〜 プロローグ 〜
2005年8月某日、日本時間にして21:30頃だろうか。
カッコつけてはみたが、訪れている韓国と日本に時差はなく、
日本と同じく土曜日の夜。目の前にはネオンが広がっている。
その時、私は黒塗りの車の中にいた。
運転手はことなげに流暢な日本語を話し、助手席にいるK君は
その運転手と身振りそぶりを加えて、会話に勤しんでいる。
「韓国のタクシーには2種類あって・・・」
黒塗りのタクシーが模範タクシー、白塗りのタクシーは一般タクシー。
黒塗りのタクシーの運転手の多くは日本語が通じ、かつ親切である、と
そう教えてくれたのは、私の隣に座っている旅の同行者ズッキーちゃん。
「黒塗りのタクシーの連れてく風俗にはハズレがない!」
と力説したのも、下準備に余念のない性格の、同じくズッキーちゃんである。
私たちの滞在している、日本語でいうと「豊田ホテル」と書いて
プンジョン・ホテルの前に待機していた、黒光りの模範タクシーを捕まえ
行き先、というよりも「マッサージ・プリーズ!」と告げたのはK君だった。
男3人。土曜の夜。
当然の成り行きとは言え、あまりに短絡的ではあるまいか、と
猜疑心の強いのが日本人であるから、私なんかは
それこそどぎまぎとした気持ちが去来していたのである。
なぜなら、私といえば、海外といえば3年前のハワイ以来であり、
そのハワイでさえ、長らくしいた自分の中での鎖国政策が災いし
会話のほとんどを日本語で押し通したほどの不慣れさである。
しかも、ハングルといえば、キムチ、チョレギ、ビビンバなどの
韓国料理の名前以外には
「アンニョンハセヨ〜」ぐらいしか知らない始末である。
言葉が通じるはずの日本女性でさえ気持ちが通じ合うことがない私。
コミュニケーションをどのようにとるか、が当面の課題である。
(例えば、体位を変えたい時には、どうするんだろうか・・・?)
ガラスの向こうに映るネオンを遠目に見ながら、そんなことを考えつつ
ふと、そもそも何かのトラブルに巻き込まれた時のことを考えていない
そんな刹那的な自分に気づく。
黒塗りタクシーの運転手の日本語は流暢で、それゆえ胡散臭い。
しかし助手席のK君と繰り広げられる会話の内容は
「総額は」「チップは」等々の、抑えるところはきっちり抑えている内容で
「マズ、ツメキリネ。ミミソウジネ。ソシテ、マッサージネ」
「トウゼン、ホンバンモアリネ。サイゴマデネ〜。キモチイイイヨー」
まあ、この段階で車に乗合わす日本からきた三匹のサムライは
止まらないところまできていたわけである。
そう。理性が何をいっても、本能がそれを許さない状態である。
そうこうしている内に車はネオン街の一角にとまり、
運転手が携帯で何かを話しだす。しばらくして迎えのものが現われる。
そして迎えのものと運転手、そして我々3人が、妖しいネオン輝く
地下へと続く階段をおリ、そして次の瞬間には店員と思しき人間に
おのおの個別の部屋に通される。
「ジャアネ〜」 と手を振るタクシーの運転手。
作戦も何もなく、3人は別々の部屋で一人きりにさせられてしまったのだが
不思議と心配はなかった。その理由は部屋の造りにある。
その部屋は妖しいピンク、というか赤い色の照明で、幾分暗かったが
清潔なベッドと洗面台。そしてその奥にはラブホテルに設置してあるような
ジャグジータイプの風呂とトイレ。そしてスケベイス。
洗面台には清潔にたたんである数枚のバスタオルと、歯磨きセット、
そしてローションのような感じの容器が数々並んでおり、まあ、
もしこの店がボッタクリであったとするならば、ここまでの設備をする必要は
まったくないはずで、この時点でボッタクリの可能性は激減するのである。
ふ〜っつ、とバスタオルのしいてあるベットに腰掛けて一息。
しかし私には、一つ別の危機が迫っていた。
実はホテルを出る前に飲んだ、外国にありがちなフルーツジュース。
サンキストのマンゴージュースだったように記憶しているが、
「朝の果物は金」と云われるように、フルーツはお通じの面でも、
ひいては美容の面でも効果が大きいとされるが、そのフルーツの効能が
どうも生きたまま腸まで届いているらしく、結構な便意に苛まれていた。
しかしながら、タクシーの運転手に連れられ、有無を言わさぬように
個室に連れ込まれ、そしてその個室には便器が備え付けられている。
日本であれば待合室で「トイレはお済みですかあ?」の一言があって
しかるべきなのであるが、それがなかったわけだ。
しかも先ほども示したとおり、トイレとバスは一体であり、というより
トイレとバスと洗面台とベットが一つの部屋なのである。
個室を出て、「トイレ借りていいですかあ?」と聞いたところで
「そこでしろ」という回答が帰ってくるのは明白であり、そもそも
ハングルといえばキムチとプルコギぐらいの語彙しか持たぬこの私が
店員とやりとりをすることなど、考えられなかった。
大便をするときは、狭いスペースで鍵をかけて、というのが
日本人のメンタリティだとは思うが、ここから先のめくるめく快感のひと時。
便意を我慢してそれに臨むのは、猛烈に勿体無い気がして、
意を決し、洗面台にあるかわいい刺繍のカバーのついたティッシュを持ち
広々とした部屋の中にある、オープンスペースなトイレに腰掛けて
ウンウンと唸っていたその時である。
ガチャッと個室の戸が開いた。
そして、なんと店員と7〜8人の若い女性がヅラヅラと部屋に入ってきた。
・・・
次の瞬間には「ウエーイトッツ!!」と叫んでいる私がいたのだが、
残念ながらあまたの美しく若い女性が、部屋の中で整列。
「この中から女性をお選びください」という意味なのであろう。
日本では滅多に味わうことのないサービスであるとは思う。
振るいにかけれられることはあっても、決して女性を選ぶという状況は
日本にいるときには考えれないわけだが、よりによってこの状況。
悩ましき私の排便姿を見つめる、あっけにとられた二十四の瞳。
ああ。神様。
もし私がハングルに堪能であったなら、消え入るような小さな声でも
「この場にいなかった女性をお願いします」
とリクエストするはずだが、残念ながら私はハングルは話せない。
一番、チェ・ジウっぽかった黒髪の長い女性をうつむきながら指差し、
その女性は無表情に部屋の中央に歩みよってきたが
部屋を出る複数人の女性には、どうやら安堵の表情が浮かんでいた。
・・・こうして、韓国旅行、2日目の夜は始まった・・・
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