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おらぁ、東京さ行ぐだぁ的闘病記C
   〜骨転移編 E〜



■慶応大病院・手術
2017年 2月27日〜3月25日
■上京 : 2月 27日(月)
背骨(腰骨L2)に転移した腫瘍の除去手術を受ける為に明日から入院するが、10時までに病院へ行かなくてはならず、当日家を出発して病院へ行くのも大変なので、前日から東京へやってきたが、特別行きたい所もないので寄席に行く。
腫瘍が神経を圧迫している影響で足が痛い僕にとって、座って見ていられる寄席は絶好の場所だ。
いくつかの寄席の番組を事前にチェックした結果、今回は漫才のナイツと僕の好きな古今亭寿輔が出演予定になっている浅草演芸ホールにした。
寄席の番組には当たり外れがあって、それは僕の好みと合うかどうかという事なのだが、今回は僕の好みと合う噺家が多かったので当たりである。
ただ、楽しみにしていたナイツの漫才が今一つだったのが残念だった。

■入院 : 2月28日(火)
当初の予定では地下鉄とJRで病院まで行こうと思っていたが、足が痛いし荷物が重いのでタクシーで行く事にした。
朝は通勤で道が混んでいると思ったが、意外にもすんなりと病院に着いた。
東京は公共交通機関が充実しているから、車通勤は少ないのだろうか。
名古屋じゃありえない。

入院受付で手続きを済ませて10階の病棟へ上がる。
案内されたのは4人部屋で、既に3人の患者さんがいた。
暫くすると放射線診断科の井上先生が来て、明日行う塞栓手術の説明があった。
手術の際の出血を抑えるため、予め血管を塞いでおくのだ。
太腿の付け根からカテーテルを入れて行うので、事前に風呂場で陰毛を剃る必要がある。
いや、バリカンを使ってやるので、剃ると言うりも刈ると言った方が正しい。

また昼過ぎには麻酔外来で明日の麻酔についての説明があった。
10人ぐらいの人と一緒にビデオを見た後、個別に確認や説明を受ける。
僕の場合は全身麻酔で行われる。
全身麻酔はこれで5回目だ。

■塞栓手術 : 3月1日(水)
塞栓手術を受けるとベッドで横になったままで居なくてはならず、そうなるとトイレに行けなくなるので、チ〇コに管を入れる。
以前にも入れた事があるがその時は全身麻酔が掛かっていたので気づかなかったが、今回はしっかり覚醒している状態で入れられるので、痛みというかこれまでに味わった事の無い感触というか、思わず「うおぉぉぉ」と声が出てしまった。
塞栓手術を受ける為、ストレッチャーで手術室まで行くのだが、僅かな段差がチ〇コに響く。

塞栓手術は局所麻酔で行われ、カテーテルを挿入した太腿の付け根の痛みは無いのだが、手術が進むにつれ、お尻の横辺りが痛くなってくる。
そこは丁度塞栓手術を行っている場所らしく、我慢するようにとの事。
麻酔というのは効く所と効かない所がある様だ。
2時間くらいで手術は終了。

夕方に渡辺先生から明日の脊椎除去手術について母、弟そして従姉のみっちゃんと共に説明を受ける。
内容は僕が以前、先生から聞いていたものと同じで、更に分かりやすく説明してくれた。

■脊椎除去手術 : 3月2日(木)
いよいよメインの脊椎除去手術。
母、弟、みっちゃんの3人は8時前から来てくれた。
8時半に手術室に入ってからは全身麻酔の為、僕自身はどうなっていたのかは分からなかったが、後で聞いてみると手術室から出てきたのは夜の11時半だったそうで、15時間掛かったようだ。
前日の説明では7-8時間と聞いていたが、逆に言えばそれだけ丁寧に手術をしてもらったと言う事だ。
僕がICUで目を覚ましたのはいつだったかは分からないが、左右の手はベッド柵に縛り付けられ、口には何かを入れられている。
朦朧とした意識の中で思ったのは本郷猛が仮面ライダーに改造されるシーン。
ICUから病棟に戻ったのは翌日だが、ずっとベッドで横になったまま。
体中に点滴の管やなんやかんや数本のチューブが出ていて、食事も塞栓手術を受ける前から3日間無し。(しかし、空腹感も無い)

■リハビリ : 3月8日(水)〜
ほぼ1週間はベッドで横になったままだったが、歩ける様に少しずつリハビリが始まる。
リハビリ科まではヘルパーの芹沢さんに車椅子で連れて行ってもらう。
僕の場合、左足の神経を1本切っているので前から足が上げにくくなると聞いていたが、左足以上に右足が上げにくくなっている。
右足の神経には何もしていないが、手術の際にいじっているのでその影響だろうとの事で、右足の麻痺については入院中にも少しずつ回復してきた。
また、太腿からお尻にかけて皮膚感覚に違和感がある。
手で触ると1枚布が覆われた上から触っている様な感覚だ。
当初は左右とも同等の範囲であったが、左足についてはあまり変化が見られないものの、右足については違和感のある範囲が徐々に小さくなってきた。(但し、退院した現在も違和感のある範囲は少し残っている)

リハビリ科での僕の担当は祝(ほうり)さんという珍しい苗字の理学療法士。
最初は平行棒を使っての歩行練習。
左右の足が麻痺しているとは言え、1週間ほど寝ていただけでこんなにも歩けなくなるのかと思うほど、歩けない。
それでも頑張って、僅か4mほどだが平行棒につかまりながら2往復した。
この日はリハビリを頑張ったせいか、夕方になると右の太腿が異様に痛くなった。
歩行が久しぶりだった為、筋肉の使い方が変になっていたのだろう、力を入れていない時にも無意識に力が入ってしまい、脱力出来なくなっている様だ。(これはあくまでも僕の推察)
翌日は歩行器を使ったリハビリ。
これを使ってリハビリ科の前の廊下を歩いてみる。ゆっくりと、そして小さな歩幅なので少しずつしか歩けず、そのうえ筋力が低下しているのですぐに疲れてしまう。
前日のリハビリで分かった様に、リハビリはMAXで頑張る様なものではない。
その時の体調に合わせ、ゆっくりとやっていくものの様だ。
また、右肩上がりに回復していくものでもなく、昨日よりも出来ない事もある。
そんな時は「そんな日もあるさ」と割り切る。

リハビリはリハビリ科だけでなく、病棟でも看護師さんに協力してもらいながら午前と午後の1日2回行った。
そうしている内に12日には病棟内であれば歩行器を使って自由に歩く事が許可された。
ここまで来るとリハビリのステップもどんどん進んでいく。
13日にはリハビリ科で杖を使っての歩行練習が始まり、14日には1周100mのリハビリ科の部屋を2周し、15日には階段の上り降りの練習を行った。
僕は左足が上げにくくなると言われていたが、問題なく階段を上り降りする事ができた。
リハビリは順調に進んでいるがそうでない所もある。
16日には病院内であれば自由に歩く許可が出て、1階にあるローソンにも杖をつきながら行く事が出来る様になったが、1週間も寝たままだったので、すっかり足の筋力が落ちてしまい、これまで支えていた所の筋肉が無くなった事により股関節に痛みが出る様になった。
その為、長い距離(200mくらい)を歩く事が出来ないので、リハビリの為に歩きつづけるという事が出来ない。
これはもう一度筋肉を付けるしか無いが、一度落ちた筋肉をもう一度つけるというのは簡単では無い。
これも地道にやっていく他ない。

■痛みの対策
手術をした所の痛みは若干あるものの、それほど辛いというものではない。
一番辛い痛みはベッドで寝る事による腰や背中の痛み。
使用していた鎮痛剤には、常時投入されるものと痛い時に自分でボタンを押して投入するものの2種類ある。
腰や背中の痛みにはこれらの鎮痛剤は殆ど効果が無いのだが、他の痛みを和らげる手段が無いのでボタンを押し続けているとその内に幻覚が現れる様になってきた。
はじめの頃は目を閉じると幾何学模様が現れていたが、さらに進むとベッドで身動きができない僕の現在の置かれた状況を反映してか、群衆の中で身動きができない幻覚が現れる。
更に幻覚が酷くなると目を閉じなくても幻覚が現れる様になり、これではダメだと気付き、鎮痛剤が投入されるボタンを押すのを止めることにした。
しかし、腰や背中に痛みはあるのでスマホで検索してみると同様の痛みに苦しんだ人が多くいて、いくつか対策方法が紹介されていた。
その中でも比較的効果があったのはバスタオルやタオルケットを敷くという対策方法。
そして一番効果が有ったのは湿布を貼るというもの。
これは効果テキメンで、湿布を貼るようになってから痛みが出る事はなくなった。

■コルセット
手術ではL2の腰椎を取り除き、代わりに金属を入れて残った腰椎とボルトで固定しているが、しっかりくっつくまでコルセットをしていなくてはいけない。
コルセットは整形外科の外来で石膏で僕の身体で型を取り、それを元に作られる。
このコルセットはかなり大きく、胸から腰までの胴体のほぼ全部を覆うもので、少なくとも半年はしていなくてはいけないとの事。
半年といえば夏の間もと言うことなので、今年の夏はかなり暑くなりそうだ。
そして早速、コルセットによる影響が・・・。
湿布をしている所が汗疹になり、痒くなってしまった。
樹脂製のコルセットには1cmくらいの穴が数か所に開いているだけで、通気性が全くないので、湿布をしている所が蒸れてしまった様だ。
寝るとき以外は湿布を剥がしておく事にした。

■抜ホッチキス? : 3月16日(木)
手術ではまず左脇腹から動脈とその周りの臓器などを切り離し、背中側から腰椎を取り除くという方法が取られたので、手術の痕は左脇腹と背中にある。
普段はガーゼで覆われているので分からなかったが、「それでは今日、ホッチキスを抜きましょう」という事になった。
どうやら糸で縫っているのでは無く、ホッチキスで鎹(かすがい)の様に止めているらしい。
ホッチキスを抜く時の痛みは殆ど無く、強いて言えば松葉でツンツンされたように感じ。
どれだけのホッチキスで止められていたのか数えてみると、左脇腹は15か所くらいで、背中は30か所くらい。
背中についていえば見えないので気が付かなかったが、腰の当たりだけだと思ったら結構上の方から切った様だ。

■退院 : 3月25日(土)
血小板の数値が若干高いものの、下がってきているので目出たく退院。
病棟のエレベーターホールの窓からは富士山が見える。
絶好の退院日和である。
入院した時はまだ寒かったが、桜も咲き始めた。

9時半までにベッドを開けないといけないので、弟に無理を言って朝一の電車で来てもらった。
歩く事はできるが、まだ長い距離を歩くには不安があるのだ。
弟にしてみれば、午前中のうちに名古屋・東京間を往復する事になる。
荷物はゆうパックで送り、極力歩かない様にする為、病院から東京駅まではタクシーで行く。
名古屋では親友のヒトシが迎えに来てくれていた。
弟と3人で昼食を取ったあと、ヒトシの車で家まで送ってくれた。
2時前に家に到着するとすぐにベッドに直行し、5時まで寝ていた。
さすがに久しぶりの長距離の移動は疲れた。

2017. 4. 12


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