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おらぁ、東京さ行ぐだぁ的闘病記
   〜番外編J〜



■東京ドーム
2004年9月12〜13日


■9月 12日(日)
もう何度目の東京だろう。
新幹線で品川や有楽町の辺りを低速でそろりと走りながら、窓の外の見なれた風景を眺めていると「帰ってきた」という錯覚をする。
少し懐かしかったりもする。
つまり、それくらい何度も病院へ来ていると言うわけだ。
そして、東京で行きたいと思う所は殆ど行き尽くしていると言うことでもある。
今回もどこへ行こうかと頭を悩ませた。


事前の週間予報では、なんだか天気の具合が今一つだったので、こんな時は屋根のある所がいいよね、といったわけで今回の行き先は東京ドームに決定。
東京ドーム見学ツアーというものが有り、それに参加する計画だ。
なんだか巷では1リーグ制や合併に大騒ぎの様で(当時の話し)、世間一般は『組合vs管理職』といった図式の為、選手会側に同情的。
僕としてはどっちでもOK。
とにかく試合の放送時間を短くしてほしいと思う。
放送時間を延長されて、その後の見たい番組を見る時間が遅れたりして迷惑しているので、出来る事なら、放送を止めてもらいたいと思っている。


実際のところ、雨は降りそうには無かったのだが、他に行くところが思いつかず、東京ドームに行くことにしました。
東京ドーム見学ツアーと言うのはガイドさんに連れられてスタンドなどを見て回る事が出来るもので、その中でも今日は月に何度も無い、ダッグアウトやグラウンドにも入れる日なのだ。
まずはチケットを購入しなければならないのだが、その売り場が分からない。
ネットでの検索では、22番ゲートの前にある事になっているのだけれど、その様なものが見当たらない。
辺りを見回してみると、正面よりも少し左側の植え込みの向こう側に発見。
なんとも分かりにくい所にあるもんだと少々不機嫌になりそうな気持ちを「まあまあ」と自分でなだめつつ、チケットを購入した。


さて、集合時間までは少しあるので、その間、SHOPを覗いたりして時間を潰す。
当然、巨人のグッズは売っているのだが、他の球団や大リーグチームのものも売っていた。
僕はマリナーズのイチローの帽子(イチローが打席に入った時に右手一本でバットを構えるシルエットに“ICHIRO”と書かれたヤツ)があれば欲しかったのだが、あいにく売っていなかった。
球場の前にはまだ午前中だと言うのに既に今日の試合を観戦する為に人が集まりつつある。


そんな、こんなで時間を潰していると、集合時間近くになってきたので、集合場所へ行ってみると既に30人くらい集まっていた。
最終的には100人くらいになったのだが、1人で来ているのは僕くらいなもので、他は家族やグループなどで、中には出張の接待で案内されている人達日曜日だというのに全員スーツ姿もいる。

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まずはバックネット裏のスタンドへ案内される。
グラウンドでは草野球のチームが試合をしていた。
平日の昼間だと2時間20分で36万円程とのことで、一見、高そうな気もするが、両チームのメンバーで払えば一人1万円くらいになって、「以外にも安いです」とガイドさんが言っていた。
ットで調べたところ、名古屋ドームの場合は平日昼間、2時間30分で21万円。
どっちが得か、よ〜く考えてみよう。


バックネット裏に案内されるとガイドさんから東京ドームについての説明がされる。
それによると、何枚もの正方形のシートで天井が作られているが、あれの一つの大きさがなんと畳30枚分もあるそうだ。
15坪と言うと僕の家の建坪よりも少し小さいくらいの広さだ。
それから考えると、ホント、野球場ってデカイなぁ。
その他、松井秀喜(現ニューヨーク・ヤンキース)が打ったボールがこのシートのスキマから入ってしまい、後日、出てきた時には灰色に汚れていたとか、公告の看板にホームランでボールを当てると、いろいろと賞品が貰えるといった説明をしてもらいました。


この四角ひとつで30畳


ここで、ガイドさんの説明になかったウンチクを一つ。
1970年に開催された日本で初めての万博にアメリカ館があったのをご存知の方は多いと思う。
この建物も東京ドームと同じく、膜構造屋根だったわけだが、これが世界初の膜構造屋根の建物。
この時の技術を用いて東京ドームが建てられた。
ちなみに、万博終了後、膜構造屋根の建物で火災が発生した場合、どの様に煙が流れ、温度はどうなるかを確認する為に、実際に燃やされたそうだ。


スタンドの次は一塁側(巨人側)ダッグアウトに案内される。
そこは3人が投げられるようになっていて(三塁側は2人だそうです)、その割には少し狭い感じがした。
どういったわけか、脇に書類ロッカーが置いてあり、その引き出しの中にはソフトボールやキャッチャーマスク(見るからにアマチュア用)が入っていたが、どう見ても野球とは関係なさそうな物で、お客さんを案内する所であるならば片付けておくべきである。
次はいよいよ一塁側ベンチとグラウンドに足を踏み入れる。
みんなでゾロゾロとスタンド下の通路を通って行くのだが、この通路を有名人(巨人の選手たちなど)がいつも通っていると思うと、ちょっと嬉しい気持ちになった。
年甲斐も無くミーハーでゴメン。


グラウンドに出てみると先程まで行われていた草野球は既に終わっていて、今晩のプロ野球の為にグラウンドキーパーが整備を行っていた。
そして、その邪魔にならないようにとの事なのか、予め赤い三角コーンの様なものを幾つか並べて、立入り禁止ラインが作られていた。
ベンチへの立入りは自由で、他の見学者達はそれぞれベンチに座ったりして記念写真を撮ったりしていたが、一人で来ている僕はウロウロとするしかなかった。


グラウンドとベンチを堪能した後は、また観客席ウラのロビーに設けられたテレビで東京ドームの歴史などのビデオを見る。
そして、このツアーも終わりなのだが、最後にもう一つイベントがある。
ご存知の通り、東京ドームの天井はシートになっていて、これには骨組みは使われておらず、内部の気圧を外よりも0.3%高くする事によってこの天井を支えている。
その為、ドームの入り口はこの気圧が逃げないように回転ドアになっているのだが、今回のツアーではその気圧の凄さを体感してい頂きましょうといった趣向で、普通のドアから外に出る。
しかし、たった数気圧高いだけなのだけれど、これが結構凄い。
出口のドアあたりまでは普通に歩いて行けるのだが、敷居を跨いだ瞬間、何か大きな力で外に押し出されてしまう。
また、中に居るときには聞こえなかったのだが、外に出るとゴウゴウと風の唸る声がしていた。
そしてこれで、本当にドームツアーも終わり。


僕が次に向かった野球体育博物館も東京ドームの中にある。
いわゆる『殿堂入りする』とはここに展示されると言う事だ。
建物の入り口の看板には『写真撮影を希望される方は受付におたずねください』と書かれてあったので、受け付けのオジサンに「写真を撮ってもいいですか」と聞くと、少し驚いた様に、「ああ、どうぞご自由に」との返事。
自由に撮っていいのなら看板にそんな事を書くなよと思いながら、階段を降りていくと今年のアテネ・オリンピックで着るはずだったチョーさんのユニフォームと、長嶋ジャパンのベンチに飾られていた日の丸の旗が展示されていた。
でも残念だったねぇ、長嶋ジャパン。
まさかオーストラリアに負けてしまうとはね。
我がウイリアムス(現阪神タイガース所属)も、もう少し手を抜いてあげれば良かったのに。


チョウさん直筆の「3」 結局、アテネでは着ることはなかった


ここで、散々写真を撮ったらもう、後は特にめぼしい物は残っていない。
球史に残る名選手のバットやユニフォームなどが展示されていたり、あるいは日本における野球史の紹介と殿堂入りした人たちのレリーフが飾られていたりするが、これらにはあまり興味が無いので殆ど素通り。
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もう昼も過ぎていて、腹も減ったので食事に行く。
食事をする場所ももちろん事前にリサーチをしてるが、思いがけない事というものはあるもので、最初に行ったカレー屋は工事中。
そんな事もあろうかと、もう一つ用意していたパスタ屋は居酒屋に代わっていた。
ああ、せっかくネットで色々と検索をしてどこの店が美味しいかチェックしていたのに、こうなったら空腹が最高の調味料と言うではないか。
もう、なんだってかまわない。
そうだ、あそこにあった定食屋はなんだかウマそうだったぞ。
そうだそうだ、あそこへ行こう、きっとウマイはずだ。
食欲というものは恐ろしいもので、今となっては何を食ったのかは覚えていないのだが、充分満足したのは確かであった。
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腹が膨れたら次の目的地である新宿パークタワーへ向かう。
ここのインテリアや雑貨などの店が入っている3階から7階はOZONEと言うリビングデザインセンターが目当てだ。
僕は家具を作るのが好きなのだが、見るのもの好き。
家具というのは日常で使うものだから、当然機能的でなければいけないのだけれど、見た目も大切で、それらを両立させる為、デザイナー達は苦心して色々なアイデアを注ぎ込んでいるわけだ。
そして僕はどんなアイデアが使われているか、家具ひとつ一つを見ながら「扉はこうなっているわけか」とか「引き出しの取っ手はこれもアリだな」などとやるのが好きなのだ。


新宿パークタワーは少し交通の便が悪い所にある。
新宿駅からも地下鉄の都庁前からも遠く、仕方が無いので、新宿駅から歩いて行くことにした。
僕は新宿という街が苦手で、いつも方向感覚が狂ってしまう。
どっちに向かって歩いているのかさっぱり分からない。
今回も駅を出て、早速分からなくなり、結局逆方向に歩いていた。


ようやく辿りついた新宿パークタワーは綺麗でそして静かなビルで、1階フロアでは誰かの個展が行われていた。
エレベーターで3階まで上がり鑑賞開始。
本当はあまり期待していなかったのだが、思った通り家具や雑貨コーナーはあまりたいした事はなかった。
その理由はフロアの狭さ。
東京の店はどこも狭いので、必然として量が少なくなる。
という事は僕の楽しみも少なくなるのだ。
しかし、フロアの狭さというのは東京の場合、宿命的な事なんだろう。
ただし、ここは東京にしては広い方だと思う)


少々、がっかりしながら新宿パークタワーを後にして、今度は都庁前に向かう。
が、しかし、当然の様に再び迷い、気がついたら新宿駅に向かって歩いていました。(トホホ)
そう言えば4年くらい前に大江戸線という、なんだか時代劇みたいな地下鉄の路線が開通したそうで、これまで乗る機会が無かったので今回初めて乗ることにした。
聞くところによると、運転手はチョンマゲをしているらしい。
さすがに新しい路線だけあって、エスカレーターでどんどんと降りて行き、正に『地底』と言った言葉が似合う程、かなり深い所にホームがある。
東京に核攻撃があった場合には、大江戸線へ逃げ込めばきっと助かるはずだ。
電車自体は当然ながら他の路線と大差なく、また地下なので車窓からの風景が楽しめるわけも無く、せっかくだけど、居眠りしていました。
築地市場駅で下車し、地上へ出てみると病院のウラ側でした。


いつものホテルへ行く前に、空いた小腹を落ち着かせる為と、夕食ですしを食い過ぎ無いように(お金が掛からないように)するため、ドトールコーヒーに寄って、サンドイッチとコーヒーで少し胃袋を満たしておく。
ホテルでしばし休憩をした後、毎度おなじみのホテル横の「すし好」で食事をする。
サンドイッチのお陰か、いつもよりは安くすんだ。
腹がいっぱいになったら、銀ブラついでに教文館でなにかおもしろそうな本はないかと物色するが、ほたるの光が鳴りはじめ、タイムアウトとなり結局何も買わず店を出る。


その後は本日のラストイベントの浜離宮へ。
ネットで調べたところ、今日(12日)までライトアップを行っているらしい。
特にやる事もないので行ってみたのだが、浜離宮の前にある歩道橋の上から見た感じでは街頭が点いているだけであった。
ライトアップと聞いて7色のカクテル光線やイルミネーションで綺麗に飾れたものを想像していたのに、「ちょっと閉演時間を延長しました」くらいのレベルにがっかりし、そのままホテルへ帰りました。



■9月 13日(月)
今回の検査は腹部と眼のMRI。
腹部の検査の時は息を止めなくてはならず、酸素チューブを付けているものの、やはりちょっと息苦しい。

眼の方はいつも通り。

検査が終わった後、眼科で診察。
以前は診察は金子先生だけだったが、ここ一年くらい前からだろうか、鈴木先生と2人で診察をする様になってから、メチャメチャ待たされる事は無くなった。
カルテの入った黄色い袋を受付に渡すと、
「あら、久しぶりねぇ」と木村先生。
まるでスナックのママの様な言葉。
「やるから入って」と即、検査開始。
毎度の眼圧や視野なのど検査を終え、ふと木村先生を見ると、いつもと同じスポーツ刈り風の髪型に後ろ髪の両脇だけが三つ網の様に長い(但し編んでいない)。
以前、僕が入院していた頃は後ろ髪の真中だけが長かったのだが、今回は両脇。
木村先生は一体、どうしようとしているのだろう。

金子先生の診察の結果は、「変わりないですね」
僕はこの短い言葉を聞きに毎回、東京まで来ているのだ。
ただ、MRIの結果はまだ出ていないので、そちらについては後日、電話で確認する事となった。


引き続き、放射線治療科の伊藤先生の診察を受ける。
伊藤先生の方では、先程のMRIの画像が見る事が出来、
「ちゃんとした事はわからないけど、以前の画像と比べると、変わっていないみたいですね」と言う事だった。
変わらないのが何よりである。
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本日の診察を終え、会計を済ませる。
会計カウンターの奥にガンに関するの情報ルームの様なものが出来ていた。
覗いてみると、ガン関係の本やファイルなどが並んでいて、また近所の宿泊施設についてもまとめてもファイルがされていた。
入院患者は入院しているからいいのだが、付き添いで来ている家族などにとってはこの宿泊場所の情報は貴重なのだ。
長期になるから出来るだけ安い方がいいし、また出来るだけ病院に近い方が有り難い。
このファィルを見る限り、僕の定宿である「バン」が安くて近く、ベストの様だ。
一方、ガン関係の本の中にはやはり眼についてのものは無かった。
本当に眼の腫瘍についての情報はメチャ少ない。
本棚はまだスカスカで、今後はどんどん本も増えていくのだろうと思うのだか、その中に眼の腫瘍についても入れてもらいたいと思った。


病院を後にした僕は食事を取る為、「蜂の子」へ向う。
築地署の近くにあるこの店は今回で2度目。
まずはBランチを注文するが、どうにも量が物足りない。
東京の人は胃袋が小さいのだろうか。
追加でオムライスを注文するとお店の人が「量が少なかったですか」と聞きいてきた。
僕は「築地だったらもっと威勢良く、ドンと出してくださいよ」とは言わず、「いえ、朝飯ヌキだったんですよ」と当り障りの無い返事をした。
オトナである。


オムライスを食べた後向かうのは日本橋。
何やら、「コレド日本橋」と言うものが出来たと小耳にはさんだので、何があるのかは知らないが、取りあえず行ってみる事にした。
コレドとは『COREDO』と書く。
『CORE=コア(核)』と『EDO=江戸』の合成語で、東京の中心という意味らしい。
フロアは狭く、少し歩くとすぐにカベに突き当たる。
店は女性向けのものばかりで、僕なんかはお呼びで無いといったワケで早々に帰宅することにした。

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次回の診察は1月。
半年に一度と言っていた割には、なんだかんだで、結局は4ヶ月毎くらいになっている。
ま、それだけ東京で遊べるから良しとするか。


2004.10.10記

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