2019.04.10 (水)

 小林 旭さんのコンサートを聞きに行ってきた!

 、阪急曽根駅からでも3分ほどのところにある「豊中市立文化芸術センター」の大ホールで開催された「小林 旭のコンサート」に家内と一緒に聞きに行ってきた。

 当初は自転車で行く予定だったがあいにく小雨が降っていたので、我が家から歩いても7分程度のところに位置しているので歩いて傘をさしながら歩いて行ってきた。

 開催時間は13時30分からだったが、13時過ぎには1334席ある会場大ホールはすでに満席状況だった。
 
 観客は少し年齢が高かったみたいだが、小林 旭自身がすでに80歳を超えているのだから少しはなるほどということかも知れない。

 コンサートは予定時刻通りに始まったが、身長180センチ、体重80キロの堂々とした体格の良さにも観客はみんな驚いた様子だったが、本人の口からいきなり昨年11月には「とうとう80歳を超えました」という紹介に観客一同さらに驚きの歓声が上がったほどだった。

 それよりも驚いたことに、コンサート時間の1時間45分の間、寸時も立ち止まることなく舞台を歩き回り、曲目の説明から歌唱まで1秒の休みもなくコンサートを続けたそのバイタリティーには全員が驚いた様子。

 これまでにも数多くのコンサートを聴きに行ったこともあるが、全くの休みなく歌い続けるコンサートは初めてだった。
 
 20曲の持ち歌がすべて終わった際には観客全員が驚きと万雷の拍手が起こったのも理解できるほどだった。

 彼は昭和33年に日本コロンビアより歌手デビューしてからすでに60年も歌手生活を続けていて、以来昨年11月に80歳を迎えてもまだ立派な現役として活躍しいるのだからすごいの一言に尽きる。

 私生活でも、一時浅丘ルリ子との同棲もあったが、美空ひばりとの雑誌の対談がきっかけで、ひばりがゾッコン惚れ込んで、当時父親代わりの山口組の田岡親分さんから強引に頼まれ、ひばり24歳、旭23歳の昭和37年に結婚したとのこと。

 彼は「ひばりは結婚生活では懸命によき妻を演じようとして最高の人だった」とかって「徹子の部屋で」で述壊していることから本当に当初は幸せな新婚生活を送っていたらしい。

 ただ、2年後にはひばりの母親からの反対の意を受けて、やはり田岡組長から「ひばりをみなさんにかえしてやりや」との引導で強引に別れさせられたと伝えられている。

 今回のコンサートの3曲目に「惚れた女が死んだ夜は」を歌う前に、舞台上で美空ひばりとの短かったが共に過ごした日々の楽しかった思い出を彼自身の口から話し出したのを聞いて驚いたが、観客のほとんどもこの事実をある程度知っているのか大きな歓声があがっていた。

 この歌はひばりが亡くなって7年ほど後に作曲されたらしいが、最初舞台でこの歌を歌ったときに小林旭は本当に涙を流しながら絶唱していたと伝えられている。

 今日もこの歌を彼が歌っているときは本当に真剣な姿で歌っていたことが印象に残っている。
 今後もコンサートのたびに必ず歌うのではないかな?

 僕もカラオケに行ったときにはかならず歌う曲の一つだが、残念なことに?亡くなったときこの曲を歌いたい人はまだまだ元気に生きているので、本番はまだまだ先というところかな? というよりもこちらの方が先に逝くのではないかな。
 そのときは石原裕次郎の「我が人生に悔いなし!」の歌を録音しておいて告別式場にでも流してもらおうかなとも。

 今日はほかにも多くの素晴らしい曲を直接本人の生の声で聴くことができて本当に良い時間を過ごせたと感じている。

 まだまだこれからも現役で歌い続けてもらいたいものだ。

 
2019.04.04 (木)

 快晴に恵まれて花見会

 今日も元気に服部緑地内でウォーキングを楽しんだ後、緑陰クラブの仲間達が緑地内の桜満開の場所に集まり、クラブの一年間の活動の総括をする総会を兼ねて花見会を開催した。

 早朝の朝6時半過ぎに花見会場の予定している場所に3枚のブルーシートを敷き、とにかく場所の確保だけはしておいたので、ウォーキング終了の後、全員が花見会場に集まる事ができて準備はOK。

 「花見弁当」担当や「飲み物」担当の会員もスムーズに手配を済ませて12時前には今年の桜の花見会をスタート。

 場所は昨年と同じところだったが、今年は桜の満開時期がピタリと一致して気持ちの良い花見会だった。

 このクラブも高齢化が進み、残念ながら毎年会員数の減少傾向が続き、今年は32名になってしまった。
 多いときには50名近くの仲間がいたのに寂しい限りだ。
 
 年齢も今年で男女平均78歳になってしまったが、それでも毎週元気にウォーキングに参加して健康管理の一助になっているのだから、これからも元気に続けられたらと全員が感じているところだ。

 今年も元気に毎週木曜日には緑地に出かけてきてウォーキングを楽しみたいと願いながら満開の桜の木の下で大いに昼食会を楽しんだ。

2019.03.16 (土)

 クラブツーリズム20周年記念ミステリー旅行?

 先日自宅に送付されてきたクラブツーリズム関西バス旅行センターの20周年記念ミステリーツアーのバス旅行のパンフレットの内容に興味を持って早速申し込みをしていたが、期日が来たので15.16日の一泊旅行に出かけてきた。

 最近は「ミステリー」と名前のついた旅行が大流行みたいで、各旅行社からの案内がよく届くようになった。
 近辺旅行についてはこれまでにほとんどの名所を含めて旅行してきたので最近はどうしても行ってみたいところもなくなってしまったみたい。

 さて過去にも何回かミステリーと名のついたツアーに参加してきたが、つまらなかったという印象もなく、比較的旅行価格も安く、期待外れの旅行はなく、これまで案外満足で良かったという印象が強い。

 特に今回はツーリズムの20周年記念ということでもあるので、絶対に主催者は自信を持って企画したに違いないと感じて少しは期待していた。

 集合場所についてみると、大阪駅近くにある出発地点には2台のバスが用意されていてすべて満員という盛況だった。
 他場所からの出発するバスもあり、今日だけで4台ほどのバスが同じ目的地に向けて出発するという説明だった。

 さて出発時間が来てバスは中国自動車道を西に向けて走り、美作追分近くでいったん高速道路を降りて「西の屋美作店」という場所ですき焼き御膳の昼食をいただきお腹いっぱい。
 
 昼食後バスは走り出すが行き着く先は今のところまったく不明。
 案内書には、@名峰??のふもとに佇むリゾートホテル、A場所は全国星空継続観測で何度も日本一に輝いた美しい星空が眺められるところ、と説明されていたがまだこの時点では何処に向かっているのかはわからない。

 バスが走り出して30分ぐらいで「中山神社」というところで下車。
 立派な大鳥居が迎えてくれるが、この鳥居は花崗岩製で高さ11メートルほどもある立派な鳥居。
 
 本来鳥居は両柱を支える貫があるが、その柱より出た部分を木鼻というが、その木鼻が全くない造りで建てられていて全国的にも珍しいとのこと。
 入り口には立派な祝木のケヤキもありこの古木も見応え十分。

 次に旧津山藩別邸庭園の「聚楽園」という南北に長い池に四つの島を配した近世池泉回遊式大名庭園に入園し1時間ほど散策。
 
 この聚楽園は同じ様式の後楽園よりも古く、国の名勝にも指定されているとかでなかなか見所のある素晴らしい庭園だった。
 
 しばらく当時の殿様が庭園を眺めたと想像される衆楽茶室に入って広大な庭を眺めると本当に心が落ち着く感じがして、当時の殿様の満足感を共有できたみたいだった。

 聚楽園を後にしてバスは米子自動車道に入り、蒜山で下車し、今日の宿泊地と思われる大山高原に聳え立つ、白亜の「ロイヤルホテル大山」に到着。
 
 このホテルはゴルフ場も併設され、大山隠岐国立公園にある位置する広々としたなかなか立派なホテルだった。
 割り当てられた部屋も35u以上はあると思われる広々とした部屋でこれも大満足というところ。
 
 さらに部屋のベランダから外を見ると、なんと驚いたことに冠雪をかぶった富士山が?
 まさかと思ったがやはりそれは大山と呼ばれている山だったが、本当に富士山に形状はそっくりさんだった。一瞬でも不思議な感覚にとらわれてしまって苦笑の一言。

 まずゆっくりと温泉に浸かった後、バイキング形式の夕食が用意されていた。会場は500名ほどが一度に食事できるほどの広大なレストランで驚いたが、料理内容もなかなか豪華で、思う存分夕食を楽しんだ。

 翌日はホテルを出発し、まずは「お菓子の城」で小休止。店内には土産物の試食品が多く並べられていて、試食して廻るだけでだけでお腹がいっぱいになってしまったが、それだけでは申し訳ないので少しの買い物。

 ここからしばらく走り、米子城の下町を現地のガイドさんに案内してもらいながら見学。昔の城下町の生活の様子がそのままの形でまだ残っていてなかなか興味深く市内散策を楽しんだ。

 ここからバスは海岸線を東に向かって走り始めたので、鳥取砂丘方面に向かっていると理解できた。

 途中神話の里、白ウサギの記念碑があるところを通過して昼食場所の鳥取砂丘に到着。
 今回のミステリー旅行の見学ルートの全貌がやっと理解できたみたいだ。

 鳥取砂丘には過去に何回か来たことがあるが、いつ来ても日本でないような感覚になる広々とした砂漠地帯が拡がり気持ちのよい観光地だ。
 といっても過去に行ったエジプトのサワラ砂漠の規模には到底及びもつかないが。

 昼食は砂丘の前にある「砂丘会館」というところで食事。
 食事後は少し時間もあったので久しぶりに砂丘まで歩いて行ってその風景を楽しんだ。

 ここからはバスは鳥取自動車道に入り一路大阪までドライブ。
 途中一部の混雑はあったが、一応時間通りに終着地の大阪駅近くの降り場に無事到着。

 今回のミステリー旅行は一泊旅行だったので時間的にも余裕を持って行動できたし、料金も2万円を下回る格安費用で大満足の旅行だったのではないかな。

2019.03.14 (木)

 急遽、仙台に行ってきました!

 4月末から始まる10連休の期間に子供たちが久しぶりに仙台に残してある自宅に遊びに行きたいというので、切符の手配なども終わっていたのだが、1日の喜寿を迎える誕生日の夕方、突然仙台の警察署から電話がかかってきた。

 何事かと驚いたが、内容は昨年4〜6月ぐらいの間に仙台の自宅に空き巣が入ったとの連絡。

 捕まった犯人の自供によると、自宅の南側の腰高窓をこじ開けて室内に侵入したと言っているとの事。
 そして室内にあった封筒から多額の現金を抜き取ったとの事だったらしい。

 現在自宅は空き家でほとんどの家具もなく、現金など置いてあるわけなどないので不思議に思ったが、警察からの連絡である以上確認してみる必要もあるので急遽飛行機を手配して仙台まで出かけてきた。

 早速自宅の周囲や実際出入りしたとされる6帖洋間の南窓を点検したが完璧に鍵もかけられたままだった。
犯人は外側から窓枠を外したと言っているらしいが構造上ガラスでも割らなければ窓枠は外側から外すことはできない構造になっているので不思議な感じを禁じ得なかった。
 
 犯人が開けた室内は完全に鍵がかかったままで、さらに鍵が動かないように固定してあったがそのままの状態だった。室内も荒らされた様子も皆無で不思議さがますばかりだった。

 翌日訪ねてきた警察の方からも詳しく聞いたが侵入自体もどう考えても理解できない状況だった。
 
 ただ、犯人が自供している以上、今後の取り調べ継続には被害者からの「被害届」が必要とのことで、あらかじめ作成されていた文章に目を通した上で印鑑を押して提出した。
 
 ただ後で犯人される者がこの件は勘違いだったといわれたときには、この文章の扱いはどうなるのかと心配になったが、ここは警察にお任せすることにした。 犯人とされる人間は44歳の男性で、夜に出かけてこれまでに100件以上も空き巣に入ったと自供しているとのことだが、プロ中のプロということかも。
 
 何か変な事件の感じもするが、ただ自宅周りの4軒ほどには、心配をかけたことに間違いないのでお詫びの挨拶だけは済ませてきたのだが。

 ところで今年も初詣で引いた「おみくじ」が大吉だった。一昨年、昨年と3年連続で大吉を引いたが、過去2年間は何故かあまりいい年ではなかったので、もしかしたら今年も何か悪いことでも降りかかってくるのではないかとの予感がしていたのだがやはり今年も?

 やはり折角の喜寿が厄寿にならなければよいがと懸念していたが、やはり的中したのかな。
 でも実際に実害がなかったと思われるのでこれ以上のやっかいごとはお断りという気持ちで一杯だ。

 
2019.03.01 (金)

 今日は私の77歳の誕生日!
 
 自分もとうとう77歳を迎えてしまった。若い頃にはここまで元気に生きていられるとは想像にもしなかった。
 
 そのため定年60歳を迎えたときに、これからの自分の人生を楽しく気の向くままに生きていくために、きっぱりとサラリーマン生活に別れを告げ、せめて70歳ぐらいまでは元気に悠々自適の生活を楽しもうと計画していたのだが、正直「喜寿」を迎えてもまだまだ元気に毎日を過ごしているのは少し想像外。

 でもここまで楽しく過ごしてこれたからといっても明日何が起きてもおかしくない年齢に来ていることも確かなので、後悔のなきようこれからも思う存分一日一日を楽しんだいきたいと思っている。

 ところで77歳は何故「喜寿」と呼ばれるのか意味がわからなかったので、パソコンで検索してみたら、行書体では「喜」と書くのだが、草書体で書いた時に、「七」「七」「七」と読めることから、77歳のお祝いは「喜寿祝い」となったとのこと。
 さらに「七」「十」「七」とも読めるという説もあるらしい。
 どちらでもいいが「77」という数字であることには違いないのでは。

 ところで「還暦」は干支の循環表から発生したものらしいが、さらに「古希」は人生七十古来稀から発生したものということで、これらのお祝いのルーツは「中国」から伝えられたといわれているようだが、「喜寿祝い」は日本が発祥の行事だとされているみたいですね。
 
 還暦(60歳)・古希(70歳)と長寿の祝いをしたのだから77歳にもなにかお祝いでもしょうかと始まったのが「喜寿祝い」だといわれているみたいです。  昔の中国ではここまで長生きする人も少なかったのではないかな。
 
 さらに人生の長生きは続き、傘寿(80歳)、卒寿(90歳)、白寿(99歳)、百寿(100歳)とお祝いの行事があるみたいだが、これからの寿のことはもうどうでも良いので、今このときを悔いなきよう思い切り楽しんでいきたいと考えているところ。
 
 でも人生「砂時計」の残りの砂がかなり少なくなってしまっていることは確かだ。最後の1砂が無くなるのもあと僅かかな?

 今年は正月に原田神社で引いたおみくじは大吉、3月1日は喜寿お迎え。この喜びを真逆の「厄寿」にならないように気を付けねば。

2019.02.25 (月)

 久しぶりに万博公園で楽しんできました!

 緑陰クラブのウォーキング仲間と久しぶりに万博公園に行ってきた。
 この万博公園内には自然文化園と日本庭園の2ケ所に梅林があるのだが、今回は自然文化園の梅林での花見となった。
 こちらの梅林は約5500平米の敷地内に120品種の梅が植えられていている。

 一部の梅はすでにピークを過ぎている梅もあったが、まだ十分に梅林内には数多くの種類に囲まれた梅の香りがほのかに匂ってきてなかなか気持ちの良い花見だった。

 「桃山」という名前でここの梅林しか見られない梅があるということなので必死に梅林を探してみたがなかなか見当たらず、入り口に戻って梅林内の案内図をみたところ場所を明示したところがあったので、それを頼りに行ってみだが、残念ながらもう見頃が過ぎていたのか期待したほどのものではなかったみたいだ。

 今日の主目的はこの公園内にある「国立民族博物館」というところの見物だったが、何回もこの公園を訪れてはいるのだが、参加者のほとんどが初めてだということだった。

 この万博公園に来る人の目的はほとんどが広大な敷地に各所に散らばり四季折々に咲き誇る花々の見物がほとんどなのであまり博物館には立ち寄らないのだろう。私も何十回と来ているが一度も入場したことはないので今回は興味深々というところ。

 博物館に行く途中この万博公園の西門から両側に聳え立っている見事なプラタナス(アメリカスズカケノキ)の聳え立つ西大路という通りを歩いたが、昨年の台風の影響かほとんどすべてのプラタナスの木々が駄目になってしまっていた。
 
 本当に残念なことだが、現在は木々の修復に業者の方たちの作業も行われていたので、是非以前の素晴らしい通りを再現させていただきたいものだと思う。

 この西大路を通り、しばらく歩くと目的の「国立民族博物館」に到着。会員全員が高齢者なので「高齢者割引」を適用してもらい入場。

 昼食時間も近かったので会場内のレストランで昼食を取ったが、ここは本格的なエスニックメニューが充実しているのだが、ランチはネパール料理ということでオールカレー味のご飯で日本のカレーとは違ってスープ状のカレーでかなり辛みがあったが何とか美味しくいただけた。

 昼食後は早速館内の順路の標識に従って従って見て回ったが、あまりに展示品の多さに惑わされて何回も同じ展示物を観ていたような気もして訳がわからない感じ。

 会場の展示物は世界の人々の暮らしや文化に触れることができる世界最大級の民族博物館ということで、オセアニアの展示物、南アジア、日本の文化展示物、さらに音楽提示など数多くの展示物でとても市西で見て回れないような展示物の多さにびっくりした。

 特に東南アジア中心の生活にも密着しているような民族衣装のような人形も多く、普通の展示会で観るような精錬された展示物でなく、今まで観たこともないような展示の仕方にも興味を持った。

 全部ゆっくりと鑑賞するにはあと数回は通わなければならないのではないかと感じた次第。

2019.02.15 (金)

 今年は早々と確定申告済みの還付金が支払われた。

 今年も2月18日(月)から1ケ月間に渡って確定申告の提出時期がやってきた。

 税務署は大忙しい時期を迎えるのだろうが、近年はパソコンや今年からはスマホでの提出も可能ということになって少しは業務も楽にはなるのかもしれないが、それでもまだまだ提出窓口は大混雑を迎えるのは違いないことだろう。

 ところで確定申告書作成が自宅でのパソコン作成ができるようになってすでに20年ほど経つが、自分は最初からこの制度を利用して毎年自分の確定申告書を作成している。
 
 領収書等の必要資料を事前に整理して、国税庁の「確定申告作成コーナー」から必要書類を自分のパソコンに移して、指示に従い数字を打ち込むだけなので時間的には20分ほどで作成終了だ。

 その他、住所、名前、社会保険番号、振込銀行などは昨年と同じであれば昨年の資料が自動的に利用できるようになっているのでなにも新たに作業することもないので助かる。

 さらに税制の変更や復興税などややこしい計算も自動的に計算されていてなんの不安もなく最後まで作成できる。

 さらに税務署に提出する確定申告書類の印刷まで自動的に設定されているので、確定申告書の作成まですべてを約30分程で今年も作成することができた。

 通常の提出期限は2月18日からなのだが、確定申告書作成の結果、還付金が発生する場合は、1月から受け付けてもらえるので、今年は1月18日に管轄の豊能税務署に提出してきた。
  もちろん郵送も可能なのだが、年に1度ぐらいは税務署に顔を出すのも良いかなと思って、毎年持参している。

 ところで今日の郵便受けに早々と豊能税務署からの葉書が届いていて、おそらく還付金の連絡かと思い開いてみだら、すでに2月14日付けで振り込みましたとの連絡だった。

 今年はいつもより1週間ほど早めに提出したためか、18日目の振り込みだった。
 今年も毎年とほとんど同じ程度の35000円強の還付だった。

 還付金なので返金してもらって当たり前なのだがなにか得した感じもするから変な感じだ。
 早速家内を誘ってうまいものでも食べに行くかな?

2019.02.03 (日)

 今日は節分の日

 節分は「季節を分ける」という意味で、立春前日に豆まきをして、邪気を払うお馴染みの行事だが、最近はこの行事を行う家庭も徐々に少なくなってきたといわれているようだ。

 「鬼は外、福は内」と唱えながら豆を蒔くのだが、残った豆を食べて厄除けをするのが昔からの習わしだが、現代ではその証拠が科学的に証明できないということか、子供が豆を拾って食べたらのどに詰めて危険だとかの理由?で豆まきなどやらないということか。

 理由はともかく、我が家では昔から豆まきの習慣を続けていて今日もちゃんと実行した。そのおかげかどうかは知らないが、二人とも大きな厄も入ってこず今日まで元気に過ごしている。

 さらに今日は節分で豆を蒔いて家の中を清めた後に、福を呼び込むために「恵方巻き」といわれる巻き寿司を食べる風習もあり、我が家も夕食は巻き寿司を食べた次第。

 恵方巻きと呼ばれる寿司の中身は「かんぴょう、きゅうり、うなぎ、しいたけ、たまご焼き、しいたけ、桜でんぶ」の七種類の具材を入れるのだが、これは七副神にちなんで7種類を入れるということらしい。

 そして今年の恵方は「東北東」ということなので、磁石を持ち出して方向を間違わないように一気に食べ終えた。

 別に信じるわけではないが、昔の人の風習を経験しながらすべてに理屈を付けて一夜を過ごすのも面白いものだ。

 ところで、夕方スポーツクラブの帰り近くのスーハーダイエーの食品売り場を覗いてみたら売り場のかなりのスペースを使って恵方巻き寿司を大量に並べて売っていたが、この日のうちには絶対に売り切れないと想像したが、毎年問題になっているようだが、売れ残りはやはり廃棄処分に出してしまうのだろうかと想像してしまったが、本当にもったいない感じがする。

 
2019.01.09 (水)

 緑陰クラブの初詣

 緑陰クラブの今年最初の郊外ウォーキングということで、緑地公園の近辺に位置する4ケ所の神社に初詣としてそれぞれ訪れることになった。

 10時30分に阪急宝塚線の岡町駅に集合。当日は当初参加予定者より多くの22名が集まって出発。

 まず最初は岡町駅の北側に位置する「原田神社」に参拝。

 この神社は我が家の近くにあるので今年も元旦に参拝に訪れたところだ。
 現在は境内はあまり広くはないが、地元の人々からは大変大事にされている神社で、行事のあるときはかなりの参加者が集まってくる神社だ。
 今日はさすがに正月行事が済んだばかりの時なので境内は閑散としており、ゆっくりとお詣りができた。

 元旦に訪れたときには、参拝の後で買ったオミクジは一昨年、昨年につづいて3年連続の「大吉」だった。
 過去の2年間は正月早々から身体的にもかなりいやなことが続いたので、今年もかなと心配したが、現在までのところは特に異常は感じられないのでほっとしているところだが油断しないでおきたいと思っている。

 次の訪問神社は、ここから歩いて30分ほどのところに存在する長興寺の「住吉神社」に向かう。
 
途中、桜塚の街中を通っていくのだが、この地出身の山田洋次さんの実家や多くの有名な住宅が存在しているのでゆっくりと次の目的地に歩を進めた。

 長興寺住吉神社は、住宅街に位置していて、少し高いところに建屋が建っている。
 
 毎週ウォーキングに出かけている緑地公園への途中にあるので、よく知ってはいるつもりだが、普段はあまり境内までは足を運ばないので今日はのんびりと参拝。境内はよく清潔に保たれていて、なかなか気持ちが清まる神社だ。

 もちろんここの住吉神社は大阪住吉区にある「住吉大社」の系列に位置する。
 ところで自分の誕生した場所がこの住吉大社の裏だったので、住吉神社と聞くだけで親近感がわいてしまうので不思議な感じだ。

 さらにここから歩を進めて、176号線に位置し、我が家のすぐ近くにあるレストラン「ロイヤルホスト」で昼食タイム。
 昼少し前だったので、22名の団体が押しかけてもゆったりとして昼食を楽しむことができた。
 ランチといっても価格の割にかなりの量があり、完食するまでに四苦八苦。
 最近は歳のせいか通常の量を消化するのにも時間もかかりすぎ大変だ。

 ロイヤルホストを後に、服部にある「住吉神社」に向けて出発。
 
 もちろんこの神社も名前のとうり住吉大社のグループ。
 この神社の特徴は住宅地にありながら門前から神社までの距離がかなりあって、ゆっくりと歩いてくるのも情緒もあるのだが、今回は残念ながらウォーキングの道順の関係で裏口からの入所となった。

 この神社も住宅地に隣接しているため敷地は広くはないが、奥に歴史的にもかなり年数が経っているような立派な能舞台がありなかなか趣のある神社だ。

 ここから最終目的地の「服部天神宮」まで最後のウォーキング!
 この神社は菅原道真が九州に流される途中に痛めた足の安全を祈願したら、完治したとの伝えから「足の神様」として全国的にも有名な神社として全国的にも知られているところだ。
 
 最近は足だけでなく、勉強や縁結びなどいろんな神様がまつられていて、何でも屋さんの様子を呈しているみたい。

 今日も大勢の人々が参拝に訪れていて、特にお正月期間には各地からお詣りに来られているみたいで夜になっても人垣が途絶えない様子。

 特に今日、明日は神社から紅白の「福餅」がいただけるとの事で大勢の参拝客が訪れるらしい。
 今日の予定の福餅の配布はちょうど2時からで、一行は直前に服部神社に着いたので、お祈りもそこそこに順番待ちの列に並んだ。
 もう少しで配布予定の数の整理券が終了となったのでほっと一安心。

 全員が「福餅」をいただいて今日のウォーキングは解散!

 2時過ぎの解散だったので、仕上げの飲み屋さんの開店時間にはまだ早すぎたので、男子5人は近くのカラオケ店で2時間ほど時間をつぶし、4時過ぎから開店する服部天神駅の近くの居酒屋で2時間ほど飲み会を開き、反省会?を開いた後それぞれ帰宅の途についた。

 今年もこんな感じのウォーキングを楽しみ、飲み会が続くのかな?
 
 
2019.01.07

 今日は「七草粥」を食べる日だとか

 昔から正月七の日の最初の子(ね)の日に若菜を食べるとその年の災いや万病を予防できるといいつたえられてきた。

 そのため今年1年の邪気を払い、無病息災を祈って朝食に七草粥を作って食べる風習が現代も残っていて、今朝の朝食に七草粥を作って食べた家庭が多かったにちがいない。

 我が家では今日の朝食はパンと牛乳と野菜ジュースで済ましてしったので、昼食にお粥を作っていただいた。

 本来はお粥に入れる七草は 「 なづな、すずな、すずしろ、仏の座、はこべら、母子草、せり」なのだが、現在はなかなか自然のものは自分で摘み採れないのが現状だ。

 またこの七草の覚え方として5.7.5.7.7の短歌のように口ずさんで覚えるのが覚え安いと昔教えられたことがあったのを思い出す。 「せりなずな ごぎょうはこべら ほとけのざ すずなすずしろ 春の七草」

 最近ではスーパーでも七草を一袋にまとめた物を300円程度で売っているのだが、それではあまり夢がないので、今年も自宅マンションの専用庭に生えている七草の一部「せり、はこべ、すずな、すずしろ」に特別に番外の「みずな」を入れたお粥を作って食べることになった。 そのため我が家の今年のお粥は4草+アルファーの五草粥だった。

 もちろん七草粥を食べるという習慣は貴重な風習として残しておきたいものだが、現代は食事内容も違ってきてもいるし特に七草にこだわる事もないのかもしれない。
 
 確かにこの時期に七草粥を作って食べるのは、栄養学的に見ても大変理にはかなっていることは間違いなさそうだ。
 お正月には普段以上にお酒やお餅、さらにおせち料理などを食べて酸性が強くなった血液をアルカリ性に変える役目を果たすのにはこの七草を混ぜたお粥をこの時期に食べるというのはまさに理にかなっていると言えるのではないかな。

 たとえばセリの香り、スズシロに含まれている消化酵素のジャスターゼは飲み過ぎや胃のもたれによく利くといわれている。
 その他のものもそれぞれ薬効があって、七草粥にして食べるのは良いことづくめなのだが、もっとロマンチックな事を考えながら食べればさらに消化に良さそうな感じがすると思うのだが。

 ところで昔からの我が愛読書の「まんが百人一首事典」というマンガ本によると、百人一首の15番目にでてくる「君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ」という光孝天皇が詠んだ有名な歌が載っているいる。
おそらくこの歌こそこの春の七草に関係した歌だと思われるが。 

 この親王さんはかなりハンサムな青年だったといわれいて、彼を取り巻く女性に大変もてたらしい。
 しかも贅沢が嫌いで天皇になってからも自分でも炊事をしていたといわれている。

 ある日親王は野辺で春の若菜を摘んでいたのがこの春の七草だったということらしい。

 この若菜は当時の人々の大切な食べ物だったので、これを摘んで恋人に送ったときに添えて詠んだ歌がこの歌だったと伝えられているみたいだ。

 ちょっときざな感じもするが当時としては当たり前の事だったのかもしれない。

 このような昔のロマンチックな風習なども想像しながら、この時期にお粥を食べるとべつにこの七草がすべて入っていなくても一層消化が良くなると考えても良いように思うが。

  ただこの親王さんは54歳で天皇の位に就いたが、4年後に突然病気で亡くなったと伝えられている。
 ということは無病息災のお粥の効き目がなかったのかな?

 さらに紫式部は、この光考天皇をモデルにして「源氏物語」を書いたといわれているが、ロマンチックな話はどこまでも続いていく.....。 

2019.01.01 (火)

 新年明けましておめでとうございます!

 今年の元旦はわが町豊中でもすがすがしい快晴の天気で迎えることになりました。

 新年を迎えたといっても、若いときに感じた新鮮なときめきなどは今は感じなくなりましたが、それでも新たな年を迎えて今年一年どう過ごせばいいかなーとの思いはもつことができるみたいです。

 我が家では毎年元旦には自宅近くにある原田神社に初詣に出かけています。
 
 以前は東京では明治神宮や大阪に住んでいたときは大阪天満宮など有名な神社に参拝に出かけていたときもありましたが、最近ではやはり近くの神社にお詣りするのが習慣になってしまいました。

 お願い事といっても、一家の健康祈願ぐらいしかないのですが。
 
 この原田神社は現在では周囲を商店街や住宅地に取り囲まれてしまって敷地もそんなに広くはないが、昔は広大な敷地を有していたが、いつの時代か敷地の大部分を惜しげもなくそれぞれ分け与えてしまったと伝えられています。

 しかし敷地内に建てられている神社の説明ではなかなか昔から由緒ある神社だったらしいことが理解できる。

 またこの原田神社は自宅から歩いても5分弱くらいなのだが、毎年元旦には大勢の人たちが初詣にお詣りに訪れ、いつも長蛇の列ができるので有名だ。
 
 以前昼過ぎにお詣りに出かけたところ境内に近づくまでに1時間以上並ばなければならなかったので、最近では10時頃に出かけることにしている。
 今年も10時過ぎに、近くに住む娘家族と一緒に出かけたが、20分ほどでお詣りを済ますことができた。

 お詣り後には、境内で毎年運試しに「おみくじ」を買うのも習慣になっているが、今年も「大吉」引いてしまった。
 大吉は今年でなんと3年連続引いてしまったことになる。
僕にとって大吉を引くとなぜか偶然かもしれないがその年は不幸な事態が起こるのであまり喜べない。

 2年前は年末の31日に帯状疱疹が発生し、年末年始はどの病院も休診で見てもらえなかったのだが、あまりにも痛さが増してきたので、耐えられず市民病院の救急課に飛び込んだ。
 約半年間背中一面の出来物と強烈な痛さに悩まされて大変な年を過ごした。

 翌年も大吉を引き当ててしまって不安感を感じていたが、案の定その夜に左目から原因不明の大出血が起こり真っ赤になり非常に不安に感じた。

もちろん何処の眼科医院も正月休みなので、今回も大阪市にある救急病院をパソコンで探し出して翌日とりあえず応急処置をしてもらった。

 今年も3年連続での大吉だったので大変不安を感じながら過ごしたが、今のところは何事も起こらずほっとしている。でもまだ油断ができないと思ってはいるが。

 さらに同じく家内が買ったおみくじも、なぜか「大吉」で、偶然と喜ぶというより今が運のピークで、これからは二人とも下り坂に向かうのではないかと余計な不吉を感じてしまった。

 二人ともここまで幸い大きな病気もなく健康に暮らせてきてのだから、これからはゆっくりと転ばないように下り坂を下りていくしか仕方ないのかな思いながらの帰宅。



  今年も楽しく
   過ごせますように!


   早速、御神酒を一杯!




今年は5月に平成から新元号に変わるということだが、ますます昭和の時代が遠くなるみたいで残念だ。

 自分が育った時代は、敗戦直後でなにも遊ぶものもなかったが、それでもペッタン(メンコ)やビー玉などお金がかからない物を工夫しながら精一杯遊びを作り出していた記憶もあり、なかなか楽しい時代だったように思い出される。



















平成31年度が始まりました!
今年もよろしくお願いいたします!

4月に入り各地で桜満開の便りが届いていますね!