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おらぁ、東京さ行ぐだぁ的闘病記
   〜義眼編〜



■イントロダクション
治療方針の決定/眼球摘出の選択


僕が治療方針としてどの様に考えて眼球摘出を選択し、金子明博先生を選んだのかを紹介します。
この選択が本当に正しかったのかは分かりませんが、少しでも治療の選択に迷われている方の参考になればと思います。

(1)陽性の判定
・東京医科大での123I−IMP検査にて陽性の判定(後藤先生)
・眼圧が上昇した際に前房水を抜いたが、それを調べた結果では陰性、陽性の境界線上にある(後藤先生)
・眼底を診察した結果では陽性(鈴木先生、後藤先生)
以上の3点から総合的に判断して、腫瘍は生きていると診断される。

(2)眼球温存を望んだ場合の治療法
眼球温存を望んだ場合、どの様な治療法があって、その効果について東京医科大の後藤先生に聞いた。
治療方法 適用 理由
放射線 × 放射線は実施済の為、眼球は脆くなっていて、再度行うと眼球が耐えられない
重粒子線 × 放射線後はダメ
(恐らく、放射線と同じ理由と思われる)
部分切除 × 腫瘍部位が裏過ぎる、大きい
(但し、東邦大病院では実施可能だが、出血を繰り返す可能性有り:鈴木先生)
アイソトープ縫付 × 腫瘍部位が裏過ぎる、大きい
抗がん剤 聞いていないので不明

元々、再発の診断が出た場合には眼球摘出を第一の選択肢になるだろうと考えていたので、眼球温存の方法はあまり積極的には調べていなかったのだが、上記5種類が一般的な治療方法と思われる。
抗がん剤を除いて、どの治療法も僕には適さないことが分かった。

(3)眼球摘出の選択
以上の通り、温存する為の良い治療方法が無いという事から眼球摘出を選択せざるを得ない状況なのだが、だからと言って、そう簡単には決心が付くものではない。
理屈から言えば、悪い部位があれば取ってしまう事がベストだろう。しかし、決心を鈍らせているのは理屈では無く、気持ちの問題。
躊躇させている最大の原因は、やはり見た目が気になるという点だった。
TVでピーコを見かける機会が時々あるが、どうしても不自然に見えてしまう。
それをどの様にして考え方を変えた(*)かと言えば、眼球内の出血手術(硝子体手術)で東京医科大に入院していた時に義足の若者に出会ったからだろう。
彼は義足を隠そうとはせず、ハーフパンツを履いていて堂々としている姿にとても格好よく思えた。
その時僕は、「そうか、ありのままで良いんだ」と思った。別に隠す事では無い。義足もそしてぎこちなく歩く姿も含めて彼なんだと思った。

*見た目が気になるという問題を「克服」したり「乗り越えた」わけではありません。あくまでも考え方を変えて、それを受け入れただけ。

しかし、彼との出会いで全てが吹っ切れたワケではない。
何か分からないがモヤモヤとした物がまだ心の中に潜んでいる。
その時はそれが一体何だったのかは分からなかったが、今にして思えば本当に『眼球摘出』を選択して良いのかという根本的な問題だった。
摘出してしまってからではもう元へは戻れないのだから、温存する方法をもっと積極的に調べるべきではないのか。
きっと、鈴木先生や後藤先生に聞けば、温存する方法も色々出てくるだろう。
でもそれはレストランでメニューを出される様なもので(もちろんその中の「おすすめメニュー」は『眼球摘出』なのだが)、何を注文するかは僕が決めなくてはいけない。
だから、その時の僕は治療方針を決める為の『僕なりの理由』が必要だったのだ。
それに対する答えが出たのは意外な事がきっかけだった。
それまでの僕は週に3−4回、スポーツジムに通っていたのだが、硝子体手術(眼球内に出血した血を抜く手術)をする前に行ったのを最後に3ヶ月近く遠ざかっていたので、「いつになったらスポーツジムに行けるのだろう」と思い始めていた。
硝子体手術の後、運動はもちろんの事、会社では自分の席のある5階のフロアまでは階段を使っていたのをエレベータで上がる様にするなどして、再び出血しない様になるべく身体を動かさない様に心掛けていた。
しかし、こんな事をいつまで続けなくてはいけないのだろうか。
もし温存する方法を選択したとしても、再びスポーツジムに通える様になるのだろうかと、そんな事を考える様になった。
現状維持(眼球温存)が本当に正しい選択だろうか。
いや、スポーツジムに通いたいと言うことではない。
現状維持という事は僕の人生を今のままSTOPすると言う事。
人生をSTOPして得られるものは一体何だろう。
見えない左眼が残るだけではないのか。(僕は回復しないと思っていた)
それと引き換えに、色々な事を諦めなければいけないのではないか。
もちろん再々発の心配もある。
そう考えるといつまでも、ガン細胞が「生きている・死んでいる」という状態でいる事はイヤに思えてきた。
こうして、僕は僕の人生を進める為に『眼球摘出』を選択した。

もちろん『眼球摘出』しても心配点はあるが、それは承知の上でのことだ。
・摘出手術の際にガン細胞が飛び散る可能性がある
・摘出以前に転移している可能性もある(但し、これまでの検査では見つかってはいないし、温存しても同じ)

(4)病院の選択
摘出する事を決めたら、次はどこの病院で手術を受けるかを決めなくてはいけない。
病院を決める第一条件として『可動性義眼』を扱っている病院にしたかった。
ありのままを受け入れると言っても、義眼は見た目を良くする為に入れるのであって(国から義眼製作の補助金を貰うときは「眼窩の保護」という理由になっている)、ならば動かないよりも動いた方が良い事は分かりきっている。
この『可動性義眼』は海外では一般的に使われているのだが、日本では厚生労働省の認可を受けていないので、扱っている病院は凄く少ない。
僕が調べた限りでは次の3つ
 ・国立がんセンター (鈴木先生)
 ・深作眼科 (深作秀春先生)
 ・東邦大 大橋病院 (金子博明先生)
普通に考えれば主治医のいる国立がんセンターで行ってもらう事が一番なのかもしれないが、それで本当にいいのかと考え、まずは調べた情報をまとめてみた。

病院(医師) メリット デメリット(心配点)
国立がんセンター
(鈴木先生)
主治医で、これまでの治療履歴が残っている 主治医になって1年半
深作眼科
(深作秀春先生)
可動性義眼の手術が上手いと評判
最新技術を取入れている
診察をしてもらった事がない。
眼腫瘍に対する経験値が不明
東邦大 大橋病院 
(金子博明先生)
鈴木先生の前の主治医で付き合いが長い
腫瘍に対する経験が日本一豊富


ここで再度、思い返してみた。
僕は一体何の為に眼球摘出の手術をするのか。
それはもちろん、眼腫瘍の治療の為であり、決して可動性義眼を入れる為ではない。
つまり、病院の選択は眼腫瘍に対する治療を最優先に考えるべきと考えた。
そして眼腫瘍に対しての経験値はもちろんの事、信頼関係も病院選定には必要な要素だ。
深作先生の「可動性義眼の手術が上手い」と言うメリットも捨てがたいが、その時点(病院の選定をしている時点)では眼腫瘍に対しての経験値は不明であり、その上、これから新たに信頼関係を築いていくには時間が足りないし、これ以上、新しくお世話になる先生を増やすのも少し問題だと思った。となると、後は鈴木先生か金子先生のどちらかに決めなくてはいけないのだが、結果的に僕は金子先生に手術をお願いする事にした。
その理由はお世話になっていた期間の長さによる信頼関係の強さと、そしてもう一つは両親が金子先生を絶大に信頼している点。
どうやら鈴木先生はまだ若いので、その点が両親にしてみれば心配なのだろう。
これだけは、どう逆立ちしても鈴木先生が金子先生よりも年上になる事はできない。
よって、親が少しでも安心できる金子先生に手術をお願いする事にした。



以上が僕なりの治療方針と病院を決定した経緯ですが、恐らくどなたも似たり寄ったりの方法で決めていると思います。
今回の事で、治療方針を決めると言う事は自分の生き方を決める事とだと改めて感じました。
僕にも眼球温存という人生があったのかもしれませんが、僕はそれを選びませんでした。
でも僕は眼球摘出した事を後悔しないと思います。
それは自分で考えて、眼球摘出がベストな治療方針だと納得した方法だからです。
(ベストと言うのは病気の治療はもとより、今後の生活なども全部含めての事)

もしも今、治療方針で悩まれている方がいらしたら、あなたもベストな方法を見つけられる事を祈っています。

2007.1.1記


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