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おらぁ、東京さ行ぐだぁ的闘病記
   〜義眼編I〜



抗がん剤治療 〜その2〜
2007年7月2日〜14日

7月2日(月)
金曜日に病院から「混むので11時までに入院受付に来て下さい」と電話があった。
だから少し早めに家を出て、11時5分頃には病院へ入る事が出来たが、病院の向いにあるアイランドビルのドトールコーヒーでいつものようにミラノサンドAとブレンドコーヒーでちょっと一服。
そもそも、遠方の人間に早く来いとはどう言うことなんだ。
今回の入院はちょっと不愉快な幕開けである。
11時半頃、入院受付へ行くと案の定、空いていたから直ぐに手続きをする事ができたのだが、入院に当たっての数種類の書類を提出した際、「『限度額適用認定書』は?」と聞かれ僕は「?」初めて聞く名前の書類。
「それは何ですか」と聞くと、説明資料を持ってきたが、それも初めて見る物。
それによれば今年の4月からこれまであった『高額療養費』からこの『限度額適用認定書』へ変わったそうだ。
この適用を受けるには事前に健康保険組合から『限度額適用認定書』をもらい、病院へ提出しなくてはいけないのだが、そんな事を入院する日に説明されても困る。大いに困る。まったく困る。
そもそも、5月の入院の時はどうなってたの?何も聞かれていないぞ。
どうすればいいのかと受付嬢に聞くと、「総合案内の隣に医療福祉相談室が有るからそちらで聞いて下さい」との丁寧な回答。
何も知らないお嬢さんと話しをしていても仕方がないので、入院の手続きだけ済ませてさっさと医療福祉相談室へ行く。
こちらは打って変わって、物腰のメチャメチャ低い、白衣を着た若い男性が出てきた。
今して思えば、苦情とかの窓口もやっているのでは無いだろうか。
彼の説明に寄れば、『限度額適用認定書』を退院までに提出すれば適用を受けられるとの事で、まずは健康保険組合へ連絡して、『限度額適用認定書』を送ってもらって下さいと言われた。(病棟で受け取ってもらえるそうだ)

時計を見ると丁度12時で、いまから電話しても健康保険組合はお昼休みだろうと思い、僕も昼飯をこの前、眼科の笠井先生に教えてもらったコルネットで取ることにした。
本当は新宿で食べようと思っていたのだが、生憎の小雨模様で、傘を差してウロウロするのも面倒なのであきらめた。
コルネットでは『煮込みチーズハンバーグセット』(1280円)を注文した。
入院中は中々食べる事の無い、肉を思いっきり食べておこうと思ったのだ。
値段はちょっと高めだが、サツマイモの様な形をしたハンバーグの塊の中にチーズが入っていて、中々ウマイ。
さっきまでの不愉快な気分も、旨いものを食べたせいで少し和らいでくる。
ああ、人間っていい加減な生き物だなぁ。(ひょっとして僕だけ?)

食後は患者図書館のPCでインターネットをして時間を潰す。
『お世話になります』の新しい掲示板がここのPCでも使える事を発見。
以前の掲示板はセキュリティに引っ掛かってしまい、見ることができなかった。
新しい掲示板は携帯電話からもアクセス出来るので、入院中はそちらから見てみるつもりでいたのだが、病院のPCで使えるのなら、携帯でチマチマと文章を打つよりもよっぽど楽チンだ。

13時に入院受付に預けておいた荷物を受取って皮膚科病棟のある16階へ上る。
前回までは眼科の病棟へ入院していたが、今回から皮膚科の病棟になる。
皮膚科の先生が中心となって抗がん剤治療を行っていくのだから、当然のことだろう。
1653号室はナースステーションの横の部屋。
一息ついてからレントゲンと心電図、採血や身長、体重測定をする。
一連の検査が終わってから今日の担当看護師の山口さんに病棟を案内してもらう。
眼科は東病棟だったが、皮膚科は西病棟になる。
エレベータホールに対して基本的には左右対称なのだが、風呂場や処置室などの場所が若干異なる。
その他、入浴は眼科の様に曜日別に男女が分かれてはおらず、毎日入ることも可能の様だ。
これからどんどん暑くなっていき、汗ばむことが多いのでそれはとても助かる。

16時半頃、藤原尚子先生と水上潤哉先生、それから前回の内山真樹先生から変わって辻多佳子先生の3人が病室に来た。
「今回は2回目ですね」と、やる事は前回と同じなのでこれとった説明も無く、今日のところは簡単な挨拶だけで終わった。

17時過ぎに薬剤師の鈴木亜希子さんが来て明日からの抗がん剤投与について説明を受けるが、前回とまったく同じなので短時間で終了した。
今回の薬剤師が木村さんでは無いことがとても残念だ。


7月3日(火)
7時から精子を取る。
朝食前だが、『朝メシ前』とはいかず今回も苦労した。

朝食はパン。
昨日、看護士の山口さんに「朝はパン」「昼は麺」「夜はごはん」と頼んでおいた。
病院食は似た様なメニューで飽きてしまうので、バリエーションを広げる為にも、予め注文しておいたのだ。
細かく注文できると山口さんが話していたので、「ごはんは小盛りにして下さい」と頼んだらパンはロールパン1個だけになってしまった。
流石にそれでは少し腹がさびしいので、地下の売店行く。
売店は前回の入院の後、改装されて随分きれいになっていた。
敷地は恐らく同じ広さだと思うが、壁を無くしてしまった分、広くなった様に感じ、品揃えもまた増えたのではないだろうか。

抗がん剤は9:45から、まずは吐き気止めからスタート。
今日はその後、ダカルバジン、ニドランをやってオンコビンで終了。
終わったのは13:30で、途中、昼飯を食べながらとなった。
16時前に皮膚科の坪井教授の回診。
「今日から2クール目ですか。クールを重ねていくと副作用も少しずつ重くなっていきます」との事。
それは少し覚悟をしている。
坪井教授は(後藤先生もそうだが)ドラマに出てくるような悪人的教授というイメージとは随分違う。
どちらかと言えば、町の診療所の気の好い先生といった感じがする。
でも偉い人なんだよな。


7月4日(水)
昨晩はほとんど眠れなかった。
と言うのも、消灯後はラジオを聴いているのだが、昨夜はNHKの『音楽深夜便』と言う番組で『はっぴぃえんど』や『サディスティクミカバンド』『RCサクセション』の懐かしい曲がバンバン掛かっていて、寝ている場合ではなかったのだ。
ウツラウツラとしながら、結局、4時頃になってやっと寝た。
吐き気止めには身体を活性化させる成分が入っていて、寝付きが悪くなると聞いていたので、そういった事も影響しているのだろう。

今日は9時から点滴スタート。
今日からは吐き気止めとダカルバジンだけだったが、点滴の管が折れ曲がっていてうまく点滴が落ちなかった事もあり、11時半までかかってしまった。

昼過ぎ、眼科外来に呼ばれて後藤先生の診察を受けに行く。
後藤先生の前に前回入院時の担当医だった笠井先生の診察を受ける。
最近、本などを読んでいると一部分だけピントが合わないというか、ボケる所が出来、それがスーっと動いていく。
これは何かと笠井先生に尋ねたら、年齢を重ねていくとそういう症状が出てくるそうで、硝子体の一部が変質し、固まってなるそうだ。
つまり『老化』という事らしい。
そう言えば、近くの物が見えづらいのだが、やはり老眼なんだろうか。
笠井先生には『義眼装着証明書』を書いてもらった。
これを健康保険組合などの保険事務所に出すと義眼の費用のうち43260円が戻ってくる。
どこの病院で書いてもらっても良く、先月、金子先生の診察を受けた時に金子先生に書いてもらおうと思っていたのだが忘れてしまった。
後藤先生の診察では目ヤニが出ている事について「安い市販の目薬を使っている」と話すと、
「それを使うなら目薬を出しておきましょう」と言うことで、クラビットとリンデロンの目薬を出してもらった。
でも以前、後藤先生は「義眼が乾く時は市販のドライアイ用の目薬を使うといいでいよ」と言っていたハズなのだが・・・


7月5日(木)
点滴をしている時はやる事が無いので寝ている事が多い。
今日もいつもと同じように寝ていて、ふと目を覚ますと右腕がだるい。
血管痛の予兆かと思い、看護師の鈴木さんに言うと、
「ずっと動かさないでいたからじゃないですか。点滴中でも動かしていいですよ」と言われた。
暫くすると、なるほど、腕のダルさは無くなっていた。
きっと動かしてはいけないと、無意識のうちに力が入っていたのだろう。リラックス、リラックス。


7月6日(金)
朝一番で採血、その結果を11時頃に藤原先生からもらう。
抗がん剤投与前とあまり変化は無く、全ての項目が基準値内にある。
前回は白血球の数値が増え(風邪の影響と思われる)、肝機能も数値が急上昇していた。
今回は肝機能の数値が増えているものの、それは少しだけ。
副作用はすぐには現れないと言っていたから、少しタイムラグがあるのだろう。
点滴もリラックスして時々動かしていたら、昨日の様に腕がダルくなることは無かった。


7月7日(土)
今日で点滴は終了。
今回も具合が悪くなることは無かった。
点滴をしている時に水上先生が診察に来たので先日取った精子の結果について聞いたところ、まだ婦人科の先生が捕まらないらしい。
その後、月曜日の午後に外来で予約が入ったと連絡があった。
結果についてはコンピュータにデータが入っていないそうで、ひょっとしたら口頭での説明だけになるのかもしれないとの事だ。


7月8日(日)
昨日で点滴は終了したので、洗濯などをしながらユルユルと過ごす。
16時頃、ワカヨ(小・中学時代の同級生)が浴衣姿で見舞いに来てくれた。
病院に篭っているので季節を感じてもらおうとの心遣いだったらしい。
でも、僕の第一印象としては、どこか居酒屋の女将で
「あ〜ら、ヒーさん、お元気?」という感じだった。
ワカヨは先週行った小学校時代のクラス会の写真を持って来てくれた。
幹事だった僕とワカヨはカメラの事などすっかり忘れていたところ、写真屋のユキちゃんが持って来てくれていて、皆の分の焼き増しまでしてくれていた。
退院したら東京みやげでも持っていくことにしよう。
ワカヨとはクラス会の話や、前回見舞いに来てくれた後に行ったリカちゃんの健康食品の説明会の話など、とめどなく話をしていた。
でもクラス会は楽しかったなぁ。
参加した皆も楽しんでくれたし、次は5年後くらいかな。
先生が元気なうちにまたやりたいねとワカヨと話しをした。


7月9日(月)
15時少し前に婦人科の外来へ行く。
まだ外来患者(もちろん女性)が沢山いる中、診察室へ行くのは少し抵抗があったが、何食わぬ顔で堂々と入って、3番のドアをノックすると看護師が顔を出して、「少しお待ちください」と言ったので、長イスに腰掛けて少し待つ。
暫くして名前を呼ばれてたのでに入り、先生の前のイスに座る。
先生から今回と前回のデータ、それから凍結の方法や精子の調整方法などか書かれた紙をもらう。
データの項目はいくつかあるのだが、先生の話によればその中で大切なのは精子の運動量と言うことで、僕の場合は基準値を充分満足しているので問題ありませんという事だ。
別に病気で婦人科へ来ているワケではないので、説明はそれだけ。
とにかく問題なしだ。


7月10日(火)
朝採血。
15時半過ぎの坪井教授の回診の後、藤原先生から結果をもらう。
網赤血球数(赤血球の元になるもの)が減少しているのと、肝機能の数値が上昇していた。
これらが標準値に戻れば退院となる。


7月11日(水)
昼前に藤原先生が来て、次の入院について話をした。
「1か月、間を空けるとお盆に掛かってしまいますが、どうします」と聞かれ、
「それは構いません。どちらかと言えば、夏休みに掛かった方が都合がいいです」と答えた。
散々会社を休んでいて、もう有給休暇が無いのだ。(今回の入院も既に病欠扱い)
そんな事から8/4(土)に入院をして8/6(月)から抗がん剤投与を行う計画となった。
それから今回の入院だが、今度の金曜日に採血をして結果が良ければその日か翌日に退院という事になった。
木曜日に採血して金曜日に退院かと思っていたら少し延びてしまった。


7月12日(木)
何だか風邪をひいたらしく、鼻水が出る。
前回の入院した時も風邪をひいて、多分その影響と思われるが、白血球数が上昇していた。
火曜日の採血では白血球数はちょっとだけ減少していたが、明日の採血ではどうだろう。
最悪、延期の可能性も・・・ちょっと心配。
心配と言えばもう一つ、台風4号だ。
テレビの気象情報によれば、土曜日頃、東海地方に来そうだ。
ボヤボヤしていると新幹線が止まってしまうかもしれないので、どこにも寄らず、真っすぐ帰らなくてはいけないカナ。


7月13日(金)

朝食の前にした採血の結果を10時頃に水上先生が持ってきた。
前回低かった網赤血球数は高くなっていて、肝機能の数値についてはまだ高いものの下がり傾向にあることから、退院してもいいでしょうと言う事になった。
でも今日の今日ではバタバタするのもイヤだし、それに診断書などの書類も書いてもらわなくてはいけないので、退院は明日にすることにした。


7月14日(土)
台風の影響か、外は小雨模様。
10時ごろ病室を出て会計をする。
今日は病院の休診日なので1階のロビーは薄暗くガランとしている。
退院会計の窓口は閉まっていて、時間外外来の会計で行う。
休診日なのでいつも荷物を送っている医局センター1階のメール室も今日は閉まっていて、コンビニかどこかで宅配便を扱っている所を探さなくてはいけない。
その前にドトールでコーヒを、と思ってアイランドビルに向かって歩いていたら、斜め向かいの野村不動産ビルの1階のOffice DEPOT(事務用品の店)にクロネコヤマトの宅急便の幟(のぼり)を発見。
そこから家に送ることが出来た。
ドトールで一服してから東京駅へ向かう。
実は丸の内をブラブラしようとも思ったのだが、天気も悪いし、事前のリサーチでは女性向けの店ばかりの様子なので真っすぐ帰宅する事にした。
本当にどこにも寄らず、流れ作業の様に電車を乗り継いで家まで帰ったら逆に疲れてしまった。
やっぱりどこかでブラブラするべきだったか。



2007.8.26記



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