2013.09.19

今日は中秋の名月!


 18号の台風一過この3日間は雲一つ無い快晴続きで、今年も素晴らしい中秋の名月が見られるのではないかと期待していたが、朝からこれ以上の晴天はのぞめないような快晴の夜を迎えた。

 今年は9月19日が中秋の名月の日に当たりますが、中秋とは秋の真ん中の事を指していわれるようです。
旧暦の秋は7〜9月ですので、秋の真ん中は8月15になります。そのため十五夜の月とも呼ばれています。

 ところで現在使われているのは新暦で太陽の動きを基準にして日付を決定しているのに対して、旧暦は月の満ち欠けを使って日付を決定していました。

 そのため旧暦ではつまり新月となる日がその月の1日となりその新月から満月になる頃が15日となります。その後は月は欠けていき次の新月になった日に新しい月を迎えるという事です。

 新暦では太陽の動きを基準に日付を決定していますので旧暦とは少しのずれが生じてきます。

難しい理論は別にして、今年の9月の満月は9月19日の20時13分から始まりますので、一昨年、昨年に続いて3年連続で満月の中秋の名月が見られます。

ところで次回の中秋の名月の日に満月になるのは東京お林ビック開催の翌年の2021目年の8年後になるという事です。

 この夜我が家のベランダから見られた中秋の名月は正に満月で見事なお月さまでした。
月の中にウサギさんこそ見られませんでしたが澄み切った夜空に浮かぶ月は素晴らしいの一言でした。月を眺めながら、家内の自家製の月見餅を食べなから秋の夜なべをしばし楽しみました。
2013.09.08

2020東京オリンピック決定!

 前日のニュースで日本時間8日午前5時ジャストに、2020年のオリンピック開催地が決まるとの報道が伝えられていた。
 そのため早起きしてテレビのスイッチを入れてニュースに見入っていたがなかなか発表されないのでいらいらしていた。
5時20分になって委員長より開催地「TOKYO 2020」に決定との紙を見せられてやっときまってほっとした。

 他の候補地としてトルコのイスタンブール、スペインのマドリードと強敵だったにもかかわらず、最後に現地での関係者のロビー活動と最後の関係者の開催プレゼンテーションが功を奏して決定し本当に良かった。

前回の東京オリンピック1946年10月10日に開催されたが、今から49年前の出来事だった。
 
 当時まだ東京で学生生活を送っていたが、この期間だけは何故かNHKの嘱託社員としてメイン会場の国立競技場での開会式〜閉会式まで、NHKテレビカメラマンとしてほとんど寝ずの活躍していた。 いまから思うとどうしても不思議なことだが事実であるので仕方ない。

 当時はまだ白黒テレビの放映が中心だったがこのオリンピック放送は初めてカラーで放映された当時としては画期的な事だったがカメラ装置はかなり大きくて重かった。

 メイン会場の国立競技場には6台の固定カメラが設置されていてその一台のカメラの責任者として取り扱いを任されていたように記憶している。

 しかもこの年は6月までの約半年間にわたってインド「ルビコン川を渡る!」(乾坤一擲)という劇を携えてインドの首都ニューデリーからカルカッタまでの各都市を劇団員の一員として活躍した後6月末に帰国したばかりだった。
  
 この劇団への参加は当時学校境内で学内新聞のアルバイトをしていたとき、当時所属していた雄弁会というクラブの先輩から計画を聞かされて、是非参加するようにとの強いすすめで好奇心半分、外国に初めて行ける期待半分から日常生活の前後も考えず参加したようだ。

 スポンサーも当時の日本の大財閥の後援もあってか、インドまで日本航空の飛行機を借り切っての旅行でかなり大がかりなものだったようだ。

 続いて今度は帰国後4ケ月後のオリンピックに関係するチャンスに恵まれるなど超多忙なしかも充実した日々を送っていたみたいだ。

 もちろん学生としての勉強もしながらの行動だったので、いまから追想してもどうしてこんなことが可能だったのか明確には思い出せない。
当時の記録や写真の日付からみても事実であったのだから仕方ない。

 まさに僕にとっては充実した若き日の想い出の1ページだった。
2013.08.30

和歌山・有田の「巨峰ぶどう狩り」に行ってきた!

久しぶりに読売旅行のバスツアーで果物の宝庫でもある和歌山へ家内と一緒に楽しんできた。

なんといってもバスの出発地が阪急曽根駅近くの我が家所有のマンションの真下ということで当日の集合時間のロスタイムも無く便利なのがこのツアを選んだ理由の一つでもある。

和歌山にはこれまで何度も旅行したこともあるが、今回のコースは全て初めてなので興味も大というところだ。

7:30にマンション前を出発したが、ここでは3組6人のみ。
途中千里中央駅に立ち寄り、総計30人で出発。当日は雨模様の確率も高いとの予報で前日添乗員の方からの電話で忘れずに雨具の用意をとの連絡をいただいていたが、当日は運良くその心配は全く無いぐらいの好天だった。

なんといっても旅行には天候が良いのが一番だ。行き先が楽しめる期待を乗せてバスは近畿・阪和道を走り一路和歌山へ。

「白崎海岸」
途中湯浅御坊道を走り、最初の訪問地「白崎海岸」へ。この海岸は平成百景にも選ばれた紺碧の海と石灰岩のコントラストが実に素晴らしい海岸だ。天気も良かったので見応え充分の海岸だった。

「道成寺」
白崎海岸を後にして今度は歌舞伎の「娘道成寺」で有名な「道成寺」に昼少し前に到着。少し早めだったが寺門前入口にあるレストラン「雲水」で昼食。
パンフレットでは「熊野牛冷しゃぶ御膳」と写真入りで紹介されていて大いに期待していたのだが量的には少し少なめで期待外れだったが、後でこの程度の量で良かったとことが判明!

食後は店前から続く長い階段を上がって道成寺境内を参拝。
境内の一角の説明書きの所では「清姫が一目惚れした男安珍に女だてらに夜這いをかけて迫るが、安珍は参拝中の身として困る。帰りには立ち寄るからと騙して去って行ってしまった。怒った清姫は蛇身に化けて安珍を追跡。追っかけてきて境内にあった鐘楼に隠れていた安珍を焼き殺してしまった」と説明されていてびっくり。
いつの世でも女性はおっかなくて残酷なものだと再認識?

「醤油」発祥の地
道成寺を見学後、今度は日本全国の醤油発祥の醸造元といわれる「湯浅醤油」本店での蔵工場見学。この店は有名なフランス・ミュシュランから世界一の醤油と折り紙が付けられていて毎年そのミシュランシェフが蔵まで買い付けにくるという事だった。
説明員の方の話では醤油は金山寺味噌を醸造中の杉の木の大きな樽の表面に浮き上がってくる液体を絞って造られているときいて納得。

かってこの「湯浅醤油」に勤めていた社員が特に千葉県に移住して、全国的にも知れ渡っているキッコマンやヤマサ、ヒゲタ醤油などの製造工場を立ち上げたとの説明を聞いて、この湯浅が醤油発祥のちだということがよく理解できた。
製造起源が味噌が750年前、醤油が約500年前ということも知った。

早速モンドセレクションで8年連続最高金賞を獲得したといわれる一本千円の醤油を買い込んでしまったが。 尚工場ではいろんな醤油の味を楽しませてもらったが、単に薄口、濃口の種別だけでなく、なかなか醤油といっても奥深いものだと感じた。

「巨峰」ぶどう狩り」
湯浅醤油工場を後にしばらく走ると、今日のメイン目的の巨峰食べ放題の場所へ移動。

関西でも最大級のブドウ狩り団地であり山全体が巨峰畑で覆われている壮大な森農園に到着。

早速巨峰狩りへと心がはやったが、巨峰狩りにはあらかじめ決められたルールがあって、先ず巨峰農園に出掛けて自分の気に入った巨峰一房を採ってきて、それを完全に食べ終わってからでしか巨峰狩りができない規則らしいと説明があった。

もちろん何房でも食べ放題という事だが、2房を食べきるのが限界だった。
ここで先ほどの昼食がお腹いっぱいにならない程度の量でちょうどよかったとの理由がわかったみたいだ。 

その後は巨峰のブドウ畑に出掛けて、時期的にちょうど食べ頃の巨峰を自分の目で確かめながら、できるだけ大きくて黒く色づいた房を4房刈り取った。さすが巨峰だけになかなかの量がありずっしりとしていた。それを大きなブドウ専用箱に詰め替えてもらい、みんな満足そうに持ち帰ったみたいだ。

帰りはツアーでは必ず寄る「黒潮市場」に立ち寄ったがここで一時的に豪雨に見舞われたがたいしたことも無く無事帰路についた。
2013.08.26

先月訪問したアメリカ・ヨテミテ国立公園大火事!

7月10日に日本を発ち、友人夫妻等とグランドキャニオンモニュメントバレー、世界遺産のヨセミテ国立公園などのアメリカ西部の大自然の旅行を楽しみ、その素晴らしい景色と広大な自然に圧倒されながら先日帰国したばかりだが。

ところが2.3日前からのニュースによると17日にヨセミテ公園付近で発生した山火事で、ついに公園内にも燃え広がり大火災になっており、現在もまだ延焼拡大中ということだ。

この山火事発生から、すでに1週間以上経過している。
現在3000名近くの消防士を投入して消化にあたっているがいっこうに鎮火の様子も無く、カリホルニア州のブラウン知事は昨日(25日)「非常事態宣言」を発したと伝えられている。
それほど深刻な状況になっているらしい。

これまで既に5万4千ヘクタール(=5億4千万平方メートル)を消失したということだ。
規模が大きすぎて想像もつかない。
気の遠くなる程の面積だ。

ヨセミテ滝を中心に素晴らしい自然に囲まれた公園で素晴らしい経験をしてきたばかりなので一日も早く鎮火するよう期待したいところだが、現在乾燥した気候が続いていることも重なってこれからどうなることか心配だ。

ちょうど今がこの地域の観光シーズンで日本をはじめ多くの観光客が訪れていると思われるので現地はたいへんな混乱になっているのではないろうか。
2013.08.17

残暑お見舞い!

  お盆も終わるというのにまだまだ厳しい残暑が続きそうですね。くれぐれも熱中症にかからないようこの夏をなんとか乗り切りたいものです。

ところで私達は毎年暇を見つけては、海外旅行に出掛けていますが、2006年に旅行したエジプトがいまたいへんな状況になっています。

古代文明の歴史発症の地でもあり、当時の古代遺跡がいまもきれいに保存されていて、この地を訪れる世界の旅行者に感嘆の声をあげさせているが今日のニュースでも大勢の死者と建物破壊が映し出される映像などを見ていると、すぐ近くにあるビザのピラミッドなどに被害が及ばないだろうかと毎日心配しているところだ。

宗教が絡んでいることから一層の複雑さがあるようだが以前のような静かな街に観光客が安心して訪問できるよう祈るばかりだ。

今回はきわめて深刻な状況にあるみたいだが、素晴らしい経験をさせていただいたエジプトに一日も早い平穏な日々が訪れることを期待したいと思います。

当時最後まで献身的にしてくれた現地説明員のフセインさんは旅行客皆無の現在どうしておられるだろうか。













2013.08.12

今日の我が町豊中はなんと39.8度の灼熱地獄

ここ2.3日は連日37度を超える高温で悩まされていたが、なんと今日は40度直前まで温度上昇!
テレビの全国放送でも豊中市は午後4時39.8度を記録したと伝えていた。自分の温度計を見るとなんと42度を指していた。

この暑さは2007年の6月にエジプト・ルクソールに旅行した時に体験した56度よりもむしろひどく感じたぐらいだ。
高知県の四万十市や大阪・豊中市でもこれまでの最高温度を上回っており、全国各地でも同じような状況ということは着実に地球温暖化が進んでいるいる証でもあるようで何かいやな感じがしてくる。

我々が子供の頃は夏になると日差しの強い海辺に遊びに出掛けて、意識的に太陽の熱で皮膚の皮がはがれるまで真っ黒に肌を焼いて遊んだことを思い出す。もちろん熱中症などの言葉もなかった。

体温をはるかに超えて、身体も溶けそうな暑さだ。街中全体がまさにサウナ風呂状態というところだ。
明日からはお盆に入るが、天気予報では今日並みの好天が続くといっていたからどうなることやら。

ところで不思議なことだが昨年の今頃の時期には電力不足が予想されるので盛んに電力会社から節電に協力しろと言っていたが、今年は昨年以上に電力を使用することが予測されるのに、全然節電協力の要請がなされない。

これは先日電力の値上げが決まったために、もっと使用してもいいよと言っているようにも思える。値上げを実現するためにうまく電力危機をあおったようにしか思えないのだが。
 

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