Back  Index  Next 

おらぁ、東京さ行ぐだぁ的闘病記
   〜番外編Q〜


依然、視界なし
2006年3月5〜6日

■3月5日(日)
今回の東京見物は三度、寄席に行く事にした。
今回行くのは新宿にある「末広亭」。
浅草演芸ホールや東洋館との出演メンバーを比べた結果、笑福亭鶴光が出る末広亭へ行く事に決めた。


新幹線を降りたら山手線で新宿へ向かう。
昼食はMy Cityの7階にある沖縄料理の店でソーキそばを注文したが、なんだか麺がゴワゴワしているし、肉も脂身だらけでお世辞にも旨いとは言えない代物だった。
本場でもこうなんだろうか。
沖縄ファンの僕としてはちょっとがっかりだ。


食事を終えたら寄席に向かう。
駅からは大して距離は無いのだが、方角がサッパリ分からない。
「コッチなか?」と思って歩いていたら、地図にかいてあるUFJ銀行が見えてきた。
どうやらこの道で合っていたらしい。
銀行の横で迷える子羊たちに良きアドバイスを贈る、“新宿の母”を横目に次の交差点を左折すると末広亭のノボリが見えてきた。
末広亭の前に行くと出演者の変更のお知らせ看板が出ていて、鶴光がナントカという知らない落語家に代わっていた。
入る前からまたまたがっかりだ。


開演は12時からで、僕が入ったのは12時半ごろ。
それでも椅子席と桟敷席の8割くらいが埋まっていた。
僕はやや後ろの真ん中辺りの椅子席に座ったのだが、この場所がまたがっかりの原因だった。
ふたつ前の席にガタイの良いワカゾーが座っていた。
その上、コイツの姿勢が良いものだから、高座の噺家が見えない。
落語だからと言って声だけ聞こえていれば良いってもんじゃない。
演者は身振り手振りも使って語っているので、それも見なくちゃ落語の醍醐味も半減してしまう。
仕方が無いのでちょっと身体を斜めにして、ワカゾーのスキマから覗き見するようにするしかない。
昼の部の終演までそんな見方をしていたら、背中が痛くなってしまった。
寄席を出て背伸びをすると身体がバキバキと音がした、様な気がした。


銀座に向かう為、新宿丸の内線のホームを歩いていると前から髪の毛を頭のテッペンで縛っている怪しいオッサンが歩いてきた。
ぴろき、だ。
ぴろきはピン芸人で、ピエロの様な衣装でうくギタレレ(普通、ウクレレの弦は4本だが、ギタレレはギターと同じく6本の弦がある)を弾きながら
「こう見えても留学した事があるんです。駅前ですけど。」
と言った感じで、テレビでは見たことは無いけれど、ジワジワと可笑しさが込み上げてくる芸風で、僕は東洋館で始めてお目にかかった。
ところが、すれ違う時、「何だよ」と言わんばかりにギョロリと睨んできて、もっとお茶らけたイメージを持っていた僕としては頭のテッペンで髪を縛っているアンタにこそ、「何だよ」と言ってやりたいと思った。


夕食はいつもの通り寿司なんだけれど、いつも行く「すし好」ではなく別の店に行く事にした。
築地には沢山の寿司屋があるのだから、他の店にも行ってみたくなったのだ。
とは言え値段も気になるから、安そうで前から目を付けていた、場外市場にある「すしざんまい」へ行ってみる事にした。
6時過ぎに行ったのだが、もう込んでいて少し待つ事になった。
店は広く、カウンターやテーブル席の他に2階もある。
とりあえず、生ビールから始まり、カンパチや鯛など、大体いつもと同じネタを注文したが、僕としては「すし好」の方が美味しいと思う。
シャリもちょっとパラパラしている感じがするし、ネタの大きさも「すし好」の方が大きいのでは無いだろうか。
それに、値段も「すし好」とあまり変わらない。
浮気心を起こした僕が馬鹿でした。



■3月6日(月)
今日は診察だけなので、ホテルで朝食を摂ってから病院へ行くが、それだけでは足りないので病院の売店でおにぎりを買い、ロビーで食べ、それから受付をする。
前々回の様に、先に受付をすると呼び出しされてしまう恐れがあるのだ。


受付を済ませ待合室で5分ほど待っていると木村先生に呼ばれる。
いつもの通り、眼圧検査は行うが、視力検査や視野検査は左眼が見えないのでパス。
代わりに見える右眼に絆創膏状のアイパッチを付け、周りのカーテンを閉じて真っ暗にしてから左眼の前で懐中電灯を移動させたり振ったりして、光を感じるか、あるいはどっちから光が来ているかのチェックをした。
結果は光を感じるが、どちらから来ているかまでは分からなかった。


再び待合室の椅子に腰掛けて、昨日コンビニで買った雑誌を読みながら待っていると30分もしないうちに鈴木先生に呼ばれる。

一応、眼底を覗く機械で見た後、やはり眼底は出血の為、見えないのでエコーで写真を撮った。
写真の画像では前回同様、出血の塊が黒く大きく写されていた。
出血が始まったのは昨年の6月で、その時はまだ出血の量も少なく視界もあり、暫くすると白い霧も晴れてきたのだが、11月頃に中程度の出血があり、完全に視界が無くなってしまった。
しかし、その時点ではまだ光を感じる事はできた。
そして先月、突然の痛みと共にその光さえも感じなくなるくらいの大出血となり、あわてて予約無しではあったが、診察をしてもらいに来た。
当初は目がゴロゴロしてなんだか目玉にカサブタが出来た様な感じだったが、それも暫くの間のこと。
あれから1ヶ月が過ぎ、痛みは無くなったものの、依然として視界は無いが、光を感じる事は出来るまでは回復している。
しかし、状態はあまり進歩していない。


鈴木先生の話によると、前にも言われていたが、出血の場合、通常は6ヶ月くらいまでは様子を見る事にしていて、それでも良くならない場合には手術などの手段を検討する事になる。
僕の場合、視界が無くなった昨年の11月から4ヶ月が経っていて、そろそろ次の手を考え始めなくてはいけない。
長く放置していると、たとえ出血が引いても、網膜の表面に別の膜が出来てしまい、結局視界が得られなくなるそうだ。
よって、手術をするかしないかを来月に決める事にした。
もちろん、手術による転移の恐れが100%無い分けではないが、腫瘍の部分をいじらなければその心配は無いとのこと。
また、手術をしても出血が続けば、また今の状態に戻ってしまう事もあり得る。
そして、その手術なのだが、国立がんセンターには硝子体の手術を行う設備が無いので、他の病院で行わなくてはいけない。
候補としてはこれまでお世話になってきた藤田保健衛生大学病院か東京医科大病院。
もちろん、これら以外でも希望があれば、紹介状を書きますとのことだ。
僕としては手術をする方向で考えているが、病院についてはまだこれから検討をしなくてはいけない。
入院は1〜2週間で、退院後の暫くは通院が必要になるが、詳細はその病院の先生に聞かなくては分からないだろう。
いずれにしても、色々な面から検討をして病院を決めたいと思う。


放射線治療科の伊藤先生の診察を終え、会計を済ませると時間は9時半を少しまわったところだった。
今日はこれまでで一番早く終わった。
この後は、昨日のガッカリの連続のゲン治しのつもりで、土手の伊勢屋で昼食の予定なのだが、あまりにも早く終わったので、今から行ってもまだ開店していない可能性が大だ。
暫くロビーで雑誌を読みつつ、時間を潰してから出かけた。
それでも店に着いたのは11時前で、「11時半くらいから営業します」との札が掛かっていた。
仕方がないので、山谷(さんや)をブラブラとする。
山谷は土手の伊勢屋から商店街を抜けた所にある。
その昔、フォークの神様こと、岡林信康が「山谷ブルース」と言う歌で
♪今日の仕事は辛かった〜 と歌っていた、あの山谷である。
いわゆる日雇い労働者と呼ばれる人たち(推測)が多く、まだ昼前だと言うのに仕事にあぶれたのか、酔っ払いのオジサンがウロウロしている。
僕が地図看板で場所を確認していると、その足元で寝ていたりもして驚かされる。
それでも、以前に来た時と比べると少し減っている気もする。
景気が少しずつ良くなってきているのでしょうか。


散々歩き回り、ようやく11時半近くなったので店に行って見ると既に開店していて、店の前では2人が並んでいた。
3分ほどで店内に入ると、まだお客さんはそんなに多く無く、所々開いている席もあった。
僕は天丼のロ≠ニお吸い物、そしてビールを注文した。
先ほどの山谷のオジサンたちでは無いが、昼間のビールは格別に旨い。
しかも伊勢屋の天丼を食べながらなのだからなお更だ。
天丼の天≠ヘきっと天国の天≠ノ違いない。


幸せ気分で店を出た僕が次に向かうのは表参道。
そう、最近オープンしたばかりの『表参道ヒルズ』を偵察に行く。
六本木ヒルズ同様、ファッションビルなんだろうなぁ。そして僕にとっては全く関係無い所なんだろうなぁと思いつつ地下鉄に揺られて行った。


表参道ヒルズは地上3階、地下3階で、六本木ヒルズの様な縦長のビルでは無く、横長で色合いもベージュを基調とした落ち着いた印象の建物だ。
地上3階としたのも、表参道のけやき並木の高さに合わせた為で、きっと元々あった同潤会アパートの様に存在感を示すのではなく、この街の一部で有る事を狙って安藤忠雄は設計したのだろう。
ちなみに、六本木ヒルズも表参道ヒルズもどちらも森ビルと言う会社のものだ。
建物は大きく分けて本館と西館と同潤館の3つで構成されている。
とは言え、中に入るとは一つながりになっているので、あえて分けて考える事もないでしょう。


表参道ヒルズはその名の通り、表参道に沿って建っている。
表参道は青山通りから明治神宮に向けて下り坂になっており(逆だったかな?)、その坂の勾配に合わせて表参道ヒルズの中の通路も坂道になっている。
建物の中は真ん中が拭き抜けになっていて、つまり吹き抜けの周りの螺旋状の通路(スパイラルスロープ)をグルグルと歩いていくと上(下)のフロアに行く事が出来る構造になっているのだ。
もちろん、エスカレータやエレベータもあるが、ほとんどの人はそのスパイラルスロープをグルグルと歩いていた。


その通路で最上階の3階まで行き、同潤館へ行く。
同潤館へ行くには一旦、外に出なくてはいけない。
そこは小さなテラスになっていて、何か良いものが見えるのかなと思い見渡して見たが、表参道には面していない為、窓をカーテンで硬く閉ざされた普通の民家しか見えなかった。
以前はアパートだった場所にこんな建物が出来てしまい、大迷惑だろう。


建物の中に居たので分からなかったが、天気が少し悪くなってきており、湿度を含んだ風からは雨が降り出しそうな気配。
折り畳み傘を出すのも面倒なので、降り出す前に地下鉄に乗ってしまおうと思い、僕は大急ぎで表参道ヒルズを飛び出した。
伊勢屋の天丼で幸運が巡ってきたのか、この後は雨に降られることもなく家に帰る事ができた。
くれぐれも言っておくが、僕は伊勢屋の回し者ではない。


2006.3.27記

 Back   Index  Next