「…はい?」
ケビンさんが何かを言ったけど、小さな声だったから聞き取れなくて、わたしは聞き返した。
 「
・・・・・れ…
 「え?ごめんなさい、なんですか?」
夜景の見える素敵なホテルのラウンジバー、眼下のネオンと美味しいカクテルに酔いしれつつあるわたしの隣で、
俯き加減でわたしの話を聞いていたケビンさんの手がショットグラスを握り締めた。
 「・・・・・」
 「あの…」
 「・・・・・」
ケビンさんがわたしの方を向いて、わたしと視線を合わせた。
 「…ケビンさん?」
時折会話のキャッチボールが出来なくなるのにはわたしも少し慣れっこになっていたので、動揺はしない。
でも、彼の不揃いな金色の髪がすこし傷んでいるように見えて、勿体無いないな、と、ボンヤリ思った。
わたしはそれをわたしの恋人の、あの少しクセのある金髪と比べてみたりして、
ああ、やっぱり彼の朝日に透けてキラキラ光る金色の髪は特別に綺麗なんだなぁと、勝手に惚気ていた。
 「・・・・・」
そういえば、さっきからわたしは自分の恋人の話ばかりをしていた。
ケビンさんと彼があんまり仲良くないのは分かっていたけど、
どうにもわたしの恋人は困ったところがあるので(そういうところも、好きだけど)相談というわけではないけど、
なんとなく話を聞いてもらいながらも、実のところは惚気ていただけかも…
ケビンさんに申し訳ないことしちゃった。
他人の惚気話なんて、聞かされてもちっとも面白くないよね。
 「ごめんなさい、わたしったらさっきからジェ」
 「
Knock it off !!
ケビンさんが突然叫んで、わたしはビックリして息と言葉を飲んだ。
 「・・・・・」
 「…黙れ、と、言ったんだ…!」
奥歯を噛み締めるような、怒気を含んだ低い声で、ケビンさんが言った。


















  メイルトローム


















 「・・・・・」
ケビンさんはグラスの中身を一気に飲み干して、音を立ててグラスをテーブルに置いて、
 「・・・・・」
わたしはその動きと音にすら、ビク、と身体を震わせた。
 「・・・・・」
 「…あっ」
それからケビンさんは立ち上がり、わたしの左腕を右手で掴んでわたしを背の高い椅子から引きずり下ろした。
 「あ、あのっ、ケビンさん…っ」
 「・・・・・」
ケビンさんはわたしの左腕を掴んだまま歩き出し、殆どわたしを連行するようにバーを出た。
わたしは力では到底敵わなかったし、なにより、無言のケビンさんが怖くて、あまり抵抗はしなかった。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
エレベーターの前でケビンさんが立ち止まった。
わたし達の他にも何人かの人が待っていて、そのうちの何人かはわたし達を見たけど、すぐに眼を逸らした。
見上げる程に大きいケビンさんと、そのケビンさんに連行されている小さいわたし。
確かに可笑しい。
それでも、ケビンさんはわたしの腕を強く握り締めてはいなかったし、無理矢理に引っ張っているわけでもない。
 「・・・・・」
ケビンさんはわたしとは仲良くしてくれるけど、やっぱり、仲の良くない人の話は不愉快だったんだ。
ホテルから出たら、ケビンさんに謝ろう(そのチャンスくらいは、くれる筈だと思うし)。
 「・・・・・」
ポン。
エレベーターが到着して、扉が開いた。
 「・・・・・」
待っていた人たちと同じく、ケビンさんがわたしの腕を引いて再び歩き出した。
 「・・・・・」
惚気話なんかしたりしてケビンさんを怒らせてしまったわたしが悪いんだけど、
これでケビンさんと会えなくなってしまったりしたら厭だな…と、わたしが悲しい気持ちになっていると、
ドンッ
 「きゃっ」
ケビンさんがエレベーターに乗り込もうとしていたスーツ姿の男性を左手で突き飛ばした。
突き飛ばされた男性は他の人を巻き込みながら転んで、当然怒って叫んだけど、ケビンさんはそれを無視して、
エレベーターに乗っていた人達のことも左手で掴んでエレベーター内から追い出した。
驚いている人達のことを尻目に、ケビンさんとわたししか乗っていないエレベーターのドアが閉まった。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
ケビンさんがエレベーターのボタンを押した…あれ? 上…?
 「・・・・・」
 「・・・・・」
エレベーターが2階ぶん昇って、扉が開いた。
やっぱりケビンさんは無言のままエレベーターを降りて、ホテルの廊下を進んだ。
わたしは逆らわずに従ったけど、ケビンさんの足が部屋の前で止まって、わたしの心臓が急に跳ねた。
 「あ、あの、あの…っ」
わたしは少し暴れたけど、それでも腕は外れなくて、ケビンさんは無言で部屋の鍵を開けた。
 「ケビンさ…っきゃあ!」
 「・・・・・」
暴れるわたしの身体を難なく抱えてケビンさんは部屋に入ると、豪華なダブルベッドにわたしを投げた。
 「きゃ…っ」
質のいい羽毛の布団が、わたしの身体をボフ、と受け止めて、スプリングが僅かに軋んだ。
 「・・・・・」
どんなに鈍いわたしでも、ケビンさんがしようとしていることと、自分の置かれている状況くらい分かる。
 「あ、えっと…」
出来るだけ平静を装ってベッドから身を起こしたわたしを、
ドン
 「きゃ…っ」
ケビンさんがわたしの肩を突いて、わたしはまたベッドに身を横たえた。
 「・・・・・」
スプリングを僅かに軋ませて、ケビンさんがわたしを覆い被さるようにベッドに足をついた。
ケビンさんの身体が部屋のライトを遮って、わたしに影をおとした。
わたしの身体は押さえ付けられているわけではなかったけど、わたしの左右に置かれたケビンさんの手と足が、
決してわたしを逃がしてくれそうにはない。
 「あ、あの…」
 「…俺の気持ちを、知らない訳じゃないだろう」
 「・・・・・」

ケビンさんの、気持ち…?

 「・・・・・」
ケビンさんの指がわたしの頬を撫でて、それからわたしの髪を指で梳いた。
 「言わないと、分からないのか…?」
その行為と声があまりに優しくて、わたしは怖くて少し震え、
 「愛してる」
と、ケビンさんが言った。
 「・・・・・」
わたしはその言葉を聞いても取り乱したりせず、だから彼はいつもわたしに優しかったのだな、と、考えていた。



ああ、彼はわたしを愛しているのだな、と、突然に理解していた。



 「・・・・・」
ケビンさんの指がわたしの頬と首筋を撫でて、手の平が、わたしの胸を包んだ。
 「ぁ…だめ、ケビンさん、だめ…」
わたしはケビンさんの下で首を振った。
 「・・・・・」
 「だめ…」
わたしには、年下だけど真面目で優しくて誠実な恋人がいる。
あの朗らかな青年を裏切ることなど到底許されることではないし、なにより、わたしは彼を愛していた。
 「・・・・・」
 「…あっ」
ケビンさんの大きな手がわたしの小さな胸を揉んだ。
 「だめ、ケビンさん、だめ」
わたしは首を振って哀願した。
 「だめ、わたし、ジェ」
 「言うな!」
ケビンさんが叫んで、わたしは息と恋人の名前をまた飲んだ。
 「・・・・・」
 「…いいか、
覚えておけ、と、ケビンさんが言った。
 「俺以外の男の名を口にするな」
 「・・・・・」
 「俺だけを見て、俺だけを感じて、俺だけを愛すればいい」
俺が、の『全て』になってやる。と、ケビンさんが言った。
 「・・・・・」
何故だかわたしの目から涙が溢れて、ケビンさんの指がわたしの目尻を撫でて濡れた。
 「・・・・・」
その指の動きはあまりに優しくて、わたしを見つめるケビンさんの眼差しは、あまりに強い熱を帯びていた。
 「・・・・・」
ああ、どうしよう。
わたしに向けられるケビンさんの想いが大きくて、わたしはその大渦に抗えない。
どうしようもない大きな力で、わたしを飲み込んでしまう。
 「・・・・・」
わたしは、わたしよりも年下の、あの優しい彼を愛しているのに。
この大渦から逃れる術も、わたしを大渦から引き上げてくれる恋人の腕も、今はない。
 「・・・・・」
掴むものもなく、わたしはもう溺れるしかなかったけれど。
それでも何かに縋りたくて、わたしはわたしの顔の横に垂れている、少し痛んだ金色の房を掴んだ。
 「・・・・・」
わたしが金の髪を自分の指に絡ませると、ケビンさんはまるでわたしに促されるようにわたしに口付けた。
 「…ん・・・・・」
 「・・・・・」
ケビンさんの乾いた唇が少し開いて、柔らかくわたしの下唇を食んだ。
それから唇を離して、ケビンさんはケビンさんの高い鼻とわたしの鼻を軽く擦り合わせたあと、わたしを見つめた。
 「・・・・・」
わたしを見つめるケビンさんの瞳は、いつもわたしを映す翡翠色ではなかったけれど。
あまりに優しく、あまりに激しく、唯々真っ直ぐに、わたしを映していた。
 「・・・・・」
わたしの目からまた涙が溢れて、わたしの目に映るケビンさんの亜麻色がぼやけた。
 「・・・・・」
ケビンさんの優しい指がまたわたしの涙で濡れて、わたしはその動きに合わせるように目を閉じた。
再び唇が重なって、ケビンさんがわたしの上唇を食んだ時にケビンさんの顎がわたしに触れて、
わたしの恋人にはない、そのヒゲの感触がわたしの胸を締め付けた。
 「・・・・・」
わたしはケビンさんの金色の髪から手を離し、わたしの唇を愛撫するケビンさんの顎を撫でて、
ああ、やっぱり彼とは違うと思いながらケビンさんのヒゲの感触を指先で確かめた。
 「・・・・・」
 「…ん・・・」
ケビンさんの舌先がわたしの唇を少し割って入ってきたので、わたしは唇を開いてそれを受け入れた。















 「あ、だめ、ケビンさん、だめ」
わたしを防護する服をあっという間に取り払って、最後の砦であるショーツも剥ぎ取るように脱がされて。
慄くわたしの脚を広げて、わたしに顔を埋めようとするケビンさんを制止した。
 「はそればかり言うな」
ケビンさんは少し笑って、わたしの膝裏に手をあてて、より一層わたしの脚を持ち上げて広げた。
そして空いている方の指先を舐めて、その指でわたしの敏感なところを撫でた。
 「やだ、だめ、ケビンさん、やだ、さわらないで」
シャワーを浴びたい、と、わたしはケビンさんにお願いした。
けれど、
 「ダメだ」
ケビンさんは意地悪そうに笑ってから、
 「俺に抱いて欲しくない身体を俺に見せるんだ」
 「あ、だめっ、ぁっ」
今日はセックスする予定のなかったわたしのソコに舌を這わせた。
 「ああ、けびんさ、ぁ、やっ、だめ…」
ケビンさんはわたしの中に指を挿れてかき混ぜるように刺激しながら舌でもわたしを愛撫して、
時折、わたしの中から出ていった指が後ろの穴を刺激した。
 「やぁ…けび、ん…っ!」
わたしの身体がビクリ、と震えた。
 「・・・・・」
 「はぁ…ん…」
 「・・・・・」
ケビンさんはわたしをケビンさんの舌と指から解放すると、身体をずらしてわたしのお腹に舌を這わせ、
 「ふぅ…ん…」
お臍を舐めたり脇腹を舐めたりしながらゆっくりとわたしを上ってきた。
 「ん…」
わたしの控え目な胸も優しく愛撫して、わたしはわたしの身体に触れるケビンさんの顎の感触にまた震えた。
 「クッ、ハハ…」
ケビンさんはわたしの顔と耳を舐めてから少し笑って、わたしを抱き締めた。
 「それでいい、。俺の腕の中だけで震えろ」
俺だけを感じて、俺だけの為に震えろ、と、ケビンさんがわたしに囁いた。
わたしはその声にブルリと震えて、ケビンさんがわたしの耳を唇で愛撫しながら笑った。
 「・・・・・」
ケビンさんは身体を起こすと、わたしの震えるソコにケビンさんの先端をあてた。
 「あ、だめ、けびんさん、つけて…っぁ…あぁ…」
わたしを開いてわたしの中に入ってくるケビンさんの質感に、わたしはブルルと震えた。
 「フッ…」
ケビンさんはまた笑って、緩やかに腰を動かした。
 「ねぇ、けび、ん…だめ、つけ、て…っ」
徐々に激しくなっていくケビンさんの動きに翻弄されながらもわたしは哀願したけど、
 「・・・・・」
ケビンさんはわたしの顔を見て意地悪そうに笑っただけだった。
 「あっ、あぁ…ん…っ…」
わたしを揺さぶるケビンさんの熱と大きさに、わたしの手が何かを求めてシーツの上を彷徨った。
するとケビンさんが一度動きを休めて背中を丸めるようにしてわたしに口付けたから、
 「…ん…」
わたしはケビンさんの首に手を回して、ケビンさんと舌を絡めた。
 「・・・・・」
 「ん、ふぁ…、ん」
わたしがキスに夢中になって、ケビンさんの口の端に舌を這わせていると、ケビンさんが再び動き出した。
 「あ、けびんさん、だめ、ぁ、けびん…っああ…っ!」
わたしはケビンさんの頭を引き寄せるようにして強く抱き締めて、ケビンさんはそんなわたしに少し笑った。
 「ほら、…放さねぇとマジに中で出すぜ…」
 「やぁ…だめ、だめ」
それでもわたしはケビンさんを抱き締める腕を緩めず、ただ『だめ、だめ』と言って首を振った。
 「…ク、ハハ…」
ケビンさんは笑ってわたしの腕を外すと、わたしの中で激しく動いてからわたしのお腹の上に白いのをかけて、
それらの一部がわたしのお臍に流れて溜まった。
 「ぁ…」
わたしが少し身体を起こしてわたしのお腹の上にある白いものをぼんやりと見つめていると、
 「
ケビンさんがわたしを跨ぐようにして、まだ大きいケビンさんをわたしに差し出したから、
 「・・・・・」
わたしは素直にケビンさんを口に含んだ。
ケビンさんをある程度綺麗にすると、ケビンさんはわたしにシャワーを浴びてくるように言った。
 「俺に抱いて欲しい身体にしてこい」
わたしの耳に口付けながら囁いて笑ったケビンさんに、わたしはコクンと頷いた。















 「・・・・・」
わたしは目を覚ましたけど、身体に残る疲労感に、ベッドから頭を上げられないでいた。
身じろぐと、いまだ湿り気を帯びたシーツが身体に触れて、少し不快に感じた。
 「・・・・・」
わたしはわたしの隣で眠る、ケビンさんを見た。
ケビンさんは逞しい腕でわたしに腕枕をしてくれたけど、あまりにも逞しすぎて逆に寝辛かった。
不揃いな長い金色の髪はやっぱり毛先が少し痛んでて、わたしはこっそり枝毛を探したりしてみる。
それからわたしは身を起こし、ケビンさんの顎の毛に小さく唇を寄せた。
唇に触れる髪の毛とは違う硬い感触がなんだか心地良くて、わたしはケビンさんの顎を唇で食んだ。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
わたしが悪戯をしたから起こしてしまったのか、ケビンさんの手がわたしの頭を撫でた。
 「・・・・・」
わたしはケビンさんの顎から唇を離し、ケビンさんの逞しい胸に頬を寄せてケビンさんの上に寝転んだ。
 「ケビンさん…」
 「なんだ?」
わたしはハァ、と息を吐いた。
 「わたし、今日仕事なんですけど…」
今はもう、完全に無断欠勤扱いをされてしまう時刻だ。
わたしの放置されたバッグの中で、着信の残る携帯がピカピカ光っている光景が目に浮かんだ。
 「・・・・・」
ケビンさんは何も言わなかったけど、逞しい胸をクックと小さく動かして笑ってる。
 「ハハ…」
 「・・・・・」
わたしはなんだかムカついて、笑うケビンさんの顔に手を伸ばすと、顎のヒゲを摘まんで引っ張った。
ケビンさんは痛がって『やめろ』と言って、わたしはなんだかそれが可笑しくて笑った。
それから2人でシャワーを浴びて、わたしは手持ちの化粧道具で(それなりに)身なりを整えた。
ホテルの部屋に設置されているドレッサーの前に座るわたしの元にケビンさんは何度もやってきて、
その度にわたしの頬にキスをしたり頭を撫でたりした。
大きい身体を丸めて、小さいわたしに甘えるケビンさんが可笑しくて、わたしはまた笑った。
ケビンさんの腕に頬を寄せるように手を絡ませながらホテルを出て、わたし達はわたしのアパートに帰った。
 「ケビンさん、お腹空きませんか?」
冷蔵庫に何が入っているのかは見てみないと分からないけど、軽い食事くらいなら用意出来る。
大したものは出来ませんけどすぐに作りますよ、と、わたしが言うと、ケビンさんは『サンキュー』と言った。
 「ケビンさんて食べ物では何が好きなんですか?」
 「そうだな…」
ケビンさんが考える素振りを見せ、わたしはそんなケビンさんを見上げてニコニコ笑った。 と、
 「
叫ぶようにわたしの名を呼ばれて、わたしはその声にビクッと身体を硬直させた。
 「・・・・・」
わたしのアパートの前に、わたしの若くて誠実な恋人が立っていた。
彼とわたしは一緒に住んでいるわけではなかったけれど、昨日はある意味、無断外泊だ。
もしかしたら携帯の着信は会社からだけでなく、若い恋人からのも含まれていたかもしれない。
 「…」
 「・・・・・」
おそらく彼はわたしが帰らないことを心配して、方々を探し、わたしのアパートの前で一夜を明かしただろう。
わたしが裏切ったのは、そんな彼だ。
どこまでも優しくて誠実で純粋な、汚れを知らない彼だ。
わたしだけを一途に愛してくれていた、そんな彼を、わたしはあまりに残酷に裏切った。
 「・・・・・」
わたしはケビンさんの腕をギュッと抱き締めた。
 「・・・・・」
わたしはわたしよりも若い恋人を愛しているけれど。
それでも、ケビンさんから与えられる大渦から抜け出すことは出来ないと感じていた。
 「…」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
ケビンさんの腕に縋るわたしを見て、わたしの若い恋人の顔が見る見る険しくなっていった。
彼は、自分が如何に酷く裏切られたかを理解したのだとわたしは思った。
 「・・・・・」
泣いて彼に許しを請おうとは思っていなかった。
例え若い恋人に殴られて死んでも、わたしは既にケビンさんの大渦に飲まれてしまっているのだから。
 「あのね、ジェ…」
わたしは恋人の名前を飲んだ。
彼の名前を発することは、昨日、ケビンさんに禁じられてしまっていた。
 「・・・・・」
 「あの…ごめんなさい」
ケビンさんが好きなの、と、わたしはわたしの恋人に告げた。
 「・・・フッ」
まるでわたしを褒めるかのように、ケビンさんが小さく笑ってわたしの頭を撫でて、
 「・・・・・」
わたしの若い恋人は、強く握り締めた拳をブルブル震わせて、ケビンさんを強く睨みつけた。
 「ケビン…ッ!」
固めた拳を振り上げて、わたしの若い恋人が走り出した。
怒りに燃える翡翠色の目は、不実なわたしではなくケビンさんを見据えていた。
 「っ…だめ!」
わたしの若い恋人は元より、ケビンさんも悪くない。
悪いのはわたし。
ケビンさんの想いを無視し続けた、わたしの優しい恋人を裏切った、わたし。
 「だめ!」
わたしはケビンさんの腕から手を離し、ケビンさんを殴ろうとする恋人とケビンさんの間に飛び出した。
 「…ッ!…ッ!」
 「きゃっ」
若い恋人はわたしの腕を強く掴むと、わたしの身体を突き飛ばすようにして除けた。
わたしはその強い力に逆らえずに転んでしまったけど、すぐに身を起こして、
 「やめて、やめて!」
わたしはケビンさんから発することを禁じられた若い恋人の名を叫んだ。















 
「ジェフリー!」

























 「・・・・・」
鼻孔をくすぐるいい匂いに、オレは読んでいた本を閉じた。
カチャ
すると、廊下へと続く部屋の扉が開いて、がトレイに料理を乗せて現れた。
 「お待たせ〜」
今日は豚のしょうが焼きだよーと、がいつもの口調で言った。
 「
 「ん?」
オレの前に箸や小皿を置きながらが『なに?』と首を傾げた。
相変わらずボーっとしたシニョリーナだ。
 「この本は何だ」
オレはオレが今まで(夕飯までの暇つぶしに)読んでいた本をに見せた。
 「あ、それ?なんかね、ヨーチがくれたの」
古本屋で見つけたんだって、と、が説明して、自分はまだ読んでないとオレに言った。
 「主役の女の子がわたしと同じ名前で、他の登場人物の名前も面白いんだって」
 「・・・・・」
確かに面白い。
容姿までもがケビンに似ている(ともすると、この本の筆者はケビンマスクのファンなのかもしれないな)。
日本人のシニョリーナが異国の男2人から愛されて、愛の狭間で苦しむストーリーのようだが…
 「グフ」
実際に愛されているのに、まったく苦しんでいない様子のAmicoにオレは思わず笑った。
 「スカーはどこまで読んだの?」
面白い?と、がオレに訊いた。
 「どうだろうな…まぁ確かにラストは気になるな」
この“”はどちらの男を選ぶのかが、な。
 「じゃあそれ貸してあげる。持ってっていーよ」
 「Grazie」
オレはラストが気になるこの本を胸のところに入れた(今夜のアモーレの部屋で読むことにしよう)。
 「はい、おしぼり」
がオレに絞ったタオルを差し出して、オレはそれで手を拭いた。
少し神経質すぎないか?とも思うが、まぁこれくらいならオレも付き合ってやる。
 「じゃ、いただきまーす」
『お腹空いた〜』と、が嬉しそうに笑い、
 「・・・グフ」
オレはそんな呑気なシニョリーナを見て、もう一度笑った。















                                 
『思い出し笑い?やーね』とがオレを見て笑った。 戻る









マスクレスケビンの顎ヒゲ(モミアゲにも)に萌え死んだので書きました。
素敵なオプションをつけてくださったことを感謝します。ありがとうゆでたまご先生!

ケビンの目の色はブラウン系がいいので捏造しました。ダメな方は脳内変換で。






080429