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おらぁ、東京さ行ぐだぁ的闘病記
   〜番外編G〜



知らざぁ言って聞かせやしょう〜歌舞伎の世界〜
2003年9月7〜8日


■9月 7日
今回の東京行きは、ある意味、前回の続きである。
前回はオープン前の六本木ヒルズの回りをウロウロとしていたのだが、今回はその内部へ突入である。
と言っても、ヘルメットかぶってゲバ棒もって「おりゃぁぁぁ!」って乱入するわけではもちろんない。
礼儀正しく、正面玄関から厳かに入場するのだ。(どこが、正面だか分かりませんが)

おっと、その前に昼メシを食わなくちゃ。
東京行きで毎回困るの事の一つが食事である。
(そもそも、遊びに来ているワケでは無いのですが)
名古屋ならきしめん・ひしまぶし等があるし、大阪ならたこ焼き、京都ならお茶漬けがある。
東京の名産って何だろう。
やっぱり江戸前寿司と言うくらいだから「寿司」なんだろうけれど、それは今晩、食べる事にしているし、かといって「他には?」となると、もう思いつかない。
まさか「もんじゃ焼き」が昼メシにはならないだろうから、「あぁ、困った」と言うことになる。
それに大抵のものは名古屋でも食べられる。
もちろん、美味い・不味いは別にしての話だけれど。
つまり、「わざわざ東京で○○○を食わなくても」という事になる。
そうなると唯一の選択肢はテレビなどで紹介される「有名店」で食うという事になるが、残念な事に、僕は全然グルメじゃないので、そういった情報に全然うとい。
そもそも、有名店といっても「たいめいけん」の様に、僕のお口に合わない場合もあるわけで、そうなるのもイヤだし・・・
といつまでもウジウジとしていても決まらない。
ここは前回と同じく、「土手の伊勢屋」へ行くことにした。

実は前回行って、一つ後悔している事がある。
ここの天丼のランクは「イ・ロ・ハ」(「ハ」が一番豪華)の3種類あり、前回、僕はオーソドックスに「ロ」を注文した。
それも事前にネットで調べた結果で、「ハ」だと量が多すぎてくどくなるから「ロ」がオススメとの助言に従ったわけで、店員もそう言っていた。
しかし、この天丼が想像を絶する美味さで「あぁ何故、ハを注文しなかったか!オレってバカバカバカ!」と悔し涙を流したのだった。(ちょっとおおげさ)
それで、今回はそのリベンジで「ハ」を食いに行くというワケだ。

店に付くとあいかわらず行列が出来ていたが、前回よりは少し短め。
30分くらいで店に入る事ができ、さっそく「ハ」を注文する。


しばらくして運ばれてきた「ハ」は天ぷらが落ちないように丼のフタで押さえられている(他の天丼にはフタはついていない)。
このフタは天ぷらの落下防止の他に、いざ食う時に天ぷらを一時置いておく皿の役目も果たすスグレモノなのだ。(フツーのフタなのですが)
それにしても美味い。
ゴマ油で揚げている天ぷらとタレが絶妙にマッチしていて、更に量も半端じゃない。
丼からこぼれ落ちる程に乗せられたテンプラたちは、実際、丼の上に置いておくことが出来ず、丼のフタへ一時避難するくらいなのだ。
僕はこの至福の一時を過ごしながら思った。
「やっぱり「ハ」はくどい」
当分のあいだ、天丼は食いたくないと思った。

腹が膨れたら次は六本木ヒルズである。
地下鉄で六本木まで行き、後は人の流れに身を任せ、エスカレータで上がると六本木ヒルズの前に着く。
ところで、六本木ヒルズって何があるの?それよりも、どっから入るの?
有名だから来てみたけれど、ちっともワカンナイ。
つまり、人は沢山いるのだが、なんだかゴチャゴチャしていてよく分からないのだ。
多分、僕の様な人が多いのだろう、「フロアガイド」という小冊子が無料で配られていて、そこに六本木ヒルズの地図や、どんな店があるかが書かれている。
それでも、方向オンチの僕にはさっぱり分からない。
そもそも、見えにくい所にエスカレータがあったり、妙にアップダウンが多かったりと、故意に分かりにくく造っているフシが感じられる。
ようやく入ることの出来た内部には本屋や眼鏡店もあるが、想像していた通り、女性向けのファッション関係の店が中心で、オトコが一人でウロウロする所ではない。
つまり、オイラはお呼びじゃないってワケだ。
結論が出たところで、さっさと、次の目的地の歌舞伎座へ向かう。


これが、六本木の立体迷路 六本木ヒルズにはこんな所もある
(毛利池)


案外、勘違いしている人も多いらしいのだが、歌舞伎座は歌舞伎町には無い。
歌舞伎町は新宿に有り、歌舞伎座は銀座にある。
歌舞伎座は病院のすぐ近くにあって、入院中や通院の時には必ずこの前の道を通っていた。
その度に、入ってみたいと思っていたのだが、どうしても二の足を踏んでしまっていた。
それは、やっぱり、「何を言っているのか分からないのでは」「難しいのでは」と言う勝手な想像によるものだ。
更には、なんだか上流階級のブルジョアな娯楽といった、これも勝手な思い込みなのだが、あったわけだ。
事実、一番良い席は16000円もするが、一番安い「一幕見席」はその名の通り、1幕だけど1000円以下で見る事が出来る。(同じ芝居でこんなにも値段に差があるのは少々、乱暴な気もするが)

今日の夜の部の一番目は4時30分開演で、その15〜20分前にチケット販売(当日券)されるとのことから、
「4時に行けば、余裕しゃくしゃく」
と思っていたら、4時前にもかかわらず既に長蛇の列が出来ていた。
チケットを買い、結構急な階段を4階まで上がると一幕見席がある。
一幕見席は前後2列しかなく、しかもかなり狭い。
前列ならともかく、僕はスタートダッシュが遅れたので、後列になってしまい、ここからでは花道がまったく見えない。
ま、安いからしかたが無いとスッか。

まず、今回見るのは「俊寛」という芝居で、中村吉衛門が主役である。
中村吉衛門といえば、あの「鬼平犯科帳」の鬼平である。
現在の中村吉衛門は二代目で、「俊寛」は初代中村吉衛門の当たり役の一つだったそうだ。
そして、今年は初代の50回忌にあたり、その記念興業らしい。
しかし、初代は知らないが、よく耳にする名前の役者が出るとなると、どんな芝居をするのか、少しは気になる。いやいや、ずいぶん気になる。
もちろん、僕が見て、上手いヘタが分かるわけが無いのだが、とにかく興味深々だ。

最初のうち、舞台には白っぽい幕が掛かっているのだが、拍子木の「チョン、チョン」という音共に、定式幕と呼ばれる、黒と柿色と緑の幕を黒子が引いて来る。
この「チョン、チョン」の拍子木の音が約1分おきくらいに何度か鳴った後、いよいよ開幕である。



〜「俊寛」のあらすじ〜
俊寛(しゅんかん)、成経(なりつね)と康頼(やすより)の3人は平家打倒の謀反を企てた罪により島流しとなって3年の月日が経っていた。
日々の辛い島の生活の中で、康頼は島の娘の千鳥と恋仲となり、それを聞いた俊寛と成経はささやかな祝言を挙げてやる。
そんな時、都から迎えの船が来るが、役人はこの御赦免船には3人しか乗せられないと言う。
祝言を挙げたばかりの2人を離れ離れにするの事はできないと、俊寛は自分の代わりに千鳥を船に乗せる。
しかし、望郷の念は絶ち切り難く、都へ帰る船を島の岬から万感の思いで見送る。



この芝居の見所はなんといっても、ラストの俊寛が船を見送るシーン。
回り舞台と浪布と呼ばれる波に見たてた布により、平面的だった舞台を一気に3次元ワールドにする。
あの、「マトリックス」でキアヌ・リーブス演じるネオが敵の弾をのけ反りながらよけるシーンに近いものがある。
僕の隣に座っていたガイジンの姉ちゃんも「Oh!」とか言っていた。
僕は「どうだ、日本の伝統芸術はすごいだろう」と少し、鼻高々である。
そして、もう一つスゴイと思ったのは囃子連中(はやしれんちゅう)の迫力。
舞台右手の浄瑠璃三味線と鼓と歌(義太夫)の3人が舞台から落ちそうな程の怒涛の勢いで演奏するところは圧巻だった。
ロックバンドだって、こうは行かないだろう。

歌舞伎を堪能した僕は、ひとまずホテルへチェックイン。
荷物を置くとすぐに夕食に出かける。
夕食はホテルの隣の寿司屋。
寿司はご存知の通り、魚介類がメインなので、当然、旬の食材とかがあるわけで、いつ行っても馬鹿の一つ覚えの様に「トロ下さい」などとは言ってはいけないのだ。
それでは、今の旬は何かとネットで調べたところ
ウニ・サザエ・タイ・アワビ・スズキ・アジ・マグロ・イワシ。アナゴ・カレイ・イセエビ etc.
何だか、高そうなネタばかり。
それでも、タイやアワビなど色々腹いっぱい食べ、生ビール2杯で3000円なら安いのではないでしょうか。

腹が膨れたら、また、歌舞伎である。
先に見た「俊寛」が好印象で、こんなに面白いのなら、もう一回見ようと思い、本日のラストの芝居を見に歌舞伎座まで、ほろ酔い加減で歩いていった。
今度は並ぶのが早かったので、前列をキープすることが出来たが、前列でも、前に乗り出さないと花道は見えない。
本日最後の演目は「ひらがな盛衰記 無限の鐘」である。
今回は僕の知っている役者は出ていない。
しいて言えば、中村福助くらいかな、耳にしたことがあるのは。
(歌舞伎関係者の皆様、勉強不足でゴメンナサイ)



〜「ひらがな盛衰記 無限の鐘」のあらすじ〜
神崎の廓で、1・2を争う人気太夫の梅ヶ枝を身請けしようと、さる東国の大名が来るといって、千年屋は出迎えに余念が無い。
当然、この身請け話しは梅ヶ枝の耳にも届いており、彼女は恋人の源太に相談しようとするが、約束の刻限となっても源太は来ない。
千年屋の主人、嘉六などのはからいで、ようやく、やきもきして待つ梅ヶ枝のもとに源太が現れる。
源太は梅ヶ枝に、明朝、一の谷の平家の陣所に源氏が攻めてくることになったので、出陣して手柄を立てたい。ついては、梅ヶ枝に預けている源頼朝から賜った鎧を取りに来たと言う。
しかし、その鎧は源太が店に来て梅ヶ枝に逢う為の揚代を払うために質に入ってしまったと打ち明ける。
鎧が無ければ出陣できないと、その場で切腹しようとする源太を「お金はなんとかするから」と思い止ませる梅ヶ枝だが、元からそんなあてなどない。
そんな時、無限の鐘の故事を思い出す。その鐘を叩くとこの世の富を手に入れる事ができるが、来世では無限地獄に落ちると言われていた。
梅ヶ枝は傍らにあった手水鉢(ちょうずばち)を鐘に見たてて叩いたところ、三百両の小判が降りかかってきた。
これは、二階の座敷から先の東国の大名が撒いたものであり、この客こそが源太と梅ヶ枝の身を案じた源太の母、延寿であった。



しかし、ビールの酔いと歌舞伎独特のワケノワカラナイセリフが呪文の様になり、ついウトウトとしてしまった。
結局、最初と最後を見ただけで、どんな芝居だったのか、サッパリ分かりませんでした。

<歌舞伎ビギナーが芝居を見るときの注意点(一幕見席の場合)>
@早い時間から並んで、前列を確保。
Aオペラグラスを持参(役者の表情を見るときには必須)
Bガイドブック等でストーリを事前調査
   (何を喋っているのかわからないので。一幕見席にはイヤホンガイドはありません)
Cアルコールは飲まない(寝てしまう)


■9月 8日
今回の検査はMRIと胸部レントゲンと採血。更に眼科と放射線治療科での診察と、結構、メニューが一杯あるのでサクサクと回らないと時間が掛かってしまう。
まず最初はMRI。
いつもは検査が終わった後、検査技師の人に言って、今とったMRIの画像写真をもらい、金子先生や伊藤先生の所へ持っていくのだが、今回は「写真は時間が掛かるから、画像をデータベースに送っておきます」とのこと。
考えてみれば、わざわざ写真にしなくても、そっちの方がいいよね。
国立がんセンターではカルテはデジタル化はされていないけど、MRIなどの画像はデジタルデータとして保存されていて、前回のデータと見比べて腫瘍が成長していないかをチェックする。
ひょっとすると、写真にしていた分、これまで余計にお金がかかっていたカモ。

MRIの後はひとまず眼科へ。
いつもは患者さんで一杯なのだが、今日の眼科は心持少ない感じ。
カルテを看護婦さんに渡すと(カルテは黄色い袋に入れて、患者がもって歩くのです)すぐに呼ばれて、視力等の診察前の一連の検査を木村先生にしてもらう。
検査が終り、散瞳の目薬を指してもらってから、瞳孔が開くまでの間(だいたい30分以上はかかる)、放射線治療科へ行く。

放射線治療科の伊藤先生から、不吉な事を言われた。
3月に行った東京医科大での検査結果について、後藤先生(東京医科大)のコメントに
「右眼と左眼の影の濃さが違う」とあった。
伊藤先生は「詳細は金子先生の診察で」との事だが、前回、OKの返事をもらっていたからちょっと凹み気味である。
この病気ってヤツは一喜一憂しながら完治に向かっていると思わなければいけないのかも知れない。

それでは、肝心の金子先生の診察はどうだったかと言うと、眼底検査では異常なし。
ところが、今回のMRIの画像をパソコン上に呼び出す事は出来たのだが、前回のMRIの検査結果が時間が掛かって一向に出てくる気配が無い。
何度やっても同じで、結局、後日(9/22)電話で結果を確認する事となり、ちょっと不安を残しつつ、本日の診察は終了。
この後、駆け足で採血と胸部レントゲンを回り、病院を後にした。

再発の不安はあるものの、それでも、やっぱり腹が減る。
MRIやエコーの検査がある時は朝食抜きなので、診察が終わる頃は凄く腹が減るのだ。
今日は、回るところが多かった割には早く終わる事が出来、まだ12時前だったので、築地市場でメシが食えるかも知れないと思い、とりあえず行ってみることにした。
もし、大和寿司や寿司大が空いていたら食っていこうと思ったのだ。
しかし、どちらも20人以上並んでいて、僕の築地市場はあえなくゲームセット。
予定を変更して、と言うか元々の予定通り、「蜂の子」へ行く事にした。
ここは築地警察署の近くにあるフランス料理屋なのだが、実際は洋食食堂といった感じ。
雑誌などにも時々、小さく載っていることがある。
ここのオススメのリサーチまでしていなかったので、Bランチを注文した。
ハンバーグやサラダや、何かいろいろと付いていて興味を引かれたのだが、出てきた物を見てちょっとガッカリ。
色々付いているのだが、いずれもちょっとずつしか無いのだ。
なんだか、箱庭みたいな料理。
僕は本来、小食なのだが、それでも足らないので、オムライスを追加で注文した。
ここのオムライスは普通のオムライスなのだが、僕としては「たいめいけん」のたんぽぽオムライスよりも、こちらの方が好きだ。
それにしても、Bランチとオムライスを一気に食うときつい。
途中、「ひょっとしたら、全部は食えないかもしれない」と思いながらも、なんとか食うことができた。


僕は満腹の腹と少しの不安を抱えて帰宅することにした。


■9月 22日
電話で金子先生へ電話をし、MRIの結果を聞くと問題無いとのこと。
もし異常があれば、腫瘍が大きくなっているはずだけど、僕のは大きくなっていないそうだ。
血液検査も胸部レントゲンも問題無く、ひとまず安心である。


2003.10.13記

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