床屋にて


大学生の頃である。

幸運なことにも四年間で卒業できたわけだが、
その四年間、ほとんど同じ床屋だった。

なぜ?といわれても「家から近いから」という理由しか浮ばない。
しかし思い出はある。

俺はいつも同じ娘に散髪されていた。
特に指名していたわけではない。店のシステムだったのだろう。
福島から独立を目指して上京してきた娘は、
残念ながら社交辞令を全く持ち合わせていなかった。

「今日はどのようにいたしますか?」
織田祐二みたいにしてください。」

「ムリです。」


・・・


”織田祐二みたいな髪型にしてください。”と言い直してはじめて、
散髪が始まった。






・・・その3ヵ月後

「今日はどのようにいたしますか?」
宮川大輔みたいにしてください。」
少し沈黙した後、彼女は肩にかけていたビニールのようなものをはずしながら
「・・・終わりました。」

笑いのセンスがあるのか、
本気でそう思っていたのかはわからない。

しかしそれ以来、俺は何気ないネタを仕込んで行くようになった。

奇しくも俺が卒業を迎えた3月、
彼女も実家に帰り、店を持つことになったと告げる。
俺は普通に「おめでとう。」と言った。
普通の言葉しか、思い浮かばなかった。

少し寂しそうな顔をした後、
彼女は「ありがとう・・・」と返した。
いつもどおりの笑顔で。

振り返るとそれ以来その床屋にはいってはいない。
何の意識はしてないつもりだったが、
あるいはそれは赤い糸だったのかも知れない・・・






今はどうしてるのかなあ?

あの片桐はいりに似たあの娘は・・・・

(2001/6/13)


ロマンチック街道へ・・・