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おらぁ、東京さ行ぐだぁ的闘病記
   〜番外編@〜



■柴又・六本木・麻布十番
2001年8月27〜
28日


8月27日に国立がんセンターでの診察&検査の為、4ヶ月ぶりに上京しました。
今回は寅さんのDVD購入を記念してというわけではないけど、始めから柴又へ行く計画で、前日の26日から出かけることにした。
柴又へ行くから前日から行くというのでは無く、検査が朝9時からなので、その時間に間に合うようにする為には、前日から行くか、夜行電車で行かなければならない。
さて、柴又への行き方だけど、前回、入院中に行った時はJRを乗り継いで、金町まで行き、そこからは歩いて行った。
乗り継ぎを間違えたりもして、結局、病院から2時間半くらい掛かってしまった。
が、今回は「男はつらいよ」でおなじみの京成電車で行くことにした。
やっぱり、柴又と言えば京成電車である。
前もって地図で「ナルホド、東銀座まで営団地下鉄で行き、そこで都営地下鉄に乗り換えて、浅草線で押上まで行き、更に京成電車へ乗り換えればいいんだな、フムフム」としっかり確認しておきました。
しかし、結局のところ、都営浅草線の東銀座から京成電車にも乗れるみたいだね。
東銀座のホームで待っていると、どうも地下鉄とは違う電車が入って来るではないか。
多分、こいつに乗れば柴又まで行けるんだろう(乗換は必要かな?)と思ったけど、とりあえず、この電車はやり過ごして確実に当初の予定通り、地下鉄で行くことにしました。
(ふと思ったのだが、東京駅から営団地下鉄にのってそのまま都営地下鉄にも乗り継ぎは出来るのだろうか。地方に住んでいるとよく分からない)
結局、1時間くらい掛かって柴又に到着。
柴又駅は映画で見たのとは少し雰囲気が違っていて、ひょっとしたら改装したのかもしれない。
駅の正面のこじんまりとした広場には寅さんの像があったが参道とは違い少し寂れたかんじであった。
帝釈天への参道は駅のすぐそば。
参道の入り口には「男はつらいよの碑」があり、ここで記念写真を撮っている人もいた。
参道は以前にも通った事があるので、今回は参道は通らず、タコ社長の印刷会社は実際にあるのかを確認するために、「くるま屋(とらや)」のモデルとなった「高木屋老舗」の裏あたりを探索する。
しかし、裏は民家がビッシリと建てこんでいて、入っていけそうにもなく、どうやら印刷所は無い様である。
帝釈天へは参道を通らず、横から入った。
境内には何やら櫓(やぐら)が組んであり、近くにあったカンバンによると昨日から「寅さんまつり」をやっているらしい。
とは言え、夜までは居られないないので、今回は残念だが、お祭りは見ないでおくことにした。


本堂などをチラチラと見たあとは「寅さん記念館」へ行くことにした。
なんせ、お天気がいいもんだから、暑くて暑くて、記念館へ行けば少しは涼しいかなと思ってね。
記念館には以前にも来た事があり、中身の展示物は同じだった(多分)。
館内に寅さんクイズのコーナーがあり、上級編に挑戦したら5問全問正解だった。
気をよくして記念館を後にし、今度は江戸川の土手に向かった。
毎回、寅さんが帰ってくる時に歩いてくるあの土手だ。
ところで、駅とは反対方向なのに、寅さんはどうして土手から帰って来るのだろう。
わざわざ遠回りしているのだろうか。
土手からは細川たかしも歌ったあの「矢切の渡し」も見え、乗船を待つ人で長蛇の列が出来ていた。
みんな、連れて逃げて欲しい人たちだろうか。
土手の風景は映画と同じで、どこかホッとする。
江戸川を後にした僕は一旦、東銀座のホテルへ行くことにした。
歩き回ったので、クタクタでちょっと休んでから第2の目的地、六本木へ行くことにした。

六本木には何があるのかは知らないけど、とにかく行ってみる。
しかし、実際のところ、何も無かった。
少し歩いただけなんだけど、疲れちゃって、どうでも良くなっちゃった。
SUB−WAY(サンドウィッチ屋さん)で一休みして、少しブラっとしてからホテルへ戻ろうと思って店を出て人の流れに沿って歩いていると「麻布」十番」のカンバンを見つけ、そういえば先週、ラジオで今日、麻布十番祭りがあると言ってた事を思い出し、ちよっと覗いて行く事にした。
やきそば等の屋台は当然だけど、フリーマケットみたいな出店もあって、縁日に骨董品の店や古着の店なんかもあった。
中には便座にペイントした物を売っている店もあった。
お祭りの日に誰が便座を買うのだろうか。
麻布は大使館が多く、このお祭りにも何軒かの外国の出店をみつける事ができた。
韓国の店はチヂミを売っていたし、中国はペキンダックみたいなのを売っていた。
ただ、これらの店と大使館の関係の有無は不明である。
道の両側に店があり、そのほとんどが焼きそばや串焼きなど、熱いものの店なので、両面グリルの中を歩いている様で、ただでさえ暑いのに、さらに熱い。正に焼ける熱さである。
さすが、麻布十番祭り。とにかく、人だらけでさすがにもう、GIVE UP。
ホテルに戻るとにした。
クタクタで夜はサッサと寝ちゃいました。

翌日の27日は9時から超音波検査(エコー)があるので、朝食はとらず(禁食なのだ)、早めにホテルを出た。
僕の定宿、銀座丸の内ホテルは病院とほんの目と鼻の先にあり、うさぎ跳びでだって行けちゃう(ウソです)。
エコー検査では、始めは若い先生(?)にやって頂いていたのだけど、何故か画像がうまく映らず(脂肪が厚い?)、途中から年配の先生にバトンタッチ。
こういうのって、ドキドキするんだよね。
何かいけないものが映っていて、その確認の為に上司に代わったんじゃないだろうかとか、想像力がたくましいものだから、つい考えちゃう。
こちらからは画面が見えないので先生の表情をずっと見ているしかない。
検査の後に先生に聞いたら、悪いところは無いとのことで一安心。
次は眼科で金子先生の診察なんだけど、あいかわらず待合室は満員御礼。
とりあえず、木村先生の視力検査や視野の検査などを済ませてから、先にMRIの検査へ行くことにした。
MRIは強い磁石を当てるとにより、カラダの中をみる検査なのだが、つい最近、米国では検査室内に置いてあった酸素ボンベがMRIの機械に引き寄せられ、検査していた子供に当たり、死んでしまったという怖い、怖い検査である。
検査は頭をテープで固定され、ガンガンうるさいのだが、もう慣れたもので、検査の途中だというのに寝てしまった。
検査で撮った写真をもらってまた眼科に戻どり、金子先生に見てもらう。
本来はMRIの検査したところで、腫瘍が大きくなっていないか、過去に撮った写真と見比べて、検査所見をつけて眼科に回す。
しかし、検査所見を待っていると1週間かかってしまうので、いつも写真だけもらって先に金子先生に診てもらっている。
大きくなっているかどうかぐらいは前の写真もあることだし分かるのだ。
その結果、金子先生の診たてでは「ちょっと小さくなっていますかねぇ」というものだった。
去年の年末には「ちょっと大きくなっている」と言われ大騒ぎしたけど、実際のところ丸い腫瘍のどこの断面写真を撮るかによって大きさも微妙に変わるし、毎回同じ場所の断面写真が撮れとは限らない。
そして長丁場のこの病気の場合、些細なことで一喜一憂していてはいけない。
もっとも、腫瘍は小さくなることは必ずしもいいとは限らず、あまり小さくなるタイプだと転移しやすいとのことで、とりあえず今のまま、おとなしくしていてくれればいい。
とにかく今日のところはメデタシ・メデタシだった。
2001.9.2記

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