息子よ 〜文部省推薦作品〜




俺には息子がいる。

俺の右足と左足の付け根に。



俺に似ず、立派な体躯に育っている。しかし俺の育て方が甘かったのだろうか。

自分の殻に閉じこもり、めったなことでは顔を出してこようとはしない。



「日本人はみんなそうなんだよ!」と屁理屈をいって閉じこもる息子。

早く一皮剥けて欲しいと願う父。今では珍しくもない光景なんだろうか。



俺は、思うのだ。

みんな息子を甘やかしすぎている、と。

そんな俺の息子も今、反抗期を迎えているようで、事あるごとに猛り立つ。

俺は甘い父親でないことをアピールするかの如く、息子をシゴく。



シゴいて

シゴいて

シゴき倒す




彼は精も根も枯れ果てた頃、ようやく素直な彼に戻る。

しかしものの数時間で、また猛り立ってしまう有様であるのだ。



「この革ジャン反抗期め!」

また彼をシゴくのだが、この堂々巡りである。





これは親子の対話が必要だ、と、彼の意見を聞くこととする。





なんでも

「Yさんの息子は毎週いい思いをしている」だの

「Kのオヤジは息子の為に努力をしている」だの、不平不満を口にし出す。



思わず「じゃあYの息子になっちまえ!」と怒鳴ってしまったが、



冷静に考えると、排尿という単純作業しか息子に与えていないことにも気づき

少し怠慢だったか、と反省を促される。



やはり対話は重要であった。

生意気だ、と思うだけであった息子がまさかあんなに悩み、考えているとは。

不甲斐ない父親ではあるが、少しは息子のことも考えてやろう、と

風俗に行くことを決意する。



ソープに電話連絡を入れ、ドキドキしている俺ではあるが、

意外に息子は堂々とした態度である。

待合室の段階でヤル気満々な彼を見て、少々感慨深くなったものだ。



しかし、事件は起こる。

俺達親子を迎えた女性は、あき竹城に似た初老の女性であった。



息子よ・・・スマン

不甲斐ない父をののしるがいい・・・





息子の夢は知っていた。

「鈴木京香の中で泳ぎたい」と、つぶらな瞳で語っていたあの日の息子を思い出すと

俺の視界は涙でぼやけた。



俺は決意した。「息子には危険な目には遭わせない!」と。





「いやあ。ちょっとお酒を飲んできちゃって。大丈夫かなあ?」とあき竹城に話す。

「んもう!冗談ばっかり!」と、あき竹城。



冗談じゃないんだよ!と心の中で絶叫するも、彼女は手を止めない。

あき竹城の手が息子に伸びる。





「ああっ。ダメっ!

息子は・・・息子だけわああああああっつ!」



と、その時息子は言った。





「大丈夫だよオヤジ。俺、俺ヤルよ。」







・・・マジで?





息子は立派な仕事をした。

いつまでも子供だと思っていた息子は、到底無理だろうと思っていた仕事を成し遂げた。



「まさかあき竹城相手に立つとは思わなかったよ。」と俺が語りかけると

「オヤジもまだまだだなあ。ダメだよ。相手を顔で判断しちゃあ。」と息子。

息子は立派に育っている。



「意外と良かったよ。ありがとう、オヤジ。」

「お前にありがとうなんて言われるとは思わなかったよ。」

「まあ、なんつーの。これで一つオヤジを越えたと思うし。」

「何言ってんだ。まだまだお前なんて・・・」

「でも、オヤジ・・・」

「何だ?」









「今度は風俗以外で、一つ頼むよ。」

「こいつう。」

息子の額を軽く小突いたその時、本来なら切なく写るはずの新宿の夕暮れは

何故か綺麗で、親子を飲み込むほどビビットで官能的な赤だった・・・





あの日以来だろうか・・・












息子、俺の意思全く関係なし
(2001/11/3)

2002年、山田洋次監督作品として公開