圧制からの卒業 〜AVの”ケシ”学〜
突然始まるのがこの講義の特徴ともいえます。
ボヤボヤしてると、おいてくゾ!凡作です。
本日はAVの”ケシ”についてお話しましょう。
そもそもよく言われる”ぼかし”というのは、”ケシ”の一種。
「見たい」「見せない」の狭間で生まれた日本独自のテクニックを紐解いて見ましょう。
”ケシ”の技術は、日本国内での規制とともに進化していました。
ロマンポルノの時代は”ベタ(黒塗り)”しか、ありませんでした。戦後の”検閲”の流れがそのまま採用されていました。
1980年代後半以降のビデオの急激な普及により、またAVのニーズも強烈に肥大。
”ケシ”の技術が格段に向上するのも、実はこの時期です。
ぼかし、モザイク、クロマキー処理、ソラリゼーション、フラッシュバック(そういえばこの手法そのもののシリーズもありましたね。オジさんなつかしいなあ)等、様々な手法が考案されました。当時中学生の私は「あっ、今見えたぞ!」って悶絶していたものです。
その中で「完全かつ雰囲気を損わない手法」として、自然淘汰され残ったのが、ご存知の通り「モザイク」。
90年代に入り、完全な主流として確固たる地位を獲得しました。かの有名な村西とおるは手法として「モザイク」しか用いず、映像表現、人声表現のみにて、エロティシズムを追求した旗手として、評価されています。
しかし画一的表現のみによる弊害として、次第にAV業界は斜陽の時期を迎えるのです。
話は少しずれますが、ヘア解禁や雑誌媒体のアナル解禁の動きは、ことAV業界では影響を与えなかったのです。
芸術としての写真集でのヘア。当然エロそのものを目的とするAVでは、到底芸術性は認められない、ということ。また「性器ではなく、排泄器官に過ぎない」と規制を緩和しつつあったアナルも、前出の理由で露出を認められませんでした。
そこで救世主となるのが「インディーズレーベル」。”ケシ”の規制をかけていた映像倫理協会(映倫)の審査を受けずに、あくまで「自主規制」にてAVを製作しようとする流れです。当然趣味嗜好に合わせたヴァリエーションも多彩で、かつヘアやアナルが当然のように露出している作品も多く散見されます。
このように述べると、”ケシ=悪”の図式を想定される方も多いかと思いますが、一概には言い切れません。
というのも現在のAV文化はまさに”ケシ”のおかげで発展した、という声が非常に多くあるからです。
実際に、「裏」とわかってて出演するモデルはレベルが落ちる、擬似本番が可能であるが故、モデルも出演を承諾しやすい、といった理由があり、日本のAV女優のレベルは飛躍的に向上したのです。
諸外国のAVが”ケシ”無しでも「映画、女優へのステップ」と、覚悟を持ったモデルでレベルを上げてきたことに対し、日本では”ケシ”により、「実際には対したことはない」という印象から、女性に対する垣根を下げて流入人口を上げてきた、という経緯です。
文化は各国それぞれですが、比類なきAV大国となった日本。”ケシ”の存在もあながち否定するものではないでしょう。
ちなみに現在、「裏DVD」の存在が話題となっております。
表AVからの流出、素人の出演がほとんどですが、なんといっても画質が劣化しないといったハードの特性と、海外に向けて発売された”ケシ”のないマスターの逆輸入であるため「モロ」である点、その点が非常に高い評価を得ているそうです。
ダビング不可であるため、一本12000円程度と高価ではありますが、ビデオと同様、普及の起爆剤になることは間違いないでしょう。
貴方も新宿の裏ビデオ屋へ、今すぐGo!!
(2001/6/20)