TopNovel未来Top>女神サマによろしくっ!・13


…片側の未来☆梨花編… + 13 +

 

 

「梨花ちゃんっ…、梨花ちゃんっ!!」

 ああっ、すごい。何なんだろう、この感触は。上等のベルベットのように滑らかな肌、うっすらと汗ばんで、呼吸が速くなって。指に絡みつく黒い髪が夢のように香った。

「どうしてっ、そんなこと言うんだよっ! 一体何がどうなってんだよっ…!」

 梨花ちゃんに幸せになって欲しくて。でも俺ではとても無理だから、突き放そうとするのに。まるで捨てられた犬か猫みたいに、追い払っても追い払っても付いてくる。

「聖矢く…んっ…」
 くすんと鼻を鳴らして。甘える声で梨花ちゃんが俺にしがみついてくる。

 うわっ、俺さ、上半身裸なんだけど。そこに…もう梨花ちゃんのやわらかいふくらみが…ぴとーっと。そう、なめらかに張り付いてくる。うぉおおおおおおおおっ! ぞくぞくするぞっ! こんなに興奮していいのだろうか。鼻息まで荒くなりそうだ。やめようぜ、馬じゃないんだからさっ…。

「嬉しい…聖矢くんの心臓の音がする。こんなに近くに行ける方法があったんだね…早く気付けば良かった。そうすれば、もっと一緒にいられたのに」

 何で、そんな風に言うんだよぉ〜、そう言いたいのは俺の方だ。もっと俺が…しっかりしていて、逞しくて、ついでに理系に強くて。どこから見ても梨花ちゃんにふさわしい男だったら良かったんだ。そりゃ、俺だって頑張るぞ、でも文系と理系の壁は厚いんだ。ついでにもともとの学力の差もある。でもって、あんなに梨花ちゃんにお似合いの男を目の当たりにして、もう勝ち目がないと分かり切っているじゃないかっ…!

 何で、何でっ…梨花ちゃんは。こんなに完成された素敵な女の子なんだよっ! もうちょっと俺に入り込む隙があったら、どうにかなったのに。

「梨花ちゃんっ…!」

 ああ、駄目だ。腕が外せない。と言うか、もう我慢出来ない。どうしようっ…こんなんじゃ駄目なのにっ!

「私、聖矢くんの彼女するの、楽しかったよ…」
 梨花ちゃんの綺麗な指が俺の背中を辿る。ひぇえええええっ…! ぞくぞくするぅ…!!

「いままでね、ずっとお姉ちゃんの妹って言われていた。
 だから、中学校とか別のところに行ったのに、それでも聞かれるの。似てるね、って言われると真似してるみたいでやだったし、でも頑張ってお姉ちゃんじゃない感じにしてみても、それでもいつも『槇原菜花の妹』になるのっ…もういい加減、解放されたかった。
 私に近づいてくる男の子なんて、みんな下心見え見えなのっ…お姉ちゃんには素敵な彼がいるから無理だから、妹の方でいいやって。そんなのばっか。

 もう――私なんてどこにもいないと思っていたの。誰も私なんて見てないのっ…!」

「そっ…、そんなっ――…」
 何てこと言うんだよ〜、そんなわけ、ないだろうがっ! 梨花ちゃんは梨花ちゃんだ。あの黒子のような取り巻きたちも、気障っちい勘違い男も、みんなみんな梨花ちゃんが大好きだったんだ。

「どうしてっ! …分からないんだよっ…! 梨花ちゃんはこの世に一人しかいないんだぞっ! …誰かと比べたり、そんなの変だよっ…。ひとりしかいない、大切な女の子じゃないかっ…!」

 

 ある日。忽然と現れた女神サマ。

 そりゃ、出逢いは強烈だった。本当に生まれたまんまの姿のヴィーナスだったんだからっ。自分の内側から放つ、光で輝いて、そこにいるだけでまぶしくて仕方ないほど素敵な女の子。誰も梨花ちゃんの代わりに何てなれないんだぞ。もちろん、お姉さんだって無理だ。

 

「…聖矢くん…」

 腕をどうにか緩めて、腕の中の梨花ちゃんを見る。いつか、見たな…ヴィーナス誕生の絵。貝殻の上に立っている裸体で…でも、エロと言うより美しかった。それと同じだ。こんな風にブラがずれて胸が露わになっても、ほんのちょっとの布が大切な部分だけを覆っている状態になっても、梨花ちゃんは綺麗だ。

 こんな風にしてると、本当に襲っちゃうぞ。俺はもう限界なんだから。

 何とも言えない感じで見つめていると、梨花ちゃんはふうっと笑った。目を細めて、愛おしそうに俺の頬を指で撫でる。

「聖矢くんも、…世界にひとりしかいないんだよ? 特別なんだよ…?」

 

「――えっ…」

 思わず息を飲んだ。何を言い出すんだ、いきなりっ…。

「どうして、逃げちゃうの? …私、追いかけるの、疲れちゃった。いつまで待たせるの…?」

 

 声が出なかった。

 何で? …梨花ちゃんが、どうして。分からないぞっ…!

「私のために、頑張ってくれたなら、最後まで逃げないで。…全部、受け止めてっ…!」

 

 …うっ、…うぅっ…!?

 俺の首にすっと腕を絡めて、梨花ちゃんがそっと口づけてきた。それはあまりに淡くて柔らかな感触。お互いの唇の表面をわずかにかする程度のふれあい。でも…でもっ…、もうそれだけで胸がいっぱいになる。もう俺は自分を押さえつけていることが出来なくなっていた。

「梨花ちゃんっ…! 好きだっ…、好きだよっ…!!」

 細い身体を押し倒して、その上に覆い被さる。今度は俺からキスした。やわらかい表面を舐めて刺激する。ぴくっと開いたその間に舌をねじり込んだ。

「……っ…!」

 もっと深く、もっと甘く触れ合いたい。夢中で彼女の口内を探っていくと、逃げ腰の舌がどうしていいのか分からないように、ためらっているのが分かった。知らないうちにもう自分の手が、ふっくらした胸を掴んでいる。ほとんど条件反射みたいなもので、頭で考えた行為ではなかった。豊かなふくらみはまるで招くように俺を誘う。

 …どうしよう。本当に、いいのだろうか、こんなで。

 そう思いながらも、だんだん、自分の欲求の方が強くなる。体中の血液が一気に頭に上昇してきた。梨花ちゃんにもっと触れたい、彼女の全てを感じて、吸い尽くしたい。一番近くにいる男になりたいっ…!

 

 つっと、頬にひんやりした指先が触れる。

「勇気、出して。…聖矢くんはとっても素敵よ…?」

 そう言ってくれる声が震えている。俺が手のひらを滑らせる滑らかな曲線も小刻みに震えているのが分かった。…どうして? まさか、あの…?

「りっ…梨花ちゃんっ! もしかしてっ…、あのっ…初めて?」

 

 何か間の抜けた台詞だったけど、言わずにはいられなかった。

 あの朝の一幕があったから、ずっと引っかかっていた。

 でもっ、この怯え方は演技じゃない。キスだって慣れてない。とても豊富な男性経験があるようには思えない。俺の今までの数少ない経験でもそれは分かる。初めての女の子って、やっぱ、特別で…手触りとか反応とかあんまりにも違うから、すぐに分かっちゃうんだ。

 

「えっ…、あ、――うん」
 俺の視線がよっぽど恥ずかしかったのだろう。梨花ちゃんは頬を真っ赤にして、目をそらした。

「あっ…、あのねっ。あのときもそんなじゃなくてっ…、その、ふたりして雨に打たれてびしょ濡れになっちゃって。私、聖矢くんを送ったら帰るつもりだったのに、帰らないでくれって泣かれちゃって、…どうしようかなとか思ってたら、聖矢くんが濡れた身体は気持ち悪いって、さっさと服脱いで寝ちゃったの」

 固まっている俺の下で、梨花ちゃんがぽつりぽつりと話し出す。なんじゃ、それは。その恥ずかしい情けない男は誰なんだよっ!

 

 聞けば梨花ちゃんは、ぐてぐてに酔っている俺をどうしても見捨てられなくて、ここまで送ってくれたのだという。そして、成り行きで俺の脱ぎ捨てた服を洗って、ついでに自分の制服も干して。時計は2時を回ってるし、もう家にも戻れない。俺は大の字になって寝てるし、服は乾かないし。着替えを借りようにもどこを探したらいいのかも分からなくて。

「だんだん眠くなっちゃって。で…もういいかって。聖矢くんよりも早く起きればいいかと隣に潜り込んだら…なんか気持ちよくて寝過ごしちゃったの。あの聖矢くんの驚きようを見て参ったなとか思ったんだけど…騒いでも仕方ないし、何でもない振りしちゃった」

 …パンツははいてたんだよ、と小さな声で付け加えた。

 

「…はあ」

 ちょっとがっかり。だよなあ…いくら何でも記憶が全然ないって言うのも変だと思ったんだ。って、ことは全てが俺の思いこみって奴か。それじゃあ、別に何の関係もないんだし、ここまで俺に付き合う理由もなかったんじゃないのかなあ…梨花ちゃんは。

 

「私ね」
 火照った頬をシーツにくっつけて。梨花ちゃんが言う。

「あの日の夕方…帰宅した家の前で…お姉ちゃんたちがキスしてるの、見ちゃったの」

 そんなの当たり前なのに…すっごくショックだったって梨花ちゃんは言った。気がついたら、夜の繁華街でボーっと歩いていて。何となく入ったお店で、俺がとぐろを巻いていたと。

「じゃ…じゃあ、それって…」

 別に相手が俺じゃなくても良かったんじゃないか? だいたいそんな危ない場所をうろついていて、マジでどっかに連れ込まれたりしたら、抵抗出来ないじゃないか。いいのかっ…そんなに無防備で。危なすぎるぞっ!

「いやあね…」

 梨花ちゃんは可笑しそうにくすくすと笑う。ピンクに染まった頬。可愛いよぉ〜、こう言うのを食べちゃいたいって言うんだろうなあ。

「何のために柔道やってたのよ。そのほかにも空手もかじったし、護身術もバッチリよ。嫌いな男が言い寄ってきたら、投げ飛ばしちゃうわ」

 

 ――あ、そうか。

 だよなあ…。可愛い女の子って大変だな。お姉さんはあの強力なナイトがいるだろうけど、梨花ちゃんはずっとひとりでいたんだ。自分で自分を護ろうとして。

 

「聖矢くんも…言うこと聞かないと、投げ飛ばしちゃうわよっ…? いいの?」

 ああっ、駄目っ! 本当に限界っ! これ以上は駄目だ。俺は彼女の背中に手を差し入れながら、生意気な事を言って煽ってくる口を塞いだ。

 

***   ***   ***


「あぁんっ…、ちょっとっ…!」

 甘い声が鼻から抜けていく。白いシーツの上、乱れた黒髪が幾重にも流れて蜘蛛の糸みたいだ。こうして背中をベッドにはり付けて、彼女はもうどこにも行けない。俺に好きにされるだけなんだ。こんなのって…いいのだろうか。でもっ…現実なんだ。手のひらがひとりでに汗ばんでくる。こんな綺麗な身体、雑誌でもビデオでも拝めない。

 梨花ちゃん、初めてなのに。どうしてこんなに感じるんだろう。怖がっているだけじゃなくて、恥ずかしがっているだけじゃなくて、自分からちゃんと気持ちよくなりたいと思っているみたいだ。こう言う時まで完ぺきな人間になろうとするのかな? 大丈夫なんだろうか、こんなに頑張って。

「何? …ここがいいの?」
 たわわな果実…って、よく唄の文句に出てくるけど、それだよ。手に余るくらい膨らんでいて、でもすごく手触りがいい胸。そのてっぺんの蕾は信じられないくらい感じやすい。ぺろんと舌で舐めただけで、びくびくと反応する。自分がすごいテクニシャンになったような気がするな。

 初めてだから、大変だろうなって思ったのに。そっと触れたその場所は、どっきりするくらい潤っていて、どうしたんだろうと思ってしまう。布の上から触れただけでふっくりと膨らんだ場所が熱くなっているのが分かる。どうしよう、我慢なんて出来ない。もういいかな、コレで出来るかな…?

 そう思いつつも、ずるずると小さな布を足から引き抜きながら、注意深く指を差し入れた。

「……っ!」
 梨花ちゃんの脚がぴんとつま先まで突っ張って、硬直する。まだやわらかい入り口を探っただけなのに、いいの? 大丈夫なの?

「梨花ちゃん…?」

 嫌がらないからここまで普通に来ちゃったけど。そんなに身体もほぐれてこないのかな? そっと伸び上がって、キスしたら、かくんかくんと震えていた口元が消えそうな声で言った。

「怖いっ…、何だか身体が熱いのっ…、どうしたらいいのっ!」

 するっと抱きついてきた腕を払わずに。俺は彼女の中央に指を差し入れながら、もう一方の手で静かに髪を梳いた。滑らかな流れが少し湿ってきている。汗なのかな。背中にもじっとりと湿り気がある。

「我慢はしなくていいから…少し力を抜いた方がいいかも? …このままだと辛いよ?」

 くぅんと鳴いて。必死に腰から下を楽にしようとしてるのが分かる。ただ、こういうのって頭で分かっていてもなかなか上手く行かないんだよな。仕方なく、くぷっと指を奥まで差し込むと、彼女は俺の胸に爪を立てた。

「いやっ…んっ…! …あぅっ…!」
 くちゅくちゅとかき混ぜる。ひどく抵抗したのは最初だけだった。あとは荒い呼吸で応えてくれる。感じているという手応えはないものの、俺にこうして任せてくれることが嬉しい。おへその下がぴくぴくっと言って、時々腰がくねる。清流を泳いでいく魚みたいな滑らかな動き。

「…どう、大丈夫…? いけそう?」

 あまりに呼吸が激しくて、声にならない。小さく頷いた梨花ちゃんにもう一度優しくキスした。舌を絡めると、今度はちゃんと彼女からも反応してくれた。ちゅっちゅっと、口の中でうごめき合う艶めかしい感触。息が上がりながらも必死になってくれている。こっちももう限界だ。

 

 梨花ちゃんの手から渡されたものを素早く付けて、そっと腰を進める。指とじゃ太さが違うもんな…、梨花ちゃんもあまりのことにぎゅうううっと身体を堅くする。

「駄目だよっ…、楽にしてくれないと入らないっ…力抜いてっ…!」

 涙目の梨花ちゃんは俺を見上げて、何度も首を振る。どうしていいのか分からないらしい。シーツを握りしめている手をはがして、ぎゅっと握りしめる。指と指を絡めたら、ものすごく親密になった気がした。初めて手を繋いだ時のときめきが思い出される。これから、もっと近くに行くんだ、もう…これ以上いけないところまで。

 そう思ったら、何だか勇気が湧いてきた。苦しそうにしている梨花ちゃんを早く解放してあげたい。そのためには俺が彼女の火照った熱を全て受け止めて行かなくてはならないのだ。信じられない熱さがまとわりついてくる。薄い膜越しに彼女の全ての思いを感じる。

 辛そうに肩で息をしている梨花ちゃんは、それでもふっと淡く微笑んでいた。分かるんだ、今どうしているか。俺たちがこれからどこに向かおうとしているのか。

「…うん?」

 俺をじっと見つめて、何かを必死で言おうとしている梨花ちゃん。そっと耳を寄せると、熱い息がふうっと掛かった。

「…大好きっ…!」

 ああ、やっぱり。何て可愛いんだろう。いいのかな、こんな風で。俺、すごい幸せなんだけど…!

 返事の代わりに口づけて。顔中に口づたいに想いを乗せながら、ゆっくり動き出す。どう見ても感じているとは思えない悲しげな声が微かに上がる。でも躊躇しなかった。

 

 心のどこかで気付いていた。

 相手がどうしたいのか、どうしたら喜んでくれるのか。それを考えることはとても大切だと思う。でも…そのために自分が犠牲になっていいのだろうか? 我慢しすぎたら、どこかで上手くかみ合わなくなる。ふたりの融合出来るラインを探すんだ。そうしてふたりで同じくらい幸せになるんだ。

 最初は…俺ばかりがうきうきして浮ついていた。その次は梨花ちゃんが最高に幸せになる方法だけを考えてしまった。そこに自分がいる未来なんて考えつかなかったから。最高に幸せになるためには最高の相手がいないと駄目なんだと信じてしまった。

 …もしも。梨花ちゃんが、俺を求めてくれるなら。こんな風に自分から勇気を振り絞って飛び込んできてくれるなら。俺は…それに応えられるだけの自分を目指して、努力して行かなくてはならないのだ。あの男のように誰から見ても最高の存在にはなれないだろう。でも…自分で出来る限りの、俺になれたら。梨花ちゃんが、そんな俺を好きだと言ってくれるならっ…!

 

 …ああ、熱い。彼女の身体に引き込まれたまま、本当に焼き付きそうだ。何て、満ち足りた気分なんだろう…こうして梨花ちゃんにやわらかく包まれていると、全てが上手く行きそうな気がしてくる。やっぱり梨花ちゃんは幸運の女神なんだね。

「あんっ…、うぁん…、ふうぅっ…うんっ…!」

 俺の動きに合わせて彼女が奏でる音楽。心地よくてずっと聴いていたい。全てを赦してくれるレクイエム…でももうそろそろ限界が来る。

「あぁっ…、梨花っ…ちゃんっ…っ…!」

 想いが流れ出す。激しく波打って。その瞬間、頭の中が真っ白な光りで満たされて、目の前から全てが消し飛んでいた。

 

***   ***   ***


「…聖矢…くん…?」

 まだ、お互いの息が荒い。ついでに汗でぐっしょりだ。でも…そんなことも気にならない。こうして抱き留めることの出来る身体、最高に素敵だ。このまま…ずっと一緒にいたい。もう離したくない。誰よりも何よりも大切な存在だ。

 何度も何度も口づけて、身体の火照りを冷ましていく。ぎゅっと抱きしめても、それでも足りない気がして。ついさっきまで、もう二度と会わないとか思っていたのが信じられないほど…本当に本当にたまらなく愛おしくて。

 この想いをどうやって処理したらいいのか、俺は思いあぐねていた。

 梨花ちゃんは、俺にしっとりと身体を預けたままで、安心しきった感じでぼんやりしてる。知的な優等生なのに、誰の手にも届かないほどの気高い近寄りがたい女の子なのに。生まれたまんまの姿の彼女は、抱きしめていないと消えてしまいそうに心許ない。俺がいないと駄目なのかなとか、妙な保護者意識が芽生えてくる。

 

 …でも、それよりももっと。もっと…あのっ…。

 

「あの…? 帰らなくて、大丈夫かな。この前も…その、まずかったんじゃないの?」

 ふと気付いた振りをして聞いた。時計は9時を回っていた。

 まあ、気になってはいた。高校生の女の子だ。朝帰りなんてしたら、大変なことになる。結構お父さんもしっかりしてそうだし…梨花ちゃん、問いつめられたりしなかったんだろうか。

「え〜、大丈夫よ…」
 梨花ちゃんはくすっと笑った。

「お姉ちゃんはね、すぐに顔に出ちゃうから、色々言われるんだけど。私は友達の家で勉強会とかよくしてるから、両親に信頼されてるし、遅くなったら電話一本で外泊出来るのよ。今日も大丈夫よ…?」

 

 …うわ。聞いていないことまでしゃべるかなっ? それって、…あの、いいのっ!? ああっ、もう我慢出来ないよ〜〜〜〜っ!

「りっ…梨花ちゃんっ…! あのさっ…!」

 がばっと。もう一度、ベッドに押し倒して、柔らかな体に触れ始めていた。駄目、一度きりなんて我慢出来ないっ…、朝までオッケーだったらいいよなっ、もう…。

「あんっ! 駄目だってばっ!! いやぁんっ…!」

 

 ぶわんっ!!

 …うわっ! ばっちりと押さえ込みの状態だったのに、大逆転。気がついたら、俺は床の上にひっくり返っていた。何も着てない状態で、…、もう何とも男として恥ずかしい格好だ。ちゃんと存在感を保っているものが、腹の下から持ち上がってるし…ひぃいいいいいっ!

 呼吸も乱れていない彼女は、涼しげな笑顔で俺を見下ろしていた。そうか、いきなり投げ飛ばされたんだと気付く。黒帯有段者なのは本当だったのかっ! でも、何もこんな時に証明しなくたって…。

「駄目よっ…、コレはお礼なんだからっ! 今日は一度きりなのよっ! もっとしたかったら、またいい成績を取ってね。そしたら、ご褒美にあげるわ」

「え……?」

 何じゃそれ、そんなのありかよ〜〜〜っ!? のろのろと起きあがった俺に、シーツを身体に巻き付けたヴィーナスはにっこりと微笑んで言った。

「無理やりなんて、駄目ですからね。寝技で落としちゃうから。警察沙汰になったって、正当防衛にしちゃうわ…ふふ、分かったわね?」

 

 それから、ずるずると白い布を引きずりながら、俺の机を確かめる。参考書とか、問題集とか、引き出して中を見て。

「私、中間テストがあるから。文系科目の勉強もしなくちゃなの。丁度いいわ、時間はたっぷりあるし、今日はみっちりやりましょうか…?」

 

 ――ええええええええっ!? ちょっと待てっ! そんなぁっ…、梨花ちゃんっ!!

 その透き通った肌、濡れた唇、ほんのりと色づいた頬。

 目の前にして、秋の夜長に学問に励めるかっていうのっ! 絶対無理っ…拷問だあぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!

 

 あんまりのことに呆然としていると。梨花ちゃんがすりすりっと近寄ってきて、床に膝を付いて俺をにっこりと見上げる。そして、胸元のシーツをしっかりと押さえたまま、ほっぺにちゅっとキスした。

「信じているわ、聖矢くんっ。頑張って、来年の春からは一緒にキャンパスライフを満喫しましょ」

 あああああっ! 何だよぉ〜〜〜〜っ!! そう、これぞ本当の女神サマ。そして俺の運命は意外な方向に、進み始めていたのだ。

 

 ――これは…そんな長〜〜〜〜〜い道のりの、ほんの最初のお話。



おしまい♪(030818)

 

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