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いつもじゃない朝の風景
〜 すてきな物語を書いて下さった広瀬さんにささげます 〜

(NONNONさんより「並木通りのシンデレラ」完結記念に頂きました)


 

――いったい何なんだ、この光景は?

 ここ東城家の居候、三鷹沢朔也は、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。

 昨夜、帰宅したのは12時をわずかに回っていたはずだ。予備校の夏期集中講習、夕方6時から、90分×3コマ、途中30分ずつの休憩を挟んで計5時間半。みっちり仕込まれて、予備校を後にしたのが11時40分ごろ。愛車のマウンテンバイクで約20分、まだ昼間の暑さが残っているような生ぬるい夜風をつっきって走ってきた。

 惣哉に教えてもらった手順で慎重にセキュリティーをはずし、自分で鍵をあけ、開けたときと逆の手順でセットする。それから、転がるようにして自室のベットに倒れこんで、翌朝目覚し時計がなるまで、一切の記憶はない。眠い目をこすってシャワーを浴び、簡単に身支度を整えて、ようやくその広さになれたダイニングにおりてきた。誰もいないはずのキッチンに人がいたのも驚いたが、なによりも、その人物が、朔也の想像の範疇をはるかにこえていた。

「あ、おはようございます〜」

 柔らかなはずんだ声、クリーム色のサマーニットに身を包んだおかっぱ頭の女性が、朝のキッチンをしきっている。

「へっ?……あ、あの…」
「だめだよ〜。朝の挨拶はしっかりと。」

 小学生に言い聞かせるように両手を腰に当てて、彼女は自分の正面に立つ。頭が肩のあたりしか届かなくて、精一杯伸びをして顔を上げているのが何とも言えずおかしい。

「あ、はい、おはよーございま…す。」
「よろしい!」

――見覚えがある…この人。でも、なぜ、この時間にここにいるんだ?

 広いダイニングを、せわしげに走り回るひよこのような後ろ姿に、朔也は声をかけた。

「あの……ちゆ…先生じゃなくて、えっと…佐倉先生ですよね…、小等部の…。」
「あ、私のこと知っているの? よかったぁ〜、佐倉千雪です。ちゆ先生でいいですよ〜。あなたは、三鷹沢朔也君よね。」
「はぁ。」
「朝食、こちらに準備してありますから〜。」

 一昨日から、この道ん十年、スーパーお手伝いさんの「幸さん」が休みをとっていた。普段の朝は、3人の男性陣、つまり、家主の東城政哉とその息子の惣哉、そして居候の自分の好みがバラバラなので、和洋中の様々な食材が整然とテーブルを彩る。しかし、今日、しつらえられたテーブルは、いつものものとは全然違っていた。
 クロワッサンとバターロールがテーブルの中央におかれ、大皿にはスクランブルエッグとほうれん草とコーンのバターソテー、小皿にはマカロニサラダに細工切りされたキュウリとミニトマトがちょこんとそえてある。そして、その横のいかにも高価そうな平皿には、カラフルなピックが刺さったうさぎさんリンゴ。……余りにもこの部屋とそぐわない異質なその形に、ただただ、唖然としてしまう。

「お口にあわないかもしれないけど…どうぞ〜。」
「あ…。はい、いただきます。」
 朔也はテーブルについて、何を話したらいいものか…と悩みながらも、空腹に負けて薫り高いコーヒーに口をつけたとき、背後から聞きなれた声がした。

「千雪、、どこに行ったのかと思ったら…。」
「あ、おはようございます。副理事長さん、お勝手お借りしました。」

 珍しくスーツの上着を着ていない惣哉が、新聞を片手に姿を見せた。いつもはきちんとブローされている前髪が、今朝はぱらりと落ちている。そのせいか、3歳は若く見える…そんなことをぼんやりと考えていたら、惣哉の口からとんでもないセリフが飛び出した。

「ここは学園じゃないから…惣哉、でしょう?」
 口もとをわずかに緩ませて、普段より掠れた情感あふれる声で、それも、腰を屈めて千雪…いや「ちゆ先生」の頬に唇を落とす……。おかっぱ頭に包まれた小さな顔が、ポッと赤く染まる。

――ぶっ……

 朔也は、コーヒーを吹き出してしまった。
 そのとき、はじめて朔也の存在に気付いたように、惣哉はいつもの硬質な声を向ける。

「なんだ、子どもみたいに、マナーがなっていませんね。マイナス5点、朔也。……そういえば早いな、珍しく…」
「…わ、悪かったな……。」
「あ、ふ、、、いえ、惣哉さんは、朝はミルクティーなんですよね。今、いれてきます。」
 まだ、少し頬を染めたままの千雪が、ふわふわした髪を揺らして、キッチンの方へ消えていき、その後ろ姿を見届けてから、惣哉は何もなかったように席につく。すぐさま、朔也は口を開いた。

「どーゆーことなんだ?」
「何のことです?」
「だーかーらー、ちゆ先生だよ。」

 ちゆ先生こと、佐倉千雪先生が、1学期だけの小等部の代理教員であることと、惣哉の秘書を兼務していることは朔也も知っている。彼女は、この家にも何度か顔を出しているからだ。はじめて「秘書」の千雪を見たとき、入学したての小学1年生がランドセルに背負われているのと同じように、スーツが歩いているような、そんな印象を持っていた。でも、惣哉とその父親である政哉の話によると、見掛けによらず仕事はかなりできるらしい。
 しかし、今見た光景は、あきらかに上司と秘書の関係のそれではない。現役高校生の朔也にだって(一応恋愛中だし)、二人の間に流れる甘い雰囲気はわかる。なにしろ、朝一番に、目の前で、「なま」の「ちゅっ&ぽっ」であるからして……。

「彼女は…千雪は、今日からここに住みますよ。」
「はぁ?」
「昨日は急だったからゲストルームの方に泊めたけど、今日明日中に、私の隣の部屋に荷物を運ぶつもりだから。」
「……」
「父だって、いきなり君をつれてきたんでしょう? 私は、住むところがないという彼女をつれてきた…、部屋はたくさんあるし、今さら一人居候が増えても何ら支障はないでしょう? どうせ近い将来は、家族、すなわち私の妻になるんだし。」

 この冷静沈着で、クールでこ憎たらしいくらい完璧(と朔也は思っていた)で、小姑の如く小言を繰り返す惣哉が、突然10歳も年下の女を(それも部下を)連れ込んで、朝っぱらからこんな非常識なことを、いけしゃーしゃーと言い放つなんて…それも不思議な形のキュウリをフォークで刺して口に運びながら……朔也は眩暈がした。

「おじさんは、知っているのかよ? こんないきなり……。」
「父上の了解はとってありますよ。昨日主張先に連絡しておきました。彼は千雪がお気に入りですからね。」

 たしかに、成人して社会的地位もある惣哉たちのことを、居候で学生の自分が異を唱えることなんかできない。しかし……なにか間違ってないか? 第一、金持ちの子息というのは、親の決めた相手と、しかるべき手順を踏んでから結婚というのが関の山じゃないのか? あの同窓会長の娘とはどうなったんだ? ユイノウとやらが近かったんじゃないのか? ちゆ先生も、赴任して4ヵ月しかたってないのに、いつの間にこの二人は…?

 頭の中のとめどなく沸いてくる疑問符のせいで、食事の手が止まっていたのか、ミルクティーを運んできた千雪の不安そうな声が頭の上から降ってきた。

「朔也君、、あのぉ…おいしくない?」
「……あ、いえ、おいしいです。」

 和食好きの朔也だが、幸さんがいなくて、できたての朝食はありつけないものと思っていたからありがたかった。実際、味は悪くないし…。ただ、物心ついてから実物を目にしたことのないうさぎさんリンゴが、何やら気恥ずかしい。よく見ると、黒ゴマで目までついている…。

「朝御飯は一日の始まりだから、しっかり食べてね。惣哉さんも、ミルクティー、濃さはそれでいいですか?」

 満足そうに千雪のいれたミルクティーに口をつける惣哉。にっこりと微笑んで一言。

「ああ、おいしいよ。」
「よかったぁ〜。」

 満面の笑みで答える「ちゆ先生」。
 まるで、それは、新婚家庭の朝のような風景。全く、朔也の存在なんか…眼中にない。

――はぁ……

 朔也は小さくため息をついた。

 ほどなくして、千雪は自分のコーヒーをテーブルにおき、席についた。場所は、惣哉の斜向かい。

「あ、千雪、、今日の午後の予定はなかったね。」
「はい。今日は10時半から、学園内の改装の件で、業者との打ち合わせがあるだけです。」
 秘書の口調で千雪は答える。たしかに、メモもみないで惣哉の予定を把握しているところをみると、仕事はできるのだろう。

「じゃあ、大家さんに預けてある君の荷物を取りにいこう。早い方がいいだろう。」
「え、あ、でも……」
「僕の隣の部屋が空いているから、そこに運べばいい。」

 優雅に、あくまでも優雅に、惣哉はクロワッサンを手でちぎって口に運ぶ。しかし、話題は、ぶっちゃけていうと「同棲の誘い」。
 かたや、千雪はガタンを椅子を鳴らして、立ちあがる。その状態でも、長身の惣哉が座っている視線よりちょっと高いだけで、迫力に欠けるが…。

「そんな…、そんなわけにはいきません! 昨晩は急だったのでお世話になりました。でも、…今日からは友人の所でもいきますから…。朝食の後片付けをしたら、すぐ、おいとまします。」

 千雪の剣幕には全く動じずに、惣哉はゆったりと、今度はミルクティーを飲み干す。

「君の退職願は処分しておいたよ。今月一杯は学園の代理教員だが、来月以降は僕の秘書として採用する。勤務条件はこの家から通勤すること、もちろん、ちゃんとした報酬は払うから。」
「でも、私、実家にだって…」
「お盆の休暇にでも、君の父上と叔母上に挨拶に行こう。お父上のことは、今夜理事長が帰ってきたら、話をすればいい。」
「副理事長さん!」
「…惣哉、でしょう? それに…」

 意味深な笑みを浮かべて、声のトーンを落とす。

「もう…他人じゃないんだし…。」
「っ! さ、朔也君の前で…」

 両手で頬を覆って、ほてった顔を隠そうとする「ちゆ先生」。ふるふると切りそろえた髪が揺れる…。


――聞いてられっか! バカらしい。

 明らかに惣哉は千雪の反応を見て楽しんでいる…また律儀にこたえる彼女も彼女だ。ついでに、しっかり牽制もしてやがる…、そーゆー関係だから口出し無用…と。三十男が恋につっ走ると、これほどはた迷惑なくらい周囲が見えなくなってしまうものなのか?

「ごっそーさん」

 いたたまれなくて、わざと大きな音を鳴らして席を立つ。

「あ、朔也。一昨日の数学のプリント、ちょっと成績が悪すぎる…正答率75%。」

 朝から疲れ果てた朔也の背中に、無情な一言がつき刺さった。惣哉をからかったせいでいつもの倍の量だったから、こなすのに精一杯だったあれのことだ。今思うと、あの装いだってちゆ先生とのデートだったに違いない…

「朔也君の志望校って…あ、ふ、、じゃなくて、惣哉さんの母校?」
「そう、今朝、話したでしょう?」

――「今朝」ってなんだよ! 人の受験を、寝物語にするんじゃねぇ!!

 言えば、間違いなく課題が3倍になるから、朔也は言葉を飲みこむ。

「じゃ75%だと、厳しいですね〜、せめて85%まで…」
「千雪、90%じゃないと、安全圏とは言えない。」
「大変なんですね〜。朔也君。」
 のんびりした声が重なり、さらに疲労感が増す。

「き、昨日の課題はどうだった? 採点したんだろう? 惣哉の部屋においておいたんだから。」
 混乱した頭で、やっと言葉を返すが…。

「昨夜は、いろいろあってほとんど寝てないから…、まだ採点してない。後で見ておくから。」
「惣哉さん! それに、…結構…お休みになってましたよぉ〜。」

 二人揃って、仲良く生あくび。
 
 どっ、、、一気に脱力する……。

――もう、勝手にしてくれ……

 すっかり自分達の世界に入り込んだ二人を残して、朔也はそっとダイニングを後にした。


 夏の日の、まったくいつもとは違う朝の風景。

 三鷹沢 朔也、17歳、

 昨日までの生活が、いたって平穏だった…と、吹き抜けの天井にぶら下がる豪奢なシャンデリアを見上げて実感するのであった。

(おしまい)


2002/2/16


▼あとがき▼

 広瀬もりのさま、「並木通り」完結おめでとうございます。
 自分の文才など何も省みず、ただ、惣哉さんへの愛だけで綴りました。どうか、こっそりとお納め下さい…とお願いしましたが、なぜか公開の運びになりました(汗)。
 本作のように、「ちゆ先生」のぽやぽや感が今ひとつ出せなかったのですが、この日は惣哉さんの「一人勝ち」ということで、、、「ちゆ先生」の本領発揮は、この後の話になるのでしょう。
 広瀬さん、本当にごくろうさまでした。そしてステキな物語をありがとうございました。
 
惣哉さんに偏向した愛を抱く一ファンのNONNONより

☆NONNONさんのサイト…「『彼方から』創作の文箱」はこちらから
「彼方から」(ひかわきょうこ先生)のファンサイト、小説とイラストがいっぱいです。NONNONさんご本人ものに加え、貢ぎ物のステキ作品もてんこ盛り!! 作品もさることながら、ひかわサイトの皆様は本当に気持ちの良い方でばかりで、大好きです。


△広瀬からの御礼コメント(かなり乱れてます…)△

NONNONさん〜〜〜〜!!いいのでしょうか? こんな…うるるる。ひかわサイトで皆さんを魅了する小説をお書きのNONさんが、何故かウチのキャラで小説を…嬉しくて顔のゆるみが止まらないわ、1日に30回は読み返しちゃうわ…壊れてます、広瀬。思えば、NONNONさんを始め…惣哉さんびいきの方が熱いコールを送ってくれたからこそ、「並木通りのシンデレラ」は出来たわけです。「赫い渓」とどっちが本編か分からなくなってしまいました。
NONさんの惣哉さん、とても格好良いです。自分のキャラじゃないみたいですよ〜私は男性表現がとにかく苦手ですので、とても勉強になりました。千雪もここまで特徴を捉えてくだされば言うことありません(笑)。で…可愛いんだ、朔也が(爆)。
本当はメールに書いてくださった怪しげなワンシーンも載せたいのですが…自粛しなくては。

だんだん、危ない妄想が広がってきましたが、この辺で…本業に戻ります(苦笑)。気持ちを落ち着けるためにイラスト描いちゃったよ、本当に…私は…。

またいつか、NONNONさんを唸らせるキャラを作って、お話を書いていただけるよう、精進いたします!! 本当にありがとうございました。そしてサイトへの転載を認めてくださってありがとうございます。今後とも仲良くして下さいませ♪


…無題転載・改変・複製はご遠慮下さいませ。
 


本当は、エンゲージリングが描きたかったの〜でもこの角度じゃ見えませんでした…とほほ。

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