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……メンバー総出演☆真夏のバーベキューバトル??

-------------------------------------------------------------------その4槇原梨花

 あら、ナイス・タイミング。ちょっと助かったかも?

 急に辺りの空気が変わるのを察したのは私だけではなかったみたい。隣に立っている聖矢くんの頬に、ようやくゆとりの色が浮かんだ。

 

「……薫子ーっ!」

 それは、私の弟・樹の声。

 伸びやかなテノールが庭中に響いて、私たちの目の前にいたパパとママはハッと視線を移した。ふたりの振り向く仕草がほとんど同時だったあたり、夫婦だなあって感心しちゃう。

 子供みたいに大きく手を振る姿なんて、何だか久し振りに見たわ。あの子、この頃はヤケに格好付けちゃって、家族の前でもすましちゃってるの。そうじゃなかったら、ブツブツと悪態付いてるか。まあ良くも悪くも「成長した」ってことなんだろうね。身内としては喜ばしいと言わなくちゃならないだろう。

 

  今はあの通りに背丈もパパをしのぐほど伸びちゃって、身体だけは立派なものだけど。

 樹も小学生の頃はその辺にいる悪ガキと同レベルで、お友達とゲームしたりカードしたりの毎日だった。そのくせ、気弱なところもあってね。私や岩男くんがやっているってことで、柔道にも誘ったんだけど、見学に来ただけで逃げちゃったの。

「みんな、おっきくて怖い……」

 やっと見つけた裏山の大きな木の陰、膝を抱えて涙目でそんな風に言うのよ。いきなり高学年の本格的な稽古を見せちゃったから、よほど怖かったんだろうな。何かあまりにもその姿が可愛くて、笑っちゃいけないと分かっていても顔がにやけて来ちゃったわ。

 ちっちゃい子は誰でも可愛いものだって言う。だけど、樹はとにかく特別だった。ママが言ってたわ、ベビーカーでお買い物に出掛けるたびにスーパーで知らない人からお菓子を貰っちゃうって。お姉ちゃんや私の時も確かに声は掛けられたけど、こんなに頂き物をしたことはなかったわって驚いてた。でも、今思い起こせば納得。ホント、天使みたいに可愛い子だったもん。

 学年では2つ違いだけど、私は9月で樹は3月生まれ。実際には、2歳半離れてるのね。パパが脱サラしたことで家の中も色々変化してゴタゴタしてたから、幼稚園バスの乗り場までの送り迎えとかおやつとかみんな私の担当だった。我ながら良くできた娘だったと思う。樹もすっごく懐いてくれていて、「世界で一番、お姉ちゃんが好き!」とか言ってくれたっけ。
小学校に入った後も、工作で鉛筆立てとか小物入れとか作ったときは、必ず私にくれた。バレンタインにチョコを貰うのはあの子にとって物心付く前から当然のことだったけど、ホワイトデーのお返しはいつだって私のが一番豪華だったわ。しかも手作りよ、手作り。最初はデコチョコで市販品のクッキーとかにメッセージを書くだけだったけど、器用だったんだろうね、毎年どんどんグレードアップ。

 それがいつの頃からかなー、「全ての女の子の味方だよ」みたいなポーズで博愛主義みたいになっちゃって。付き合う相手はどんどん変わるし、後腐れもないみたいだし、何だろうって思ってた。もちろん、私も学校とか予備校とかで忙しくなったし、だんだん距離を置くようになっちゃったしね。
  それでも、あの子が何か落ち込んでるときはすぐに分かったし、進学のこととかで困ったときは一番頼りにしてくれるって知っていた。

 

 ……その、樹がねえ。

 ふうって小さく溜息ついたら、別の意味に取られちゃったみたい。心配顔の視線を額の辺りに感じて、ハッとする。心配そうな瞳。大丈夫だよって想いを込めて、誰にも見えないようにきゅっと手を繋いだ。

 

 だいたい、何なのよ。パパってば、ちょっとひどいと思う。

「ようこそ、いつも梨花が大変お世話になっています」

 とか言いながら向けた、あからさまで気色悪い視線は何っ!? あんなにじろじろ全身チェックすることないじゃない、失礼よ! 悪いけど聖矢くんには必要以上のムダ毛とかないからね。シャツの袖口から覗いたって無駄なんだからっ!

 その後も延々と続いた誘導尋問のような問いかけの数々。出身地はどこかとか、御両親の職業はとか……それってお見合いの釣書ですか? とても初対面で聞くことじゃないと思う。その上、聖矢くんがまだ自動車の運転免許を持ってないってことを知ると、みるみるうちに勝ち誇ったような顔になるの。

「俺は大学に進学したその夏には教習所通いをしたけどなあ。そりゃあね、今はいいかもしれないよ? でもこの先いつ必要になるか分からないだろう。就職すればまとまった休みなんて取りようがないし、大学だって専門課程になれば多忙だ。やはり先を見越して計画を立てないといけないと思うけど……」

 もうっ、だから何だって言うのよ。パパがいつ免許を取ったかなんて、誰も聞いてないでしょ? それに私に対してはそんな話は今までひとこともしてないわよね。どうして聖矢くんにだけ、そんな冷ややかな視線を向けるの。彼、びびっているじゃない。
  史学を専攻してるって聞けば、「じゃあどの辺りを専門に研究しようと考えてるのかな?」とか切り返してくるし。そんなのまだ入学して半年も経たないんじゃ決まってるわけないでしょう、本当にいい加減にしてよねっ!

 私は自分の皮膚の下で、無数の毛細血管がぷちぷちと弾けてるような気がしてた。まあ、実際にそうなったら内出血しまくりでやばいけど、感覚としてはそうだったの。

 何よ、パパ。岩男くんのことは本当の息子みたいに子供の頃から可愛がっていて、今だってお姉ちゃんとの結婚が決まってホクホクしてるんでしょ? そりゃあパパには本物の息子もいるけど、樹は頭の先から足の裏までパパそっくりだもん。あれじゃあ、可愛がりようがないって感じ。だからこそ「同士」のように付き合える相手を探していたはずよ。

 

 ―― あのね、言わせて貰っていいかしら、パパ。

 聖矢くんは、見た目はイマドキの若者っぽいかも知れない。けど、中身はすごくしっかりしてるんだから。きっと浪人中に色々学ぶこともあったんだろうね、同じ年の仲間と比べても「人間出来てるな」って思えるよ? 私の大学の仲間にも聖矢くんと年齢が同じになる人いるけど、甘っちょろい考えで全然なってないもん。 

 

 私、パパのことなんて全然怖くない。

 その気になれば、すぐにでも応戦出来る体勢だった。でもやめたの、だってそんな争いごとは聖矢くんの望んでることじゃない。彼は彼なりに、この状況に溶け込もうって一生懸命になってるのよ? それを気遣ってあげるのが立派な年長者ってものじゃないかしら。ほーんと、パパってコドモなんだから嫌になるわ。

「まあ、予備校でバイトを。偉いわ、それに今は夏期講習のシーズン中で忙しいでしょう? よくお休みが取れたわね」

 ピリピリと、青白い火花が飛び交うその隣で。ママはいつもと少しも変わらない笑顔で、やさしく聖矢くんに話しかけていた。そういうところが相変わらずよね、ママ。すごいわ、パパがこんなに青筋たてているのに、全然動じてない。

「そのシャツもとてもよくお似合いよ? ……ああ、似たような色合いのが透のワードローブに合ったかも知れないわ。さすがにこの年齢になると、あまり派手なのはおかしいから困っていたの。ええ、あとで見繕って梨花ちゃんに持たせましょう。きっとサイズもぴったりよ?」

 あああ、そんな風に言うから。またパパが怖い顔してるじゃないの。口に出さなくても頭の中は丸分かりよ、「何言ってるんだ、俺はまだまだ若いぞ」とか何とか。もうっ、変なところで負けん気が強いんだからっ……だから、樹ともあんな風にやり合うんだわ。

 まあ、一悶着はあると思っていたけどね。それでも単独よりはこんな風にみんなが集まる場所の方がマシかと考えていたのよ。そもそも、聖矢くんは私とつきあい始めるときだって、乗り気じゃなかった。いっつも逃げ腰で落ち着きがなくて、一緒にいても全然楽しそうじゃなかったわ。
  もしも私が特定の男の子と付き合ってるって知ったら、ウチの両親は「すぐにでもお目に掛かりたい!」って言い出すに違いないと思った。私としてもいつまでも内緒にしておくのはどうかなと悩んだわよ。けどね、こういうのってまずはふたりの関係がしっかりしなくちゃ。

 出会ってから、丸1年。積んでは崩れ、積んでは崩れの私たちの軌跡。うーん、これでも第一関門を突破ってことになるのかなあ……、ちょっと自信ない。

 

「やあ、上條くん。久し振りだね」

 パパとママが消えた空間に、今度は岩男くん登場。聖矢くん、急に顔がほころんで嬉しそうな表情になる。そうよね、岩男くんとは何回も会ってるし。たまにお姉ちゃんと4人で一緒にご飯食べたりしてるんだ。その上私の知らないところでも、何やら連絡を取り合ってる感じ。こういうの、嬉しいよね。自分が以前岩男くんに抱いていた感情を思えば、ちょっと複雑ではあるけど。

「炭とか飲み物とかの補充をしたいんだけど、手伝ってくれるかな? ……そうそう、梨花ちゃん。炭が2種類あるんだけど、どっちから使ったらいいのだろう。……知ってる?」

 ふふ、さすが岩男くん。聖矢くんが身の置き場がなくて困ってるのもちゃんと分かってるのね。何か嬉しくて、にっこりしちゃう。やっぱりふたりが仲良くしてくれると嬉しいな。

「あ、炭ね……」

 知ってるわよ、もちろん。数日前、それで我が家は大変な騒動になったんだから。お姉ちゃんは残業で遅かったから巻き込まれなくて済んだけど、夏休み中の私はえらい目にあった。

  私の表情を見てだいたいのところは予想したのだろう、何も知らない岩男くんと聖矢くんも神妙な顔になる。そして示し合わせたように、ふたつ並んだバーベキューの焼き場に視線を移した。

 玄関を入ってすぐの靴箱の前。そこにはとても一度のバーベキューでは使い切れない量の炭が、しかも2種類置かれていた。ひとつは白炭、もうひとつは黒炭。これが騒動の引き金だった。

 だいたいね、やたらと張り合いすぎなのよ、あの父親と息子。樹も何を考えているんだろう、「彼女を招待していい?」と切り出したところまでは普通だったけど、そのあと自分で貯めたバイト料でわざわざ新しいバーベキューの道具を買ってきたんだ。それには私もちょっと呆れたわ。だって、今回のメンバーは多くても8人、パパのかまどがあれば十分な人数だ。
  ウチではひと夏に数回、バーベキューのパーティーが行われる。お招きするのは、ほとんどがパパのお店のお得意様や大学時代のお友達。一番多いときで20人以上になったときもあったけど、それでも段取りを考えてどうにかなったわよ。何も炭火焼きしたお肉や野菜だけがご馳走じゃないもの。他にもサラダとかおつまみとかデザートとか色々並べて、ガーデン・パーティー風に仕立てればいい。

 それが……どういうこと? もうあの子ときたら「今回は自分が仕切るから」と言わんばかりで、材料とかも全部揃えるって言い出すの。これにはパパもびっくり。「何言ってるんだ、今回の主催は俺だ」って大反発。一応、ママが取りなしたりしたけど全然駄目で、もうこれは放っておきましょうって結論になった。

 そしたら、なのだ。

 パパはいつも決まったお店から、愛用の炭を大量に取り寄せる。だから、樹にも「用意しなくていいぞ」って念を押したのよね。それなのに、あの子、勝手に購入してきて。それが「白炭」だったわけ。パッケージを見た途端に、パパは嬉しそうに笑うの。そして勝ち誇ったように言ったわ。

「何だ、樹。お前はやっぱり何も知らないんだな。バーベキューには黒炭で十分なんだよ。確かに白炭は火力が強いが、火がつくまでに時間が掛かるし、素人には扱いにくい。飯ごう炊飯とかならまだしも、ただの炭火焼きには向かないな。それは使い道がないから、返品してきなさい」

 まあ、パパの言うことには一理あった。けど、その言い方がいくら何でも大人げなかったわね。今までもパパに対して小さく反発することは何度もあった樹だったけど、今回はすごかった。もう言い返しもしないの、むっつりとしてそれでいて圧迫感のあるオーラをびんびんに発していたわ。

 ――で、それならば火力の強いのを活かせる料理にすればいいって、結果がアレ。樹曰く「今ちまたで大流行の最新トレンド。ドネルケバブ」っていうことだけど……どうするのかしら、あんなに大量に。肉料理は苦手じゃない私でも、さすがにあの巨大な肉片にはびっくりよ。

「そうか、……じゃあ樹くんの方が白炭だね? そちらを上條くんにお願いしようかな」

 岩男くんは首をすくめて、それでも余裕の微笑みでそう告げる。さすがに年期が違うわね、この状況でも全然動じてないわ。辺りに張りつめたたとえようのない禍々しい気配、その中で普段通りに仕事が出来るのはきっと全世界をくまなく探しても岩男くんしかいない。

 

「……ねえねえ、梨花っ! あの子じゃない? 樹の彼女っ!」

 男性陣ふたりが作業に入っていくのを見送ると、今度はお姉ちゃんがさささっとすり寄ってくる。そのうきうきした表情、弾むような足取り。……いいんだけどね、それがお姉ちゃんの持ち味なんだから。でも、何て言うかな、もうちょっと現状を把握した方がいいかも。

 まあ、そう思いつつも。私もそちらに振り向いた。

 

 ――あら、思ったよりもまともだわ。普通の女の子じゃないの。

 

 実はそれまでも、そっちを横目でちらちらチェックしてたのよね。でも、視界を遮るように樹の背中があって、肝心の彼女が全然見えなかったの。ああ、やっとどいてくれたわ。何かあちらの父子はふたりで並んで「焼き」の作業を再開したみたいよ?

 マリンボーダーのTシャツに白い帽子、ホワイトデニムの半端丈パンツ。ちらりと見えるイレギュラーなヘムスカートは控えめの丈で可愛い。ボーイッシュ過ぎない甘さをきちんと抑えた組み合わせね。ゆるゆるの三つ編みにした髪は綺麗に手入れされていて、あれはプロの技だわ。……ふうん、樹ってああいう子が好みなのかー。

 

 高校生ともなると、学校では地味目に抑えていてもプライベートになると途端に派手になる女子が多い。私はクラスメイトの中でもどっちかというと落ち着いた雰囲気の子と仲良くなったけど、そう言う子でも泊まりに行って机の上を見るとずらーっと色とりどりのコスメが並んでいて驚いた。
「梨花ちゃんは、どんなシリーズを愛用してるの?」とか話を振られて、困ったわ。今もほとんどメイクらしいメイクをしてないけど、あの頃はもっと無頓着だったもん。ママが「スキンケアだけは、手を抜かずに若いうちからしっかりしたほうがいいわ」って言うから、何となく見よう見まねでそれだけ。使っているのも、ママが揃えてくれたやつだし。

 恥ずかしいんだけど、どれをどう使うかも分からなくて、一通り友達にやってもらった。

 もう、びっくり。人間の顔ってこんなに変わるのね? って思ったわ。ほら、ウチの高校は結構頭のいい子が多かったし、だからやるときはとことんやるって感じで研究熱心なの。きちんと欠点をカバーして長所を生かす仕上がりになっていて、舌を巻いた。
  まあ、教えてもらったからと言って、すぐに実践に移せる訳じゃないし。その辺の知識は同年代の女子に比べたら、かなり遅れてると思う。自分でもどうにかしなくちゃ、って思ってるんだけど。

 

 だから、初めて会う彼女に、ちょっと親近感を持った。最初からメイクばっちりの子が来ちゃったら、きっと心のどこかで「嫌だなあ」って思っちゃったはず。ああ、私ってば、そのまんま母親の心地になってるね。やっぱり、一時期でもべったりで付き合った弟だもの、いい加減な相手じゃ許せない。
  今までどんな女の子と付き合っても家族に紹介なんてしない子だったのに、今回は自分から言い出すんだもの「これは、違うな」ってすぐに分かった。樹はかなり本気なんだと思う、色々買いそろえて準備したのも彼女にいいところを見せたいからなんだろうね。

 ――ま、第一印象はOKということで。

 だけど、まだ100%認めた訳じゃないから。樹の彼女になるために猫をかぶってるだけで、本当はとんでもない子だってことも十分あり得る。私の周りにたむろってた、あの勘違いな男たち。その女版が樹の周りにはいっぱいいるはずよ?

 樹が変な女に引っかかったりしたら、大変だもの。ここは気合いを入れて掛からなくちゃ駄目だわ。浮ついてる他の家族には任せておけない。これはきっと、私に課せられた重大な任務なのよ。

 

「今、パパたちの会話を盗み聞きしてたんだけどっ。どうも、あの子って樹のクラスメイトみたいだよー。でも、どう見てもただの友達じゃないよね? 何かもう、ドキドキして来ちゃったっ!」

 突っ立ってるのも可哀想だから、テーブルに案内して飲み物でも出してあげようかな? って。お姉ちゃんは、ぱたぱたと走っていく。

 あああ、駄目だよー。

 それだけでもう、彼女はびびってる。ほらほら、常人には辛い状況なんだよ、分からないかな。さっきからずっと、どうしていいのか分からないようにびくびくしてるし、これ以上刺激を与えるのはまずいよ。樹も何だろう、自分が呼び出したんでしょう? もうちょっと、彼女が落ち着けるように気遣ってあげたらいいのに。

 

 男ふたりは、この上なく真剣な眼差しで肉を野菜を焼き続けている。

 その向こう、カットした果物を手に、にこやかな微笑みのママまでが、最新のお客様の座るテーブルの方へと歩いていった。





つづく☆(050918)

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