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おらぁ、東京さ行ぐだぁ的闘病記
   〜番外編D〜



■最悪!再発?再入院!
2002年12月15〜20日


【12月15〜16日】
今回の東京行きはのっけから最悪だった。
どうも前日の深酒が過ぎた様で胃がムカムカするし、寝不足だしで名古屋駅のトイレに駆け込んで吐いてしまった。
吐くと少しはムカムカも治まったが、体調不良には変わりない。
とにかく、東京まで寝ていけば良くなるだろうと思ったのだが、東京へ着いてもあまり回復しない。
腹が減リ過ぎていると、胃がムカムカすることがあるので、それかもしれないと思い、東京駅地下にある「ラーメン激戦区」の”ミンミン(王へんに民))”という店でいつもの通りミソラーメンを注文する。
この「ラーメン激戦区」には10軒近くのラーメン屋があり、昼時になると人気のある店には行列が出来るが。人気の無い店には、他の店がどんなに並んでいようともガラガラで、以前、空腹に負けてそんな店に入ったらやっぱり美味しくはなかった。
今回僕が入った”ミンミン”は行列こそ無かったものの、店内は一杯だった。
少々期待しながら待っていたのだが、はっきり言ってあまり美味いとは言えない。
不味くはないのだが、いたって普通のミソラーメンだった。

腹が膨らんでも、体調は依然と悪いまま。
それでも、当初から予定していた「東京現代美術館」へ向かうことにした。
東京ではもう行きたいところが無いくらい色々な所へいっているので、そろそろネタが尽きてきた。
もちろん、友達や彼女とかが居れば他にも行きたい所はあるのだが、一人で豊島園へ行ってもつまらないのは目に見えている。

「東京現代美術館」は地下鉄東西線の木場という駅から歩いて15分くらいにある。
もっと楽に行こうと思えば、バスに乗っていく方法もあるのだが、元々バスには酔いやすいタチで、しかもこんな体調では絶対にダウンしてしまう。
それに、冷たい空気に当りながら歩くのも、結構気分は良い。
「東京現代美術館」には常設展と企画展があり、企画展では「傾く小屋」というもの展示されているらしいが、この体調で傾いたものなんかを見たら、ノックアウトだ。
僕は名古屋でも、時々美術館へ行ったりする。
別に気取っているわけではなく、芸術が分かるわけでも当然ない。
単純に好きなだけで、オモシロイと思うだけだ。
テレビでも「たけしの誰でもピカソ」なんかは良く見ている。
しかし、この美術館は今一つ。
「おっ」と思った作品は警察と地元住民の小競り合いの場面を描いたものくらいだった。
一通り展示物を見たところで、既に体調は低空飛行。
本当ならこの後、「年末の準備でにぎわう浅草」とやらを見に行こうと思っていたのだが、とてもそんな元気は無い。
このまま、いつものホテルへ直行することにした。
途中、小腹が空いたので「ト゜トールコーヒー」でコーヒーとサンドイッチを食べたら、少しは気分が良くなった。

ホテルで少し寝てから、夕食へ出かける。
(なんだか、寝てるか食ってるかだけだな)
夕食はどこで食うかは決めている。
当然、奈々子ちゃん(番外編B参照)のいる「ジンジーノ」だ。
期待に胸を膨らませ行ったのだが、あの不器用な若造はいたのだが、あいにく奈々子ちゃんには会えなかった。
他の店に移ってしまったのか、それとも辞めてしまったのか。
奈々子ちゃんのいないのならば、もうこの店には用は無い。
さほど美味いわけでも無いし、安いわけでもない(ただし雰囲気は良い)、この店にはもう来ることはないだろう。
さようなら、ジンジーノ。さようなら奈々子ちゃん。

腹が膨れたら銀ブラ。
ニューヨークでクリスマスツリーと言えばロックフェラーセンタービルにあるクリスマスツリーが有名だが、銀座でクリスマスツリーと言えば銀座通り(中央通り)にあるミキモトのクリスマスツリーだ。
高さも4mくらいしか無く、決して大きいとは言えないのだが、ガラス張りのビルに光が反射して大きなシャンデリアのようにも見える。
道行く人は必ず足を止め、記念写真を撮る人であとを絶たない。
寒い冬の街で、ここだけが暖かい暖炉の様だ。

これの10倍は綺麗である。

翌日はいつもの様に、8時に起床。
MRIの検査が有るので朝食をとらず、病院へ直行。
受付だけを済ませ、売店でお茶を買い、検査までの間、ブラブラと時間をつぶす。
MRIの検査はいつもと変わりなく、出来たての写真を持って眼科へ。
師走の為か、患者の数がめっきり少なく、いつもは満席の椅子も何箇所か空いている。
受付でカルテを渡すと、そのまま視力検査に入った。
眼圧や視野の検査を行ない、金子先生の診察を待つ間、放射線治療科へ行く。
これもいつもの通り。
伊藤先生は前回のMRIの写真データをパソコンで呼び出し、今回の写真と比べながら
「変わりは無いですね」
次回は4ヶ月後の4月21日に腹部の超音波検査の予約を入れる。
ここまではいつものパターン。
しかし、最後の金子先生の診察で、「腫瘍は大きくなってはいないが、色が変わっている」との指摘があった。
レーザ地治療したあとに撮った眼底写真では、患部は白かったのだが、今回の診察では茶色になっているとのこと。
ガン細胞が復活しているかもしれないそうだ。
それを診断する為、東京医科大の後藤先生への紹介状を書いてもらう。
後藤先生が見つけた診断方法で、微量の放射性物質を注射し、その後検査をする事によりガン細胞が活性化しているかどうかが分かるらしい。

ガンセンターを退院してから3年。
10年通院してくださいと言われているので、まだまだ始まったばかりなのだが、正直、ショック。
眼球摘出や転移、死といった問題に再び向かい会わなくてはいけない。
そして、覚悟を決めなくてはいけない。
重い気分のまま帰宅の途につく。



【12月19〜20日】
午前中は仕事をし、午後から東京へ向かう。
平日の昼間だというのに、名古屋駅はサラリーマンでにぎわっていた。
恐らく、前日に来て、午前中に取引先で打ち合わせをし、その帰りであろう。
僕も経験があるのでよく分かる。
まだ、日帰りでないだけ楽だよね。
ホームでの賑わいの割りには、車内は比較的空いていた。
僕はいつもの通り寝て行き、目がさめると東京である。
東京駅に着いた時点ではまだ5時前だったので、下見でもしようと思い、地下鉄丸の内線の西新宿までのキップを買う。
地図で調べてると東京医科大は西新宿のすぐ近くにあるのだが、明日になってウロウロと迷うのもなんだし、それに時間があれば新宿をブラブラしようと思ったのだ。
しかし、地下鉄に乗ってから、やっぱり体調も不充分だし(前回からまだ回復していない)、西新宿は10個くらい先の駅だったので、急遽予定を変更し、銀座で途中下車。(銀座は丸の内線で東京から1つ目の駅)
銀座からはいつもの通り、ブラブラとホテルまで歩いていく。
やはり、平日だけあって、サラリーマンの人がいつもよりも目に付く。
銀座は繁華街という面もあるが、一方でオフィス街でも有る。
メジャーなところでは日産や新王子製紙、ちょっと離れるが電通や朝日新聞などの本社があり、もちろん僕の知らない会社だって沢山あるに違いない。
だから、夜の繁華街も成り立つのだろう。

ホテルで一休みしたあとは夕食へ出かける。
東京での楽しみの一つに、「美味いものを食う」と言うのがあり、毎回、どこで何を食うかを事前に調べていて、今回は「梅林」で「カツ丼」を食う予定であった。
銀座でカツ丼と言えば必ず「梅林」が紹介される程有名な店で、テレビでも何度も取り上げられている。
有名店の割りには店内は狭く、カウンターが15席くらいと、テーブルが4つほど。
ひよっとしたら、2階もあるのかもしれないが、実にこじんまりとしている。
そして、問題のカツ丼だが、不味くはないのだが、これといって美味くもない。
ちよっと甘めで、ごはんがつゆだく状態というのも、僕の好みではない。
有名店だから期待し過ぎちゃうのかもしれないが、なかなか美味い店にはめぐり会えないね。

店を出てブラブラとホテルに向かって歩いていると、忘年買い帰りの人がチラホラと見える。
本当なら、今日は僕も会社の忘年会があったのだ。
帰ったら、一人でビールでも飲んで寝るとしますか。

翌日は7時20分に起床。
ホテルの喫茶コーナで軽く朝食をとり、8時に病院へ出発。
西新宿には予定通り8時半ころに到着。
取りあえず地上に出て「病院はどこかな」と回りをキョロキョロしていると、まん前が病院であった。
しかし、病院の敷地内に建物がいくつもあるので、どこから入っていけばいいのか分からない。
とにかく真っ直ぐに歩いていくと「外来受付」の看板が見えたので、そちらへ進んで行くと、やっと病院の正面に出てきた。
まずは初診の申込書を記入し受付へ提出する。
そうすると、診察券と初診の申込書を渡され、2階の眼科受付へそれらと、金子先生に書いて頂いた、後藤先生への紹介状を提出する。
それからは、呼ばれるまでひたすら待つ。
しかし、藤田学園の時とは違い、1時間ちよっとと、意外に早くよばれた。
3時間くらいは覚悟していたのに。
まずはじめに、発病から治療の経緯を説明する。
説明すると言っても、後藤先生ではなく、木村先生という若い先生だ。
(インターネットの東京医科大のHPで眼科のスタッフを見てみると、木村先生は入っていないので、ひょっとしたらインターンかもしれない)、
一通り説明したあと、視力検査をしたり、エコーでまぶたの上から眼球をみたりしているうちに(当然、それらの間には長い待ち時間があるのだ)、やっと後藤先生へたどり着く。(ちなみに、後藤先生は助教授である)
後藤先生に今日の目的を伝えようとすると、「あ、分かっています」との返事。
後藤先生の説明によるとこうだ。

眼腫瘍の治療では一般的に眼球摘出が行なわれており、そういった中で金子先生は出来るだけ眼球を残そうとレーザや放射線による治療をメインに行なわれている。
しかし、ガン細胞が本当に死んだかを判断する方法がこれまで無く、それを後藤先生が見つけて、金子先生と共に治療に用いているとのこと。
その方法とは、脳卒中や心筋梗塞などの血管系の治療に用いられている”アイソトープ”という微量の放射性物質を注射し(正式には「核医学注射」と言う)、注射2時間後と24時間後にそれを検査(どの様に検査をするかは聞きそびれてしまった)を行ない、ガン細胞が死んでいるか生きているかを判定する。
(悪性黒色腫にはこの方法が特に相性が良く、顕著に結果が表れるらしい)
もちろん僕はこの検査を受けにここへ来たわけだが、この検査は東京医科大しか行なっておらず、予約は一杯で早い者勝ち状態らしい。
そういったわけで、検査は来年3月11・12日に行なうことで予約を取り、その前日から入院することにした。

会計と来年の入院予約をして外へ出るとそこに地下鉄への入り口があった。
なんだ、病院の真ん前にあるじゃん。
思った以上に早く終わったとはいえ、もう1時半を回ってハラペコの僕は、東京駅の地下でラーメンを食うことしか考えていなかった。
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2002.12.22記

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