だね。…どうする?」
 ケーキをあとにしようってことかな? まあ、生ケーキだから、本日中にお召し上がりなんだけど、まあ、冷蔵庫に入れれば保つかも知れないし。別にいいよ、そんなにおなか空いてないし。

「…じゃなくてっ」
 岩男くんが、また、ぶんぶんと頭を振って、それからもう一度あたしを見た。

「今、ここにはオレと菜花ちゃんしかいないんだけど」

「うん、…だね?」
 なに、当たり前のことを言ってるんだろ? おばあちゃんがいなかったら、ふたり暮らしのこの家の住人は岩男くんだけでしょ? そこにあたしが来たんだから、ふたりで当然だよ?

「今日、オレ、誕生日なんだけど」

「うん、…だから、おめでとうって…」
 朝もそう言ったじゃないの。そんなに何度も言わせたいの? 何なんだよ〜。

 そこまで来て、岩男くんは困ったように大きく肩で息をした。それから、がしがしと頭をかく。もちろん、きれい好きの岩男くんの頭からフケなんて落ちてこないけど…。

 それから、もう一度しっかりあたしの方に顔を上げる。そして、ぬっと長い腕が伸びて、がしっと両手で肩を掴んできた。

「今日で、18歳なんだ。…だから、その…その、欲しいんだけど。菜花ちゃんが」

 

「――へ…?」
 肩に置かれた手が震えて、しかもしっとりしていて。それに気を取られていて、実は良く聞き取れなかった。でも、ものすごいことを言われた気がするんだけど…。

「欲しいって…何が?」
 間抜けだなと思いながらも聞いてしまう。だって、あたしはもう全部、丸ごと岩男くんのものでしょう? 岩男くんだけが大好きなんだし、ずっと一緒にいたいと思うし…でも、あの、もしかして。

 すると岩男くんが、言いにくそうに口を開いた。

「ええと…、全部」

 
 どっしゃ〜〜〜っ! うっそ〜、いきなり、そうなるんですかっ!?

 あたしはもう、どうしていいのか分からなくて、ばばっと飛び退くと、そのまま反対側の壁まで後ずさった。

「ち、ちょっとっ…、待ってっ…、あのっ…」
 やだやだっ、だって、そんなっ…。まさか、いきなりこう来るとは思わなかったんだもんっ、そう言うのは前もって言ってくれなくちゃ、絶対に困るのっ…!

「駄目なの…?」
 いつもの堂々とした岩男くんがどこに行ってしまったんだか。まるで幼稚園時代に戻っちゃったみたいにおどおどした顔であたしを見る。

「だだだだだだっ…だってぇ〜!」
 うっわ〜、心臓がばくばくだ。あたしまで大汗かいちゃっているよっ。

 だって、だってっ! 岩男くん、今まではふたりでいたって、全然そんな風じゃなかったよ? まるでお坊さんか仙人か!? …って言うくらい潔白だったじゃないの。いきなり豹変しないでよ、びっくりするじゃないのっ…!

「そうなら、そうと言ってよっ! そしたら、ちゃんとお風呂に入って、きれいに洗って…でもって、とっときの下着も付けて…準備万端で来たのに。今日なんて、本当に何でもないふつうのだし、お風呂は昨日の夜に入ったきりだし、…ああん、駄目なの〜!」


 ここまで来て。自分が情けないくらい、覚悟出来ていないことに気付いた。岩男くんは当たり前の立派な男の子なんだし、あたしだって健全な女子高生なんだし。もうとっくにそう言う関係になっても良かったはずなのに、一線を越えていなかった。
 そりゃさ、いつかは…と思っていたわよ。今時、バージンロードをバージンで歩こうなんて、時代錯誤な考え方するはずもないし。もう、そう遠くないことだと思ってた。でもっ…でもっ…。

 恥ずかしくて、どうしようもなくて。両手で顔を覆ってしまった。ほっぺが焼けちゃうくらい熱くて、くらくらする。それなのに、震える指先が冷たくて。体の中の体温調節がきかなくなったみたいだ。


「…駄目? どうしても?」
 すごく、近いところで声がした。震えていて、何だか泣いているみたいだった。おそるおそる顔を上げると、いつの間にかあたしのすぐ前まで来てる岩男くん。すごく哀しそうな顔をして、こちらを見ていた。

「やぁ…っ!」
 手のひらをどけると、涙がぼろぼろとこぼれて来ちゃうから、慌てて覆い直す。首を横に振ると垂らした髪の毛のすくって編んだ三つ編みの細い束が耳元で揺れる。

 岩男くんはそんなあたしの頭の上でふうっと大きく息を吐いた。それから静かに静かに言う。

「あの…、どうしても駄目なら、今日はしないから。だから、泣かないでよ、菜花ちゃん…」

「…ほんと?」

 背中を壁にくっつけて、膝を抱えて。その姿勢でゆっくりと顔を上げた。あたしの頭の脇に手をついた岩男くんは、心配そうにそんなあたしを見つめていた。

「うん、本当。菜花ちゃんが泣いてるのに、無理になんて出来ないから…もう、大丈夫だから」
 ひくひくっと、目尻の辺りが震えてる。あたしを見つめる瞳、とても哀しそうだった。今までに見た岩男くんの中で、一番、哀しそうに見えた。

「ごめん…なさい。あの…」
 ずずずっと膝を立てて、正座する。スカートの上でぎゅっと手を握りしめて、俯く。なんか、難しいね。こうやっていざとなって構えると、全然上手く行かない。もっと映画のように、スムーズに行くと思っていたのに。

「ううん、オレもいきなりだったから。そうだよね、女の子は特別なんだから、色々とあるもんね。無理言って、困らせてごめん」

 岩男くんは少し後ろに下がると、すっと立ち上がった。そして、あたしの方に手を差し伸べる。

「…え?」

「紅茶、いれ直すから。ふたりでケーキ食べよう? 誕生日のお祝いしてよ」

「岩男くんっ…」

 吸い込まれそうな瞳、大きくて当たり前みたいに差し出される手のひら。あたしのためだけに、特別に微笑んでくれる人。あたしの大好きな人。すごくすごく、世界中で一番好きな人。

「…でもね、菜花ちゃん。思いつきじゃないんだ、本当は、いつだって菜花ちゃんのこと、すごくすごく欲しくて、でもそんなの駄目だって、ずっと思っていたから。気持ちが走り出して、どうかしてた、…ごめんね」

 はっとして見つめると、岩男くんがふっと微笑んだ。消えそうな、頼りない光。どこに行っちゃったの、いつもの岩男くんは。あたしの大好きな逞しくてしっかりしていて、どんなものからも守ってくれる岩男くんはどうしちゃったの?


「……っ!」

 手を引かれて立ち上がった。そして、その次の瞬間…。

「菜花ちゃん…?」
 腕が回りきれないほど広い胸に、きゅうっとしがみついていた。岩男くんの心臓の音があたしの頭に響いてくる。

「ごめん、ごめんねっ…。ごめんね、岩男くんっ…あたし…」
 背中に回した手、岩男くんのシャツをぎゅっと握りしめた。体中が震えて、声を出すのも難しい。

「あたしね、すごく怖いの。怖くて、どうしていいのか分からないの…でもっ…!」

 言葉にするのももどかしい想い、それが溢れてきて抑えきれない。あたしの中に確かに満ちている想いはもう、岩男くんじゃなくちゃ支えきれないよ。

「岩男くんが、好きなの、大好きなのっ! …だから、いいのっ…!」

「え…?」
 あたしの肩の辺りを支えていた岩男くんの手がぴくっと反応した。掠れる声、それが全身を大きく震えさせる。

 ああん、何て言ったらいいの? 最初の時に、思いっきり引いちゃったから、今更言葉にするのが難しい。どんな風に伝えたら、スムーズに伝わるんだろう? 頭の中が真っ白になっちゃって、気の利いた単語が浮かんでこない。いきなり「メイク・ラブ」とか、英語になっちゃっているんですが…、あああ、どうしよう。

「い、岩男くんっ…あの、あのねっ…」
 顔を上げて見上げると首が痛い。くっついた状態だと、さらに身長差が遠く感じられるから。

「せっ…セックスしよ? …あの、いいからっ! 岩男くんにあたしを全部、あげるっ…!」


 ――ばたっ!

 岩男くんの身体が、いきなり畳の上に落ちた。いわゆる「腰が抜けた」と言う状態なのだろうか?

「きゃああっ!」
 何しろ、あたしも全体重をかけてしがみついていたんだから、落ちていく壁と一緒に崩れていた。気がつくと岩男くんのおなかの上にまたがって。…ぎゃ、すごい体勢なんですけど。これ、何って言うんだっけ? 確か名前があったような気がする…。

「いっ、いいのっ!? 本当にっ…いいの!? 本当にっ…、菜花ちゃんっ!」
 岩男くんはそう叫ぶと、すごい腹筋で、あっという間に上体を起こした。少し後ろに下がって太股の辺りに乗っかってるあたしをがしっと掴む。

 あたしがこくこくと頷くと、肩を掴んだままで、は〜っと大きく息を吐いた。それからものすごい力で抱きすくめられる。

「ああ、嬉しいっ! …いいんだねっ? 本当にいいんだねっ、菜花ちゃんっ…!!」

 …ぶわっと。何だろう、何かいつもと全然違うものが岩男くんの身体の内側から湧き出てくるのが分かった。その勢いのあるものに、包み込まれて、すごく怖いけど、あたしも嬉しかった。岩男くんが喜んでくれるのならそれでいいなと思ってしまう。


「そうだっ!」

 岩男くんは、いきなり叫ぶとあたしを脇に置いて立ち上がる。何だろうと思って見上げると、ちゃぶ台の上からケーキの箱を持ち上げた岩男くんが恥ずかしそうに笑って言った。

「ケーキ、冷蔵庫に入れておかないと。悪くなっちゃうね」

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐***‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「ええ、ええとっ…! まずはっ、布団だ、布団を敷かなくちゃっ…だなっ!」

 自分の部屋に飛び込んだ岩男くんは、まず押入のふすまを開けた。でも、そこにはお布団が入っていない。お天気が良かったから、今朝干してそのままなんだ。
 岩男くんは慌てて縁側から外に出ると布団干しにあった自分とおばあちゃんのお布団を取り込んだ。ぽかぽかの温かい風がぶわっとお部屋の中に吹き込む。そのあと、岩男くんはおばあちゃんのお布団をきれいに畳んで押入の下の段にしまった。そして、ロボットみたいな動きでぎこちなくお布団を敷く。

 そんな汗水垂らして「そのための」セッティングをしている岩男くんを、あたしはどうしていいのか分からずに部屋の外から呆然と覗いていた。やっぱさ、まずいよ。こういうのって、やはり彼氏の部屋がベッドでさ、ムードが盛り上がったところで、何となく押し倒し! とかが定番なんじゃないかしら? 最初から、えっちのためにお布団を敷くなんて…すごい、いやらしいんだけど。

 そんなことを考えているあたしなど全然構わず、岩男くんはさっさとお布団に新しいシーツを付けた。旅館の仲居さんになれるのではないかと思うほど、手際が良くて。それから、ちょっと手を止めてから、掛け布団と毛布を足元に畳んで置いた。

「あ、…ええと、菜花ちゃんっ…」
 四つんばいになって、シーツのシワを伸ばしていた岩男くんが、あたしを呼ぶ。

「あっ…は、はいっ!!」
 うきゃ、緊張して、思わず声が裏返ってしまった。ああん、色気がないよ〜やだよ〜。柱を握りしめていた手のひらがじっとりしてる。うわん、どきどきだ〜。

「準備、いいから…入っておいでよ」

 …う。やはりベッドじゃないと、何だか変だわ。岩男くんも広いお布団のどこに陣取ったらいいのか分からないのだろう、ど真ん中に正座してる。まるでお客さんを待っている女郎さんのようだ(そんなのよく分からないけど、前にTVでそう言うシーンがあった気がする←確か、水戸黄門)。

「うっ、うんっ…」
 あたしの方も負けず劣らす緊張している。右手と右足が一緒に出ていることが、自分でも分かるのにどうにも出来ない。ぽてぽてぽてと、歩いていって、少し考えてから靴下を脱いでお布団に上がる。やはりどこにどうしたらいいものか。いきなりごろんとしたらヤバイだろうな。やはり、押し倒し! は男子の仕事だろう。色々考えてから、そろーと、熱めのお風呂に入るみたいに、音を立てずに岩男くんの隣りに座った。

「な、菜花ちゃんっ…」
 ぴりぴりぴり。周りの空気が音を立ててる気がする。岩男くんの腕がそっと伸びてきてあたしの身体を包み込む。そして、そのままぎゅううううっと抱きしめられた。その、腕の中が、信じられないくらい熱くて、息苦しい。もがくように岩男くんの身体に腕を回したら、ものすごく堅くてびっくりした。

「あ、あのっ…もしかして、岩男くん」
 このガクガクと震えてるのが、岩男くんなのか、自分なのかも分からない。ふたりで同じくらい震えているのかも知れないし。

「ものすごく、緊張してない? 身体がガチガチに堅いよ?」

「そ、そりゃあ…っ、そうだよっ、決まってるじゃないかっ…!」
 そう言いながら、ぎゅうぎゅうと締め付けてくるから、たまらない。このまま寝技で落とす気じゃないでしょうね? まさか、意識がなくなったところを襲うとか、アブノーマルなのは嫌だからねっ。もぉ〜〜〜っ!


「…あっ!?」

「あ?」

 あたしが急に大声を上げたので、岩男くんがびっくりして腕を放す。あたしは慌てて、ちゃぶ台の部屋まで戻ると、ママがくれた紙袋を手にして戻ってきた。

「あのね〜、ママがね。これ、岩男くんちに着いたらすぐに開けなさいって、くれたんだった。なんだろ? 食べ物でも入ってると大変じゃない? …ええと…」

 がさがさがさ。

「…何? これ…」

 最初に出てきたのは、紺色の分厚い生地のジャンボタオルだった。岩男くんが寝っ転がれるくらい大きいの。ああ、こんなものが入っていたからかさばっていたのね。そのあと、…ええ!? あたしの着替え一式…!? しかもロングのタイトスカートとハイネックのTシャツだ。首が苦しいくらい上まで覆われるやつ。…で、最後に出てきたモノを見て、唖然とする。

「…ママ…」
 あたしたちの目の前には超吸収の夜用スーパーガードのナプキン(しかも羽根付き)がどどんとパッケージごと現れたのだ。

「な、何なのっ…コレ…」

 食べ物なんて、最後まで出てこなかった。絆創膏と軟膏が入っているのもよく分からない。ふたりして当初の目的も忘れ、腕組みしてうーんと悩みこむ。でも、岩男くんの方が先にはっとして、ジャンボタオルを手にした。

「も、もしかしてさ。最初って、人によると言うけど、かなり出血する人もいるって言うし。コレを下に敷いて置いたら、あとが楽かも知れない。血だらけのシーツとか、おばあさんに見つかっても大変だし…」

「…は、はあ…」
 ばばばっと手際よく敷いていく手つきを、また呆然と眺めてしまう。


 …待てよ、いや…まさか、ねえ…。

 出掛けのあのママの過剰な干渉と、意味深な笑いを今更ながら思い返す。ママって、時々、分かんないのよね。何にも知らないようにのほほんとしてるのに、何もかも知っている感じもして。パパに翻弄されているように見えながら、実はしっかりと操作しているような気もしちゃう。


「え、…ええと、菜花ちゃん。あの、とりあえず…集中しないと」
 岩男くんが手招きしてる。何だろう、紺色タオルの効果かさっきよりもちょっと余裕が見える(そんなのありか?)。

 あたしがそっと寄り添うと。岩男くんがほっぺに手を添えて口づけてくる。ふうっと口を半開きにするとその隙間からなめらかに舌が滑り込んで、くちゅくちゅっとあたしの口の中を泡立たせる。大きな手のひらが首筋を伝って、ノースリーブのボタンに辿り着いた。

 ぷつぷつっと、小気味のいい音を感じながら、あたしは岩男くんの首に腕を回してしがみついた。


 

 

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