2007年  8月 31日(金)


俺の夏が終わろうとしている…



日記の暦も、もう8月31日。

この時期はいつも森山直太郎の「夏の終わり」のような旋律が

頭の中をぐるぐるするのであるが、そんな気分で一気に8月の日記の更新を

まあ5日分ではあるが、行わせて頂いている次第であります。



全く夏と関係ないじゃんかよ!と、過去4日分の日記を振り返って自分自身思う。



他人さまのミクシーやブログをたまに見るのだが、正直言って、羨ましい。



会社の同期は日々食す昼食の写真をブログに掲載し、男女を問わず

「わあ、おいしそうですね」とか「その店、どこにあるんですか?」と

かなりの賑わいを見せているのである。



このHPにしばしば登場するズッキーのミクシーなんかは、ここも男女を問わず

自身の書き込みの数倍のコメントが下部に連なり、これはもう氏の文章や構成、

そういうものは当然として、あとは人間力なんだろう、と。



人間力の欠如を自覚した上で、このHPを松田凡作の名前ごとK君に譲ろうと

彼に打診したところ、数秒でやんわりと辞退された男がこのページを作ってます。



スシローで食べ終わった皿を重ねるような気持ちで更新を重ねておりますが、

せっかくですので、私の夏の出来事をツラツラと書きましょうか。





■暑い日は流れるプールへ

江戸川区の「プールガーデン」というところは区営で500円で一日入れるプール。

結構大きめな流れるプールがあり、どう考えても私より若いビキニのお母さんを

見て目の保養と、持病の腰痛の保養に勤しむ日が数日ありました。



■西伊豆(ブラック邸)へ行く

恒例の西伊豆の”漢の海”企画として、ブラック君が住んでいる西伊豆は松崎町に

2泊3日のバカンスへ。毎回同行するI君は、今回俺らの友情よりスナックの女性との

日帰り海水欲を選択したので、今回はK君(ブラック君とは直接の友人ではなかった)

と行くことになる。家の前でBBQを開始し、近隣住民に色んな意味で煙たがられたり

購入したエロマンガ3冊を、別れ際に各々分配したりしました。



■意中の女性と熱海の花火大会へ

意を決して女性をドライブに誘い、熱海の花火大会へ。エラい込みようだったので

「こんなところで観るのはオノボリさんがやることだよ」としたり顔で海に面した

駐車場のある湯河原のパチンコ屋へ移動。花火があがるのを待ち構えていたところ、

岬の起伏に隠れて、花火の音しか聞こえませんでした。

周りの気温と裏腹に急激にクールダウン。近くにあるバーミヤンで食事をしましたが

その後、連絡はまったくありません。



■台風直撃の日に伊豆の伊東へ

荒れ狂う海もまた漢らしい、と、台風の直撃する日に東伊豆海岸ドライブへ。

結局台風の強さがしゃれにならず、伊東のABCという等価交換のパチンコ屋で

シェイク2を打ちながらやり過ごしました。通行止め明けの真鶴道路が、いつもこの

時期は渋滞するために、今回は車がいないので、やけに快適に感じました。



■I君とその兄とミスターバーベキューへ

I君が休みを持て余しており、お台場の船の科学館プールで日焼けをしていたという

ので(じゃあブラックのところに来いよな!って話)、その帰りに仕事場に寄っても

らい、千葉の行徳のミスターバーベキューというバイキングの店へ。

食いすぎのあまり、久々にリバースした後、近所のマンガ喫茶へ。

初めて行くI君は「せまいところでマンガを読むなんて信じられない」とブーたれて

いましたが、結局ご機嫌でその場に居ついてしまい、その間に「花の慶次」を読破して

しまいました。



■ブラック君から手紙が来る

彼が9月末まで有効のディズニーランドのフリーパスを2名分所有しているというので

「なんとかチャンスをモノにしたい」と、女性をディズニーに誘いたい旨を告げたら、

彼から手紙が届き、その中からそのチケットが。メールの「頑張れよ」という文章に

感激し、感謝の気持ちとしてアキバで萌え燃え系抱き枕かオナホールを購入して送るよ、

と言ったところ、丁寧に辞退されました。



■熱海にリベンジへ

今回はビキニちゃんをジャストルッキングするために熱海へ。いや、最近の熱海は頑張

ている。ホントに頑張っている。佃煮にするほどビキニちゃんが溢れていました。

カメラこそ構えなかったですが、ビキニちゃんはモデル体型よりも少々雑なつくりな方

が、かえって身近な感じがしていいなあ、などと思っていると、ちょっと息子が反応し

しばらく上陸できない状態になってしまいました。





こんなところですかね?って、やっぱ人間力、って意味で、ダメだ、俺。





ともあれ、今月の日記をここもと応援してくれたすべての人へ、具体的には



「生きてる〜?日記の更新がないけど?」とメールをくれた職場で一緒だったH氏。

掲示板での書き込みで、私に更新の意欲をくれた匿名氏の2名に捧げます。





  2007年  8月 30日(木)


パチスロは5号機時代を本格的に迎え、射幸心を抑える目的で制限されたゲーム性は

プレイヤーである私達にとって、確実に大きな影を落としている。



長く、楽しく遊べるゲーセン感覚のパチスロであれば、それはそれでいいと思うが、

負ける時は真綿で首を絞められるが如く、希望の持てないまま海の底に沈むと思えば

勝つときは毎日爪の垢をビンに貯めるような行為の積み重ねの結果であり、

しかもちょっとしたハマリ一発で吹き飛んでしまうのである。



極端に言えば、客が勝って帰ることを、あまり想定してないのである。

ゲーセンで金が返って来ないと怒りだす客もいないだろうが、

その路線を目指しているのだろうと思う。



それでもホールに足繁く通ってしまう自分を恨めしく思うが、

そんな環境の中でも、楽しく、しかも勝ちたいと思う自分がいるので仕方がない。



期待を寄せていた「北斗の拳2」。期待を寄せていただけに初打ちの際には

何かの秘孔を突かれたように言葉を失ってしまったわけだが、



4,000円程度しか獲得できないBIG(って、BIGって言っていいのか?)と、

それに付随する”減る”RT。続けば続くほど獲得したコインが減るRTを見て

(もう、頑張らなくていいよ…)と、バトルの終焉を望む自分がどこかにいる。



減るRTが80連して、手元に残ったのは500枚程度のコインのみ。

確かにRTに入ってコインの消費が抑えられるので、出玉推移の割には

(長く遊べたかな?)という感じだが、それだけである。



救いはゲームの演出が秀逸だ、ということ。

5号機の行く末は、今のところ演出の出来如何により

「打ってて楽しいかどうか」というところに集約されそうな気がしております。





そんな中で出会ったのが「エヴァンゲリオン〜まごころを、君に」というパチスロ。



いや、なかなかに秀逸な台である(何様だ、俺?)。




演出は原作を知らないだけに、かなりあっさりした印象を当初は受けたものだが、

重複当選のバランスや、そして最大で416枚獲得できるボーナスのバランスがいい。



特定の箇所を狙う私のようなプレイヤーは、それこそ出目で当選の有無がわかって

しまうのであるが、そのリールで表現する出目演出も秀逸である。



これで液晶の演出に深みがあれば、ということなのだが、

それは私が原作を知らないのだから、あれこれ言えることではないだろう。





ということで、マンガ喫茶でエヴァンゲリオンの単行本を読破し、

マンガ本では未完であったため、DVDでパチスロと同名タイトルの映画版を鑑賞。





ここからはエヴァンゲリオンの感想になってしまうが、う〜ん、

正直、熱烈なファンがいそうなので、割愛した方が良いのだろうか。





私はアニメはルパンのカリオストロの城と、くりいむレモンしか見てない程度で、

(※子供向けやマンガ本が原作のやつは別だわよ)

まあ、そんな人間の言うことに目くじらを立てないで頂きたいのだが、



特に映画版を見て、

猟奇犯罪に手を染めた少年の精神鑑定をやってる精神科医のような気分になった。

(そういう気持ちになれば製作者の目論見にハマった、ということなのか?)



映像表現や挿入する音楽のセンスについては非凡なものを感じたわけだし、

10年前ほどの製作時期を考えると、かなり斬新なものだと思うが、



どう考えたって最後の方は広げすぎた世界観を、哲学的な話にして無理無理我々を

煙に巻こうとしている、と、そんな印象を受けたのだが、どうだろ?



シュールな世界は嫌いじゃないが、デビット・リンチの方が全然健全な印象を受ける。

製作者の意図する”狙った”シュールさがあるように感じるからである。





※ちなみにTVドラマの「ツインピークス」のラスト付近はとてつもなくシュールな

 展開になり、はっきり言ってわけがわからないのだが、これは放映当時湾岸戦争の

 ため急遽打ち切りになったことにデビット・リンチが腹をたてて「わけわからなく

 したれ!」という気持ちでワザとそうした、という逸話がある。





適当にストーリーを重ねておいて



「う〜ん。表現が高尚過ぎたかな?とにかく、答えは君達の心の中にある!」



って製作者にしたり顔で語られている気分になって、

彼らの横っ面をひっぱたきたくなる衝動に駆られる。





14歳の主人公の少年と同年代の少女達のアンニュイな関係や、

29歳の年上の女性との(もしかすると)的な関係は、はっきり言って”ツボ”。



内向的な少年が、ロボットの操縦に関しては驚異的な能力を持ち、

世界を救うという使命のプレッシャーと、友情や淡い恋心に彩られた少年の、

心の成長の物語として進んでくれれば、わかりやすくもあったのだけど

(そうするとガンダムと同じになっちゃうのか?)



どうせなら、おっぱい揉みたいとか、乳輪がどうこう言って悶々としている

中学生がロボットに乗って世界を救う、という話のほうが面白いと思う。



私が一児の母親なら、息子の部屋からこのDVDが出てきてしまうより、

麻美ゆまのAVが出てきたほうが、ショックが少ないように感じる。



(ああ、健全に育ってるなあ)って。



不思議ちゃんを気取ってるのなら、それはそれでまだいいけど、

何かの意味があるのか必死に考えてるなら、その答えは君の心の中じゃなくて

君の財布の中にあるって。インチキ宗教に一発でハマりそうだな息子よ、って。





まあ、映像はキレイなわけだし、編集や”魅せる”表現もアニメならではのもの、

パチスロで使われている映像は、私にとっては、まともなパートからの引用だし、

パチスロで打つ分には何の嫌悪感も批判もないわけで。そもそも、

前から世間で評価されているのを後からガヤガヤ言うのも卑怯な行為だと思うから



これからエヴァンゲリオンについては映画で上映されるらしいので、

先入観を取っ払って、ここらで思いっきり浸ってみるかなあ、と思ったら、



なんと完結まで5回か6回上映されるそうである。





これだからアニメは嫌いなんだよっつ!



スターウォーズじゃあるまいし、

2時間か3時間で表現しきるのがプロってもんだろがオイっつ!






  2007年  8月 29日(水)


最近、ストーカー犯罪が多いように思う。



こと恋愛において、自分勝手に我侭に振舞っていいのは若い女性だけ、と

そういう持論を持つ漢、松田凡作としては、ストーカーやストーキングの意義を

どうにも理解できないのである。



木村拓哉をスターダムに押し上げた”あすなろ白書”という連続ドラマにおいての、

筒井道隆に想いを寄せる石田ひかりを、後ろから抱きしめて「俺じゃだめなのか?」。



実のところ演技指導は松田凡作ではなかろうか、と、私の在学していた大学の一部で

まことしやかに囁かれていたのは、そう、私のルックスではなく、生き様からであり



漢としては思うのだ。いかに振り向かせるか、ではなく、いかに振られるか、だと。

武士道の葉隠ではないが、未練の断ち切り方や引き様に、漢の人生が現れるぞ、と。





かくいう私の伝説の一つに、告白の前に振られた、というものがある。

顛末は、こうである。



合コンで知り合い、ドライブにも行った。けどもエッチには至っていない女性がいて、

それでも毎晩のようにメールを交換して、心をときめかせた。

そう、携帯のメールが開発されてからの出来事なので、そんなに昔ではない。



私は、土曜日の午前中に、友人と共にパチスロ屋の開店待ちの列に、

あぐらをかいて加わっていた。

他愛もない話をしていると、右のポッケの携帯からメールの着信が。



「どうしたん?」



確かに一瞬、見せていいものかどうか戸惑ったのではあるが、

このシチュエーションはあまりにも、おいしい。

願わくは、他人事であれば、最高だったのに。





黙って友人に、
「もう私たち、会わないほうがいいと思うの」と書かれた

携帯のメールの画面を見せると







「ぶ… 
ブハハハハハっ〜っつ!これって、フラれてるの?」





「多分。全く心当たりがないんだけども…」





「ガハハハハ。で、どれぐらい付き合ってたのよ?」





「それが…まだドライブ1回コッキリしか行ってないし… 」





「ブハハハ!それってまだ、付き合ってないじゃんか!」





「うん。まあね…」





友人曰く、凡作という男は寅さんキャラを演じている男であって、実際のところは

彼氏彼女とか、そういう関係に興味のない男だと思っていたとのことである。



それがリアルタイムに振られる瞬間に立会い、ああ、本当だったんだあ、と

朝の殺伐とした時間の中で、貴重な体験をしたと、ひどく喜んでいた。





「まあ、いつものことなんだけど、さ」





正直、こんな直下型地震のような衝撃を、毎回毎回喰らっていると、

なんで俺ばっか!と、新潟の寒村に住む農家の方々のような気持ちになるのだが



友人の手前である。できる限り落ち着いて見せていた。





携帯をしばらく見つめ、メニューの返信メニューのボタンに手をかけた時、

友人の目が、何かに期待したように、妙にキラキラしているのを感じた。





「なんて返信するの?」



「なんて返信するかなあ、そうだなあ…」と、画面を見ながら相槌を打ち



「う・る・せ・え・ブ・ス・!っと…」ボタンを押しながら読み上げた。






「ブハハハ!ブスはねーだろ、ブスは」



「朝っぱらからこんな失礼なメールを送りつけてくんだから、これでいいだろ」



「…で、送るの?」





実際のところ、友人の目がなければ

「どおして?どおして?一回会ってちゃんと話をしようよ」などと

女々しい文章に終始したに違いなかった。



友人の目を意識し、冷淡に送信のボタンに手をかけ、そして自分の意思に反して

そのボタンを押してしまう自分の親指をブッタ切りたかった。





当たり前の話だがそれ以降、その女性からなんらかの連絡が来ることはなかった。







30を超え未だにロマンスの花が咲かぬ私を見るにつけ、歳の近い会社の同僚達は

部内の歓送迎会の飲み会の席で、「いままでホントに何もなかったの?」と、

ある種、怪訝そうな顔をして尋ねてくるのである。





「…って話もありましたねえ。大体、そんな話ばっかですよ」





先の話を面白おかしく伝えて、少し遠い目をしてみるのだが、

そこは多かれ少なかれ、恋愛を経験してきた30前後の男女である。

優しい視点で、頑なな私に対して、諭してくれる向きもあった。





「それはさあ、多分、松田さんの気持ちを確かめたかったんじゃないかなあ?」





正直、私もそう思うのである。



しかし彼女は、もしかしたら松田凡作に会わなくなる、という選択肢を内包した

行動に出たことは事実である。

私の出方次第では、会えなくなってもかまわない、と、それを受け入れた上での

行動であることは、少なくともホントのところなのである。



女性というものは、そういう生き物なのかも知れない。

でも、そんな態度にひざまずいて、そんな関係を維持しようとするのに、

どれだけの価値があるというのだろうか?





好きだったのか?確かに好きだったのかも知れない。

しかし付き合いたい、結ばれたいという気持ちで一縷の望みにしがみつくのは

好きであるが故に、そこまでの姿を彼女には見せたくなかったのかも知れない。





「後悔してないの?」





後悔?後悔は多分、してない。



ブッタ切るべきは、メールの送信ボタンに手をかける軽薄な親指ではなく、

欲望にしがみつく、一縷の望みという名の未練であると思う。



未練をブッタ切る選択をしたことについて、後悔の念を感じる必要はないと思う。





そもそも右手の親指は、

夜な夜なの鎮魂作業にとって欠かすことのできないデバイスなのであるのだから。





  2007年  8月 28日(火)


ハンカチ王子はもう1年前の話題だが、

今もなおハニカミ王子は時の人である。



ぽっちゃり王子に親近感を感じる今日この頃の私ではあるが、

昨日の日記を更新していて、ふと思い出したことがある。



さかのぼること、そう、もう10年前にもなるだろうか?



一時期足繁く通った新宿の性感マッサージ店で、





「え〜当店では指入れ本番行為、スカウト行為などや女の子の嫌がる行為は

 禁止させて頂きます…っていうことで、本日のご案内は●●ちゃんで〜




…っす」って言葉と同時に開かれるカーテンの奥には、笑顔の素敵な●●ちゃん。





って、笑顔というよりは、本当に笑っている、というよりは、ニヤけてないかい?





「ねえねえ」



一通りの行為を終えた後、カーテンが開いて初めてご対面したはずの●●ちゃんの

まったく屈託のない笑顔の理由を尋ねてみた。





「だって、今日俺、初めて●●ちゃんに会ったんだもんね」





刹那、同じ笑顔、というより、腹を抱えて笑いだす●●ちゃん。





「だって…」



「だって?」



「お店の人が次のお客さんは
エロ王子だって言ってて…まさしく、だったから」







まさか店の男性店員にエロ王子というあだ名をつけられていたとは夢夢思わなんだが

もっと悲しい真実は、他の在籍女性の数人の間でもそのあだ名が浸透していた、という

その後のリサーチ活動の結果わかった事実である。





あの頃、大人の階段を登る私の手を引いてくれた、優しき女性の皆様へ。



エロ伯爵と呼んで頂けるよう、今なお精進を重ねています。





  2007年  8月 27日(月)


寂しさを噛み締めながらの更新である。



漢を目指しているのに、寂しいなどとは幾分センチ過ぎるのではないか、と

かく思う凡作、32歳の夏であるが、たまには感情に身を任せて頬を濡らすのも

また漢、ということにしておこう。



人肌恋しいならまだしも、状況はそれより悪く、人恋しい。



日記を更新しても、帰らぬ手紙をしたためるような悲しさが募るなら、

そんなことはやめにしようと、今は亡き阿久悠の詞のようなフレーズを

ぐるぐると頭の中で思い描いていたところ、ふと、いつも行くパチスロ屋で

会員カードを忘れて帰ってきてしまった日の事をを思い出していた。



パチスロ屋で、交わす言葉は少ない。

いや、発する言葉すら少ない。



リーチ目が出てオウ、ハマりにハマってオウオウ、と、

口から嗚咽が飛び出すことがあっても、それが他人に聞こえるようなら

それは単にアブない人であり、実際問題、





「あまりは貯玉でよろしいですか?」

「…はい」



もしくは



「あまりはタバコを取られますか?」

「…マイルドセブンのライトで」





この2つのフレーズを駆使すれば、パチンコ屋で難儀することはない。





その日も幾ばくかのコインをジェットカウンターに流し、

「余りは貯玉でよろしいでしょうか?」と尋ねるカウンターのまん丸とした女性に

「はい」と告げて、特殊景品を受け取ったまでの記憶はあるのだが、

どうやらそのまま踵を返し、カードを受け取り忘れて帰路についてしまったようである。





(今日、確認しに行ってみるかあ)と

いつもの錦糸町のパチスロ屋へ。「カード忘れてませんでしたかあ?」という

滅多に出すことのない長文を口にするのは、いささか躊躇したのだろうか、

両替のついでに言えばいいや、と、まずは「リングにかけろ1」に着席し、



その3時間後、3枚の福沢諭吉のプロマイドと共にそんな躊躇は消え去り、手ぶらで



「すいませ〜ん。カードの忘れ物はありませんでしたかあ?」と

カウンターで仏頂面しているレディに声をかけると、



「は〜い。少々お待ちください」



と、胸元のマイクみたいなもので、5秒程こちょこちょ話していた。そして、



「2階でお預かりしているとのことですので、そちらでお受け取り下さい」と

そういうことなので、2階に移動して、カードを受け取ることにする。





ことにする?ん?



俺、名前も言ってないし、いつ無くしたかも、言ってないよなあ?



もしかしたら、落し物が一枚しかなかったのか?

いや、パチンコ屋の会員カードは現金の次の次の次ぐらいに重要なカードであるから

そうやすやすと、渡してくれそうにないものだが。





「あの、2階でカードの忘れ物を預かってくれてるって…」と

話す言葉を遮るように「はい、お預かりしておりますよ」と、若干見覚えのある女性が

カードを差し出して言う。



受け取ったカードを裏返して確認する。当然、名前なんぞは書いてはいない。





「暗証番号でも入れましょうか?」



「いえ、結構ですよ」



「でも、他人のかも知れないでしょ?」



「大丈夫ですよ、渡し忘れたの、私ですから。覚えてますもん」








いやあ、世の中って、繋がってるんだなあ。



たまには血を分けた肉親でさえ、私の存在を忘れることがあるというのに、

いつも覚えていてくれるのは、

毎月請求書を送ってくれるカード会社だけだと思っていたのに、



こんなところでも、俺を覚えていてくれる人が、いるんだなあ。





3万円もやられたことなど忘却のかなたへ。

帰りのバスの中で、私の存在を業務の傍らで確認している、年頃の女性の姿を

重ね重ね思い出していた。





つまりは、こういうことである。



はじめに問い合わせをした女性、

この女性が5秒程度でカードを預かるカウンターの女性に私の存在を伝えるとなると



「江東区に御住まいの松田凡作さんがカードの件でいらっしゃいました」

という表現では、尺がどうにも合わないのである。



たとえばあだ名かなんかで「●●さんが来たよ〜」的なフレーズであれば、

5秒… そう、彼女がごにょごにょやっていた時間で調度良い感じである。



伝える側の女性と、受け取る側の女性において、確実に私の姿の認識があるはずで

かつ、短いやり取りで私と特定できる感じで、やりとりがなされているに違いない。





「え?あのいつも颯爽とコインを出して帰っていくスーツの人?」

「指捌きが器用で、スマートよねえ。アッチのほうもうまいのかしら?」

「仕事帰りの割には、立ち回りが本格的よねえ」



そういうやり取りの中で、もしかしたら私のあだ名は”佐藤部長”かも知れない。





「え?あのいつも股間に手を当ててチンポジを直している人?」

「あの人、いつも落としたコインを一生懸命拾ってるのよねえ?」

「50枚以下でも、平気で流しにくるよねえ。立ち回りも落ち着きないし」



そういうやり取りであれば、私のあだ名は”セコ山下画伯”かも知れない。





でも、多分、両方とも違うと思っている。



なぜなら、最初の女性がマイクに向かって囁いていた口元は、

前半はよくわからないが、多分、後半は「で」「ぶ」と形どっていたように思う。





私のあだ名がマニアデブなのか、ニートデブなのかはわからないが、

当たらずとも遠からずだろう。そしてそれこそが、



寂しさを噛み締める理由の一つだったりする。