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『時をかける少女』における”永遠の愛”を検証してみた

■プロローグ

『時をかける少女』は学習研究社の『中学三年コース』1965年11月号から、『高校一年コース』1966年5月号に連載された筒井康隆の小説で、ウィキペディアによればこれまでに4回も映画化されている。

作品 公開 監督 主演
大林版 1983年 大林宣彦 原田知世
角川版 1997年 角川春樹 中本奈奈
アニメ 2006年 細田 守 仲里依紗〔声〕
平成版 2010年 谷口正晃 仲里依紗

これらは原作は同じではあるものの、中身は全く別物である。
作品 内容 時代設定
原作 1965年〔推定〕
大林版 ほぼ原作に沿って映画化 1983年〔推定〕
角川版 原作とは別の物語 1965年
アニメ版 原作の主人公、芳山和子の姪の物語(*) 2006年
平成版 原作の主人公、芳山和子の娘の物語 2010年
(*)劇中、"魔女おばさん"として出てくる主人公(紺野真琴)の叔母が芳山和子であるとは明らかにはされていないが、公式HPでは芳山和子という設定である。

この他にTVドラマでも何度か放映されているようだが、それらは全て見たことがないので、ここでは除外させて頂くことにする。

それでは、本題に入る前に、まずはストーリーのおさらいから。

【おおざっぱなストーリー】(原作・大林版・角川版)
芳山和子と深町一夫と浅倉吾郎(大林版:堀川吾郎、角川版:浅倉吾郎、平成版:朝倉吾郎)は仲良し3人組。
ある日、理科室で何か物音を聞いた和子が部屋に入ってみると、フラスコや試験管が床に落ちていて、煙の様なものが出ていた。
それを吸ってしまった和子は意識を失い、気が付くと保健室のベッドで寝ていた。
その時から和子にタイムリープする能力が付いてしまった。
実は深町は未来から来た人で、タイムリープの薬を無くしてしまった為、理科室でそれを作り直していて、その時、和子が部屋に入ってきたのだった。
和子に全てを話した深町は未来へ戻るが、その前に深町と関わりのあった全ての人の深町の記憶を消さなくてはいけなかった。
和子は消さないでと懇願するがそれは拒否されてしまい、「記憶が消されても、心で覚えている」言い、記憶は消されてしまう。

角川版では時間警察に追われるというサスペンスが加えられていて、少しテイストが違うけれど、大体こんな感じです。
平成版は和子の代わりに、娘のあかりが過去に戻って深町を探しに行くという物語だ。

■検証:和子と深町
この作品のテーマは『永遠の愛』。
この作品は時空を越えて愛しあう和子と深町の物語なのだが、実際のところどうなんだろうか、僕としてはなんだか腑に落ちない点もあったりして、何度もDVDを見直したり、原作を読み直した。
ここでは原作をベースにした芳山和子や深町一夫(ケン・ソゴル)が出てくる大林版と角川版、それから平成版を中心に『永遠の愛』について検証を進めていきたい。

そもそも、和子と深町の相手を好きになった理由は何なのか、ここが一番大切なところだ。
僕の検証した結果では、この2人は本当に愛し合っていたのか、甚だ疑問という事となった。


深町が和子を好きになった理由 和子が深町を好きになった理由
原作 仲良し3人組で過ごすうちに、だんだん好きになっていった。ただし、自分自身も「好きになったにちがいない」と、はっきり自覚していない。 深町から告白されるが、「まぁ、なんておませなんだろう」(深町の実年齢は11歳)、とあきれている。
しかし、深町から未来から来た理由などを聞かされているうちに好きになってくる。
大林版 僕の推測だが、どの時代にタイムリープしようかとリサーチしていた時に和子に一目惚れしたと思われる。
その為、本来であれば和子が吾郎に対して好意を抱く過去の思い出を深町との思い出にすり替えており、その事は映画の中で深町が和子に語っている。
本来、吾郎との思い出だった出来事が、深町との思い出に置き換えられてしまった為、深町を好きになる。
ある意味、誤解から深町を好きになった様子。
角川版 不明。
いきなり、相思相愛の状態になっている。
和子は「深町君の事を生まれる前から知っているみたい・・・」と言っているが、さっぱり分からない。

和子の場合はタイムリープや未来人の出現といった非日常的な事が次々と起こった結果、吊り橋を渡る時のドキドキが、恋をした時のドキドキと勘違いされる『吊り橋効果』が原因と思われる。
つまり和子は「自分は深町一夫を愛している」と勘違いしてしまったと僕は結論づけたい。
極め付けは、和子は深町との別れから2年後には長谷川政道を好きになっており、後に結婚している (更に言えば離婚するが、その理由は不明)。
記憶を消す操作の効果というのは、時間の経過とともに薄れていく様だ。
尚、角川版ではほぼ完全に覚えている様だった。

一方、深町の方は明確に好意がある事を告白しているが、にも関わらず、それほど和子の事を好きでは無かったんじゃないだろうか。
何故なら、角川版以外ではその時代に居続ける事も可能だったのだが、「仕事の方が大事」と言って未来へ帰ってしまう。(角川版では時間警察に捕まって強制連行される)
そんな事から僕は未来人って、酷く合理的で冷徹なんだと感じた。
平成版では記憶が残っていた和子の前に現れ、その記憶も消してしまう。
まるで、暗殺者が仕留め損ねた標的の息の根を止めるかの様に・・・。
ただ、この行動は所詮、一緒には居られない2人なのだから、その記憶の為に苦しまない様に和子の事を思って消したとも考えられ、それも愛の形とも言えないこともない。
けれど、深町自身には記憶が残っていても何も苦痛がないのだろうか。
だとすれば、やはり一過性の恋だったのかもしれない。

■検証:永遠の愛
なんだか、がっかりの結果だが、僕は検証を行っていく中でSFではない、本当に有りえる『永遠の愛』を見つける事が出来た。
それは吾郎だ。
吾朗は和子の幼馴染で常に和子の味方でいる。(角川版ではストーカーチックに描かれているが)
大林版では深町が記憶のすり替えを行わなければ、和子は吾郎の事を好きになっていたと深町自身が語っており、吾郎自身も和子の事を思いながらも、この年齢特有のつっけんどんとした態度をとってしまい、あとで後悔してモヤモヤしている。
ああ、なんだか僕自身を見ているかの様で、他人とて思えない。
大林版では大学の研究室に残った和子にデートの誘いの電話を入れていて、あっさりと断られてしまう。
また、平成版では和子の娘のあかりから「お母さんが、吾郎ちゃんが近くに居てくれて安心だわと言っていた」と聞かされ、「本当に!」と喜んでおり、また別のシーンでは交通事故で意識不明の母(和子)が心配なあかりに寄り添っていて、ここでも和子の味方でいる。
また、結婚指輪をしていないところから、和子の事を思い続けて独身でいると思われる。
吾郎の和子に対する健気で、そして一途な思いこそが時を超えた『永遠の愛』ではないだろうか。
愛とは見返りを期待するものではない。
相手が幸せであればそれで良いのだ。

【結論】
「時をかける少女」は和子に対する吾朗による"永遠の愛"を壮大に描いた作品である


≪付録≫「時をかける少女」人物相関図
(下図をクリックして下さい)


2011年 4月28日

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