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走馬灯の様に・・・


人は死ぬ直前に自分のこれまでの人生を走馬灯の様に思い出すと言います。

子供の頃に家族で行った旅行や運動会、仲間と肩を叩き笑い合った学生時代など楽しかった出来事が思い出され、
「ああ、私の人生は幸せだったなぁ」と感じながら、旅立っていくのでしょう。

がしかし、死ぬ直前のあわただしいこの時に、都合良く幸せだったシーンを思い出す事が出来るものでしょうか。
事実、「ほら、あれ何て言ったっけ、白っぽい色でブロッコリーみたいなヤツ。ほら、あれだよ、宮坂が嫌いだって言ってたヤツ、ああ、ここまで出ているのにィ」という事はよくある話です。(ちなみにそれはカリフラワーです)
遠ざかる意識の中で、もしこんな状態になったらどうします。
死んでも死に切れません。
「ああ、キャンプに行ってメチャ楽しかった事があったけど、川に落ちたヤツって何て言ったっけ、幼稚園からずっと一緒だったのに、ド忘れしちゃった・・・斉藤じゃなくって、佐藤でもなくって・・・・」
時間切れです。

更にこんな事も考えられます。
楽しかった想い出を思い出したいのに、パニくってしまい、どうでもいい事ばかり頭に浮かんでしまう。
それに似た様な事も日常では極普通に経験してはいないでしょうか。
火事で、慌てて外へ飛び出したら何故か枕を抱えていたと言う話しはよく聞きます。
落ち着きの無い人は要注意ですね。
走馬灯の様に思い出される映像が、近所で見かけた変な模様の野良猫だったり、テレビのチャンネルを変えた事だったりしたら
「あれ、そうじゃ無くって、ほら、何かもっといい事を思い出さなきゃ ・・・、いやいや、それでも無くってさぁ、ああ、オレの人生って、なんだかなぁ〜」とがっかりしながら旅立っていくのです。


それも、これも常日頃から死ぬ心構えが出来ていないからです。
確かに、平和なこの国で死ぬ心構えをする事は並み大抵の事ではないでしょう。
だからこそ、人は老後の為に貯金をし、ビデオの録画予約をするのです。
しかし、明日も生きている保証は誰にもありません。
それは生きている確立が高いか低いかだけの事。
朝起きた時
「あれっ、今日は死んでいる」と言う人はきっと少ないはずです。
人はもっと、死ぬ覚悟で生きるべきではないでしょうか。


追伸
そう言えば「走馬灯」って、同じ影絵がクルクルと回っているだけだよね。
と言う事は同じシーンを何度も繰り返して思い浮かべていると言う事。
ああ、やっぱり死ぬ時はバタバタしているんだ。

2005. 8.15


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