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おらぁ、東京さ行ぐだぁ的闘病記
   〜番外編R〜


日光
2006年4月9〜10日

■4月9日(日)

今回は日光へ行く。
東京駅で東北新幹線に乗り換えて宇都宮まで行き、更にJR日光線に乗り換えて日光へ向かう。
家から5時間くらい電車に乗りっぱなしで、座っているだけでも結構疲れる。

日光に着いたのは12時頃。
ここから日光東照宮まではバスか歩いて向かうことになるが、少し乗り物酔いをして体調不十分だったので、歩いて行く事にした。
国道119号を歩いていると、所々に「湯葉そば」と書かれた店の看板が目に入る。
この辺りの名物なのだろうか、昼食はまだだったのでそのうちの一軒に入った。
もちろん注文するのは湯葉そばセット。
生湯葉や湯葉の天麩羅などのセットだが、湯葉自体が僕はあまり好きではない事に気が付いた。
決して嫌いでは無いが、味があまりしないので美味しく感じないのだ。

食事をすませたら再び日光東照宮を目指して歩き出す。
店に居た時間を除くとJR日光駅から30分くらいで日光橋に突き当たり、その向こう側にある階段を昇っていくと三仏堂の前に着く。
ここで東照宮や薬師堂なのど共通券を買う。
今回のお目当ては「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿と、左甚五郎が作ったといわれる眠り猫。
ただ、これらがどこに在るのか分からないので、見る時間も限られていることから、足早に歩き回る事になる。
この辺りは幾つかのお寺や神社が固まっていて、どこからどこまでがどの神社の敷地なのかが分からない。
それから、山の中に建てられているため、階段や坂道が多く、移動は一苦労だ。
しかし、杉並木や杉林の中の石の階段はそれだけで一見の価値はある。
この静かな杉林の階段を好きな人と手をつないで一緒に歩けたら、どんなに素敵だろうと思う。(ああ、春だと言うのに、心は寒い)

三猿は比較的早く見つける事ができた。
東照宮に入ってすぐの所に、家康の乗っていた馬の為の小屋があり、そこに三猿は居た。(と言うかあった)
「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿が有名だが、実際には沢山の猿が飾られている。
これは猿が生まれてから独り立ちし、結婚して子供が出来るまでを表している。
その中で三猿は『子供の頃は悪い事は「見ざる、言わざる、聞かざる」がよい』というらしい。(大人なら良いのか?)
ところで、何故馬小屋に猿なのかというと、説明書きの立て札によれば猿は馬の守り神なのだそうだ。
ちなみに、競馬のジョッキーのモンキースタイルという乗馬スタイルとは関係ない。
次は眠り猫を探しに東照宮をずんずんと奥に入っていく。
それにしても、どの建物もすごい豪華な建築だ。
ひとつずつ見ていたら、到底1日では回りきれない程、沢山の彫刻の数々。
そして、建物自体が芸術品なのだ。
とても現代の技術では作れないのではないだろ。
こうしてみると、六本木ヒルズを始めとする現代建築と言うのは、単なる箱に見えて仕方がない。

眠り猫のある所は先ほど買った共通券では入場できず、別に入場料を払って入る事になる。
眠り猫は何かの建物にはいる為の門の上に居る。
団体旅行のガイドさんの説明を盗み聞きしたところでは、この眠り猫は実は眠っているわけではないらしい。
お経か何かをねずみから守る為、目を閉じてはいるけれど腰は浮かしていて、臨戦態勢なわけだ。
しかし、僕がネットで調べたところ、この眠り猫の裏側には竹やぶで遊ぶ2羽の雀が彫刻されていることから、この猫は本当は寝ていて、その傍で安心して雀が遊んでいる様子から、平和な世の中になった事を表現しているとも言われているとの説もあった。
さて、この猫は寝ているのか、起きているのか。

眠り猫を見たらもう見たいものは無いのだが、東京へ戻るには時間があるし、共通券も残っているので、他の建物にも入ってみる事にした。
そのひとつに「鳴き龍」があった。(お寺の名前は忘れた)
天井に龍の絵が書かれていて、その真下でお坊さんが拍子木を『カーン』と鳴らすと、それが『カァアァアァアァアァ・・・』と響くのだ。
近くにいた外人さんも「Good Vibration」と言っていた。
これは龍の絵の真下にだけ起きる現象で、1mでもずれるとそうはいかない。
TVで見たことはあるが、実際に聞くと、ちょっと感動ものである。
その後、幾つかの建物や寺院を見て、東照宮を後にした。

いつもの築地に着いたのは6時ちょっと過ぎ。

このくらいの時間にはホテルでチェックインを済ませておきたかったので、日光では急いでいたのだ。
と言うのも、夕食は毎回寿司屋へ行くのだが、少し遅くなると店が混んでしまうので、その前に行きたかったのだ。
とは言え、近頃、ホテルの隣の「すし好」はいつも混んでいて、今日も他の店に行く事になった。
前回、店を変えて失敗したので今日はいつもの「すし好」でと思っていたのだが、混んでいては仕方がない。
並んでまで待ちたくないし、今日は「すし一番」という店に行くことにした。
この店も前回の「すしざんまい」と同じく、場外市場にある。
何故この店にしたかと言うと、前日のTVで大間か、どこかで釣った本マグロが築地に送られて、最終的にやってきたのがこの店。
ヨネスケが大トロを「うんまい」と言っていたので、ちょっとミーハー気分も手伝ってやってきたのだ。
結論を言えば使える店だ。
「すし好」と同じくらいの旨さと料金だと思う。
これからも、「すし好」のスペアとして利用させて頂こう。


■4月10日(月)
さて、今日はいよいよ入院に向けての段取りが始まる日だ。
まずは鈴木先生に病院の紹介状を書いてもらい、後日、その紹介状をもって病院へ行く。
既に、手術をしてもらう病院の候補としては、この病気で一番初めに入院していた地元の藤田保健衛生大付属病院(通称、藤田学園)と、核医学注射(123I−IMP)で腫瘍が生きているか、死んでいるかの検査をやってもらった東京医大病院のふたつだが、僕は東京医大病院と決めている。
何故かと言えば、入院したついでに核医学注射をやってもらえるかも知れないからだ。
もちろん、この検査は混んでいる事が多く、最初にやった時は2−3か月待ちだったので、タイミングが合えばと言う事だが。
もちろん、この病院では眼の腫瘍も扱っているという点も見逃せなかった。
一方、藤田学園も捨てがたかった。
こちらは硝子体関係の手術件数が日本一らしく、安心して手術をしてもらえそうだったからだ。
しかし、腫瘍については専門では無い事と、眼の中の出血した血を抜く手術自体はそんなに難しくは無いだろうと考えたからだ。
それともう一つ、僕に近場の病院に入院すると母親はきっと毎日、見舞いにくるだろうということだ。
最初に、この病気で藤田学園に入院していた時も毎日、見舞いに来てくれていた。
しかし、既に還暦を過ぎた母親にしんどい思いはさせたくは無いと思ったのだ。
もちろん、家で悶々としているよりも、息子の顔を見ていた方が幾分かは安心するとは思うだろうが、今回はそんなに深刻な手術にはならないと思うのだ。(甘い考えかな?)

などと、僕なりに色々考えていたのだが、結局のところ、「もう1ヶ月、様子を見ましょう」と言う事になった。

鼻息も荒く乗り込んできたのだが、少々拍子抜け。
でも、鈴木先生がそう言うのであれば待ちましょう。

2006.5.21記

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