TopNovel未来Top>とある日曜日。




……コウノトリが運んできた新しい家族、でも「おねえちゃん」になった空はご機嫌斜めで……

※こちらはチャリティ電子書籍企画に参加させていただいた作品の再録になります
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 最近、我が家のお姫様はすこぶるご機嫌が悪い。
  もともと感情が豊かで思ったことをすぐに口にするタイプではあったが、それにしてもこのところの低気圧ぶりは半端じゃない。しかも今までであったら一緒になって騒ぎまくってくれた「同志」にあっさり裏切られ、その顔つきは日に日に険しくなっている。
  日曜日の昼下がり。
  リビングの白いカーペットの上に寝ころんだ彼女は、つり上がったまつげに三角になった目。全身で怒りを表現していた。
「あらあら、空(そら)。こんなに、なにもかもを散らかしちゃ駄目でしょう」
  そこにたくさんの洗濯物を抱えた彼女の母親、つまり俺の妻がやってきた。積み木やブロック、着せ替え人形とその服までが散乱した中を、つま先立ちで進んでくる。
「そーらっ、どうしたの? お耳がどこかにいっちゃったかしら」
  妻があきれ顔でそう呼びかけても、彼女はぷいと横を向いたまま。でもちいさな耳がぴくぴくして、母親の声がちゃんと聞こえていることは明らかだ。
「駄目でしょ、空。もうっ、いい加減にしなさい」
  洗濯物をソファーに置いた妻が彼女を丸太ん棒のように動かない彼女を起き上がらせようとしたとき、その腕をすり抜けるように小さな身体が立ち上がった。
「いいもんっ、そらはわるいこになるんだから!」
  開けっ放しの窓からは、冷たい風が吹き込んでくる。母親似の真っ直ぐな髪が、彼女の肩先でふわりと舞い上がった。
「ママなんてだいきらい! だって、やくそくやぶるんだもの。うそつきのママのいうことなんか、そらはきーかないよーだ!」
  全身がトゲトゲのハリネズミ。小花模様のブラウスも赤いジャンパースカートもそれはそれは可愛く似合っているのに、この台詞はいただけない。
「……空っ!」
  妻が思いあまって叫んだそのとき、ベビーベッドの中で赤ん坊が泣き出す。慌ててそちらに向かう母親の姿を睨み付けたお姫様は、そのまま靴を履いて外に出て行ってしまった。
「あ、俺が行ってくるよ」
  読んでいた文庫本を棚に置いて、俺は立ち上がる。
「ごめんね、聖矢くん」
「ううん、気にすることないよ」
  赤ん坊を抱き上げた妻が申し訳なさそうに声を掛けてくる。だから、安心させるように努めて明るい笑顔で応えた。

 今年、妻の姉弟は出産ラッシュを迎えている。まず四月にはお姉さんの菜花さんが、そして八月には弟の樹くんのところで。それから、先月の十月には我が家に新しい家族が加わった。三人の孫が同学年ということで、槇原のお父さんとお母さんもとても喜んでくれている。
  ――しかしながら。
  そんなおめでたい話にも、イマイチ乗り切れてないのが五歳になったばかりのお姫様だ。彼女はずっと「妹」を熱望していたのに、生まれてきたのは男の子。双子の兄である陸(りく)が願い叶って大はしゃぎだったことも災いして、その後はずっとこんな調子なのだ。
  最初の頃はすぐに気持ちを切り替えるだろうとたかをくくっていたが、誰に似たんだかこの娘、かなりしぶとい。こういう粘り強さは人生にはプラスになることも多いが、今回に限っては諦めてもらうほかないのだ。
「だったら、いもうと、うんで! すぐに!」
  唯一の妥協案はそうなるらしいが、これについてもあまりに現実的ではない。
  俺自身も兄弟は多かったし、だから子供の人数が増えることには寛容な方であると思うが、それでもやはりモノには限度がある。
  しかも他の家の赤ん坊もすべて男の子だったため、「妹を可愛がる」という彼女の夢は、完全に潰えた。とりあえず、菜花さんのところの羽月ちゃんは彼女よりも一歳年下なのだが、妹として扱うにはやはり無理がある。
  妻も俺も、あの手この手で説得したのだが、どうにも埒があかない。へそ曲がりの娘との果てしないバトルに、産後疲れの妻はさらなる苦行を強いられているのだ。
  赤ん坊は男か女か、必ずどちらかの性別を持って生まれてくる。そしてその確率は、ほぼ五分五分。近頃では産み分けをするとか、そういう方法もあるらしいが、我が家にとってはあまり縁のない話だ。
  そりゃ、娘の悔しい気持ちもわかる。俺も自分の下にふたり妹が続いたときには、内心がっかりしたものだ。だが、こればっかりは仕方ない。どんなに悔しくても諦め、受け入れるしかないのだ。
  すでに話したとおり、娘には双子の兄がいる。ほとんど同時にこの世に生を受け、小さい頃から何処に行くのも一緒。性別なんて関係なく、本当に仲の良いふたりだった。
  だが、子供の世界でも保育園も年中組になると、次第に性別というものを意識し始めるらしい。ここに来て、陸の方は同級生の男の子の家に入り浸るようになっていた。その家にはお兄ちゃんもいて、彼は今男社会の洗礼を受けている。帰宅すると擦り傷が増えている気もするが、本人がけろっとしているのだから大丈夫だろう。
  しかし、そうなるとおもしろくないのが娘だ。
  彼女だって、双子の兄と一緒に遊びに行きたいと思っている。それなのに、「お前は駄目だ」と拒否されるのだ。今までかけっこだってサッカーだってゲームだって同じようにやってきたのに、いきなり「女は仲間に入れない」と言われてしまう。本人にしてみれば、ひどいショックだったと思う。
  だからこそ夢見ていたんだろう、小さな小さな妹の誕生を。確かに妻の妊娠中は、せっせとお手伝いをしていたし、「お姉ちゃんになる」という希望に満ちあふれていた。
  だけど、生まれてみれば男の子。
  彼女の夢は脆くも崩れ去り、あとには虚しさばかりが残った。そして若干五歳にして、人生の辛さを思い知ることになったのである。

「おーいっ、空ーっ!」
  行き先はわかっている、マンションの目の前にある公園だ。駅まで歩いて行ける距離にありながら、緑いっぱいのなかなかの物件だと思ってる。小学校も近いし、そこに学童があることもすでに調査済み。
  公園奥のブランコ。彼女はやはりそこにいた。
  ウチの双子は、妻によく似ていた。二卵性なのに、どうしてここまでと思うくらいそっくりで、赤ん坊の頃は見分けをつけるのが大変だったっけ。……まあ、脱がせてみればわかるんだけど。
  だけど、それもいつの頃からか変わっていく。今では、息子と娘を見間違える人はいない。それくらい違いがはっきりしてきたのだ。
「ふーんだ、パパだって、きらいだもん。そら、かえらない!」
  初めは柔らかい猫っ毛だったふわふわの髪が気がつくとさらさらと伸びて、娘もかなりの「美少女」の部類に入ると思う。やはり血は争えないということか、父親としてはかなり複雑な気分だ。
  つんと取り澄ました顔も、すごく可愛いんだよな。これって、男心をくすぐるには十分だと思う。本人はまったく自覚してないのだが、それだからこそ始末に負えない。
「ほら、こんなところにいつまでいると風邪ひくぞ。そうだ、これから一緒に陸のことを迎えに行こう。そして帰りには、三人でソフトクリームかな?」
「えっ、ホント!?」
  急にぱっと表情が明るくなるあたり、まだまだ可愛いなと思う。
  夕食前におなかに溜まるモノを食べさせるのはちょっとまずいけど、たまのことだから梨花ちゃんもきっとわかってくれるだろう。
「う〜ん、だけどそのためには早く行動しないとなあ……空がいつまでもいうことを聞いてくれないと、晩ご飯の時間になっちゃうよ?」
  わざともったいぶった言い方をすると、娘は今にも泣き出しそうな顔になる。
「え〜っ、やだやだっ! わかった、すぐいく! だから、ソフトクリーム〜!」
  慌ててブランコを飛び降りた娘は、転げそうになりながら慌てて走ってくる。そして、俺の手をぎゅっと握ると、早く早くと引っ張った。
「パパ〜、いそいで〜!」
  ほんのりと温かい指先。ちっちゃな手の信じられないほどの力が、ほとばしる生命力を感じさせる。
「はいはい、わかりました。お姫様」
  そんな感じで、しばらくふたりで手を繋いで歩いていた。
  すると、向こうから、大きなベビーカーがやってくる。もちろん、ひとりでに動いているはずもなく、それは我が家の双子たちよりも少し大きな男の子に押されていた。
  その子は俺の顔を見ると、にっこりと笑顔になる。
「上條さん、こんにちは。先日はごちそうさまでした!」
  すごいなあ、この春小学校に上がったばかりだっていうのが信じられないほどの礼儀正しさ。
「こんにちは、高志くん。妹さんたちのお散歩? 偉いねえ……」
  彼が押していたのは、並列式の双子用ベビーカー。そこには顔も大きさもほとんど同じ赤ちゃんがふたり乗っている。
  そんな俺たちのやりとりを、娘は不思議そうな顔をして見つめていた。だから、説明してあげる。
「空、この子は今度ウチの階に引っ越してきた瀬尾高志くん。それから、ウチの海(うみ)と同じ年の双子ちゃんだよ。ええと、茜ちゃんと葵ちゃんだっけ?」
「はい、そうです」
  ウチの赤ん坊よりも二月ほど早く生まれた彼女たちは、娘の顔を見ると嬉しそうに微笑んだ。
「……いもうと?」
  花柄のロンパース、赤い帽子。お人形と間違えそうなくらい、小さくて可愛い。娘はもう、興味津々だ。
「そうだよ、可愛いでしょう。でも最初はちょっとがっかりしたんだ、僕本当は弟が欲しかったのに、ふたりとも女の子だったから」
  その話に、娘は目を丸くした。
「おにいちゃんも、そうだったの……?」
「君の家には弟がいるんでしょう? 羨ましいなあ」
  さすがはお兄ちゃん、妹操作術にも長けている。優しく頭を撫でられたら、娘は嬉しくて嬉しくてにこにこになってた。
「うんっ、おとうと、すごくかわいいよ! そう、こんどおにいちゃんに、みせてあげる……!」
  そう言いつつ、目がすっかりハートマークになってるし。これって、もしかするともしかして? へえ、ブルドーザー並の破壊力だと保育園でも評判の娘とは思えない態度だ。
「ホント? じゃあ、そのときは僕の妹たちと遊んでやってくれる?」
「うん、やくそく! こんどのおやすみに、ぜったいね!」
  娘の頬はバラ色。もしかして夕日に染まってるのかなと思ったけど、まだ西の空もそれほど赤くない。
  その後の彼女はずっと上機嫌で、それまでとはまるで別人のよう。途中でアイスクリームショップを素通りしそうになったときにはさすがに驚いたが、とりあえずは「めでたし、めでたし」だ。

 そして、夜。双子の寝かし付けが終わったあと。
  ミルクの終わったあとの赤ん坊を寝かしつけている妻と、しばしのくつろぎタイム。どうしても子供中心の毎日になってしまうから、こんなちょっとした時間が今はすごく貴重だ。
「へええ、そんなことがあったんだ。私、すごく驚いたんだよ。聖矢くん、どんな魔法を使ったのかと思ってた」
  ソフトクリームのことは、子供たちの口から帰宅後、あっという間にばらされてしまった。妻は一瞬だけ顔を曇らせたものの、「私も、そのテを使っちゃったかも知れないな〜」と言ってすぐに許してくれる。
  だけど察しのいい妻は、娘のご機嫌が直った原因は他にもあるはずだと睨んでいたようだ。
「いきなり妹がふたりだもん、あのときの空の顔、梨花ちゃんにも見せたかったな。瀬尾さんのお宅とは、これから仲良くしていただけるといいね」
  双子たちは平日は保育園だから、なかなか近所の子供たちと交流が持てない。でも、再来年は小学生だし、少しずつ交友範囲を広げた方がいいと思っていた。
「それに、高志くんみたいなナイトが空のそばにいてくれれば、安心だな。陸だけじゃ、どうも心許なくて」
  俺がふと気がついて付け足すと、妻は吹き出す。
「やだーっ、聖矢くんってば。すぐそんな風に言うんだから。今からそんなに心配してて、どうするの」
  まあ、ちょっと気を回し過ぎかとは思うけど。でも、母親である梨花ちゃんのモテっぷりもすごかったから、あれを思い出したら不安にもなるよ。きっと、これから空は、もっともっと可愛く綺麗になると思うし。
「でも、優しいお兄ちゃんに憧れる空の気持ちはわかるかな……」
  何気なく言いかけて、彼女は途中で話を止める。その理由はすぐにわかった。
「ああ、いたよね。梨花ちゃんの憧れのお兄さん、……って、今でもお義兄さんだけど」
  うわぁ、そうだったっけ。長いこと、すっかり忘れていた。
  梨花ちゃんには小さい頃からずーっと片思いをしていた相手がいたんだよな。でもそれは、お姉さんの恋人。タッチの差で、永遠に手の届かない存在になってしまったんだ。
  そのことを思い出して、つい悪戯心が顔を覗かせてしまう。
「やだっ、……聖矢くんの意地悪っ!」
  そう言って拗ねて横を向くところなんて、本当に空とそっくりだ。
「いいじゃない、本当のことなんだし」
  あ、ちょっと悪ノリしすぎたかな。本気でヘソを曲げられたら、あとが厄介だ。
「……って、今の梨花ちゃんは、俺の可愛い奥さんだけどね」
  そして後ろからそっと抱き締める。赤ん坊を抱いた彼女は、ほんのりとミルクの香りだ。
「あんっ、……まだ駄目だよ。もうっ、聖矢くんってば……」
  少しだけ胸に触れたら、躊躇いがちに振り払われる。
「ふふ、わかってるって。でも、ちょっとだけ……ね、このくらいだったらいいでしょう?」
  そう言って、首筋にキス。わざと痕が付くくらい強めにした。今の彼女は育休中、だからこれくらいは平気だよね。
「やっ、聖矢くん……そんなこと、しないで」
  彼女は俺から逃れるように身をかがめた。でも、本気で嫌がっているんじゃないのはわかる。
「もう、寝たんでしょう? 梨花ちゃんも休めるうちに休んでおいた方がいいよ、また途中で起こされるんだから」

 彼女の身体が落ち着くまでは、もう少し掛かる。だから、俺も待たなくてはならない。
  ひとつのベッド、パジャマ姿のままでそっと抱き合った。
  髪から、身体から、甘い香りがする。それだけで疼きそうになる身体を、必死でなだめていた。
「……ね、聖矢くん」
「なに?」
  俺の胸に顔を埋めて、甘えてくれるのが嬉しい。いつもは母親の顔をしている彼女が、俺だけのものに戻る瞬間だ。
「本当に、いろいろあるね」
  昼間に娘とやりあったことを思い出したのだろう。一見あっさりしているように思えるが、妻はいろいろと思い悩む性格だ。
  どんな言葉を重ねたら、自分の気持ちがはっきり伝わるか。それがわからなくなると、彼女は急に言葉足らずになる。俺は細い肩を、さらに抱き寄せた。
「いろいろあって、家族になっていくんだ。血は繋がっていたって、それぞれが違う人間なんだ。上手くいかないことがあって当然だよ。だけど、こういうのも楽しいよね?」
  そう語りかけたら、腕の中の彼女がくすくすと笑い声を上げる。
「そういうの、すごく聖矢くんっぽいね。聖矢くんと一緒にいると、どんなことでも楽しくなっちゃうから不思議だな」
「それは、梨花ちゃんと一緒にいるからだよ。梨花ちゃんが側にいてくれるから、俺はどこまでも頑張れるんだ」
  驚いた顔で見上げた彼女の口元に、そっとキスを落とす。
  大切な家族の笑顔をこれからも守っていけるようにと、切なる想いを込めて。
「おやすみ」
  今夜は赤ん坊が少し長く眠ってくれることを祈りつつ、俺たちはしばしのまどろみの中に沈んでいった。


 

おしまい☆
ちょこっと、あとがき

 

TopNovel未来Top>とある日曜日。

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