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おらぁ、東京さ行ぐだぁ的闘病記
   〜番外編S〜


東京医科大 part-3 ピンチ!
2006年5月16〜6月21日


■5月16日(火)

午前中は仕事をして、午後から東京へ向かう。
今日は東京への移動だけ。
明日は、最初に国立がんセンターで鈴木先生の診察を受けてから、鈴木先生に書いてもらった紹介状を持って東京医大病院の後藤先生の診察を受ける。
ああ、忙しい。
築地のビジネスホテル「バン」には6時少し前に到着。
暫し休憩してから、いつもの「すし好」へ行く。
前回、「すし一番」へ行って、この「すし好」と同じくらいの値段と味だったと書いたが、どうも違ったようだ。
今回の感想では「すし好」の方が少し旨いが、少し高い。
トロやあわび、ウニといった高いネタは元々あまり好きではないので、カンパチや甘エビなどの庶民的なネタを中心に食べていたのだが、それでも5000円近くになってしまった。
(板さんに勧められた、トロの串焼きが高かったかも)
こうなると気になるのは「すし一番」と「すしざんまい」。
どちらも24時間営業なので、11時過ぎにコンビニへミネラルウォーターを買いに行くついでに、店の外から中を覗いてみた。
結果は僕がいまひとつと思っていた「すしざんまい」は深夜にも関わらず7〜8割りくらいの席が埋まっている様な盛況振りなのに対し、道を挟んで向かいの「すし一番」はガラガラだった。
んー、どっちが旨いのだろう、分からなくなってきたぞ。
次回は「すしざんまい」をもう一度、チェックしてみよう。
どの店のすしが安いとか旨いとかなんてどうでも良い事だけど、これも東京へ来る時の楽しみのひとつだ。



■5月17日(水)
朝8時にホテルを出る。
木村先生の検査は左眼が見えない事もあり簡単に済ませ、鈴木先生の診察を受ける。
診察を受けるといっても、出血により腫瘍部分を直接見ることが出来ないので、エコーで診るしかない。
鈴木先生の話によると、エコーで見る限りでは、腫瘍に変化は無いだろう(腫瘍は死んでいるだろう)。
しかし、念の為、東京医大病院で核医学注射(123I-IMP)で確認してから、後藤先生の意見も聞いて今後の方針を判断していきたいとの事。
僕はどちらの先生も信頼しているので、2人の意見で治療の方針を決めてもらえればそれほど心強い事はない。(もちろん、最終決定は僕がしますが)
早速、予定通り紹介状を書いてもらい西新宿の東京医大病院へ向かう。


久しぶりの東京医大病院。
眼科の受付で後藤先生への紹介状を出して、呼ばれるまで椅子に腰掛けて待つ。
1時間ほどして呼ばれて診察室へ入る。
国立がんセンターでやった眼圧の測定や視力測定など、一通りの検査をもう一度ここでもやる。
こういった検査はパスできないものだろうか。
検査が終わると後藤先生の診察があるまで、再び椅子に座って待つ。
散瞳の目薬をさしているので雑誌を読もうにもピントが合わないので、ただボーっと待つだけだ。


ようやく呼ばれて、暗い診察室へ入る。
診察室には4人ほどの先生が並んで座っていて、患者を診察している。
以前に来た時とは部屋の様子が少し変わっているようだった。


後藤先生の診察によれば、血を抜く手術自体はそれほど難しくはないが、出血してから日が経っているのに出血が引いてない事と検査の結果から、依然と出血が続いている可能性があるらしい。
その為、手術をしても翌日にはまた出血で見えなくなっている可能性もある。
いずれにしても、まずは核医学注射でガン細胞が死んでいる事を確認する事が先決。
過去の検査では死んでいるとの結果だったが、念には念を入れるのだ。
以上でこの日の診察は全て終了。
先生に核医学注射の依頼書を書いてもらい、それを持って患者自ら3階の核医学の受付へ行き検査を行う日をできるだけ早くでお願いすると、5月30、31日に決まった。
それを済ませると、再び眼科へ戻り入院(5月29〜31日)の仮予約をする。
帰りに1階の入退院受付で予約手続きを済ませて完了。




■5月29日(月)
入院の受付は13時15分からだったので、9時頃家を出発。
しかし、病院に着いたのは12時を少し過ぎたところで、受付にはまだ時間があったので、ロビーの椅子に座り持って来た本を読んで時間を潰す。
本は「愛と死をみつめて〜終章」。
(その後、僕はこの「愛と死をみつめて」にドップリはまってしまうのだが、それはまた別の機会に)

先の土曜に今回の入院用に、何か面白そうな本は無いかと本屋へ行ったのだが、本当はもっと明るい内容のものが良かったのだけれど、何故だかこの「愛と死をみつめて〜終章」が気になって仕方が無かった。
何度も手に取っては元に戻し、結局、どうしても今、この本を読んでおかなければいけない様な気がして、この本に決めたのだ。

3時を過ぎたので、入退院受付へ行くと廊下にあふれる程の人が順番を待っていた。
「これは時間がかかるなぁ」と思ったが、待つ以外に方法はない。
順番待ちの札を取り、たまたま空いていた椅子に座って待つことにした。
15分ほどすると番号を呼ばれた。思いのほか、早かった。
入院証書などを提出した後、手首に名前の書かれたバンドをつける。
一通りの手続きを済ませると、いよいよ眼科の病棟のある15階へ行く。


ボタンを押しても中々来ないエレベータに乗って眼科病棟のある15階まで上がり、ナースステーションで看護師に声を掛ける。
僕の担当看護師は和田さんだが、不在で代わりの看護師が病室まで案内してくれた。
荷物を降ろし、ジャージに着替えると早速いろいろな検査が待っている。
手術をする為の事前検査と言うことで、この機会にやっておかないとその為だけに上京しなければならないそうだ。
採血やレントゲン、心電図などの検査の他、網膜の状態を見る検査も行った。
現在、左眼の中が出血していて失明状態の為、外からは網膜がちゃんと機能しているかが分からない。
それを診断するための検査だ。
診察室のベッドに寝かされ、脳波測定をする時に頭に付ける様な測定子(テレビでしか見た事はないのだが)を額に付け、部屋を真っ暗にして30分間待つ。
時間になると再び今回の担当医である木村先生がやってきて、心電図を取る時に胸などに付けるヤツをずっと小さくした様な物を両目に直に付ける。
「それでは始めます」と言い、そばにあった機械を操作すると両目につけていた小さいヤツがピカッと一瞬光って検査終了。
検査機械から心電図の様な波形がプリントアウトされ、それを見ると正常な右目はピカッと光る前後で波形は違っているのだが、左眼はほとんど変化なし。
つまり、網膜が反応していない(機能していない)と言うことだ。
原因として考えられるのは、網膜に血がべっとりと付いてしまっている場合。
それから、最悪の場合では、腫瘍の成長が進んで網膜剥離の様になってしまっている場合。
しかし、これまで国立がんセンターでのエコー検査では変化が見られていないので、その可能性は無いだろうと僕は思った。
とにかく、この検査からでは網膜が正常に機能しているとの確証は得られなかった。
これで、本日の予定は全て終了。
一通りの検査が終わったのは4時過ぎだった。


続いて、担当看護師の和田さんに会計課まで案内してもらい、貴重品を預けに行く。
ベッド横のキャビネットにはカギの掛かる貴重品入れが付いているのだが、ここに入れていても盗まれる事があるそうで、貴重品があれば会計課へ預ける様に言われたのだ。
会計課にサイフなどを預けたら今日の予定は全て終了。
この後、風呂に入って夕飯を食ったら寝るだけである。
消灯は9時。もちろ、こんなに早く寝られるわけはないので、イヤホンでラジオを聞いているうちにいつしか寝てしまった。



■5月30日(火)
起床は6時。
朝食は8時なのにどうしてこんなにも早く起こされるのだろうか。
看護師さんに検温と血圧の測定をしてもらったら、飯の準備が出来るまで寝る。


朝食を摂ったあと、9時から各医学注射(123I-IM>)を行う為、3階へ行く。
核医学部の受付を済ませ、椅子に座っているとすぐに呼ばれて部屋の中に入ると、既に2回の経験があるので、「そういえば、こんな感じたったな」といった見覚えのある風景。
少し椅子の位置が変わっていたぐらいで、他は2年前と同じ。
注射を打った後、眼と全身のCTスキャンを撮ったら、本日の予定は終了である。
夕食前、ベッドの上でゴロゴロとしていると突然、後藤先生が来て診察を受ける。
後藤先生の説明によれば、昨日の網膜の検査で反応は見られなかったけれど、これは出血が多い為と考えられ、必ずしも網膜の機能が低下していたり、腫瘍が拡大していると言うわけではない。
しかし、やはり出血がフレッシュな様で、未だに出血が続いている事が考えられる事から、手術をしても、翌日には再び見えなくなる事は十分考えられる。
でも、それはやってみないと分からない事だが、だからと言って出術をしない事はナンセンスと言うのが後藤先生の考え。
ともかく、全ては核医学注射の結果次第だ。
それから、白内障の兆候があるとの事で、血を抜く手術の際、一緒に水晶体の手術も一緒にするとの事だ。
水晶体とはいわゆるレンズに相当する部分。
通常はチン体によりレンズの厚み(屈折率)を変えて、ピントを合わせているのだが、このレンズが白く濁ってくる病気が白内障
一般には年を取ってくると成る病気なのだが、僕の場合は放射線治療によるものだろうとの事。
これの水晶体を人工の物に変えるのだが、ゴーマニズムで有名な小林よしのり著の「目の玉日記」によると、この人工レンズは厚みを変えられず、予め決められた距離しかピントが合わないそうだ。
たとえそうだとしても、見えないよりはよっぽどマシだ。



■5月31日(水)
昨日と同じ、9時少し前に核医学部へ行き、これも又、昨日と同じく眼と全身のCTスキャンを撮ったら、全ての予定は終了。
この後、退院の準備をして、会計前に後藤先生の診察を受ける。
その前に、国立がんセンターに電話を入れ、予約の空いている一番近い日である、6月21日に鈴木先生の診察を受ける事になった。
今後の予定として、今回の核医学注射の結果が出たら、それを後藤先生から鈴木先生に送ってもらい、その結果を元に6月21日に方針をきめることになる。




■6月20日(火)
今日も午前中は仕事をしてから、午後に東京へ向かう。
今回は東京医科大での検査結果が国立がんセンターに送られているのでそれを聞き、次に手術の日取りを決める。
4時頃に東京駅に着いたので、ホテルへ行く前に渋谷をブラブラする事にした。
けれど、当然なのだが、人・人・人でなんだか気分が悪くなってきた。
僕にはこの街は合わないと思い、早々に退散することにした。
夕食は『勝手に寿司対決』の続き。
ホテルは築地市場とは道路を1本挟んでのところにあり、近所には沢山の寿司屋がある。
その中で、ホテルの隣にある「すし好」、テレビでヨネスケがロケをやっていた「すし一番」、看板が目立っている、「すしざんまい」の3店で僕が勝手にどの店が良いかの対決をしている。
今回は2度目の「すしざんまい」。
前回の調査では良い印象は無かったが、同じ24時間営業の「すし一番」にくらべ、圧倒的に客の入りが良い。
と言うことで、再度「すしざんまい」を調査する。
6時半ごろに行くとすでに満席の様で、店内のベンチで少し待つ。
10分くらいするとカウンターに案内され、いよいよ試合開始。
まずは「鯛」と「ホタテ」から注文を始める。

【値段の比較】
<すしざんまい> ⇔ <すし一番>
・お通し : 200円 ⇔ 360円
・ビール : 450円 ⇔ 530円
・ほたて : 128円 ⇔ 128円
・かんぱち : 148円 ⇔ 248円
・甘えび : 148円 ⇔ 123円
・中とろ : 298円 ⇔ 248円
・サーモン : 98円 ⇔ 128円
 合計 : 2290円 ⇔ 2640円 (すしは2貫で計算)

たまたま、すし一番へ行った時のレシートが残っていたので、今回のすしざんまいと値段の比較をしてみた。
(すし好はレシートが無いので、詳細不明。でも高いハズ)
この結果から値段的にはすしざんまいが若干有利。
味はその時のネタに大きく左右されると思うが、今日のすしざんまいはかなり旨かった。すし好よりも旨いと思う。
なるほど、深夜でも客の入りが多い訳だ。
これで、『勝手に寿司対決』の勝負の行方は見えてきたか。



■6月21日(水)
今日はまず始めに、国立がんセンターへ行く。
左眼が見えないので最近では木村先生の視力検査などは簡単に済ませている。
暫く待って鈴木先生の診察室に入る。
診察を受ける前に、後藤先生からの診察情報の入った封筒を鈴木先生に渡すと、先生はそれを見ながらいつもの口調で
「結果は陽性だった様ですね。」と言った。
・・・・陽性? あれ、陽性って 陽性→陽気→元気→良かったって事?
いやいや、ダメだったって事じゃん。
不意打ちを食らって僕の頭の中は混乱。
鈴木先生の説明によると、核医学注射での検査がどこまで確かなのかは分からないとのこと。
しかし、今は出血の為、目視で網膜や腫瘍の状態を見ることができていないので、まずは出血している血を取って、実際に確認した上で次にどうするかを考えて行きたい。確認した上でやはり腫瘍が生きていたのなら、眼球摘出も考えなくてはいけない。
もう一度放射線をかける事は、眼球そのものがボロボロになってしまうのでダメ。
また、腫瘍だけを切除することも困難と言われた。
学会で東京医科大の後藤先生と会われた時、「困りましたねぇ」と話されたそうだ。
恐らく、鈴木先生はその時に検査の結果が陽性だった事を聞き、今後の治療方針を相談されていたのだろう。
いよいよ、眼球摘出かぁ。
重い気分のまま、東京医科大へ向かう。
東京医科大での後藤先生の診察でも同じ話しだった。
とにかく、眼球内の血を取って網膜や腫瘍の状態を見る為の手術をする。
前から言われている様に、通常であれば出血した後、血は次第に赤から黄色くなり、それがどんどん薄くなっていくものなのだが、僕の場合はいつも赤いままなので、きっと頻繁に出血を繰り返していると考えられる。
しかし、今回の手術は網膜や腫瘍の状態を見る事を第1に考えて行われる為、翌日にはまた出血して見えないという事も有りえる。と言うか、きっとそうなるだろうとの事だ。
また、出血で水晶体(いわゆるレンズの部分)に血がべっとりと付いている事も考えられるので、その時は水晶体を取ってしまうとの事。
白内障はこの水晶体が白く濁る病気で、治療は水晶体を人工レンズと入れ替える手術を行う。
しかし、僕の場合、水晶体を取っても代わりのレンズは入れないと、後藤先生は言う。
後から入れる事も出来るのかと聞いたところ、「それは難しい」との返事。
邪推かもしれないが、人工レンズを入れても仕方がない?
つまり、どうせ眼球摘出してしまうから、と言うことなのか?
国立がんセンターで「陽性」と言われてから、ずっと頭の中が混乱していて、何を聞くべきなのか思いつかない。
それでも、なんとか他への転移については無い事を聞くことができた。
後藤先生は手術の日取りを隣で診察している先生に確認して、7月13日に決定。
たぶん、その先生が手術をしてくれるのだろう。
そして入院はその前日。
期間は1週間程度。
会社へ出す診断書を書いてもらい、入院の手続きをし、病院を後にする。


発病から7年が経って、「もう大丈夫だろう」と思っていた所に今回の「陽性」と言う結果は正直、ショック。
しかし、ヘコんでいても仕方がない。
今、僕がすべき事は、自分はどうしたいのかをしっかりと考える事だろう。

2006.7.4記

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