ディア・マイ・スイート


いつものように新宿で風俗ビルのエレベーターに乗る。

「性感コース 60分で。」なんてこなれた態度で、待合室に入る24歳の頃の俺。

その頃になれば、もう既に一人で風俗に行くことも何の抵抗もない。
ライフワークとなりつつあった、といっても過言ではないだろう。
もう、ある意味普通の青春、かわいい彼女の夢は散り果てた頃であった






本日も指名なしでごたいめ〜ん。
おや、今日は大当たりらしいね。
カワイイね。君。オジさんもうたまらないことになってるよ。




ところが、今日はとっても勝手がおかしい。
なぜだろう。この娘の俺を見る目が少し、いつもと違う。
いつもは
犬のウンチをみるような視線を感じるのに・・・







「この店はよく来るんですか?」と娘。
「この店ははじめてだよ。どうもはじめまして。」
(まあ当然”同業他社”には数十回いってはいるが。)

「お兄さんみたいな人だと、ちょっと緊張しちゃうな。」
(えっ?それはどういう意味?)

「前に付き合ってた人がお兄さんにそっくりなの・・・」



お〜っ。なんかこの娘いいぞ!
なんか、今まで味わったことのない、会話の展開だ!



「お兄さんは彼女とかいるんですか?」なんて聞いてくるこの娘。

「う〜ん。今はいないかな。」

なんていったりすると

「え〜っ、うそ〜。結構理想高いんでしょ。」






君、すごくいいぞ!
その調子で頼むぞ!







「お兄さんはどんな音楽が好き?」

本来なら、
安全地帯の大ファンではあるが、暗いお兄さんだと思われると困るので

「最近はラルク・アン・シエルなんかがいいね。」
なんて話をあわせてみる。

「私はねえ。ドリカムが好き。」

本来なら、恋愛を明るく、そして爽やかに歌い上げる、
あのノーテンキな団体は、虫唾が走るほど嫌いである。
嫌いではあるが、あえてここは・・・

「うん。俺も良く聞くよ。」なんて言ってみる。

「なんか、すごく気が合うね。」と娘がいう。




なんてことはない。もう恋人気分である。
ちまたの恋人たちは日々こんな楽しい会話をしているのか?
うらやましい?そんなことはない。なぜなら今、俺こそがその瞬間を享受しているのだから・・・




ちょっと不意をつくように・・・

チュッ!

(!)


「エヘッ。キスしちゃった。」と娘。




待てよ。ナンだよ、この感じは!
メチャクチャときめいてるぞ。俺。
もしかして、好きなのか?俺のこと。
ああ、そうだよ。少なくともキライじゃないはずだぞ、この感触は。
もしキライなら、チューなんてしないぞ。しかもこんな感じでは。
もしキライなら、いつものようにもっとシステマティックに淡々とプレイが進行しているはずだ。
出会い?もしかしてこれは運命の出会いなのか?
こんなかわいい娘と運命の出会いをしてしまったのか?
風俗?そんなことは関係ないじゃない。
風俗で働いてる娘は恋をしちゃいけないのか?
俺はそうは思わないね。
この娘はストレートなんだよ。ああ、そうさ。そうに違いない。
ちょっとセンスは悪いけど。人を好きになるとストレートに感情が出ちゃうんだよ。
ああ、そう考えると、さらにときめく俺のハート。
ナンだよ、このときめきは・・・
もしかして、これってK・・・O・・・I・・・?





もう、完全に舞いあがっていた。

風俗という行為はチューだけである。
チューだけでもうかれこれ50分は経過している。
しかし手を抜こう、という悪意は微塵も感じられない。
そもそも会話だけでも、いつも以上に楽しいのだ。

・・・このまま時が止まればいいのに・・・



本気でそう思っていた。







そして、約束の60分にさしかかろうとする、まさにその時・・・

「じゃあ、そろそろお風呂に行こうか?」と娘。

???
もう時間終わっちゃうよ。

妙な違和感を感じる・・・

時間だ。呼び出しの内線がなっている。
女の子が出る。
女の子の顔色が変わる。


そして申し訳なさそうに、俺にこういった・・・













「すいませ〜ん。恋人コース120分のお客さんとまちがえてました〜。」




・・・







こうして、一発も射精することなく、
俺はこの店を後にした。







〜 映し世は夢、夢こそまこと 〜

江戸川乱歩の愛した言葉である。

その夜、俺はこの言葉を噛みしめていた・・・

(2001/6/18)


ベッドでタバコはすわないで・・・