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おらぁ、東京さ行ぐだぁ的闘病記
   〜義眼編J〜



抗がん剤治療 〜その3〜
2007年8月3日〜24日

8月3日(金)
午前中は会社で仕事をして、午後から東京へ向かう。
土曜日に入院なので、本当なら当日に行くつもりでいたのだが、水曜日に病院から、「早めに検査をしたいので9:45までに入院受付に来てほしい」と電話があった。
既に新幹線のチケットも買ってあり、何よりもコッチは遠方なので早く行くのは大変なので「イヤだ」と、一旦は断ったものの、台風5号が九州の南海上まで来ていて、土曜日には東海地方が暴風域に入ってしまいそうなため、どうしたものかと思っていた矢先の事だったので、急遽ホテルを予約し、チケットを変更したのだ。
結果的には台風は予想進路の左端をスピードを上げながら日本海へ抜けて行ったので、今日は風が強いものの快晴となった。

そういった事情から、不本意ながら映画を観ることにした。
銀座や有楽町周辺でどんな映画をやっているか事前にネットで調べたところ、銀座シネパトスで『キサラギ』がやっていたのでこれを観ることにした。
話題作では無いが、解説を見た限りでは面白そうだった。
グラビアアイドル(あまり売れていない)の如月ミキが謎の焼身自殺をした1年後にファンの5人が集まり1周忌を行うのだが、一人が「誰かに殺されたに違いない」と、自分の推理を語りだす。
と聞くと、ミステリー映画の様だが、少し違う。
ミステリー・コメディー、略して『ミスコメ』とでも言うのが正しいだろう。
変なギャグで笑わせるのでは無く、「えっ、そうなの?」と言う物語の必然的な流れで笑わせてくれるところがメチャメチャ面白い。(ネタバレになるので、詳しく書けないのが残念)

映画を堪能した後はいつものビジネスホテルへ向かう。
ホテルの近くの交差点まで来た時に太鼓の音が聞こえてきた。
どうやら築地本願寺で『納涼盆おどり大会』で行われているようだった。
ホテルの2階の部屋へ入っても太鼓の音がドンドンと響いてくる。
夕食の後にでも覗いてみるとしよう。

さて、その夕食だが、病院食が暫く続くと言う事は肉とは縁の無い生活になるので、今日はしっかりと肉を食っておこうと思い、昼食はトンカツだったのだが、夕食も『勝よし』の“ひれカツ”にした。
『勝よし』は『煉瓦亭』と同じ通りという銀座の真ん中にあるのにも関わらず、年期の入った木製の引き戸をガラリとあけると、そこには下町の“とんかつ屋”が現れる。
店に入ったすぐそこに小さなテーブルが置かれているほどの狭い店内を、少し横になって奥へ入っていくと座敷があり、僕がそこの薄っぺらな座布団にどっしりと座ると店のおばちゃんがスポーツ新聞を持ってきてくれる。
僕はここのそんな肩肘の張らない雰囲気が好きで時々利用させてもらっている。

夕食を済ませたら盆踊りを見学する為、築地本願寺へ向かっていたら、松竹ビルの前でドラマか何かの撮影をしていた。
以前、テレビドラマの『サプリ』を撮影していた同じ場所だ。(番外編23参照)
しかも同じ、雨のシーン。
前回は伊東美咲だったが、今回の俳優は誰だろうと撮影用のモニターを盗み見していると中村俊介(サッカーの中村俊輔とは違います)と黒木メイサだった。
中村俊介と黒木が雨の中、別れるというシーンの撮影らしい。
その為、スタッフが二人の上から雨を降らせるので、カットが入る度に他のスタッフが濡れた二人をタオルで拭いたり、メイクを直す為に駆け寄るのだが、このスタッフの背が中村俊介の肩くらいまでしかない。
もちろん、男性のスタッフも大勢いるのだが、中村俊介だけが本当に頭一つ飛び出ている。
一体、身長はどれだけあるのだろう。
チンチクリンの僕としてはうらやましいところだ。
撮影の方は別れのシーンを何度も繰り返して撮影している。
モニターを見ている限り、何が御不満なのか僕には分からないが、見ていただけでも3回はやっていた。
その度にずぶ濡れになる安藤、そして駆け寄るスタッフ。
その他にもメイクを直したり、カメラにビニールシートを貼ったりと15人くらいのスタッフが走り回っている。
画面には2人しか映っていないのだが、1シーンを撮影するだけでも大勢の人が関わっているのだと、腕を組みながらそんな様子を見ていたら、「スタッフの方ですか」と、本物の女性スタッフから声を掛けられた。
「いえ、単なる通りすがりの者です」と答えると、邪魔になるからもう少し後ろに下がる様に言われてしまった。
折角なので何のドラマかと聞いたら、WOWWOWの単発ドラマだそうで、残念ながらDVDでもレンタルされない限り、見ることができない。
別のスタッフが胸に抱えていた進行表の様な物の上には『扉は閉ざされたまま』と書かれていた。
これがドラマのタイトルだろうか。覚えておくとしよう。

築地本願寺の境内の『納涼盆おどり大会』では、今日は『仮装大会』が行われていて、メイドの格好をした人や今では見ることの無くなったレイザーラモンHG(「フォー」の人)やスパイダーマンのコスチュームを着込んだ人たちが踊っていた。
曲はもちろん『東京音頭』。
櫓(やぐら)の周りにはコスプレの人の他、沢山の浴衣を着たお姉さん方が太鼓に合わせて踊っている。
いつもは広い境内も今日だけは人で一杯で、中にはパンダやウサギ、クマさんの着ぐるみを着た人もいて、この蒸し暑さの中、大丈夫なのだろうか。
さぞかし、ビールがうまいだろうな。


8月4日(土)
朝食はホテル1階の喫茶店で軽く取り(モーニングサービスが宿泊料金に入っているので)、チェックアウトしてからドトールで2回目の朝食。
病院のある西新宿へは銀座から丸の内線で行くのだが、間違えて銀座線に乗ってしまった。
赤坂見附でその事に気づき、慌てて電車を降りると向いのホームには丸の内線の電車が止まっていた。
ラッキーにも赤坂見附のホームは銀座線と丸の内線が共有していて、乗り換えがとても楽チン。
以前は溜池山王で銀座線から丸の内線へ乗り換え様として、構内を散々歩いて大変だった記憶がある。

病院へは9:20に到着。
地下の売店でお茶を買って一休みしてから入院受付へ行く。
手続きはすぐ終わったもったものの、病棟に上がるまでは30分くらい待たねばならず、仕方ないのでロビーの椅子に腰掛けて雑誌を読みながら時間を潰す。

10時になったので16階の病棟へ上る。
今回は1651号室。
病衣に着替えた後、身長、体重の測定を行う(これらから身体の表面積を算出し、薬の量を決める)。
暫くすると水上先生と瀧田千種先生がやってきた。
前回は辻先生だったが、今回は瀧田先生。
ちょっと化粧の濃い、浜崎あゆみに似ていなくもない、かもしれない・・・そんな感じ。
「今日、明日はどうします」との事だが、別に行きたい所もないし、外は暑いので病院に居ることにした。
先生が帰った後、7階の画像診断室へ胸部レントゲン撮影に行く。
その帰りに、ポニーテールの髪を揺らした辻先生と逢った。
「今回で3クール目ですよね」と僕の事を覚えてくれていてちょっとうれしい。
でも、先月の事だから当然といえば当然か。

8月5日(日)
何もなく過ごす。
今回の入院にはDVDも持ってきたので、『マッハ』を観る。
トニー・ジャーのスタイルにはちょっと憧れる。


8月6日(月)
今日から抗がん剤の点滴開始・・・のはずが、延期になってしまった。
吐き気止めの点滴を行っている時に藤原先生が来て、「血小板の数値が下がっているので、投与は一旦中止します」との事。
土曜日と今朝の採血の結果、血小板の数が標準値よりも少なくなっていたのだ。

[基準値:14〜34万個/μl]に対して
土曜日・・・9.3万個/μl
月曜日(今朝)・・・7.7万個/μl

これまでの採血では、24〜29万個/μlあり、点滴中でもあまり下がる事はなかったのだが、今回はどうしたのか分らない。
このまま抗がん剤を投与した場合、更に減少する事も考えられるので延期した方が良いとの判断だ。
藤原先生の説明によれば、血小板が少なくなる原因として
 ・薬による影響で血小板が減った
  (骨髄抑制、薬と血液の複合体に対する抗体の為に生じる減少)
 ・病気やウイルスによる影響(血小板が消費された、又は破壊された)
などがあるとの事だが、僕の場合の原因は今のところは不明。
今後は内科医とも相談しながら様子を見ていく事となった。

【血小板の役割】
血管が傷付いたときにその傷口を塞いでそれ以上の出血が起きないようにする。
血小板が減少するとその作用が弱くなり、出血が止まり難くなったり、皮膚に出血による出血斑が出来たりする。


8月7日(火)
今朝の採血ではまだ標準値までには戻っていないものの、10.7万個/μlまで戻ってきた。
明後日にも再度採血を行い、良ければ抗がん剤の投与を始めましょうとの事。

17:30にモトハルが見舞いに来てくれた。
実は昨日、電話をして見舞いに来る様に催促したのだ。
前回逢ったのは7年くらい前で、国立がんセンターへの通院の際に彼の住んでいる水戸まで足を伸ばしたのが最後。
あの時、奥さんのお腹にいた子はもう小学1年生だそうだ。
昨日僕が電話をした時、モトハルは一足早い夏季休暇で大阪にあるUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)に行っていて、今日はその帰りに病院に寄ってくれたのだ。(奥さんと子供は先に帰宅)
7年振りだったが、モトハルはあまり変わっていなかった。
ヤツも又、『ストリート・オブ・ファイヤー』の映画が好きと言っていたので、今回の入院のお礼に、サントラCDをダビングして送ってやろう。


8月8日(水)
朝起きた時に気がついたのだが、右腕の土曜日に採血した辺りがカサカサしいてカユイ。
かぶれているみたいだ。
水上先生に伝えると塗り薬をくれたものの、薬をもらった時にはカユミは治まっていたが、せっかくなので薬は塗っておいた。
採血結果のデータシートは過去の全てでは無いが、検査結果が一覧表になっている。
それをよくよく見ていたら、血小板以外にも白血球や好中球の値も、基準値内ではあるものの、大きく増加していた。
水上先生に確認したところ、基準値内であれば問題にしていないとの事だ。
自動車部品を作る工場のQC(品質管理)での考え方であれば、急激な変化や、たとえ規格内であっても上限や下限ギリギリと言う状態は問題があると考え、何か異常があったのではないかと原因を調査する。。
しかし車の部品と違い生身の人間なのだから考え方が違っていても不思議では無い。
血小板が減少した原因については色々考えられるが、その中のウイルス説(ウイルスに血小板が攻撃され、その為に減ってしまった)について外部の検査機関へも調査を出しているとの事。
結果が出るには暫く時間がかかるらしい。


8月9日(木)
今朝の採血の結果、血小板は微増の11.1万個/μl。
[基準値:14〜34万個/μl]
土曜日・・・9.3万個/μl
月曜日・・・7.7万個/μl
火曜日・・・10.7万個/μl
木曜日(今朝)・・・11.1万個/μl

まだ基準値に達していないが、10万個/μl以上あれば抗がん剤投与は問題ないという事なので、月曜日から実施する事になった。
早く退院する為にも、回復していれば明日からでもやってもらいたいところだが、今日を入れて4日間あればその間にいくらか回復するだろう。

外出はOKになったけれど、どうするかはまだ決めていないが、でとりあえず届出用紙をもらっておいた。


8月10日(金)
金が無い。
と言っても、紛失したり盗難にあった訳では無い。
入院中の軍資金をATMから引き出そうとしたら、残高が3万6千円ほどしかなかった。
もちろん、他の口座には有るのだが、無いところには無い。
しかも、先月も入院で散々会社を休んでいるので、給料も半分くらいになるから、キャッシュカードを持って来ている口座には殆ど振り込まれないと思われる。
入院費用はカードで済ませるにしても、まだこれから2週間くらい入院しなくてはいけないし、帰りの新幹線代だって必要。
その上、日曜にはワカヨと外出の予定もある。
そんなワケで、まだまだお金がいるのだが、足りるだろうか。
それにも関わらず、今日は寄席(末廣亭)に行く。

久し振りの外出で、眩暈がするほど暑い、いや熱い。
新宿の麺通団で少し早い昼食を取ってから、途中、コンビニやデパートなどで涼みながら飛び石の様にして末廣亭に着いたのは11時過ぎ。
40分ほど並んで中へ入ると、クーラがやかましいほどフル稼働していた。
今日の寄席はあまり面白くなかったが、最前列中央の席の10歳の男の子には好評だった様で、キャッキャッと寄席には不釣り合いな笑い声が聞こえていた。


8月11日(土)
何も予定は無く、なるべくお金を使わないようにダラダラと過ごす。
食堂に置いてあった『あがってナンボ』というゴルフコミックに「愚者に時は流れ、賢者は時を積み重ねる」というセリフがあった。
今はまったく愚者だ。


8月12日(日)
予定では今日は、ワカヨと映画を観に行く予定だったが、子供の具合が悪くなったと朝早くに携帯へメールがあり、結局中止にした。
なので今日もまた何もする事は無く、ユルユルと過ごす事になったのだが、ちょっとだけ違うのは英語の勉強をしたこと。
3年くらい前は会社の英会話教室に通ったりしていたが、ここ最近は何もしていなかった。
入院中は何もする事が無いので、今回は有意義に過ごせる様に準備をしてきたのだ。

昼前に水上先生が様子を見に来た時、投与中や投与後の外出について聞くと、投与中は難しいが投与後はOKとのこと。
行きたい所が有るわけでもなく、外も連日35℃を越えていてメッチャ暑い様なので、どうしても外出したい訳ではでは無いが、ワカヨからまた誘いがあるかもしれないし、気が変わるかもしれない。
もちろん、サイフの中身と相談しなくてはいけないのだが・・・
それから、明日の投与の前に採血をお願いしておいた。
元々はその予定は無かったのだが、血小板の数が木曜日の時点で11.1万個/μlだったが、そがどれくらい回復しているのか、或いはしていないのかを押さえておく為だ。
もし血液検査をやらずに投与を行い、その後の採血で血小板の数が基準値を下回っていても、その原因が以前からのものなのか、抗がん剤投与の影響によるものなのか判断が困難になると思われるのだ。
水上先生は「それでは明日の朝、採血をする様に伝えておきます」との返事をもらった。


8月13日(月)
今日からやっと3クール目の抗がん剤投与開始。
投与開始は10時少し前か始まったので、昼食またぎになった。
吐き気止め(セロトーン、デカドロン)、ダカルバジンとニドランは点滴で行い、最後のオンコビンは注射で行う。
注射と言っても予防接種の様に腕に直接ブスリと刺すのでは無く、注射器の針を外し、点滴の管につないでゆっくり注入していく。
この注射器の針を外す時、針の根元を捻っても中々外れず、藤原先生がハサミを取り出し、それで挟んで捻って取ろうとしたのだが、思った通りチョン切ってしまい、飛んで行った針を瀧田先生と看護師の桑原さんも入れて捜索するというハプニングもあったが、違う注射器に入れ替えて1日目の投与は無事終了した。
血液検査の結果は、どういう訳か9.9万個/μlと木曜日よりも減っていた。
これについては藤原先生も「どうしてなんだろう」と、またもや原因は分からないという事だった。


8月14日(火)
投与2日目。
昨日、夕方前に2時間ほど昼寝をしてしまい、その為、消灯後も中々眠れず、ずっとラジオを聴いていて、結局就寝したのは午前3時過ぎになってしまった。
起床は6時で、3時間くらいしか寝ておらずボーッとしたまま、抗がん剤の投与を受ける。
睡眠不足のはずなのだが、吐き気止めの影響なのか、眠ろうとしても眠れない。(吐き気止めには身体を活性させる成分が入っている)
吐き気止めとダカルバジンだけなので、10時半頃には終了。
終わっても、依然としてボーッとしていてなんだか顔が火照っているし、身体もシャキっとしない。
体温計で計って見ると36.9℃といつもよりちょっと高め。
但し、耳で測るタイプなので、通常の体温計よりは0.3〜0.4℃高く表示されるので、それを考慮すると平熱だろう。
火照りを覚ます為、地下の売店でアイスモナカを買う。
考えてみればディポビタンDとか、もっと身体に良さそうなものを買えば良かったが、睡眠不足でまともに頭が働いていないらしい。
でも、このアイスモナカが効いたのか、暫くすると火照りも治まり回復してしまったから、不思議なものだ。

15時半頃、皮膚科の坪井教授の回診があった。
「もう、慣れたでしょ。副作用も無いし、じっとしているのが大変だけど、外来でやるわけにはいかないし、まぁ、がんばって」との事。
実際、僕の方としても3回目で慣れたものだし、これと言った副作用も無く、聞きたい事も心配もこれといって無い。
帰り際、昼前に僕がアイスモナカと一緒に買ったミネラルウォータがテーブルに置かれているのを見て、坪井教授が「へぇー、一の倉岳のミネラルウォータがあるんだ」と言う様な、そんなザックバランとした回診だった。

19時前、眼科の後藤教授が病室に様子を見にきた。
眼科から皮膚科へ依頼して治療を行っている為だ。当初、後藤教授に聞いた時は5クール行うと言っていたが、皮膚科の方では「予防目的であれば3クールくらいでいいでしょう」との判断だった事を伝えると「うん、そうだね」と納得されていた。
前にもらった目薬を使いきってしまったので、また追加でお願いした。
「笠井に出すように言っておく」との事で、暫くしてから看護師の山口さんが届けてくれた。


8月15日(水)
3日目の投与中、藤原先生と瀧田先生が来た。
明日、眼科で教授回診があるので、10時半ごろになったら行って下さいとの事。
その時、別の病院への紹介状が必要であれば頼んでみてくださいと言われた。
紹介状については、どちらへ頼めば良いのかと思っていたのだが、元々眼科からの依頼で皮膚科へ来ているのだから、皮膚科では依頼された事だけをやって眼科へ返すのが筋だろう。
そもそも、皮膚科から国立がんセンターの眼科へ紹介状を書いてもらうのも何か変だ。
それから、以前水上先生が言っていた、外部へ調査依頼をしている血液の抗体について聞いたところ、陰性だったとの返事。
調べたところ、大ざっぱに言って、血小板減少の原因は以下が考えられる。(こういった時に患者図書館があって助かる) 

<外部要因>
 ・ 薬 → 僕の場合で言えば抗がん剤だがこんなに長く続くのは考えにくい
 ・ ウイルスの感染 → 自覚症状は無い 
<内部要因>
 ・ 自己免疫が血小板を攻撃して減少 → 検査の結果、陰性だった事から可能性は低い

と言う事で、原因は分からず。


8月16日(木)
投与4日目。
点滴中の10時半から眼科の教授回診の為、15階の眼科病棟へ行く。
診察はもう終わり掛けていて、いつもはごった返している診察室の前も人はまばら。
久し振りの眼科には見覚えのある看護師がチラホラ。
その中に看護師の和田さんがいて「久しぶりです」と挨拶をする。
後藤教授の診察では国立がんセンターへの紹介状についてお願いし、書いてもらえる事になった。
また、教授の話では国立がんセンターでも核医学注射(123I−IMP)の検査が出来る様になったそうだ。
でも、「国立病院だから、だれでもやってもらえるかは分らない」とも言われた。
確かに、国立病院の限界と言うものが何かありそうな感じはする。

16時前にコウイチが見舞いに来てくれた。
彼は長距離トラックの運ちゃんで、広島に住んでいるのだが、盆休み明け(17日)は埼玉の深谷という所からスタートするので、そのついでに寄ってくれたのだ。
コルネットで軽く食事をして、その後は1階のロビーのテレビで高校野球を見た後、帰っていった。
今日、40.9℃の観測史上最高気温になった熊谷まで上越新幹線で行き、そこからローカル線で深谷まで行くのだそうだ。


8月17日(金)
今日で投与終了。
昨日の採血の結果を瀧田先生からもらう。
血小板はようやく最低基準値(15万個/μl)を超えて、16万個/μlなっていた。
やはり、入院前に気づかないうちに風邪か何かのウイルスが身体に入っていたのだろうと、瀧田先生から説明してもらった。
実際のところ、風邪については分らないが(少なくとも、自覚症状はなし)、入院前に仕事で不衛生な物を触っていたので、ひょっとしたらそれが原因なのかもしれない。

今回の入院もPCを持って来ていて、過去の採血結果をPCに打ち込んでは一覧表やグラフにして、抗がん剤投与の前後で急激な変化をしている所がないかを自分なりにチェックをしている。
ただ、水上先生は採血の結果だけでは原因は分からないと言っていたが、疑問点があれば質問する事ぐらいは出来るだろう。
また、変化の傾向なども知ることが出来るので、今後どの項目が変化しそうかが予測できる。(例えば、白血球の数は投与終了後、暫くしてから一旦低下し、その後、回復するとか)
もちろん、PCに打ち込まなくても、これまでの事を覚えていれば済む事なのですが・・・・


8月18日(土)〜22日(水)
テレビ見て、雑誌を読んで、時々、英語の勉強をして日が暮れていく。
その繰り返し。
腰の疲労骨折の為、夏の巡業を休場したのにも関わらず、モンゴルでサッカーをしていた事がバレて謹慎処分になった朝青龍がずっと自宅に籠ったまま3週間。
何もやる事もなく、病院にずっと居るのも退屈だが、自宅にずっと籠っていると言うのもそれなりに大変なんじゃないだろうか。
解離性障害という診断らしいが、僕が退院するのと、朝青龍が自宅から出てくるのとどちらが早いだろうか。


8月23日(木)
朝の採血の結果、肝機能が高くなっていたがこれは毎度のこと。
血小板も23.9万個/μlまで戻っていたので、明日、退院することにした。
気がつけば、当初の予定よりも1週間長い入院になってしまった。
一時は朝青龍とどちらが先に外に出られるかと思っていたが、朝青龍が一足先に、昨日の夜に、自宅から出てきてこの勝負は僕の負けになってしまった。
そもそも、今回の長い入院の原因となった血小板数の低下。
結局のところ原因は究明できなかったのだが、推測されるものとして、入院前にインドや中国などで使用されていた自動車部品の調査を行っていた事が考えられる。
特にインドでは“野良牛”が街の至る所に居て、糞尿などの混じった不衛生な砂や土の付いた自動車部品を分解・調査をしているうちに、悪いウイルスに感染したのかも知れない。
あくまでも推測に過ぎないが、可能性が無い訳でも無いので、会社の上司に退院の連絡をした際、これらの部品を調査する時にはマスクや手袋をした方が良いことを伝えておいた。


8月24日(金)
ようやく退院だ。
9時半ごろから荷物の整理を始めるまではゴロゴロとテレビを見て過ごす。
退院する時は大抵、10時頃に病室を後にしているが、この時間帯はナースステーションには殆ど人が居らず、お礼の挨拶も出来ずに退院するのがいつも心残り。
1階の退院会計で精算をしてから、医局センター(本館の隣の建物)の1階にあるメール室へ行き、荷物を宅急便で家に送る手続きを済ませるとやるべきことは全て終了。
この後、アイランドタワーにあるドトールで一服してから、新宿の伊勢丹Men‘s館で自分への退院祝いとして小銭入れを購入して、帰宅の途につく。



一昨年の眼球内出血から始り、眼球摘出を経て抗がん剤投与といったドタバタはこれで一応終わり、あとは定期的に転移をしていないかを検査してもらう事になる。(今のところは国立がんセンターで診てもらうつもりでいる)

2007.9.19記



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