TopNovel未来Top>しおん・みずひき・ねこじゃらし・6


… 「片側の未来」番外☆菜花編その3 …
+ 6 +


 

 

 …いいかな、と聞かれても。

 この期に及んで、まだ、出来ることなら逃げたいとか考えてしまうあたし。だって、そうでしょ? 色々と詰め込まれた知識の生々しさが、脳裏にばしばしとフラッシュバックしてるっ! うわん、どうすりゃいいんだよ〜〜〜っ!

 裸ん坊のまんまで呆然と座り込んでいるあたしに背を向けて、岩男くんはごそごそと作業中。ひ〜〜〜、これって準備してますってこと? そうなのっ…そうなんだろうなあ…ああん、どうしようっ!
 こう言う時、手際が悪い男の子だと、女の子は白けちゃうとか言うけど。今のあたしとしては、一分でも一秒でもこの状態が長く続けばいいと思ってしまった。上手く入らなくて爪で破いちゃったりして、何度もやり直したりしても許すよっ…。

「…ふう…」

 それなのに、ものの30秒もしないうちに岩男くんはあっさりと向き直る。もちろんあたしの視線は照れている彼の表情ではなく、作業を終えたその部分に集中していた。薄皮を付けた見たいに半透明な白い物が被さって、ついでにてっぺんのところが少したるんでいる。
 …そうだ、ぱんぱんに入れないで、てっぺんに隙間を残すんだ。とか、ああん、馬鹿馬鹿っ! どうしてそんなことまで思い出すのよ〜。

「なっ…菜花ちゃんっ…」
 さすがに注目されて恥ずかしかったんだろう、岩男くんが真っ赤になって膝小僧をくっ付ける。いや、そんなことをして隠せるものでもないんだけど。

 太い腕がにゅっと伸びて、肩を掴まれる。大好きな岩男くんに触れられているのに、びくんとしてしまうあたし。きゅっと目をつぶって、首をふるふると震わせた。

「好きだよ、…菜花ちゃん」
 がちがちに固まってる身体を、ゆっくりと倒される。元の通りに横たえられると、岩男くんがふわっと上に乗ってくるのが分かった。目を閉じていてもそれがはっきりと感じられる。

「んっ…、…んんっ…!」
 顔が近づいて、舌を絡める深い深いキス。時々、鼻の呼吸だけじゃ苦しくなって呻いてしまうのに、なかなか解放してくれない。岩男くんが身体を寄せると、濃くなった体臭がふっと感じられる。ああ、男の人だなって…改めて納得するような。

「ああ…、菜花ちゃん…」

 何かを必死で我慢して堪えるみたいに。岩男くんの声がかすれる。力が入った足を開かれて、その真ん中に指が這っていく。芋虫が這い上がって行くみたいな不快感が、ある一定の場所まで来ると、いきなり違うものに変わる。

「あぁんっ…、あんっ…!」
 とんでもないところに指が入ってかきませられているのに、それがあたしの身体に大きな波を起こしていく。身体の奥から流れ出てくるもの、胸の先に走る戦慄。確かに、何かを求め始めてるあたし。

「ふうっ…んっ…、やぁんっ…あんっ…!」
 こんな声、自分が出すなんて、絶対に思わなかった。男の人を誘っているみたいな声はTVで見たロードショーとかで知ってる。007とか、パパが見てると、絶対に綺麗な女の人と絡むんだもんね。

 でも、そんなのお芝居だと思っていた。実際にはそんなのないって、思っていたんだ。

「やぁっ…、いっ…わおくっん…! やなのっ…!」
 大きくかぶりを振って、自分の目元から雫がこぼれるのを感じた。


 今、どうしてるの? 何を見てるの…? それすら、目を開けて確認することが出来ない。岩男くんが好きなようにあたしの身体に触れて、まるで初めて与えられたおもちゃを扱うように夢中になっているのが怖い。

 こんな風におかしくなるのを見られたくないの。恥ずかしいのっ…、我慢したいのに、出来なくてっ…哀しいよぉ…いつになったら終わるの? まだまだ続くの? これからあたし、どうなっちゃうのっ…!?


「あっ…、あああぁんっ…、きゃんっ…!」
 根元までずぶっと沈み込んだ指が、ひときわ大きな波を立てる。自分の中にこんな穴があることも、そしてそこが男の人を受け入れるためにもうとっくに準備されていたことも知らなかった。ずっと気付きたくなかったことを、岩男くんの手で知らされる。

「うっ…うぅっ…」
 体の中から引き抜かれて、一時、静寂が戻る。入れてはかき混ぜられて、引き抜かれる。そんなことを繰り返されているうちに、あたしの頭の中はだんだんものを考えられなくなってきた。


 やがて。岩男くんが静かに身を起こす。そしてあたしの身体を横たえたまま、股を抱えて、ずっと引き寄せた。岩男くんの身体によって、あたしの下半身が大きく左右に開かれている。今の今まで繰り返し触れられていた部分がおしりごと持ち上がって、宙に浮いたかたちになった。

「菜花ちゃん…もう少し、楽にしてくれる? 力を抜いた方がいいと思うんだけど…」

「え…?」
 急に真面目にそんなことを言い出すから、つい目を開けてしまった。宙ぶらりんになったあたしの身体、腰から下を抱えてる、岩男くんが向こうに見える。…って、もしかして、丸見え? やんっ、やだっ…どうしてっ…、恥ずかしいよぉ〜〜〜!

 その時、あたしの身体は自分でもどうしていいのか分からないくらい、力が入っていて、肩も腰もガクガクだった。この先、何が起こるのか、おぼろげに分かってくると、その部分にもさらに力がこもる。

 怖いよぉ…、やめてくれないかなっ…。続きは今度とか、駄目? あたし、もう限界。どうにかなっちゃうっ。

 カタカタとかみ合わない歯、自分の意志に関係なく震える身体。あたしがどんなに怯えているのかはちゃんと岩男くんにも分かるはずだ。岩男くんはあたしのことなら何でも分かってくれた。哀しい時は慰めてくれたし、困った時は助けてくれた。いつもいつもあたしが気持ちいいように、ホッとするようにしてくれたのに。

「…っつ…、うぅ…っ!」
 動物みたいなうめき声。更に恐怖が募る。

 さっきまで岩男くんの指が行き交っていた部分に熱くて堅いものが当たって。少しの間、上下に割れ目を行き来する。たまらずに横を向くと、涙がほろほろとこぼれた。岩男くんの先っぽが、あたしの敏感な部分をつつく。つんつんと呼び覚ますように何度も触れられて、あたしの股がちょっとだけじんとした。

「うっ…くっ…っ!」
 入り口にぐりりっと異物感。骨を砕くような痛み。岩男くんの息づかいと漏れ出る声が怖い。

 でもその次の瞬間にあたしの身体を切り裂く痛みには本当に気が狂いそうになった。

「やんっ…やあっ…! 痛いっ…! きゃあぁっ…! うっ、…くっ…!」

 その先は、我を忘れる、と言った感じで。相手が岩男くんなのに、めいっぱい抵抗していた。だって、すごく怖くて、すごくざりざりして。よく言う「気持ちいい」って 言うのとは全然違った。身体を弾ませて嫌がっても、かえってその動きが岩男くんの侵入を助けてしまっているみたいだ。

 内側の壁を思い切りこすって傷つけながら、岩男くんがずずずっと中まで入り込む。やがて、もうこれ以上進めない、と言うところまで来て、ずんっと止まった。

「あうっ…んっ…! ふうっ…!」
 岩男くんが今まで一度も聞いたことがない、甘くて切ない声を上げた。何だろう、男の人なのに、妙に色っぽくて。背筋をのけぞらせて目を閉じて、動きを止めてる。目を開けてその姿を見てしまったあたしは、痛みで気がおかしくなりそうなのに、じっと見入ってしまった。


「あっ…はぁっ…、菜花ちゃん…」
 
 しばらくして、ようやく岩男くんが置いて行かれたあたしに気付く。そうだ、彼はどこか別の次元に飛んでいたのかも知れない。それくらい、変だった。

「菜花…ちゃん…」
 問題のその場所はしっかりとくっつけたまんまで、岩男くんはうっすらと笑みを浮かべて伸び上がってくる。そして、あたしの頬に手を当てて、深く深く口づけた。なすすべもなく、それをただ受け止める。岩男くんのゆとりが信じられなかった。


 こんな風におかしな恥ずかしい格好で。裸で抱き合って…おまけに、汗だくで。とても尋常なこととは思えない。人間のすることじゃないよ、これじゃあ、動物と一緒だと思う。
 恥ずかしくて、情けなくて、自分が惨めになる。こんなのどうしてみんなが喜んで受け入れて行くんだろう、それが全然分からない。こんなことしなくたって、いいじゃない。一緒にいて、抱きしめられたりキスされたりするだけで十分なのに。


「あぁ…菜花ちゃんっ…」
 それなのに、岩男くんは恍惚とした感じで、何度も何度もあたしの名前を呼ぶ。あたしがすごく哀しくてどうしようもない気分で打ちひしがれているのに、どうして岩男くんの方はうっとりしてるんだろう。

「あっ…つっ…!」
 微かなきしみが、あたしの身体の奥に忘れかけた痛みを呼び覚ます。極限を超えたそれに、気が遠くなりそうで、それでも時々鋭い痛みが走るのだ。丁度傷口を無理やり開かれるみたいな、気持ち悪さ。


  岩男くんがふっと息をつくと、あたしの身体をそっと抱き寄せた。手を回すことすら忘れて、あたしの両腕はぶらんと身体の横に置き去りにされていた。

「温かいよ、菜花ちゃんっ…。菜花ちゃんの中、すごく温かい…嬉しいよ、これで菜花ちゃんはオレのものだよ。誰が何と言おうと、もう譲らない。菜花ちゃんはオレだけのものなんだ…!」

 岩男くんはそう言うと、たまらない感じで、あたしの髪の生え際、うなじ、頬…そこら中にキスする。岩男くんの汗とよだれであたしはもうべちゃべちゃだ。それを繰り返されるうちに、哀しいばかりだったあたしの心に別の想いが湧き始めてきた。

「岩男くんっ…!」
 ようやく意志を取り戻した両腕、しっかりとしがみつく。身体をこうしてくっつけていると、前よりももっともっと親密になっていくような気がする。岩男くんの身体から汗が吹き出て流れていくのも分かるよ。

「…うぅっ…!」
 岩男くんの腰の辺りがまた揺れて、苦しそうな呻きが上がった。

「…いいかな? 菜花ちゃん。もうちょっと、我慢してくれる? オレ、やっぱ、菜花ちゃんの中でイキたいっ…!」

 …え? …えええええっ!?

 答える暇もなかった。岩男くんはあたしを放り出すように布団の上に横たえると、四つんばいになってゆっくりと腰を動かし始めた。

「ううっ…、きゃあっ…!」
 押し広げられた部分を、行ったり来たりする、とても気持ちいいとは思えない変な感覚。岩男くんの方はそんなあたしを知ってか知らずか、どんどん動きを早くする。やがて、身を起こしてがっちりとした身体全体で打ち付けてきた。

「やぁんっ…! はんっ…、うぅ…うんっ…!」
 あたしの身体は岩男くんの動きにあわせて揺れる。髪も胸も、岩男くんの言いなりだ。濁流の中を流れる一枚の葉のように…行方も知らず、ただただ、揺れ続けた。それがいつ、終わるのかそれも分からずに…ただ、頭の隅っこの方で、こんなことをしている自分にいつか納得していた。


 …好きなら、我慢出来るのかも知れない。恥ずかしくても、痛くても、情けなくても。本当に大好きな人のためなら、平気になれるのかも知れない。愛し合うと言うことが、こんなに生々しくて人間離れしているとは思わなかったけど。

 岩男くんなら、許す。岩男くんだから、いいの。


 果てしない想いを身体に感じながら、岩男くんが動きを止めるまで、ただただ、それを繰り返していた。

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐***‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「…大丈夫? …菜花ちゃん…」

 くったりと身体を横たえて。岩男くんが心配そうにのぞき込んできても、ろくに反応も出来なかった。このままずるずると深いところに入り込んでしまいそうだ。それくらい、身体が重くて、もうなにも考えたくなかった。

「菜花ちゃん…」
 岩男くんはもう一度、申し訳なさそうにあたしの名を呼ぶと、そっと抱き起こした。そして、汗だくで涙まみれのあたしを、ぎゅっと抱きしめる。くらりとするくらいの深い体臭が鼻を突いた。とくとくと心臓の音が耳に打ち付けてくる。

「大変だったね、菜花ちゃん…ありがとう」

 太い指が静かに髪を梳いてくれる。いつものようにやわらかい存在に戻った岩男くんが、あたしに口づける。それはこんな風になって初めて感じる、深い愛情を伴った恋人同士のものだった。舌先が触れ合うくらいの淡い語らいも、たくさんのものを伝えてくれる。

「…ん…」

 短く反応して、身体を震わせると、岩男くんはもう一度きつく抱きしめてくれて、それから、やっと気付いたみたいに、あたしの身体にバスタオルを掛けてくれた。自分の腰にも慌てて巻いてる。さっきまでは裸でも平気だったのに、終わると急に恥ずかしいね。今更ながら、ほっぺがかああああっと熱くなった。


「こっ…こんな汗だくじゃ帰れないだろ? あのさっ…お風呂湧いてるから、洗っていきなよっ。ウチ、シャワーとかないから、大変かも知れないけど…」
 背中を向けたまんまで、恥ずかしそうに言うのは、当たり前の岩男くんの態度だった。

 でもっ、次の瞬間に、大変なことに気付く。

 …へ? 前もって、お風呂まで沸かしておいてくれたの? そこまで用意して待っていたなんてっ…あたしが来る前に、お風呂を洗ってお水を張って…きゃああああっ! それって、それって、…すごくえっちだよ。

 

 驚くのはそれだけじゃなかった。お風呂場に案内されたら、なんとそこにはまだ封を切ってないボディーシャンプーが置いてある。それはあたしがいつも家で使っているバラの香りのもので…ひえ、メーカーまで同じだっ…まさか、これも。

 胸元のバスタオルを押さえながら振り向くと、まるでアダムとイブのアダムのように腰巻きだけを巻いた岩男くんが視線をそらした。

「えっと…違う匂いがしてると、透さんや千夏さんが変に思うかなって…その、売り場に行って、菜花ちゃんのいつもの匂いを探したんだ…恥ずかしかったけど」

 ひ〜〜〜〜〜っ! ボディーシャンプーの売り場で? ひとつずつ手にとって、くんくんしたのっ!? それって…ちょっとアブナイお兄さんみたいだよ。お店の人、絶対におかしいと思ったわよっ!?


 今日一日で、本当にいろんな岩男くんに出会ってしまった。私はいきなり5歳くらい年を取ったような気分になる。オトナになるって、本当に大変なんだって、その時気付いた。

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐***‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 送るよって、言われて。いつもの帰り道をふたりで歩く。

 暮れかけた風景。5時を少し回ったくらい。多分、パパはまだ戻ってこないけど、でも門限はきちんと守ろう。学校のあるウィークデーでもこうして半日で終わる日は5時半までに戻ってないと、すごく不機嫌なんだ。

 岩男くんは何だかすごく緊張してる。ウチのパパとママに会うのが怖いんだって。だから、庭先まででいいよって言った。

 

 こんな風になって、何が変わるというわけでもないのにね。当たり前に当たり前の感じなのに。まあ、そんなに目立つ程じゃないけど、体中に虫さされみたいな痕がたくさん出来ていて。それが首の辺りにもてんてんとあったので、迷わずママの用意してくれた服を着た。
 ついでに足が…何と言うんだろ、ちょっとがに股になっちゃうの。もうとっくに岩男くんはいないのに、いつまでも中にいるみたいな感じで、上手に歩けない。ロングタイトじゃなかったら、ぎくしゃくした歩き方がばれちゃう。


 …ああ、ママ。まさか、本当に…違うよなあ。こんな風に着替えて戻って、どうしよう、絶対に何か気付かれるかも知れない。

 そして、問題の「夜用スーパー」にもちゃんと役目があった。だって、血が…止まらないんだよっ! 生理が始まったのかと思ったけど、色が違うし。だらだらと出るから、これ、何も当てなかったらやばかったわ。



 そんなこんなで、ふたりとも言葉少なにウチの前まで辿り着く。別に気まずい訳じゃない。ただ…なんて言うのかな? よく分かんないんだけど、こうして手を繋いで歩いているだけで十分なくらい、心が満たされているんだ。どうしてなんだろう? 身体が繋がると、心も繋がるの?

「…じゃ、また明日。朝、迎えに来るから…」

「…ん…」

 お家の前の大きな木の陰。家からは死角になるその場所で、いつも通り優しいキスをする。溶けちゃうくらいやわらかくて、幸せになれる。あたしはやっぱり、岩男くんが好き。



「あらあら、早かったのねえ…お帰りなさい、菜花ちゃんっ!」

 …へ?

 慌てて、ばばっと離れて。それから、声のした方を振り向く。そこには小さなスーパーの袋を下げたママが立っていた。

「――あ、はいっ!! ただいまっ、ですっ!!」

 ひ〜、見られたかなあ、どうなのかなあ。でも、ママの態度はいつもと全然変わらないから。それで安心してしまう。ママは肩の辺りでぷつっと揃えた髪を揺らして、岩男くんを見るとにっこりと微笑んだ。あああ、岩男くん、震えてるよっ。蛇に睨まれたカエルみたいだっ!

「岩男くんっ、いつもありがとう。あのね、上がって。お夕ご飯をご一緒にどうぞっ!」

「――は…?」
 岩男くんはガチガチに固まったまんま、呆然としてる。

 ママはにこにことした顔のまま、あたしたちを追い越した。

「岩男くんのおばあちゃま、今日はお夕ご飯を食べていらっしゃるそうよv だから、いいじゃない。今日はご馳走を作ったの、どうぞどうぞ…」


「あ、…あのっ? ママ!?」

 変だ、絶対に、滅茶苦茶に変だっ!! あたしが呼び止めると、ママはくるんと振り返った。

「どうして、ママが…岩男くんのおばあちゃんのことを知ってるのっ…!?」

 すると、ママはあたしたちふたりをじ〜っと見て、にーっと笑った。

「さあ…どうして、でしょう?」

 そのまま背中を向けて歩いていく姿を、あたしたちは呆然と見守った。

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐***‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ――で、これは…何?

 5分後、リビングで。あたしと岩男くんはまたまた硬直する羽目になる。

 

 テーブルの真ん中に、ででんと陣取る大皿にてんこ盛りの牡蠣フライ。そして、その脇に何故かオクラ納豆と山芋の酢の物がある。ニンニクとほうれん草の卵スープなんて…どうすんのよっ!? 明日学校があるのよっ!

 …って言うか、今日は全然勉強出来なかったから、これから寝る暇もなく…!


「ああ〜、岩男兄ちゃんっ!!」
 中学生になったというのに、樹は岩男くんを見て嬉しそうにすり寄ってくる。

「オレさ、数学で分からないところがあってさ…姉ちゃんじゃどうにもならないし、困っていたんだよぉ〜。ああ、天の助けっ! それに今日はすげーご馳走だし? もう嬉しいなあ〜」

「…ふうん」
 すると、今度はあたしの背後から、声がする。妹の梨花だ。学校は違ってもやはりテスト期間なので、早い帰宅らしい。彼女はさらさらと真っ黒な髪をなびかせてテーブルを一望した。

「な〜に、ママ。もしかして、これ、パパにひとがんばりして貰うためのメニュー? やめてよね? …もういい年してさっ!」

「…へ?」
 その声に反応していたのは、ママじゃなくてあたしだった。梨花はシラ〜っとした目でこちらを見る。

「だってさ、お姉ちゃん。知らないの? 牡蠣もオクラも納豆も山芋も、いわゆる精力増進の食品よ? ニンニクなんて言うまでもないじゃない…まったくなあ〜常春夫婦は何考えてんだか…」

 その瞬間、あたしと岩男くんの体温が5度くらい下がって、二人して低温動物になっていた。しかも…ね、ママ、納豆があるのに、どうして、お赤飯なの〜〜〜〜っ!?


 と…その時。ぶおんと大きなエンジン音が家の前で止まった。どどどっと足音がして、玄関のドアが開く。靴を投げ出すような勢いで、廊下を進んでくるのは…。

「たっだいま〜〜っ! 千夏っ、千夏っ…おいっ、どうしてさっき電話した時に出なかったんだ、心配したんだぞ〜〜〜っ!?」

 ――でたっ!! しんがりの登場に、あたしは手のひらにじっとりと汗をかいてるのを感じていた。

「おや〜、岩男くんっ。どうしたんだい…珍しいね。今日はウチで夕食を食べるのかな〜、おっ、それにしてもすごいなあ、ご馳走だっ…」

「あらあら、お帰りなさい」
 すごい騒ぎに、ママがキッチンから出てきた。にっこりとパパに極上の笑みを浮かべる。

「ごめんなさい、さっきはごま塩を切らしていたのに気付いて…お赤飯にはないと困るから、ちょっと買いに行っていたの…」

「赤飯?」

 うわ、パパ。さすがに岩男くんもいるから人前のちゅーはしないけど、そんなに背後からべたべたとママに触るのは教育上良くないわ。イエローカードものよ?

「へえ〜、何で? 赤飯なんて、樹の入学式以来じゃないか。今日は…ええと…何かあったのか!?」

 ママはお取り皿を並べながら、何でもない感じで言った。

「ふふ…、今日はね。特別の、特別の日なの。だから、頑張ってみました。…それはね…」

 うぎゃっ! 何っ!? どうして、こっちを見るのよっ!! その意味深な笑いは何っ!? ママっ…一体何を言おうとしているのっ!

 ちらっと見ると、あたしの隣で岩男くんもでっかい身体を小さくしてカタカタ震えていた。もちろん、冷静な彼のこと、見た目には分からないほどだけど…すんごく緊張してるのが分かる。

「特別…?」

 ママが口を開きかけたとき、それを遮るようにパパが言った。そして、何かに気付いたようにポン、と手を叩く。

「そっか〜、水くさいぞっ!! そう言うことは最初に俺に言ってくれなくちゃ…千夏は恥ずかしがり屋なんだからなあ〜〜〜っ!」
 パパは大きなリアクションでそう言うと、部屋中に響き渡るような大声で嬉しそうに叫んだ。

「4人目が出来たんだなっ!! いっや〜、それはめでたいっ!! 俺もまだまだ現役だなあ〜〜〜〜っ!!」


 ――パパ、…あの…?

 何だか、がっちゃんがっちゃんした感じで。全然ロマンチックにはなれないまま。あたしの人生の節目である一日は、こんな風に盛大なご馳走と共に幕を閉じていった。

 その後、パパの誤解を解くことに苦労したママ。でも…あのさ、岩男くんのお取り皿にだけ、牡蠣フライを山と盛りつけたのは…食べ盛りだから…だよね? そうだよねっ!?


 今日が中秋の名月で、実はまん丸お月さんが全て全てを見ていたことは…内緒。本当それどころじゃなかったわ。まったく。

おしまいです☆(030618)



<<BACK



Novel Index未来Top>しおん・みずひき・ねこじゃらし・6

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐***‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐***‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐***‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
感想はこちら >>  メールフォーム * ひとことフォーム