TopNovel>サーモンピンクに誘われて




シリーズ完結後、再びあのお屋敷を訪れることになった莉子は……

   

 文化祭のお祭り騒ぎが終わってしばらく経った、放課後の指導室。
  いつもよりも早く到着すると、今ではその場所にいるのが珍しくなった顔と遭遇した。
「あれ、大王。今日はどうしたの?」
  変だなあ、三年生は放課後補習が必ず二コマ入っているはずなのに。だからこの頃ではここにたむろっているのはあたしと一年生ズだ。あの高宮葵も自称風紀委員なんだけど、彼女はいろんな部活に引っ張りだこで忙しいからね〜お目に掛かる機会も珍しくて正直ホッとしてる。……え、ちょっと言い過ぎかな?
  驚きの声を上げたあたしに、彼はいつもながらのすごーい不機嫌そうな目つきで答える。
「これから急遽、高宮の屋敷に行くことになった」
  ああ、低気圧になっている理由はそこか。また急な呼び出しが来たんだね、ご苦労様なこと。
  とりあえず恋人同士なあたしたちではあるんだけど、必要以上に互いの領域に踏み込むことはしていない。っていうか、それが普通の高校生カップルだよね? 彼氏の実家がどうとかいちいち考えて付き合うのって、絶対にナイナイ。
「ふうん、そうなの。わかった、じゃあ今日は勝手に帰るよ」
  変なところで律儀な大王。わざわざ「一緒に帰れない」って伝えに来てくれるんだから、可愛いところあると思わない?
  まあそういうことなら仕方ない。とりあえず今日の分の見回りを一年生ズと終わらせて、そしたらさっさと引き上げだ。
  だったら久しぶりに買い物でも行こうかなー、大王と一緒だと入りにくいショップとか多いから面倒だったりするんだよね。可愛いランジェリーとか上下で揃えちゃおうかな……とか、考えてたら。
「何を言う、お前も一緒に来い」
  はあっ、何だよそれ。意味わかんないから……!
「えーっ、いいです! 遠慮しておきますって」
  何が悲しくて、あの仙人に会いに行かなくちゃならないの。悪いけど、私あいつのことがあんまし得意じゃないんだよね。ほら、うちって女系家族じゃない。お祖母ちゃんズの扱いにはたけていても、あの手のお爺ちゃんはちょっとねー。
  そう言えば、夏休み前にやった追試の結果。それが何故か学校からじゃなくて、爺経由だったんだよ。いきなり馬鹿でっかい封筒が届いてびっくり。しかも、大王のよりもずっと腹が据わっている感じの墨文字で宛名書きされてた。
  どうしてこんなに大きいんだろうと不思議に思いながらも封を切ると、まずは便せん十枚に渡るお説教の手紙が出てきた。続いて限りなく赤点すれすれの成績表、さらに「苦手つぶし特製課題」までが入ってる。
  なんかもう、それだけで三日くらい寝込めそうなくらい疲れた。
  それからも再三にわたり「お誘い」はあったけど、あれやこれや理由をつけてお断りしてきた。夏休みも終わったし、しばらくは忙しいからと安心していたらコレだよ。考えることがセコすぎっ。
「これは命令だ、お前に断る権利はない」
  それまで窓際に立っていた大王は、学校指定の鞄を手にすたすたとこちらにやって来る。そしてあたしの脇をすり抜けていくちょうどそのときに、目にもとまらぬ早業であたしの鞄を奪い取った。
「ええーっ、ちょっと待って! それって、横暴ーっ!」
  無駄に長身な大王は、エイトマン走り(死語)で廊下をどんどん進んでいく。
  馬鹿みたいに何度も同じ手に引っかかってしまうあたし。こうなっちゃ仕方ないと、慌てて無愛想な背中のあとを追った。

「ご無沙汰しています、苑田さん。その後、お元気でしたか〜!」
  校門を出ると、そこに待機していたのは目の覚めるようなサーモンピンクのタクシー。運転席の窓を開けて元気に挨拶してくれるのは、その名を口にするのも恥ずかしい「ハッピー☆タクシー」の社長さん。すなわち私の同級生である松島さんのお父さんだ。
  この前は気づかなかったんだけど、制服らしきスーツや帽子までが車体の色と同じってどんだけ? かろうじて手袋が真っ白なのがせめての救いかな。
「ささっ、お待ちしておりました! おふたりとも、どうぞお乗りください」
  目の前で後部座席のドアが開き、あたしはびっくり。でも、一方の大王の方は無言のままでさっさと奥の席に座ってしまう。そういう状況を目の当たりにしても、まだ呆然と立ちつくしているあたしに、松島さんはにこにこと嬉しそうに説明してくれた。
「あ、代金のことはご心配なく。今日は高宮のご隠居さんのお申し付けで参りましたから。いやー、実はあの一件以来、あちら様には懇意にしていただいていて! この不況下に大変助かっております。これもみんな苑田さんのお陰です、―― あ、そうだ。良かったらこちら、召し上がってください!」
  えーっ、乗車すると缶コーヒーのサービス付き!? しかもふたり分がちゃんと準備されていて、なんか申し訳ないなあ……。
「一刻も早くお運びしろとのお言葉でしたから、本日はタクシー運転手生命に賭けて頑張らせていただきます。恐れ入りますがシートベルトの着用をお願いしますね、万が一のことがあったら大変ですから」
  ―― ちょっと待て。そこで、左右にコキコキっと首を回して準備体操。なんかやる気満々になってるんですけどっ、この人〜!
「さ〜っ、それでは行きますよ。あとは私に任せてください!」
  その後のことは、あまり思い出したくない感じ。どうしてあたしの周りには次々と不思議な人間ばかりが集まってくるんだろう、いや若干名は人間かどうかも怪しいような存在だけど。
  とにかく、車幅ギリギリの細道とか、少しでも車が揺れたらそのまま滑り落ちてしまいそうな崖っぷちとか。想像の範疇を超える脇道裏道をくぐり抜けた結果、電車とバスを利用する三分の一以下の時間であの大邸宅に到着していた。

 時代劇の武家屋敷にあるような頑丈すぎる門には瓦屋根までついている。敷地全体も木製の塀でぐるっと囲われているあたり、すごく歴史を感じるな。普通にブロック塀とかじゃないんだもの、なんかすごく偉そう。さすがあの「仙人」が住む場所だ。
  でも、そうは言っても今は二十一世紀。門の柱にはちゃんとインターフォンが付いていた。
「こんにちは、衛です」
  大王ってね、意外と礼儀正しかったりするんだ。学園の中ではいつも上から目線で威嚇している感じだけど、そこから一歩外に出ればまるで別人。そして、お弁当屋さんのおばさんにも工事現場で作業しているおじさんたちにもきちんと挨拶する。
  もちろん、厳めしい顔立ちの長髪男がいきなり声を掛けてくると、相手は一様に青ざめてしまうけどね。そう言う意味では努力がなかなか報われていないってことで、何だか可哀想な人かも知れない。
『あら、いらっしゃい、衛くん。今、ロックを解除しますから、ちょっと待っていてね』
  この声は、前に楓とここに来たときにも聞いた。家を取っている伯父さんのお嫁さんなんだって。あんなすごいお舅さんを持ってしまって、苦労が絶えないんだろうな。この人も今は外出するときに「ハッピー☆タクシー」利用させられているのだろうか。
  かち、と内側で何かが外れた音がする。大王が両開きの扉に手を掛けたとき、内側から何かがカサカサとこすれ合う音が聞こえてきた。何かが押し合いへし合いしているような様子、でも大王は何の躊躇もなくそのまま扉を開けていく。
  ―― ぎいいいいいーっ……。
  やたらともったいぶったような効果音があたりに響き渡ったあと、相変わらず壮大すぎる日本庭園が目の前に現れた。
  あたし、この場所を訪れるのは二度目なんだよね。前回は楓と一緒だった。あの高宮葵のせいでとんでもない事態に陥り、その誤解を解くためにどうしてもこの館の主と直接お目に掛からなくちゃならないって言われた。
  ……あれからまだ、ふた月ほどしか経過していないなんて信じられないな。すごくいろんなことが目の前を通り過ぎていったような、でも実は以前と何も変わっていないような、とても不思議な感じ。
  ―― そして。
  一度見たら忘れられない風景を目の当たりにして感慨に浸っているあたしの耳に、突如聞こえてきた不思議な物音。
  かさかさかさ。
  音だけ聞くとゴキブリが逃げているみたいだけど、そうじゃないよ。相変わらずの黒ずくめ学ラン姿の大王の向こう側、見え隠れするサーモンピンクの影たち。それはあたしたちが進むと、それに寄り添うように足を進めてくる。
「……何をしている」
  さすがに挙動不審すぎたか、あたしの異様な視線を感じて大王が足を止める。すると、その向こうのサーモンピンクの影もぴたっと立ち止まった。
「え、ええと……それは何でしょうか?」
  だってさー、ちょっとは不思議に思いなよ? 先日ここを訪れたときには、遙かずーっと向こうから遠巻きにあたしと楓を眺めていた鳥たちが、何で今日はこんなに親しげなの。しかもそのことを大王がまったく気にしていないところが謎だ。
「それ、とはコイツらのことか」 
  とりあえず質問の意図はわかってくれたみたい。あたしはホッとしてこくこくと頷いた。
「何って、見りゃわかるだろうが。フラミンゴだ」
  大王は心底馬鹿にしたようにそう言うと、さっさと歩き出そうとする。えーっ、説明はそれだけ?
「まっ、……ままま、待って! 待ってってば、大王っ!」
  どうでもいいんだけど、フラミンゴって間近で見るとかなり大きくない? あたしとそんなに身長が変わらないって、そりゃないでしょう。無駄に足が長くて首も長くて、これってかなりずるい。
  それだけじゃない、先ほどからずっと感じてる何とも言えない視線は何だろう。絶対に見下ろされているって気がするんだけど。
「どうした、お前は鳥相手にびびってるのか。ずいぶん腰抜けな奴だな」
  うわっ、まただ。やっぱりあの鳥たちって、大王の背後から私のことをじーっと観察してる。
「べっ、別にっ! そーゆう訳じゃないけどっ……!」
  大王にはわからないでしょうよ、首の長い鳥に見下ろされているあたしの気持ちがっ。
「ほら、こちらがトメだ。そして、こちらが美津江」
  ……って、違うでしょっ。どう見ても全部が同じに見えますけどっ! しかも名前を呼びながら、いちいち頭を撫でてるってどういうことっ……!?
「そして、美保に亜里砂、それからローザとマリアンヌ、鈴鈴だ」
  さらにセンスの欠片も感じられないバラバラなネーミングってどうよ?
「ベニイロフラミンゴという種類で、鳥にしては長命。平均三十年だが、長いものでは四十年を越えるとか。ちなみに彼女たちは俺が子供の頃からここにいる」
  思いっきり撫でてもらったためか、フラミンゴたちはとても嬉しそうに見える。長い首を前後に揺らしたり、大王の方へとすりすりしたり。
  しかもしかもっ、今聞いた名前って、全部女性名でしたけどっ! もしかしてっ、大王はモテモテ!?
「気にすることはない、建物の中には入ってこないようにしつけられているからな。最初はどこからか勝手に飛んできたという話だが、今ではこの屋敷の名物みたいなものだ」
  だからっ、どうしてそんなに平然としているの! 行く先々にフラミンゴがくっついてくる庭園って絶対に変だから……!
「さあ、こんなところで油を売っている暇はない。高宮の爺は時間にうるさい、しかも自分が待たされるのが何よりお嫌いな方だ」
  そっ、そんなこと言ったって〜気になるものは気になるんだって!
「待ってよっ、大王……!」
  ―― つん、つん。
  慌てて後を追おうとしたあたしの背中、何か鋭いものに突かれた気がした。すごーく悪い予感がして振り向くと、そこに立っていたのはフラミンゴのうちの一羽。
「……何だ、ローザがどうかしたのか?」
  大王に名前を呼ばれた鳥は心底嬉しそうにぱたぱたと羽を揺らして駆け寄っていく。そして再びひとしきり撫で撫でされたあとで「ざまーみろ」とばかりにこちらを振り向いた。
  ―― えっ、えーっ!? 何っ、何なのっ、これは……!
  思わず呆然としてしまったあたし、絶対にこれって変。普通じゃないよっ。
「だっ、大王! その鳥っ、今あたしの背中を突いた!」
  思い切りバラしてあげたんだけどね、当の本人はつーんとすましたまま。しかも大王は呆れ果てた顔をしてるし。
「馬鹿を言うんじゃない、ローザは仲間の中でも一番大人しくて聞き分けがいい。何かの間違いだろう」
  違うよー、本当のホントなんだよ! どうして、愛する彼女の訴えをあっさり却下するのっ。
「さあ、適当なことを言って時間稼ぎをするのはやめろ。早く行くぞ」
  どんどん先に行ってしまう大王、それをカサカサと追いかける鳥たち。その群れの中、また外れた一羽があたしの方へと戻ってきた。
  ―― どんっ!
  今度は首をねじった姿勢で体当たり。華奢に見える身体に対して、ものすごい力なんですけどっ!
「なっ、ななな……」
  あたしの慌てる顔を満足げに見送った「彼女」は何ごともなかったかのように元通り群れの中へと戻っていった。でも、あたしの制服にはふわふわした羽毛が一枚べったりと貼り付いている。
「だっ、大王〜っ!?」
  たぶん、あたしの言い分なんて一喝されて終わりだろうけどっ。でもさ、一応動かぬ証拠もあるしっ!
  そんなわけで、フラミンゴには劣るスピードで必死に駆け寄るまでの間に、たったひとつの証拠は風に流れてどこかに消えていた。

 

おしまい♪ (101003)

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