真夏の夜の怖い話


”怖い話を一つ・・・”と、やり切れないほど抽象的なオーダーが入りました。

それでも期待にこたえるべく、頑張ります。(シェフ)


江戸川区という、東京都と千葉県の県境に属している区がある。



俺は12歳になるまで、その区の住民であった。



もうかれこれ十年以上前の記憶ではあるが、

小学生、という多感な時期を過ごした場所であるだけに、

そう簡単に色あせるものではない。



東京、といってもまだ畑などが多く点在していた地区であり、

夏になるとビニールハウスの、なんだかうだるような熱さが思い出される。



そう昔の話でもないのだろうが、現在のような集合住宅の立ち並ぶ景色ではなく、

平屋ではあるが、畑に囲まれた地主の古い家。それらが立ち並ぶ景色の方が想像に容易い。





A君は小学生の頃の俺の同級生。



クラスではあまり会話をしたことがなかった。しかし、

小学生の友情なんていうものは、夏休みに爆発的に深まるものでもある。



小学5年生の夏休み。

俺は無意味に蝉取りに興じていていたのだが、その木々の茂る場所というのが実は

A君の自宅の敷地内であるということであった。



A君に招き入れられ、彼の家に入る。



現在でも田舎の地主というのはこうであろう、という感じの、

平屋ではあるが、立派な日本造りの家だった。



彼のおばあさんが俺に紅茶を入れてくれる。



申し訳ないが、俺はそのおばあさんが好きではなかった。

俺のおばあさんは、ちゃきちゃきの下町っこで、決して上品ではないが、明るい。

ババアという表現がぴったりのばあさんだ。



比べて、A君のおばあさんは上品である。

しかし、不気味なのだ。



なんとなくであるが、足音なく忍び寄り、気がつくと後ろに立っているタイプなのだ。

上品といわれればそうなのだろう。しかし、子供心に生気の無く、足音無く忍び寄る老婆の姿は、

本当に申し訳ないが、不気味だった。



その後も何度かはA君の家を訪れたのだが、夏休みが終わると疎遠になり、

中学は越境で他の区の公立中に通いだした俺にとって、

A君自体とも会わなくなるようになった・・・





・・・





時は過ぎて、俺は大学生になっていた。



有り余る時間を利用して、単車で色々なところへいったものだ。



千葉の友人の下へ、単車で遊びに行った帰り。奇しくも季節は夏。

夕暮れ時ももう終わろうとしているのに、異様に「ジー」とうるさくなく蝉の鳴き声に気づく。

正直言って、その時初めてその場所が、昔よく遊んだA君の家の近くであったことにも気づく。



(Aはどうしてるんだろうな・・・)



大意はないが、俺なりのノスタルジーだったのかも知れない。



A君の家の前で単車を停めてみた。小学生の頃のイメージそのままの家がそこにある。

ふと、タバコに火をつけ、ボーっとしていると、





・・・背後に老婆が立っている。



(あ〜、あのババアだ・・・)

と感じたが、ここで単車をいきなり走らせるのも、かなり不自然だ。



「あっ。どうも。小学生の時、よくA君と遊んでた凡作といいます。お久しぶりです・・・。」

と丁寧に挨拶をした。



老婆は予想だにしなかった笑顔で、顔面をクチャクチャにして

「ああ。そうだったの。せっかくだからあがっていきなさいよ。」と勧めてくれる。

なんだか断りにくい雰囲気だった。



(それにAとも久しぶりだしな。)と心に思い、お邪魔することにした。





襖(ふすま)の和室に通された。上品なたたずまいである。



しかしもう7時になろうとするのに、この家では電気をつけない。

確かに夏の夕暮れは日が長くて、障子越しに、暮れかけの夕日の光が、

かなり角度をもって差し込んではくるのだが、

その日の光が、飾ってある日本人形にかかって、人形の顔が陰影をつくっている。



思い返せば、この雰囲気が、子供心に不気味だったのかもしれない。







・・・と、視線を戻すと、老婆が紅茶を持って目の前に立っている。

いくつになってもドキッとする。





老婆がいった。



「正直言ってね。私は、あなたが誰かも覚えていないんですよ。

あの子が友達を連れてくるなんて珍しいのにね。」




「小学生の時に、よく蝉を取りに来てました。」俺は意識的に明るく、答えた。

「ミンミン鳴いているので、夢中になって取っていたら、A君のウチだったというわけで・・・」



老婆がまた、顔をクチャクチャにして、笑う。



「A君って、自分ちの庭に蝉があんなにいるのに、僕よりも取るのは下手でしてね。

よく取り方を教えてあげたものです。」




「そうなんですの。あの子は意外と不器用なとこがあったから・・・」老婆が笑いながら言う。



ちょっとした違和感を感じつつも、さして気にはとめなかった。



「それで、あのう〜。A君は・・・」



「あっ、そうそう。あなたは今は何をしているの?まだこの辺に住んでいるの?」



「いえ、中学からこの辺を離れてしまって、今は都内の大学に通っています。

A君とはもう10年近く会ってないですねえ。覚えてるかなあ?」
と答える。





会話が途切れると、笑みを浮かべる老婆の姿だけが、そこにある。




A君が現れる様子がない。





もしかしたら外出していたんだろうか?

A君が帰るまで、この老婆は俺をもてなしているつもりなんだろうか?





(でも普通、本人がいなけりゃ家には入れないよな?)

と、思う。







部屋に通されて、何分が経ったのか、何十分が経ったのか。記憶にない。



それはあるいは短い時間だったのかもしれないが、俺にとってはかなり長い時間にも感じた。



昔の友人宅にあげてもらって、その友人の現れない違和感。

しかも目の前の老婆は、その本人に催促する様子もない。





「あの〜。A君は今外出しているんですか?」何気ないように俺は質問した。
















「いえ。隣の部屋にいますよ。」










かなりギクっとした。

なんでもないように話す老婆の姿が、この世のものでないほど、不気味に感じた。

何がなんだかわからなかった。





その混乱している自分にかまわず、スーッと立ち上がる老婆。







そして襖を開けると、



そこに仏壇に大きく引き伸ばされたA君の写真が置いてあるのが見えた・・・






「交通事故なんですよ。1年ほど前に・・・」


老婆の顔が、すぐ傍にあった。





「まだ人生もこれからだったっていうのに、可愛そうな子でした。」



俺は言葉も出ない。

彼の境遇にではなく、今自分の置かれている違和感のある状況に。





言葉のない俺に対して、老婆は無心に語り続けた。






「友達の少ない子だったから・・・一人で寂しいでしょうに・・・」


(2001/8/16)

文章にするとあんま怖くねーな