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芸術の秋・2015


立冬を過ぎているので暦的には秋ではないけれど、実際にはまだ冬という感じでもない。
そんな中、上京してきた。
まずは恒例の『デサインフェスタ』(デザフェス)。
11時会場だが、岡山・東津山から始発の電車に乗っても12時に着くのがやっと。
東京駅で昼食を取ってから会場へ向かうと13時。
この時間ならば、さすがにいつもの入場待ちの長蛇の列は無くなっている。
今回で何度目のデザフェスだろうか。
3500以上のブースがあるものの、僕が興味のある出展品は限られている上、「あ、これは去年も見た」というブースも多々ある。
とは言え、どこに興味のある出店ブースがあるか分らないので、一応全てをチェックしなくてはいけない。
そもそも僕自身、何に興味を惹かれるかが分らないので、全てを横目でチラリと見つつ「おっ!」と思えば立ち止まって見るというパータンだ。
会場は通路が狭いうえ、大勢の人でごった返していて、横目でチラ作戦でも3500以上のブースをチェックするのは容易ではなく、おのずと、前を歩く人を押しのけて行く他ない。
特に女性は歩くのが遅く、周りに気を配る様に出来ていないので通路の真ん中で立止まったり、或いは周りに気を使っているつもりなのか友達と「きゃー、カワイイ」と出展ブースから少し離れて見ている。
出展ブースから少し離れて見ていると言う事はこれもまた通路の真ん中で立ち止まっているのだ。
そんな時僕は容赦無く、彼女たちの前を横切り、あるいはぶつかって押しのけて行く。
なぜなら、オッサンとはそういう者なのだから。(と言うか、そうしないと前に進めなし、僕の後からも人が来ているのだ)

さて、開場入口で入手したパンフレットで確認したところ、お楽しみの一つであった『チームにきち』はどうやら今回は出店していない。
けれどもう一つのお楽しみの『和装侍系音楽集団MYST.』は相変わらず熱唱していた。


今回は僕の興味を惹く物が少なく、よって収穫も少ない。もうそろそろ見る側ではなく、出展する側へのサイドチェンジの時期なのだろうか。


3500のブースを見て回るのも疲れる。
本日歩いた歩数は22000歩。
午前中はずっと電車で座っていたから、ほぼ半日で22000歩だ。
もう足はクタクタで、疲れ過ぎて中々眠れなかった。


<今夜はカプセルホテル。狭いけれど快適です>

翌日はデザフェスではなく、永青文庫へ行く。
"文庫"と名がついても本屋ではない。
永青文庫は美術館で、理事長は元首相の細川護煕氏。
現在、ここで『春画展』が行われている。
春画とはアレである。
近頃、書店へ行くと春画関連の本が売られているのを見ることが多く、「ブーム」なのかと思っていた。

春画はヨーロッパではその芸術性が高く評価され『春画展』も大好評だったので、日本でも開催しようとしたところ、モノがモノだけに引き受けてくれる美術館が無く、結局、元首相が理事長の永青文庫で行われることになったそうだ。


永青文庫の開館時間は10時なのだが、僕が着いた10時半頃には既に50人以上の列で、その7割は女性。
何故こんなにも女性が多いのかは、実際に見てその理由が分った。
題材は主に男女のカラミなのだが、それが極彩色で描かれていて絵そのものが綺麗。
現代のエロ本なら男女は裸だけれど、それを浮世絵で描くと画面が白っぽく単調になってしまう。
だから、どれも美しい着物を着ているのだ。

さて、先ほど、"主に男女のカラミ"と書いたのだが、もちろんそれが多いのは確かだがそれだけでは無い。
男と男、女と女、男と動物、女と動物などなど、なんでもアリなのだ。
それらは恐らく性的興奮を味わうのでは無く、笑う為のものだろう。
そういった意味では春画は昔のギャグマンガなのかもしれない。
春画は昔も度々販売が禁止されたそうで、そんな時、お金持ちは金に物を言わせてプライベート用として春画を作らせ、その結果、一般の物よりも手の込んだ物になったそうだ。
まだ、歌麿や北斎をはじめ、当代の絵師のほとんどは春画に携わっていたとも言われており、北斎による女性と蛸のカラミを描いた『蛸と海女』は『北斎漫画』という映画にもなった程の有名な作品だ。


ところで、こうして多くの春画を見て気づいたのだが、ほとんどの春画においてオッパイが描かれていないのだ。
着物を着ている作品が多いという事もあるかもしれないが、それにしても少ない。
書かれていたとしてもイワユル貧乳だ。
何故こんな事になっているのか、僕なりに考えてみた。
春画が盛んだった江戸時代、銭湯は混浴だったそうで、中には銭湯でお見合いなんかも行われていたらしい。
そこから考えると、日常的に女性の裸を目にしていた当時の男性目線からするとオッパイは性的対象ではなく、その字の通り、乳が出てくるところであり、赤ちゃんの物だったのだろう。
(月亭可朝の言う通り・・・分る人だけ分ればいい)
次に貧乳問題だが、これは簡単な話で、着物なので胸を押さえ付けられている為、大きく成りようがないのだ。
日本人女性の胸が大きくなりだしたのはブラジャーを付けはじめた戦後以降の事だ。つまり、性的対象で無く、またそのフォルムも美を感じさせるものでは無かった為、わざわざ描くことはしなかったのだろう。
(僕は何を一体書いているのだ?)


『春画』の次は『おとめちっく』。
日程を計画した当初は真逆の様にも思ったが、『春画』の女性ウケを見たらそうでも無いようだ。
さて、『おとめちっく』と言えば陸奥A子である。
弥生美術館で『「りぼん」おとめチック・ワールド 陸奥A子展』が行われていて、折角上京していると言うのに、陸奥A子のファンである僕が行かないワケがない。
陸奥A子は知っている人は知っているけれど(当たり前だ)、1970年代から80年代にかけて少女雑誌『りぼん』の看板作家で、当時の等身大の少女たちを可愛らしく描いた作風から「おとめちっく」の代表作家と言われている。
彼女は体が丈夫ではないこともあり、18歳でデビューした後もぜんそくで入院したり、病院で原稿を書いていたりしていたので読み切り作品が多く、連載も4話くらいしか続かない。
つまり、陸奥A子には一般に広く知られる様な代表作、例えば、水木杏子といがらしゆみこの『キャンディ・キャンディ』や池田理代子の『ベルサイユのばら』に相当する作品が無いのだ。
(『たそがれ時に見つけたの』が代表作と言われる事もあるが、一般的ではない)
にも関わらず、展示会が開かれたり、いまだに陸奥A子についての本が出たりするのは彼女が築き上げた「おとめちっく」の世界観の賜物だろう。
彼女は『りぼん』の付録のイラストも多く手掛けていて(当時の付録は雑誌の作品とは全く関係の無いイラスが使われていたらしく、僕が思うところでは、陸奥A子はイラストレーターの一面もっていると思う)、イラストと漫画の両方で「おとめちっく」を作り上げたのだと思う。
言い換えれば、この「おとめちっく」こそが陸奥A子の代表作なんだろう。


受付を通ると最初に売店があり、陸奥A子関連のグッズが置かれているが、これは後で吟味するとして、まずは展示室に入る。
デビュー前の『死んじゃうの』をはじめ、主に生原稿が展示されている。
僕は陸奥A子の物に限らず、マンガの原稿という物を生で見たのは初めてだ。
中にはカラー原稿もあり、実際に印刷された物とは微妙に色合いが違う。
僕は陸奥A子の単行本を全て持っているので、展示されている原稿を見ると「ああ、あの作品の原稿だ」とそのストーリーが頭の中に思い出される。
また、修正の跡(ホワイトと言う)からは、彼女の思考を感じる事も出来る。
女性だらけの来場者の中で僕はひとりでニヤニヤしながら展示品を見入っていた。

【たそがけ時に見つけたの (1974年『りぼん』6月号)】

【冬の夜空にガラスの円盤 (1978年『りぼん』2月号)】
弥生美術館の2階から隣の竹久夢二美術館に繋がっていて、同じ入館券で入れるが、竹久夢二には全く興味が無い僕は売店で陸奥A子グッズをシコタマ買い込んで帰路に着いた。

2016. 2. 9



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