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、結婚式

昨日、従兄弟の娘、カナちゃんの結婚式が大阪であり、母と一緒に出席してきた。
調べたところ、従兄弟の子の事を『従兄弟違い』と言うそうで、『違い』という言葉にはちょっと違和感がある。
他にも娘の場合は『従姪(じゅうてつ)』という呼び方もあって、こちらの方がしっくりくる(息子の場合は『従甥(じゅうせい)』)。
<参考:家系図作成本舗>

まあ、そんな事はともかく、世界的な建築家である安藤忠雄氏が設計したガラス張りの教会は見晴らしが良く、天気が良ければもっと素晴らしい眺めだったと思う。
敷地のせいもあると思うが、部屋が三角形というのも独特で、披露宴会場も三角形の形をしていた。



親族は下手に座り、新郎新婦の会社の人や友人は上手に座るいつもの披露宴の風景を見ていて、ふと「ああ、そういう事か」と思った。
子供の頃は親や親戚に支えられて生きてきて、それは与えられたものなのだが、その後は自分の力で獲得した友人や会社の人に支えられて生きていく。
親の目線からすればそういった人達に、「娘や息子をよろしくお願いします」という席の並びなんだろう。(多分違うけど)

僕に弟が生まれる一時期、伯母の家に預けられていて、新婦の父である従兄弟と一緒に暮らしていた事が有る(僕が3歳になる前の事で、記憶が無いけれど)。
そういった事もあり、カナちゃんも赤ちゃんの頃から知っているので、どうしても叔父さん目線になってしまう事は仕方の無い事で、定番のご両親への花束贈呈の際には、僕の頭の中にはさだまさしの『親父の一番長い日』が流れていました。

ところで・・・・・である。

結婚式場に着いて早々、母親が着替える時に壁だと思ってもたれ掛ったら、実はカーテンで、そのままバランスを崩して転んで左手首を痛めてしまい、結婚式と披露宴の間中はずっと氷袋で冷やしていた。
新婦の弟(つまり僕の『従甥(じゅうせい)』)のマサトシは理学療法士で、その奥さんのメグちゃんも看護師。
その二人によれば、骨折しているかもしれないと言うことで、披露宴が終わってからタクシーで式場近くの行岡病院へ行きレントゲンを見ると、案の定、何か所も骨折していた。
カナちゃんとその旦那のタカヒロ君には愚かな母が2人の門出にケチを付けたみたいに成ってしまい、申し訳なく思います。
せめて、ふたりのこれからの生活での躓きをウチのババが身代わりに成ったと受け取ってもらえれば、骨の一本や二本は安いものです。

PS.
手首はまだ腫れている事もあり、行岡病院では応急処置だけをやってもらい、新幹線で戻ってきました。
名古屋駅の改札を出る時、黒いダウンベストにジーンズという大柄な人がいて、顔を見るとまぎれもなくミッツ・マングローブだった。
新大阪駅で僕が切符を買っている時に母が、「顔が丸くて背の高いオカマがいた」と言っていて、「なんじゃそりゃ」と思っていたが、どうやらミッツの事だったらしい。


2012. 4.22




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