RESEARCH OF MODERN HUMANITY
UNDER THE INFLUENCEOF MASSMEDIA
by KANAHARA Katsunori
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"PLUGLESS LIFE"は金原克範のWeb Siteです。 "PLUGLESS LIFE"は「プラグを抜くこと」を指向します。 「プラグを抜くこと」とは「マスメディアへの依存をなくすこと」 「テレビをあまり見ないこと」「メディアの内容を頭から信じないこと」 「自分でまず調べてからものをいうこと」を目指すことです。 現代社会に溢れている二次情報(受け売り)に反対! みんな、マスメディアに踊らされるな! 私は"情報化社会"に基本的に反対です。 何故なら、社会の情報化と人間の情報処理能力とのあいだには、一般的に負の相関がみとめられるからです。社会の情報化が進展すればするほど、その中で育つ人間は、情報処理能力を喪失してしまうのです。プラグ(マスメディア)に接続することにより、人間は端末のひとつと化してしまい、自律性は失われてしまいます。自律性の回復のためには「プラグを抜くこと」しかありません。 * 私は、過去30年間にわたり、日本人の情報処理傾向を定量的かつ個体名別に統計処理してきました。その結果、マスメディアの普及にともない、個体の情報処理能力は減退する傾向にあることを発見しました。現代日本の社会問題の多くは、TV普及以後の過剰なメディア接触の結果、人間がメディアの端末と化してしまい、自律的な処理能力を喪失したことから生じているものと考察されます。詳細は'research'項目を参照。 * よって私は、当該視点から青少年の“冒険”を応援しています。“冒険”とは、既存のメディア支配関係から抜け出すこと、意図的に「プラグを抜くこと」なのです。個人がどんどん“冒険”に参加することによってしか、現代社会の問題解決は不可能です。詳細は'output'項目参照。 * 「いったいあなたはどういう立場からこれらの意見を語るのか?」現在地球規模的に環境問題が多発しています。そして地球環境問題に対処可能な人材の育成が早急に求められています。強力な調査解決意欲を持つ“人材”に対しては、“社会”はその要求水準を下げることはありません。なお、ここで言う“社会”とは、単なる人間の寄せ集め集団のことではありません。私はこのような “人材”の育成こそ、現代社会には不可欠であると判断しています。詳細は'thinktank'項目を参照。 * 「ではなぜあなたはメディアを通じてメディア批判を語るのか?」これに対しては以下のように回答しましょう。「メディア内部からのメディア批判こそ必要なのです」「メディアの内部からメディア批判がなされない限り、メディア接触を重視する人は、批判的意見を受容できないでしょう」「当該批判は組織内の自浄作用として位置づけられるものですが、組織内の自浄作用が失われたところに、現代日本の危機の根元があるのです」「批判的精神を失くした社会は、成長(適応)する機会は失われ、自動運動に身をまかせるしかなくなり、結果として大量の不要ながらくたを生み出すことしかできません(旧国鉄のように!)」「嫌われることをいたずらに恐れ、周囲との関係修復にのみ留意する意見が大勢を占める中でこそ、批判的意見が意味を持つのです。情報的価値があるのです。誰もが“愛(=周囲との円滑な関係)”を求めているからこそ、私はあえてそれを批判し、メディアに埋没した社会であるからこそ、メディア批判を行うのです」 * "PLUGLESS LIFE"で公開している情報は、作成者が自らが調査してきた情報です。思想よりも事実に依拠しており、主観よりも現実に立脚しています。私は自然科学者としてのトレーニングを受けており、主観なく現実を把握することを調査の第一義としています(ニュートンは言いました「我、仮説を作らず」)。『自然科学者の見た現代社会』、これが、当Web Site "PLUGLESS LIFE" の趣旨なのです。