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5月10日(土)


志賀直哉の
『赤西蠣太の恋』をご存知か?



ま、私もかなり昔に知ったことで、かなり記憶は薄いのだが、

蠣太ちゃんはかなりの醜男(ブサイク)ちゃん。

そんな彼は伊達藩に仕える身として、日々甲斐甲斐しく

そして実直に仕事をしているようには見えたが、

実は彼、凄腕の他藩のスパイ。

伊達藩で企てられる陰謀を暴いて自藩に伝えるのが目的。



そんな彼はようやく藩の陰謀を突き止め、

知られないように速やかに自藩に伝えなければならないのだが

いきなり消えたのでは警戒されるのは目に見えており、

ここはそれなりのきっかけを作りたいところ。



そこで彼は、一案を講じる。

藩で一番のカワイコちゃんに愛の告白をして

予定どおりフラれたところで



「あ〜っつもおう。恥ずかしいからこんなところにいられな〜い」



と、真っ赤っ赤な顔して、走り去ろうと、そういうわけだ。





さて、さりとて本気でもないあのカワイコちゃんの顔を思い浮かべて

思いっきり恥ずかしめの恋文をしたためる蠣太ちゃん。

「お願いします!」の勢いよろしく、その恋文をカワイコちゃんに手渡すも

ここで予想だにしない出来事が!





「・・・はい」





やったね蠣太ちゃん大金星の巻、なのだが

おいおい今回はちょっと趣旨が違うでないか。

フラれないでどーすんの?の話。






「何故にですか?」





「・・・それはあなたの実直で誠実な心に惹かれたから」





これを読んだ若き日の私め、こう思いました。





この本の教訓





昔は良かったっつー話





世が世なら、時代が時代なら、こういう話もあるっていう。



だって、僕、



心のキレイさなら、ダイヤモンドだもの・・・



クリスタルみたいだもの・・・



5月9日(金)


凡作の『映画について語ろうか?』のコーナー



【アイズ・ワイド・シャット】 (1999)



スタンリー・キューブリック監督の遺作。

”2001年宇宙の旅”でSF、”シャイニング”でホラー、

”フルメタル・ジャケット”で戦争を題材にしたキューブリック監督が

今回手がけたテーマは”エロ”・・・



・・・と言っていいのだろうか?



上映時にはニコール・キッドマンの乳が丸出し、と聞いて

不肖、凡作、発券場で小躍りしたものだが、



上映後の感想は”エロ”とは言えないテーマのような気が。



トム・クルーズ扮する主人公の医師。

社会的地位、財力、信用に恵まれ、ニコール・キッドマンという

強烈に美人な妻にかわいい子供。

当然、要領よく人生渡って来たはずだから、

ある程度は世間で起こりうることは、なんとか対処できるはずなのに

それでもなんともできない、不条理な世界。



そんな不条理を想像し得る権力でさえも

求めるものは性欲なのか?何なのか?



とかくキューブリック監督の映画は”深読み”したくなる、というか

平たく言えば、わけがわからない、ということだが、

完璧主義者と言われるキューブリック監督。

この映画が彼のイメージを完璧に表現したというのなら

ちょっと気が触れている人ですね、ってのが正直なところ。

”何にも考えないで撮りました”的な方がありがたい。



とにかく、キューブリックチックな映像(シンメトリーや構図)とか

変な間(ま)、とか、心を逆撫でする音楽、とか

そういうところを楽しみながら観ると

(ああ〜映画を観てるなあ〜)という気分になれます。



けだるい気分のある日の仕事帰り、

(人生ってなんでしょね?)って感じなアンニュイなひと時

ビデオ屋で借りてまったりと観る映画でしょうね。



ま、何でもいいや、って気分になれます。

私はいい映画だと思います。





ただ、多分チンポは勃ちません。テーマにもかかわらず。



5月8日(木)


日記なら毎日書けよ!』



このありがたいお言葉は、先輩であり、このHPの読者でもあった

かの
翼くんのお言葉である。約1年ちょっと前のことだった。



当時の
”長七郎エロ日記”は毎日更新を旨をしているわけではなく

気が向いたときだけ簡単な文章を日記と称して掲載していたもの。

ま、そういう意味では今とあまり変わらないのだが、

抜け落ちている日がある、という脅迫観念に駆られることはなかったのである。



自分がそれなりに生真面目だなあ、と思うのは

そんな先輩であり、読者である翼くんの言葉を真に受けて

その翌日から毎日更新を旨としたこのページ作成に勤しんだという

そんな一年間以上に及ぶ日々を振り返った時である。



面白いか面白くないか、またはためになるか、ならないかは別として

人生の中で今までこんなに継続してやれたことは例えば

呼吸とオナニー程度であり、自分にとってみればいい経験であり

また、自分にとっての自負になりつつある。



そんな気持ちは今日













翼くん
「え?まだ日記やってたの?」



と言われた後も、変わらない。





何でも半年近くこのHPに目を通してない、という彼の言葉ではあるが

誰に読んでもらうでもなく、ただ私のためにこの日記は続く。





それにしても、最近は仕事の多忙などにより

かなり抜け落ちているところが増えてきた。



暇を見て埋めていきたいところだが、

不幸ばかりとは言え激動の生活の数週間前まで遡るのは困難で

そもそも数週間前までチェックする方もいないだろう。





そこで抜け落ちたパートは、

私の趣味である
”映画”のコーナーを入れることにしようと思う。

もしかしたら、映画のタイトルで検索した人がこのサイトを訪れ

お客様になってしまうかもしれないし、ね。

うん、いい考えだ。





そういうことで、明日は映画の話。



5月7日(睡)


かなり蒸し暑くなってきた。

夏の季節を近くに迎えているというのに

夏どころか、私にはまだ春の訪れすら聞こえが無く

今だブリザードの吹きすざむ荒野に一人きり。





「あなたはねぇ。立派なモノ持ってんだから」



だから一発やってしまえばきっと彼女の一人や二人、

結構容易くできてしまうだろう、とは

背中を流してくれた女の子から、2万円を支払って得た情報である。



しかしながら結構古風な考え方の、そんな私の場合、

彼女でもない素人と、いかにして一発やってしまうか、という



そんな
永遠に答えの出ない方程式を解く必要がある。





な、今結構カッコいいこといったろ?

ナハハ、やっぱ俺、カッコいいなあ!





・・・なんというか、今の状態ではさらに



分裂症という要素を加えた

連立方程式を解かなければいけないような気がする。





やっぱ理数系の方がツブシが効くよなあ!





壊れ行く自我。

周りに凄く
スカラー波を感じるのは気のせいだろうか?



5月6日(火)


『挫折』


・・・心に染み入る、いい言葉である。



特にその言葉が他人の行為であったならそれはもう

耽美ともいえる、そりゃまあいい気分である。





今日、ヌケル君が会社に現れるとおもむろに袋を取り出し



「なあ凡作さん。逆両替してくんない?」という。



袋の中身はすべて500円玉。

私の
必殺!500円玉貯金に触発され、つい最近彼も始めた

そんな500円玉貯金の成果である。



さて、デフレがこのまま続いていれば

毎食牛丼を食べても、毎回100円近くお釣りが来るという

極めて
ハッピーな老後の為に始めた500円玉貯金であるが

彼は、会社に持ってこれるほどの枚数でギブアップ。

そう。『挫折』である。



500円玉に限らず、貯金のコツは使わないことである。

私は
”信用”という名の高利の金に手をつけても

とりあえずはこの硬貨には手をつけてはいないのだが、

それどころか大量の500円玉が手に入るこの状況、

幸運ととらえるぐらい、心技体、漲っている。





ひい、ふう、みい・・・



数えたら71枚。しめて35,500円相当。





「なあ、ヌケルさん」



「何?」





「36,000円渡すから、500円玉でお釣りある?」





財布の中に500円玉が4枚ほどあるにもかかわらず



「アンタ鬼か?」の声にも耳を貸さない。





徹底



・・・貯金にかかわらず、ものを成すに大切なことは、コレである。



5月5日(月)


あり得ない
、とは、あり得ないからあり得ないという言葉であって

しかしながら最近での『あり得ない』とは、起こり得ない事、というより

起こって欲しくない事、ややもすると、既に起こってしまった嫌な事象

そんな時に使われる言葉になっている。



やれ日本語が汚くなったとか、やれ美しい日本語がどうした、とか

そんなことを言うつもりは毛頭なく、

そういうなら正しい日本語というのがいつ使われてたか

それもわからぬ有様である。



ちょんまげ時代にはござるござると言っていたわけだし

君っていいかた、おしゃれじゃない?ってのは明治時代あたり。

言語というのは時と共にその姿を変えるのが本質なわけで

むしろ、言語のヴァリエーションにこそ、舌を巻く次第である。



かくも小難しいことをいいつつも

単に今日、女性に








「え〜。凡作さんとデート?それってあり得ないし」



と言われたからって、それってどっちの意味でしょうか、と

不思議に首を捻った、とそういうことが原因であって



ま、どちらの意味だったとしてもそれは五十歩百歩なわけで。





さて、五十歩百歩と言うのは・・・





5月4日(日)


ゲームキューブのメトロイドに再トライして

アイテム収集率100%でエンディングを迎えるまでの11時間。



これが私のゴールデンウィークの最終日の出来事。



あまりに悲しいので

近所のビデオ屋でAVを3本ほど見繕ってみたわけだが



そのビデオの最中に思わず不覚。

多分、余計に悲しかったのだろう。





今の私なら、はぐれ刑事純情派で
素で泣けると思います。



5月3日(土)


♪初めての、アナル






しつこいぐらいにローテーションで流れる某CMのフレーズを

こんな感じでもじったHPは数限りなくあろうと

ホントのところあまりインターネットに明るくない私にとっては

世にどれだけのバカサイトがあるのか知るはずもなく

思いつくままに書き殴っているというのが正直なところ。



CMのあのコのアナルをほじれるならば、

実質年利30%弱の金利もやぶさかではないのであるが

あまりに女っけのないゴールデンウィークの中頃にあっては



(掘るのが先か、掘られるのが先か・・・)



などと、全力で後ろ向きな発想しか出ないのが悲しいところだ。





今日も
男4人でドライブという阿鼻狂乱の一日を過ごし

富士五湖やら、漁港で港料理を堪能する、といった趣旨はいいとして



川口湖のほとりで2時間近く4人で爆睡をカマした後に

漁港でフライ定食を食しているとあれば、

正直なところ、何がなんだかはわからない。





「今日は水鉄砲大会があると思ってたのに・・・」



水鉄砲持参、の約束を見事に無視した3人に対し

トイざらすで購入したという殺傷能力一歩手前の水鉄砲を抱えて

子供がいじけるような表情でうつむくH氏(30オーバー)の

その悲しげな後ろ姿を抱きしめたこの夜。



尾崎豊が十代で悟った何かが、ふと、頭を通りすぎた。





それでも、さあ・・・

みんな。悲観することはないよ。



なあ、足音が聞こえないかい?

だんだん、あったかくなってきたじゃないか。

さあ、近づいてくるよ。あの季節が。

あの灼熱の、あの悶絶の海の季節が。



漢の海の季節が





もうすこしすると海岸沿いにはニアリー下着の女の子が

お日様の下で闊歩するあの季節がやってくるよ。



そしたらまたみんなで行こうね。





ま、見る以上のことは無理だけど。



5月2日(金)


「ゴールデンウィークは込むからね。」
 と、彼女が言う。



付き合って初めてのゴールデンウィークを向かえ、

気の利いた温泉にでも一緒に行こうか、と提案したところ

結構気を遣うタイプの彼女は、ずっと運転するだろう私に対し

こんなことを言ってくれるのである。





「じゃ、何してようか?」 と、私が訊ねる。



「凡作くん、マトリックス2のDVD買ったんでしょ?それ見ようよ」



そうそう。初めて君と見に行った映画だったね。





「でも、ゴールデンウィークはずっと家に家族がいるからなあ・・・」



「ほら・・・この間行ったとこ、DVDもあったじゃない?」



「この間、って?」



彼女は、この間行ったラブホテルのことを言っているはずだが

わざととぼけて聞いてみる。





「もおう。ほら、前にXメン2がやってたとこ。」



「あ〜あ〜。あそこね。でも結局、映画なんか見てなかったじゃない。」



「・・・ばか」



結局のところ、今日は温泉ドライブは諦めて

この間と同じようにDVDのあるラブホテ・・・









あ〜あまた来年の日記書いちゃったよ!





現実逃避
しつづけていると、皆様にあらぬ心配をかけてしまうので

明日はちゃんと現実世界の出来事を書こうと思います。



あ〜あ。早く来年にならないかなあ。



5月1日(木)


5月1日付けで、私のいる課の課長に異動に辞令が出た。



サラリーマンである以上、避けられない宿命なのだが、

残された者、とりわけ私なんかはその課長に採用してもらったわけだから

正直、寂しい気持ちの方が強い。



”翼くん”に紹介してもらって、その課長が私を拾ってくれた。



もし、今の仕事にありついていなかったら

多分私はパチプロか、フリーターか、

さもなくば青年実業家になってただろう。



また、私に仕事を任せてくれたし、

大掛かりな案件も、私を信じて任せてくれた。

私を引き上げてくれる人に対して、私は”義”をもって仕事をしようと

心の中で誓ったものである。



私の仕事のスタンスは”生活の糧”+"義”である。



私の場合は、残念ながら範囲は狭く、その”義”の対象は

会社内の人、というぐらいであるが、それでも無いよりいいと思う。



結局のところ、”自分のため”だけでは、自分のためにもならない。



純粋に尊敬できる上司、同僚に恵まれて良かった、と

今キーボードに向かいながら思う次第なのである。



自分の力だけでは仕事は出来ない。



医者は病気に苦しむ人のおかげで

弁護士は争いごとのおかげで



仕事がくることを忘れてはならない。



社長は社員のおかげで

部長は部下のおかげで



仕事がなりたっていることを忘れてはならない。



政治家は濡れ衣を被る秘書のおかげで

金融マンは騙されてくれる客のおかげで



仕事が出来ることを忘れてはならない。





仕事というものはそういうものだ、と、私は思う。





当然



風俗嬢は溜まってるお客のおかげで





さあ。



今日も乳首を舐めてもらおうか



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