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おらぁ、東京さ行ぐだぁ的闘病記
   〜義眼編G〜



抗がん剤治療 〜その1〜
2007年5月8日〜24日


5月8日(火)
東京駅地下のいつもの沖縄料理店、「龍譚」で昼食をとってから西新宿の東京医科大病院に着いたのは13時前。
入院受付で手続きをして15階へ上がる。
病室は1502号室、前回の123I−IMPの検査の時と同じ部屋。
病衣へ着替えてのんびりしていると皮膚科の藤原尚子先生と内山真樹先生が来て今後の治療の大まかな流れを説明してらう。
藤原先生は30歳くらいの若い女医さん。
内山先生は更に若く、研修医といった感じ。
僕の病気は『脈絡膜悪性黒色腫』という眼の中の脈絡膜に出来る悪性黒色腫なのだが、この『悪性黒色腫』とは元々、皮膚のメラニン色素に出来る腫瘍で、今回の抗がん剤治療は眼科の病棟に入院しているのだが、皮膚科の先生が皮膚科で使用されている抗がん剤を使って行ってもらう。
(そもそも、この病気の眼科用の抗がん剤は存在しない)
藤原先生の説明によれば今週は各種検査を行い、抗がん剤投与は来週の月曜から金曜にかけて実施するそうだ。
その後、採血をして回復した事を確認してから退院となる。

早速、15時過ぎに胸部レントゲンと心電図を受けた。
更に、全身のCTスキャンも行うが、これは予約待ちとなる。
夕食後、今回の入院の眼科での担当医である笠井先生の診察を受ける。
簡単に眼圧や視力検査を行った後、右眼に散瞳の目薬をしてから消灯後の9時過ぎから再び検査。
スリットランプでしきりに右下を診察し、カルテに何か記入している。
挙句には麻酔の目薬を右眼に注して直接レンズを付けて診察。
何があったのだろうかと、ちょっと不安。
笠井先生に聞いたら、網膜の一部が変色していただけで問題は無いとのことだ。
とにかく一安心。


5月9日(水)
昼過ぎに母が来た。
抗がん剤で気分が悪くなった時、身の回りの事を頼む為に来てもらったのだ。
母が来たのと同時にCT検査に呼ばれ、7階の画像検査室へ行く。
本来は全身の撮影を行うのだが緊急で予約を入れている為、限られた時間しか無いので今回は頭部だけ行う。
今回のCTの撮影は造血剤を点滴で手首から注入しながら行う。
造影剤を注入されると肩や背中の辺りがポカポカしてきて、それが次第に腰やお尻の辺りまで広がり、なんだか湯船につかっている様な“いい気分”になる。

17:30から面談室で皮膚科の藤原尚子先生と内山真樹先生、それから眼科の三宅先生から今回の抗がん剤治療について説明を受ける。
と言うりも、説明は藤原先生が抗がん剤の解説書の様な本を見ながら行ない、他の先生は同席しただけ。

<抗がん剤治療の説明>
・ 抗がん剤はDAV(ダカルバジン、ニドラン、オンコビン)という薬を使う
・ 副作用で骨髄抑制が起こり、白血球、赤血球、血小板の減少する
・ 白血球の減少 : バイキンに感染し易くなる
・ 赤血球の減少 : 貧血
・ 血小板の減少 : 血が止まりづらくなる
・ DAVの前に吐き気止めの点滴も行う
・ 吐き気止めには身体を活性化させる成分が入っている為、夜、寝付きが悪くなる場合がある
・ オンコビンには便秘になる成分が入っている
・ 来週の14日(月曜)から5日間連続で行う
・ さらに翌週の21日(月)、23日(水)、25日(金)に採血を行い、骨髄抑制の回復具合を確認する
・ これを1クールとして、3クール行う。(通常、がんの進行具合に合わせてクール数を決めるが、予防目的であれば3クールで良いだろうとの事)
・ クールの間隔は1ヶ月くらい空ける

それから気になっていた、「将来、子作りをする場合に対する問題は無いか」と聞いたところ、「妊娠出来無くなる事が報告されている」との事だ。
今の所、『残念ながら』子供を作る予定は無いが、将来、もしかしたら・・・という事もあるかも知れないので(あって欲しいのだが)、この点はとても気になるところだ。
藤原先生の見ていた解説書にはあまり詳しくは載っていなかったので、薬剤メーカへ改めて確認してもらう事にした。


5月日10(木)
朝食前に25ccほど採血をする。
採血の時に使う注射器のカートリッジの様なヤツで6本分だ。
普段の採血では大抵、カートリッジで2本なので、それに較べれば量もそれなりに有るし、時間も掛かる。
今日は木曜日なので朝10時から後藤先生による教授回診があったが、今のところ診てもらう事は特にない。

10時半過ぎに皮膚科の藤原先生と水上先生が来て昨日の妊娠の件に関し、薬の説明書には無精子症になる可能性があること以外は記載されておらず、引き続きメーカへ確認するとの事だった。
又、副作用が始まるのはいつからかと聞いたところ、点滴中から胃のムカムカが始まる人もいるがそれは人によるそうだ。
退院は採血による回復チェックの結果で判断され、問題なければ退院となるが、場合によっては2クール目の前に通院して採血をするかも知れないとの事。
13時から昨日に続き、笠井先生と一緒にCTスキャンへ行き、今日は首から下の胴体部分を撮影する。
撮影の後、一旦病室にもどる。
CTの撮影の為、昼食を食べていなかったので地下の売店へ行って弁当でも買ってこようと思い、エレベーターホールへ行くと笠井先生と会い、レストランがある事を教えてもらう。
そこは2階の眼科外来の横の渡り廊下を通って(渡った所は医局センターの3階になる)、更にエレベーターで2階へ降りたところの右横のドアを開けると“コルネット”というレストラン(と言うよりも、食堂)があった。
どういったメニューがあるのか見てみると、カレーライスやトンカツ、オムライスなど、割とバリエーション豊富にあるが、少し値段が高い気もする。
昨日、テレビを見ていたら急にラーメンを食べたくなった僕はチャーシューメン(880円)を食べることにした。
病院食は不味くはないのだが、旨くもない。
そして病院食の一番の欠点はパンチが無いという事。
普段、肉や脂っぽい物をよく食べていると、病院食の様な、パサパサなメニューばかりだと、どうにもこうにも力が入らなくなってしまう。
だから入院中は脂っぽい食べ物や肉とかに飢えてしまうのだ。


5月日11(金)
昨日に続き、朝食前に採血。
今日はカートリッジ1本だったので4ccくらいだろう。
月曜から抗がん剤が始まるが、もう検査は無いので、今日は母と一緒に寄席にでも行く予定。
10時に待ち合わせ場所の1階のロビーへ行く途中、携帯電話を忘れた事に気づき、病室へ戻ると看護師の安藤さんに呼び止められ、先生が来るので少し待ってと言われた。
何だろうと思いながら病室で待っていると、暫くして皮膚科の藤原先生と内山先生が来て、前から聞いていた妊娠についての説明を受ける。
メーカーへ問い合わせた所、妊娠出来なくなった事が報告されているそうだが、その確率までは分らないらしい。
ただ、希望すれば婦人科で精子の凍結保存をしてもらえるがどうしますかと言う事だ。
今のところ、子供を作る予定どころか結婚する予定も無いので、どうしようかと考えたが、今回僕は万が一の場合の為に入院しているので、この精子の凍結保存も受ける事にした。(タダという事だし)
よって、母と寄席に行くのは明日へ持ち越しにして、病室の窓から見える野村ビルの地下にある本屋で雑誌と本を買っただけで帰ってきた。
16時半頃、婦人科から呼ばれて外来のある2階へ行く。
時間も遅いので外来患者はおらず、ガランとしていた。
2番の診察室の前で少し待ち、呼ばれて診察室に入ると3人の女の先生がいた。
まずは精子保存についての説明。

<精子保存>
・ 東京医科大には一般で言う、精子バンクというものは無い
・ ただし、不妊治療等で保存しておく事は可能
・ しかし、保存スペースには限りがあるので、いつまで保存していられるかは分らない(場所が一杯になると廃却される)
・ 保存料は無料
・ 精子には元々、奇形が多く含まれているので、抗がん剤により奇形が増えるかは分からない。
・ 抗がん剤の影響として、一般には精子の量が減ったり、活動が少なくなるという影響が出る可能性がある。

<精子の提出>
・ 容器2本に2回に分けて提出する
・ 保存する所が平日しか受け付けていないので、1回目は抗がん剤治療が始まる14日(月)の朝に取る
・ 2本目は2クール目の抗がん剤治療を行う前に行う。
・ クールの回数が増えてくると抗がん剤の影響も増えてくるが、1回だけならほとんどそれも無いだろうとの事。ただし、抗がん剤治療を行っている時は避けたほうがよい。
・ 病院には精子を取るための部屋は無いので、トイレで取って、看護師に渡して婦人科へ出してもらう。

説明の後、容器を2本もらったが、思っていたよりもデカイ。
昔、ヤクルトのジョアという乳酸飲料があったが(今でもあるのかな)、それくらいの大きさがある。
100ccくらい入りそうだが、そんなに必要な人がいるのだろうか。
夕食の後、笠井先生が来て、CTの結果は問題なかったと知らせてくれた。
「皮膚科の先生からも話があると思うけれど、先に言ってしまいました」と言う。
良い知らせという事だ。
19時頃、薬剤師の木村泰子さんから月曜からの抗がん剤の説明を受ける。

<抗がん剤について>
・ 吐き気止めの点滴をやってから、ダカルバジン→ニドラン→オンコビンの順で点滴を行っていく。
・ 抗がん剤は細胞活動が活発な所を攻撃するので、骨髄抑制(白血球、赤血球、血漿板の減少)、生殖器(精子の生産抑制)、脱毛(発毛の抑制)などに影響(副作用)がでる
・ 副作用はクールを重ねるに従い大きくなっていく。(よって、1クールの際中はほとんど副作用は出ないだろうとの事)
・ 後々まで残る様な副作用は無い。(とは言え、全く無いわけでは無いだろうと僕は思う)

話しは変わるが、この薬剤師の木村泰子さんがメチャメチャ可愛い。
看護師の石川絵里さんも元モーニング娘。の石川梨華と良い勝負するくらい可愛いが、木村泰子さんもそれに勝とも劣らないくらいに可愛い。
他の看護師にも可愛い人が多くいて幸せだ。これはとても重要なこと。


5月日12(土)
母と一緒に、昨日行けなかった寄席に行く。
12時開演だが、その前に昼食を麺通団で取ってから末広亭に向かう。
いつもは新宿東口から行くのだが、今回は麺通団から直接行くことにしたら結局道が分らず、交番で聞くとすぐ近くまで来ていた。
末広亭には開場30分前に着いたが、既に列が出来ていた。
前に並んでいる熟年グループは旭川から来たと言っていた。
オバハンと言う生き物は誰にでも話しかける様で、シニア料金だと200円安くなるとか、証明書がいるとかいらないとか、65歳以上なのは顔を見ればわかるとか、大阪のオバハン代表のウチの母は旭川のオバハンと話をしていた。
前座は11:50から始まった。
漫才のホンキートンク、手品の夢葉、津軽三味線の元九郎がおもしろかった。
寄席に来るとつくづく思うのだが、落語家で真打ともなると結構ベテランで、年齢もそれなりで、サラリーマンで言えば部長や役員くらいだろう。
髪型はさっぱりした感じで七三かオールバック、着物を着てはいるものの、どう見ても落語家よりも郵便局や役場に居そうな面々に見えるのだが、どうして落語家になろうと思ったのだろうか。
決して落語家を卑下しているとかそんな事ではなく、落語家になる様なタイプの人間には見えないのだ。
ああ見えて、若い頃はブイブイいわしていたのだろうか。


5月日13(日)
薬剤師の木村さんから説明を受けた時にもらった『化学療法ハンドブック』に色々書かれている副作用や注意が必要な点の中から、近々で必要となる注意点をメモ帳に書き出したが、一杯あって覚えきれない。
とりあえず、白血球の数が減少するので感染に気をつけよう。
その為、ヒゲソリは安全カミソリではなく電気シェーバーを使うべし。
それから便秘にならないようにヨーグルト。


5月日14(月)
早朝6:45からトイレに籠って精子を取るが中々でない。
牛の乳を搾る様にはいかないのだ。
最後は超能力でも使うしかないと思ったが、どうにかこうにか取る事が出来た。
抗がん剤治療は9:45から始まった。
まず初めに吐き気止めの点滴を30分くらいやってから、ダカルバジン、ニドランとやって最後はオンコビン。
外来で後藤先生の診察を受けた時の話や、まてさんの掲示板への書き込みから副作用としての吐き気や脱毛の心配ないと聞いていたが、結局の所は人それぞれだろうから、僕の場合はどうなのだろうかと少しドキドキしていたが、やはり、気分が悪くなるとか、血管痛になるといった事もなく1回目を終了した。
もちろん、吐き気や脱毛も覚悟の上での抗がん剤治療なのだが、無いに越したことはない。
全て点滴でやったが、先日、薬剤師の木下さんからもらった『DAVスケジュール』とは少し違っていて、最後のオンコビンは注射でやる事になっていたが、これも実際には点滴だった。

オンコビンをやっている時、まてさんが見舞いに来てくれた。
今日、外来で診察があり、その後、時間があれば見舞いに行くと昨日、携帯にメールをもらっていたのだ。
まてさんの場合、肝機能の低下により脂肪肝の様になってしまったらしい。
そこで、酢や野菜ジュースを飲むことにより、随分と良くなったそうだ。それから水をガンガン飲んで下さいとも言われた。
まてさんは抗がん剤治療の後、一旦肝機能が大きく低下してから戻ったとの事で、抗がん剤の治療後、退院するまで2週間かかったそうだ。
回復するまで、結構時間がかかるのだと思った。
(注:まてさんはDAVの他にインターフェロンも併せて行っている)

13時過ぎ、今朝取った精液の検査データをもらった。
届けてくれた水上先生も「詳しい数値の意味は分からない」と言っていたが、とりあえず普通と言うことだろう。
そもそも、抗がん剤をやる前に取ったヤツで問題がある訳にはいかないのだ。

15時前、食堂で雑誌を読んでいると母が来て、昨日は学習院へ行って『学習院大学新聞』をもらってきていた。
昼は学食で『山菜うどん』を食べ、「安かった」と喜んでいた。
母の場合、とにかく安い事が第一条件である。

夕食後、皮膚科の藤原先生が様子を見に来た後、薬剤師の木村さんが来た。
本来であれば、点滴の合流点(二股になっている所)から腕までをタオルで遮光しなければいけなかったが、今回はされていなかった。
遮光をしないと血管痛になってしまうので、ナースに伝えておくとの事。
又、点滴がポタポタと落ちてくるところも遮光していなかったので、それも伝えておいた。と言うよりも、辛い思いをするのは僕なのだから、僕がしっかりとチェックをしなければいけない。


5月日15(火)
朝9:20頃から抗がん剤治療を行うが今回からは吐き気止めの後はダカルバジンだけで終了。
ニドランとオンコビンは1日目だけ。
昨日、木下さんに伝えておいたので、今日はダカルバジンの点滴のポタポタ落ちる所にアルミホイルが巻かれていたが、半分だけだったので頼んで全部に巻いてもらった。
それから点滴の管の合流点から腕までの間をタオルで覆っておいた。
アルミホイルで全部覆っていても、看護師が様子を見にカーテンを開けるだけで、少し腕がピリピリする。(気のせいカモしれないが)
今回は廊下側のベッドで良かったがこれが窓側のベッドだったらかなり痛い目に遭っていただろう。
15時過ぎに皮膚科の坪井良治教授の回診があった。
藤原先生を始め、若い医師6人ほどを引き連れて病室に来た。
「DAVは確立した治療方法で、世界中でやられていて副作用も少ないから全部やるというのも一つの方法ですね」と言われた。
『全部やる』とはどういう事だろう。

今日は朝から少し熱っぽい。
平熱は36.4℃ほどで、更に朝一番は体温が低いのが普通なのだが、起床してすぐに測った時は37.1℃だった。
点滴中はずっと横になっていたら(当然だが)、少し下がって、昼には平熱に戻っていたが、夕食頃にはまた少し上がったみたいだ。


5月日16(水)
9:20から昼間で3回目の抗がん剤投与を行う。
昼食後、地下の売店で黒酢を買って病室に戻ると母が来ていた。
母が泊っている宿は今日までの予約で、今日愛知へ帰る。
その前に洗濯をしにきたのだ。
せっかくなので、4コマまんがの雑誌を2・3冊買って来るように頼んだら、『ラディカル・ホスピタル』を買ってきた。ナイスなチョイス。


5月日17(木)
朝の検温では37.4℃とまた微熱。
眼科の教授回診で後藤先生から風邪がひどくなる様だったら、担当医に相談して下さいとの事。
その後、抗がん剤の点滴を始めるのを待っている時に皮膚科の水上先生が病室に来たので、風邪薬を出してもらうことにした。
それから看護師の石川絵里さんからマスクをもらった。
咳が出るとかのどが痛いとかといったわけででは無く、抗がん剤を投与すると抵抗力が低下して感染しやすくなるので、その予防のためだ。
今日からご飯の量を小盛りにしてもらった。
元々、家ではそんなにご飯を食べていなかったが、病院ではたっぷり出るので無理して食べていたら胃がもたれてしまった。
少なくしてもらってからは快調で、欲を言えば肉をガッツリと食べたい。
今日の夕食で出た酢豚の肉でもとてもありがたく感じる。
退院したらトンカツを食べたいが、肝機能が低下しているので脂肪の取りすぎには注意しなくてはならが、悩ましいところだ。


5月日18(金)
朝目が覚めたら、まず採血。
ふと腕を見るとヒジの内側が2か所赤くなっていて、そこから点滴の針が刺さっている所から血管に沿っても少し赤くなっていた。
この赤い線を指でなぞると少し違和感がある。
朝食後に藤原先生が来たので、その事を伝えると「今日は点滴をゆっくりやりましょう」と言われた。
計画では点滴の入ったパック1つを30分でやることになっていたが、実際には1時間くらいかけて落としている。
今回はそれをもっとゆっくりやる事に加えて、腕を温めながらもやる。
そうする事により血管が拡がって血管痛が出にくくなるのだそうだ。

今日で1クールが終わって、今更だけれど、昼食後、2階の図書室のPCで今回の抗がん剤について調べてみた。
当然だが、説明で聞いたのと大体同じだった。
病室へ戻ってきて携帯メールをいじっていたらワカヨからメールが来ていた。
15日と16日のものだった。
今度の休みに見舞に来てくれるようなので、『バッテリー』の1巻を買ってきてくれるように返信しておいた。
『バッテリー』はこの前映画を観た、さわやかな少年野球の物語で、原作の小説が地下の売店にあったのだが、2巻からしか置いていないのでワカヨに頼んだのだ。


5月日19(土)
風邪も治り体調は問題ないが、点滴で出来た腕の赤い筋を押すと少し痛む。
10時半頃に来た内山先生にその事を伝えると、ダカルバジンは刺激の強い薬なので投薬が終わってしばらくすると治るそうだ。
内山先生が戻ってから1時間くらいして今度は水上先生が来た。
先ほど内山先生が来た時に聞くのを忘れた採血の結果について訊ねると、「ちょっと待って下さい」と暫くして結果シートをもらった。
それによれば、白血球は少し上昇していた。
これは多分風邪の影響と思われる。
赤血球や血小板は少し減少していた。
これは抗がん剤の影響だろう。
それから、肝機能を示すGDPとGPTは少し上昇していたのも抗がん剤の影響だろう。
今のところ影響は少ないが抗がん剤投与が終わって1〜2週間してから骨髄抑制がおこり、白血球、赤血球、血小板が減少するそうだ。
今後の予定は月曜日に採血することまでは決定だが、その先は不確定。


5月日20(日)
朝食後、地下の売店へヨーグルトを買いに行こうとエレベータホールへ行くと弦楽器のミニコンサートをやっていた。
病室に居た時から音楽は聞こえていたのだが、TVか何かの音が漏れて聞こえていたのだと思っていた。
バイオリン3人とチェロ1人の4人組で、病院関係者なのだろう。
エレベータホールに集まった20人くらいの人が彼らの演奏する『マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン』や『世界に一つだけの花』などを聴いていた。
決して上手ではないが、ストレスが溜まる入院生活でこういった催し物があると入院患者もリラックスできるだろう。

食堂で昼食をとっていると邦子姉ちゃん(母方の叔母)が来た。
入院する前、抗がん剤治療が落ち着いたら連絡する様に言われていて、そろそろしなくてはと思っていたのだ。
邦子姉ちゃんは従姉のみっちゃんに今度の月曜日に退院すると聞いたらしく、それで慌ててきたそうだ。
でも何もする事が無いので、「本やテレビを見ないでラジオを聞いていなさい」と言い残し、5分ほどで帰ってしまった。

14時半頃にはワカヨとカネヤンが見舞いに来てくれた。
ワカヨは小中学時代のクラスメイトで、前回の入院に続いて2度目の登場。
カネヤンは中学の時のクラスメイトでワカヨとは高校も同じ。
僕の病気の事についてはワカヨから聞いていて、それに先週行われた中学時代のクラス会でも僕から話しをしていた。
彼もまた横浜に住んでいて、ワカヨとは今も家族ぐるみの付き合いをしているそうだ。
今日はこの後、これもまた中学時代のクラスメイトのリカちゃんがやっている健康食品の説明会に行くのだそうだ。
健康になるとか、ガンが治るとか言っているらしいが怪しいものだ。
と言うのも、友達がやっている事だから、出来るだけ善意で解釈してあげたいが、昔を知っている”あの”リカちゃんが勧めるのだから、どうにも信用できない。
でも決して悪い子では無いんです。
そう言えば、高校生の時、カネヤン、リカちゃんも入れて男女3対3で映画を観に行った事があっけど、待ち合わせの駅に30分遅れて現れ、悪びれる事もなく「何分の電車で行くの?」と言ってやって来た時にはヒザカックンをくらった様になり、一同、リカちゃんだからしょうが無いかと思ったものでした。
などと話しをしているとカネヤンの携帯が鳴った。
リカちゃんから「ちゃんと来てよ」と言う催促の電話だ。
僕が居る事をカネヤンが言うと電話を代わった。
リカちゃんは相変わらずバカ元気で、「higanどうしたのぉ」と叫んで、先の健康食品をあげるからちゃんと舐めるんだよと言っていた。(え、舐めるの?)
末期がんの人も治ったそうだが、そんな物をお前が売っていていいのかと思った。
でも心配してくれている気持ちは本心だと思う。
リカちゃんよ、そんな怪しい健康食品よりお前の気持ちの方が病気には効くんだよ。
(と書いている1カ月以上たった今も届いていない所がリカちゃんらしい)

5月日21(月)
朝食前に採血。
11時頃、藤原・内山先生が病室来た。
朝の採決の結果を見ながら、白血球の数値は戻ってきているが、赤血球と血小板はまだ低下している。
肝機能(GOT、GPT)も高いままだ。
「次の木曜日にもう一度採血しましょう」と言う事になり、少なくとも木曜までは入院続行である。

5月日22(火)
16:45から皮膚科の坪井教授の回診。
「なんともないでしょ」と教授。
「はい、なんともありません」と僕。
藤原先生から明日採血して骨髄抑制の結果が良ければ明日か明後日の退院でもいいとの事。
まだだったら金曜日にもう一度採血する。
次の入院も希望通り7/2でOKで、それまでは通院無しでいいそうだ。

5月日23(水)
6時から採血。
この結果が良ければ今日明日にも退院となる。
10時半、藤原先生と水上先生が採血の結果を持って病室へ来た。
肝機能以外、正常値になり、前回低かった網赤血球数(血漿板の元になるもの)も正常値に戻っていた。
(中性脂肪値が高くなっているのは気になるところだが、これは抗がん剤の影響では無いだろう)
よってすぐに退院しても良いのだが、今日の今日では何なので、明日退院することにした。

5月日24(木)
本日退院。
朝食後、眼科の教授回診があったりで慌ただしいが、急ぐのも何なのでのんびりと退院の準備をする。
6階の会計課へ預けている貴重品を引き取りに行く時、トイレの前で水上先生とバッタリ会い、退院後の注意点について説明を受ける。
注意点といっても血液関係はOKなので、唯一注意する点は肝機能が低下しているのでアルコール類は暫く避けて下さいとのこと。
酒が飲めないのは少し辛いが、入院で太ったお腹のためにもそれはいいのかもしれない。

10時に病室を後にして、会計を済ませてからペリカン便で荷物を家に送ったら、真っ先に病院の向いにあるアイランドタワーにあるドトールコーヒーに行き、ミラノサンドAとコーヒーを注文。
もう、本当に病院食にはすっかり飽きてしまっていたのだ。

お腹が落ち着いたら、上野へ向かう。
国立博物館でダ・ビンチの『受胎告知』を見るためだ。(僕が真っすぐ帰るワケがない)
まずは第1会場の『受胎告知』の観覧の為の列に並ぶ。
まだ5月だと言うのに、昨日は30℃まで気温が上がり、今日も27℃まで上がるそうだ。
そんな、セミが鳴いていても不思議では無い様な中、今日、退院したばかりだと言うのに汗をかきながら並ぶ。
平日の午前中にも関わらず建物の中に入るまで20分もかかった。
しかし、建物の中に入っても直ぐに受付があるわけではない。
まず持ち物検査が有りカバンの中をチェックし、金属探知器のゲートをくぐってやっと受付でチケットを渡す。
外では人が沢山並んでいた割には、中は少ない。
まずは少し離れた正面から分かっている様な顔をしながらフムフムと鑑賞して(どこがスゴイのかは勿論分らない)、次に絵の間近まで行く。
絵の前で立ち止まってはいけないで、少しずつ、牛歩戦術をしながら進んでいくのだが、絵はタタミ1畳くらいの大きさなのですぐに通過してしまった。
第2会場は『ダ・ビンチ展』といった感じ。
ダ・ビンチの年譜に始まり、研究した様々な物の紹介やレプリカが展示されている。
楕円を描くためのコンパスとか、人体のしくみなど、本当に様々な事を研究していて、僕としては『受胎告知』よりもこちらの方がとても興味を引いた。
『受胎告知』についてもビデオで解説がされていて、実はこの絵を見る時は正面から見るのでは無く、少し右から見た時にちゃんと見える様に書かれている。

例えば右側に描かれているマリアの右手が正面から見た時、酷く不自然に長く見えるのだが、少し右からみるとちょうど良い長さに見える。

しかし、つい先ほど見たばかりだが、その様な事には全然気がつかなかった。
どうしてその様な描き方をしたのかは説明は無かったが、多分、この絵を見る人(例えば王様とか)の位置と絵を飾る場所が予め決まっていたのではないだろうかと僕は推測する。
それはさて置き、僕に『受胎告知』は訪れるのだろうか。
(勿論、妊娠するのは未だ見ぬ奥さんです)


2007.7.16記



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