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おらぁ、東京さ行ぐだぁ的闘病記
   〜義眼編C〜



■型を取る
2007年1月24日〜25日


2007年1月24日(水)
金子先生の診察日が週の途中の木曜日なので、最近は水曜日は半日だけ出社して午後から東京へ来ている。
その為、東京見物はここ暫くはご無沙汰なのだが、かと言って行きたい所もない。
でも時間は余ってしまうので、最近は映画を観ることが多い。
(前回はウルトラマン展だったけれど)
そんなワケで今回もやはり映画。
観たいと思って見逃していた『プラダを着た悪魔』を観に有楽町スバル座に行く。
名古屋ではもうやっていないのだ。
有楽町スバル座のある有楽町ビルを見つけるのに少々手間取って、マリオンをぐるり一周してしまったが、JR有楽町駅の向かいにあったのね。
普通の人は仕事をしている時間なので、劇場内はガラガラだった。
映画の方は期待していた通り面白かった。

物語】
ファッション雑誌の有名カリスマ編集長ミランダの秘書としてやってきたアンディはファッションに興味なし。将来、ジャーナリストになる為と張り切って職場に向かうが、ミランダから出される指示は「15分後にステーキを持って来い」とか、「双子の娘たちがパリへ出発する4時間後までに出版前のハリーポッターの最新刊を届けろ」と言った正に悪魔の様。
そんなミランダの要求に悪戦苦闘しながらも対応している内に徐々にアンディは認められていき、パリコレの取材に同行させてもらえる事になったが・・・


もちろん女性向けの映画で、時々出て来るカタカナの文字が人の名前なのかブランド名かそれとも雑誌の名前なのかが分からないことも多々あったけれど、キレイな服を着たお姉さんが沢山出て来るので、そういった視点から見れば男も充分楽しめる。
それに、昼夜関係なく出されるミランダの超困難な指示を、100%以上の力でこなしていくアンディの姿には清々しさを感じる反面、自分ははたして彼女の様に全力で事に向かっているだろうかと自己反省させられる映画でもあった。

映画を観終わった後はいつものビジネスホテルへ一旦寄り、荷物を置いてから食事へ出かける。
今回は前から目をつけていた王子製紙の本社ビルの斜め向かいにある『ナンクルナイサ』という沖縄料理の店へ行く。
期待して入店したのだが、すぐに失敗だったと思った。
この店は完全な居酒屋で、御一人様の僕は完全に浮いている。
それでもウエイトレスが「飲み物は何にしますか」と聞くもんだから、飲むつもりじゃなかったのに「じゃあ“くら(泡盛)”をグラスで」なんて注文してしまった。
その後、沖縄そばとラフテーも注文したのだが、沖縄そばは直ぐに出てきたものの、ラフテーは中々出てこない。
居酒屋だから、普通は友達とワイワイ話しをしているうちに料理が運ばれてくるのだが、一人だと手持ちぶさたでやる事がないし、泡盛をチビチビと飲んで待つにも限度がある。
いっそうの事、注文をキャンセルして店を出ようかと思った頃になってやっとラフテーが運ばれてきた。
そんなイライラ気分で待っていたものだから、旨いわけが無い。
もちろん店が悪いんじゃなくて、完全な僕の選択ミス。
もう居酒屋で一人は懲り懲りだ。


2007年1月25日(木)

8時に起きて1階の喫茶店で朝食を摂る。
お店のおばさんに「あら、目は良くなったの」と聞かれ、
「いや、義眼にしたんです」と答えると
「え、そうなの、全然分かんない。うん、分かんないよ」との事。
多分、パッと見ただけでは分からないだろう。

10時前に病院に到着。
予約は10時半だったが、10分くらいで呼ばれて診察室へ入る。
金子明博先生の診察はやっぱり昨日の泡盛がマズかったか「まだ少し腫れていますね」との結果。
「軟膏を出しておきましょう」と言われたが、「いやいや、それちょっと塗り難いので」と前回の事もあり、目薬にしてもらった。
それから、今回一番気になっていた染色体での検査結果について聞いた。
これは腫瘍の染色体を調べる事により転移しやすい腫瘍かどうかが分かるというものだったが、僕の場合、培養させる為に切り取った腫瘍が死んでいて検査が出来なかったと言う事だ。
え〜失敗かよぉ、なんだかなぁ、もぉ、がっかり。
こうなったら、転移しやすいものだったとして考えておいた方が無難だろう。
そんなワケで、東京医科大の後藤先生の所で核医学注射(123I−IMP)の検査を受けたいと希望し、紹介状を書いてもらった。
それから右目も診察してもらったところ「逆まつげですね」との事で、2本ほど抜いてもらった。
「片目だけですから定期的に緑内障とかの検査をした方が良いですね」と言われ、これまで左目のことばかり考えていて、忘れ去られていた右目もこれからは大切にしなくてはいけない。
だって、最後の眼だから。
次回の診察は2ヶ月後くらいでいいでしょうとの事で、3月15日になった。
少し先になるが、腫れている以外は順調なのでそんな所だろう。

眼科の次は皮膚科。
眼科はすぐに呼ばれたのに、皮膚科は全然呼ばれない。
皮膚科の受付の看護士に聞くと眼科の診察に行っている間に呼ばれていた様だ。
それからすぐに呼ばれて診察室へ入ると前回と同じ男の先生。
「どうでしたか」と聞かれ、先生の言われた通りに少しぬるめの湯船に入り、洗う時はゴシゴシこすらないでいたら殆ど痒くなる事はなかったと答えると、「そうでしょう」と満足気な表情。
「でも薬は塗って下さいね、だって皮膚が乾燥しているから」と言われ、
「そうそう、良ければこれも使ってみて下さい」と、乾燥肌用の入浴剤の試供品を貰った。
なんだかマツモトキヨシみたいだ。
次回の診察はこちらは1ヵ月後の2月15日。
頭の中でパラパラとカレンダーをめくって、この頃に東京医科大へ入院予約に行けばいいかなと考えていた。

昼食後は王子の水島先生の所に行く。
今回はいよいよ型取りを行う予定。
『なかどんぎがん、あいぱっち』の掲示板で型の取り方を紹介されていたが、水島先生のやり方はそれと殆ど同じだった。
まずは粉末の印象材を水で溶かしてドロドロにしてこれを注射器に入れる。
注射器の先にはシェルと呼ばれるものを付けて、この部分を眼の中入れて印象材を流し込むのだ。
椅子にもたれてやや上向きで1分ほどすると印象材が固まるので取り出す。
これが型の元になるのだ。
これを型枠の中に入れて石膏(だったかな?)を流し込んで固め、余分な所を削り落とすと型の完成。
この型に合わせて、ガタガタしない様に削ったり、あるいは蝋(ロウ)を足したりしながら義眼を作っていくのだそうだ。
とりあえず、今日まで使っていた仮の義眼が僕の眼に一番合っていそうだから、これに蝋を足したりしたものを作ってもらった。
仮の義眼の時もそうだったのだが、まぶたがちゃんと開く様にするとちゃんと閉じなくなり、逆にちゃんと閉じる様にするとちゃんと開かなくなる様だ。
どちらが良いかは悩む所だ。
茶目の所も水島先生がご自分で作られている。
こんな物が市販されているとは思えないので当然と言えば当然のことだ。
茶目もやはり樹脂で、その元となる粉末が何種類もありそれらが色々な瓶に入れられている。
それらを溶かして型に入れて固めると茶色いチョークの様な、或いは茶目の金太郎飴の様な、つまりそんな物が出来上がる。
それを旋盤で削って茶目の完成。

そなん説明をしてもらっていると‘まてさん‘がやってきた。
まてさんとはメールなどで手術や義眼について教えて貰っていたが、逢うのは初めて。
今日は京都の友達のところから直接、こちらへ来たそうだ。
その後、まてさんの京都みやげの豆大福(有名なお店のものらしい)と水島先生にいれてもらったコーヒーを飲みながら、ミニオフ会の様。
今度の土曜日(27日)には新宿で「ながや」のメンバーでオフ会が行われるのだが、3人とも都合が悪く残念ながら欠席。
短い時間だったが、3人で義眼のことはもちろん、それ以外のことも話した。
僕が感心したのは、まてさんが自分なりに義眼について
「ここにもう少し肉を盛った方がいいのではないか」とか
「義眼床に隙間なくピッタリと合った義眼にすれば動きが良くなるのではないか」と言った、意見や考えを持っているという事で、僕は全て先生にお任せになってしまっているので、少しはまてさんを見習って自分に合う義眼を作ってもらう為に色々と意見を言わなければいけないと思った。


2007.2.4記



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