




2014.10.06 (月)![]() 今仙台の自宅に来ていますが、台風18号がまもなく来襲? 早朝のテレビはどこのチャンネルを選択しても台風18号の情報一色で埋まっています。 仙台も午後昼頃には最接近するとかで交通網の運休や学校休校の連絡がテレビ画面を占領している状況です。 9月23日に自宅を自家用車で出発し、名古屋でフェリーを利用して仙台にやって来ました。 ![]() 大阪の自宅を自家用車で出発し、約3時間走って名古屋港まで。 その日の夕方太平洋フェリー「きそ」に乗船し、翌日夕方到着の1日がかりのクルージングでしたが、豪華なバイキング形式の食事の合間にはあとにはシアターでの無料のラウンジショーや映画などもあり退屈することもなく船上時間を過ごすことが出来ました。 今回はラウンジショウの美人の出演者の女性立ちとのツウショット写真の機会もありました。 ![]() また航行中には太平洋側の岬などを眺めながら、見知らぬ人ともすぐ知り合い、語り合いながら時間がどんどん過ぎていきました。 東北大震災で被災した福島の第一原子力発電所の沖を通過する時刻には大勢の人が甲板に出てきて現場を興味深そうに眺めている人々の姿も多かったです。 これも船の上からしか体験できない光景の一つなのかも知れません。 娘一家の来仙 今回の来仙の目的はもちろん年2回の自宅庭の雑草狩りでしたが、特に今回は仙台で生まれて3歳まで育ち、現在は大阪に住む娘が孫2人を連れて一家全員で仙台に来たいという事でしたのでその受け入れ準備も加わり普段より少し早めの仙台入りで大変でした。 ![]() ![]() 家内と娘一家は28日に飛行機を利用してやって来て6日程滞在していきました。 期間中は天気も良く孫達と近くの八木山動物公園などを訪れたりして楽しい思い出を一杯詰め込んで帰って行きました。 一方こちらの大阪への帰宅は大幅に狂ってしまいました。 当初は仙台港を6日昼に出港する太平洋フェリーで帰る予定だでしたが、その時間帯には運悪く台風18号が東北地方を直撃しそうだとの情報により、4日の時点で早々に予定していたフェリーが「欠航」となりましたとの連絡が船会社から携帯メールで届けられました。 特に台風の進路に当たる太平洋を航行するのは危険との判断だから仕方の無いことだと思いましたが。 だからといって高速道路を乗り継いで帰るにしても仙台〜大阪間は約1,000qもあるので、若いときと違って70歳を超えた年齢では無理だと思ったので、8日出航予定のフェリーに変更することにしました。 続:10月9日 無事自宅に到着 運良く予約も取れたので台風一過快晴の太平洋をのんびりと一人クルーズ旅行を楽しみながら帰ることになりました。 現役時代はこんな悠長なことは不可能ですが、リタイヤー後の呑気なサンデー毎日の年金生活だから出来ることなんだなーと今の生活に満足している現況を再確認したみたいでした。 ![]() ![]() ところで台風のお陰で帰宅日が2日ほど狂ってしまいましたが、ちょうど乗船日の10月8日は皆既月食が全国の夜空で見られる日でしたが、今回は運良く船上から素晴らしい皆既月食を観察することができた。 船上での観測など当初考えもしなかったことですが、本当に素晴らしい光景に出会うことが出来ました。 ところで現在の仙台の自宅は仙台に転勤中に購入したものですが、購入した直後に大阪への転勤命令が出たため、一日も住むこともなく仙台を去ることになってしまいました。 そのためすでに40年近くも「空き家」のまま所有し続けていることになってしまっています。 その期間には仙台地方を襲った「震度7」の大地震を2回も経験しているのですが、びくともしないで建ちつづけているこの家を手放すような気がしなくて現在も所有し続けています。 ただ敷地にはかなり広い庭があり、雑草もよく育つのでご近所の迷惑になってもいけないので年2回ほど家内と交代でやって来て雑草狩りに励んでいます。 ただあまり苦痛を感じないのも都会生活にない自然との関わりを持てるからかも知れません。 また自宅近辺には松島や蔵王などの観光名所や、秋保や作並といった温泉名所などもあり、たまには息抜きの機会を捉えて訪れたりして楽しんでいます。 当時地方から仙台に転勤してきたサラリーマンの中にはこの地の自然や住居環境の快適さが気に入って、当時一戸建て住宅建設が盛んだった仙台市内の住宅を購入してそのまま住み着いてしまったサラリーマンも多かったように思います。 |
2014.09.10 (水)![]() 昭和の出来事がまた一つ寂しい思い出となりました! 今からちょうど50年前の1964年10月10日、東京オリンピック開幕の日を迎えていました。 その時は僕はまだ早稲田の学生で4年生でしたが、何故か当時はNHKのテレビカメラマンとしてオリンピックの開会式や国立競技場での競技の撮影や、最終日のマラソンでは街道に出て優勝したアベベ選手などのテレビ撮影に参加していました。 何故学生でありながらテレビカメラマンとして働いていたのか、いま思い出しても不思議な事にその記憶は定かではありません。 ![]() 単なるアルバイトではなく、オリンピック期間中の嘱託社員のような形で働いていたような思いもあります。 その証拠にオリンピック開催期間中の競技場へのフリーパス用の特別な腕章などもまだ手元に保管して在ります。 今となっては貴重な当時の記念品であり青春時代の思い出として残っています。 今日の夕刊を見ていたら、その開会式の聖火台点灯の最終ランナーとして当時全国民から大注目をあびた坂井義則さんが亡くなった記事が出ていました。 彼も当時はまだ同じ大学の1年生であったためか何故か親近感をもって、聖火を片手に堂々として聖火台に向かう姿を必死にカメラで追っていた記憶がまだ鮮明に残っています。 僕の楽しかった青春時代の思い出がまた一つ消え去っていくような感じがして寂しさがこみ上げてきました。 |
2014.08.25 (月)![]() 初めての「OSAKA海遊館」へ! 歩き仲間の8月月例ハイキングで大坂港区の天保山近くにある「海遊館」に行ってきた。 だいぶ前の開館なのだが今回初めての訪問だった。 このあたりは60年以上も前の小学生だった頃に住んでいたところでもあったので、天保山には遊び場として何回かきたことがあるが、その頃は何も大きな建物はなく、近くの大阪港には当時は捕鯨船「図南丸」の停泊基地でもあったのでよく見学に行った思い出深いところでもあったが、現在は大きな建物や遊園地なども出来ていて昔の面影など微塵も見られず見知らぬ土地に初めて来たようで面食らってしまった。 ![]() 今日の目的地は「海遊館」見物であったので早速入館して見物を始めたが、夏休みの最後の週で、宿題のテーマにでも取り上げるのか小学生連れの家族で大混雑の様子だった。 また先日この「海遊館」の人気者だった2匹のジンベエザメが高知県への出張中?に相次いで無くなってしまって寂しくなっていたが、今日から代わりに送られてきたジンベエザメ「遊ちゃん」の一般公開の初日と重なったのも混雑の一因た゜ったのかも知れない。 ![]() ただ会場自体がかなり大きかったので無理なく全ての魚やペンギンなどの住民も観察することに大きな困難も無かったので良かった。 特に外国人も大勢入場していて熱心に観察していたのには驚いた。おそらくこの「海遊館」は旅行の観光コースにでもなっているのかも知れない。 ![]() 「海遊館」を出て、近くにある「日本で一番低い山」として全国的にも知られている「天保山」に登る?ことにした。 この山は山頂までの高さ4.53mで確かに山という名前が付いている山では最も低いかも知れない。 まわりの建物の方がはるかに高いのでビル間に聳えるといった方がいいかもしれない。近くの喫茶店では地元から承認されているという「登頂証明書」をもらえるほどだ。 山頂近くには、昔明治天皇がこの「天保山」を軍艦に乗ってやって来て登頂したとの大きな「記念碑」が建てられている。 距離的には近場のハイキングであったので、解散も3時頃と早かったので男性陣は江坂に戻りカラオケを楽しんだ後、近くの居酒屋で飲み会をして解散。 |
2014.08.17 (日)![]() 今日の「読売新聞」6面の全面広告に! お盆休みも終わって故郷や旅行に出掛けていた人たちの帰国ラッシュが今日あたりピークを迎えるのではないかと思われる。 このところ相変わらずの天候不順が続いていてみなさんスムーズに予定通り家にたどり着けるかどうか、明日からの仕事に間に合うかどうか人ごとながら心配なところだ。 年金生活者の我々にとっては全然関係ないのは普通の社会生活から隔離されているようでなんだか寂しいようか気もするが、だからといって今の生活に不満かというと、こんなに快適で、ストレスも感じない生活を放棄してもとの状態に戻ろうとは全然思わないのだから贅沢な話だ。 むしろストレスの無いことがストレスだと思うほどの今日この頃の生活だ。 ところで先日阪急交通社からの連絡で、9月の阪急電車の中吊り広告に今年4月号に掲載された雑誌トラッピクスの写真の一部をもう一度使用したいとの連絡があったのだが、今日の読売新聞の6面全面にこの広告が既に使用されていて驚いた。 おそらく他の新聞にも載っているのかも知れないが。でも一枚の写真自体が小さくて探すのに苦労したが、合計6枚ほどが使用されていた。 |
| 2014.08.15 (金) 今日はお盆の直っただ中! 現役の頃はお盆期間中はもちろん会社も休みで、連休期間を利用して泊まりがけの旅行などを計画したものだが、リタイヤー後は一年中”サンデー毎日”状態なのでどこも混み合うこの期間はむしろ休養期間として家でのんびりと過ごすことが多くなったみたいだ。 今年はお墓参りも11日の月曜日にすでに済ませてしまったので、普段はあまり手が着かない部屋の整理整頓などしながらのんびりと過ごしている。 最近は買い物も少なく、あまり物も増える事も無いと思っているのだが整理を初めて見ると案外不要なものが多くあることに気付いた。 ![]() 今日、明日にかけて思い切って部屋の整理をして不要物を処分してみようかなと思って整理を始めたのだが。 でも整理を初めて見るとなかなか処分するところまで踏ん切りが付かない物も多く整理の判断に困ってしまう。 特に衣類や書物などを思い切って処分する決断が出来るとかなり部屋の中もすっきりすることはわかっているのだがなかなか....。 また阪急交通社から! ところで昨日阪急交通社から郵便物が届いたので開封してみたら、阪急旅行社25周年記念特集のポスターが入っていた。 ![]() 説明文では現在社内での中吊りポスターとして、9月には阪急電車の中吊り様のポスターだということだった。 ポスターに使用されている写真には、昨年、一昨年に阪急交通社のツアーに参加したオランダ・ベルギーやアメリカ西部旅行の時に撮った写真の一部を使用させてほしいという連絡が先日電話をいただいたことがあったが、その写真などが載ったポスターだった 特に、今年4月の阪急交通社の旅行雑誌「トラッピックス」に僕たち夫婦の特集記事で自宅でインタビューを受けた時に利用した写真も含めて7枚ほどの僕たちの写真が載っていた。 別に電車の中吊りに利用されたからといっても、どうって事は無いが半年に2回も掲載されるとは変な感じがしないわけではないが、別にプライシーを守る必要があるような年齢でもないし、だからといって人にしらせるようなことがらでもないので、このまま知らない間に時期が過ぎ去っていくようでいいのではないかな。 |
2014.07.25 (金)![]() 尾瀬ウォーキングを楽しんできた! 2年前に富士山登山を一緒した先輩から尾P方面の旅行に行ってみないかと誘われた。 尾Pには学生だった頃の50年ほど前に友人達と行ったことは今でも写真が残っているので事実なのだが、不思議な事に全然記憶に残っていないから不思議だ。 以前から行ってみたいと思っていたので今回の誘いを受けることにした。 もちろんある旅行会社のツアーなのだが思った以上に感慨深い旅行だつた。 7月13〜15日の二泊三日で山小屋に宿泊しながら尾瀬ヶ原から尾瀬沼まで見所たっぷりの55,000歩を超すウォーキングを楽しんできた。 ![]() 新幹線で小田原まで行き、そこから尾P入口の「鳩待峠」までは専用バスに乗り換えた。 そこから1時間ほどウォーキングをしながら夕方、宿泊先の国民宿舎「尾Pロッジ」到着。 山小屋といっても富士山のような完全な山小屋ではなくほとんど普通の旅館と変わらなかったが、食事は簡素ではあるがしっかりと品数も揃ったなかなかおいしい食事だった。 食後は山小屋裏側に拡がる尾Pの風景を散歩しながら明日からのウォーキングを楽しもうとの期待が膨らんできた。 明日はかなり歩く距離もありそうなので早めに布団に入り熟睡というところだったが、同室5人組のお互いのイビキでなかなか眠れなかったみたい(笑) 翌日は燧ヶ岳トレッキング組と尾Pウォーキング組のグループに分かれて出発。 ![]() トレッキング組が先に出発し続いてウォーキングも十分な準備体操をしてから出発。 名物の水芭蕉が咲き誇るシーズンは残念ながら既に終わったいたが、それでも「ワタスゲ」や「カキツバタ」、「ニッコウキスゲ」などの花が木道沿いに咲き誇り素晴らしい尾瀬らしい景色を十分すぎるほど満喫した素晴らしいウォーキングだった。 ただ当初の計画ではこの尾瀬にある東北でも最高の高さを誇る「燧ヶ岳」(2,356m)にも登る計画だったのだが、あいにく前日の雨で登山道もよほどの経験者でないと危険だと前日にリーダーからの説明があったので、今回は尾Pのウォーキングを最優先にすることにしてトレッキングは残念ながら断念した。そのかわり尾瀬の自然をたっぷりと楽しめるのではないかとの期待の方が強くなっていたが、結果的には正解だったみたいだ。 当日燧ヶ岳トレッキングに参加した方は当初の半分程度の12名で、残り17名は尾瀬ウォーキングの方を選択したみたいだ。 ![]() 当初はもっと傾斜が緩やかな登山道を利用する予定だったが、昨年の大雨で通行禁止のままで、本来の厳しい登山道を利用するしかなかったみたいだったが、我々のようなあまり登山経験の無いものはウォーキングコースを選んで良かったと思うが、こちらも途中は本当に息が上がるほど厳しい場所もあり、自然の醍醐味を充分に楽しむ事が出来て満足できるウォーキングだった。 山小屋の「尾瀬ロッジ」を7時過ぎに出発してすぐに尾瀬ヶ原にかかる木道の上を進んでいくとすぐに白いワタがまき散らされたような感じの「ワタスゲ」の群生に出くわした。 所々にカキツバタの花やニッコウキスゲの花も咲いていてそのコントラストがなんとも尾瀬らしい自然一杯のウォーキングを楽しめて満足の時間を過ごすことが出来た。 ![]() 大草原なので日陰もなく太陽が照りつけると大変だが、幸いにも薄曇りの天候で気持ちのいい時間を過ごすことが出来た。 尾瀬独特の草花も木道際に咲いていて素晴らしいウォーキングとなった。 途中の山小屋近くに近づくと、こんな自然にはあまり似合わないようなヘリコプターが飛び回っていた。近くでけが人が出たのだろうか、群馬県ドクターヘリが担架を降ろしたり、吊り上げたりしていたハプニングにも出くわした。 こんな自然の中で怪我でもしたら確かにドクターヘリしか役に立たないと思うと納得したが。 ![]() 昼には尾瀬沼が遠望できる「沼尻休憩所」というところで昼食となったが、たっぷりと1時間ほどの時間があり充分に休養を取ることが出来て助かった。 ![]() ここから厳しい山の裾野を抜けると「大江湿原」という湿地帯にさしかかったが、とても広大な湿原にここでも「ワタスゲ」の群生を見ることが出来、本当に尾P満喫という感じだった。 16時頃に今日の宿泊地である尾瀬沼近くの「尾瀬沼ヒュッテ」に到着。 今日はよく歩いたもので万歩計を見ると35,000歩近くを指していた。 しばらくするとトレッキング隊も無事到着。ただかなりの強行軍だったらしく、時間が無くて昼食も歩きながら食べたとか。山頂付近の険しさで転倒された方もおられたとかで、やはりなかなか大変だったらしいが。でも全員元気に到着されて一安心。 ![]() 「尾瀬沼ヒュッテは」はこのあたりの山小屋のなかでもかなり大きい方で建物もしっかりとしていた。 ここでも夕食はなかなかしっかりとした味付けで量も多く美味で、特に新鮮なイワナの焼き魚は美味しかった。 もちろんここでも「キリンビール」しか飲まない相方さんと乾杯! 富士山の山小屋ではビールは置いてなかったのだが、今回はビール好きの相方さんも満足な様子。 明日は尾瀬沼を後に「三平峠」というかなり険しい登り一辺倒の山道を歩くらしいとのことだが、ここまできたら普段鍛えた?ウォーキングの経験でたぶん大丈夫たろう。それよりも若い山ガールさんが大勢いいるのでへこたれるわけにはいかないのが本音かな。 ![]() 朝起きるとヒュッテの前にはから前日は霧で全然見ることが出来なかった燧ヶ岳がはっきりと見ることが出来た。 頂上付近の険しい岩だらけの様子もはっきり眺めることができたが、もし無理して挑戦していたら無理だったかなと思うと、ウォーキングを思い切り楽しみ尾Pを満喫できて良かったとの感じがした。 今日はここから三平峠を越えて帰りのバスが待つ、「大清水休憩所」まで歩くのだが、そんなに厳しい感じもしなかったのはカエルにはここまで歩かなければならいというあきらめがあったからだが、確かに厳しい登りの連続で大変だったがリーダーの方達がゆっくりと先導してくれたので不思議なほど疲れを感じなかった。 ここから専用バスに乗って、昼食場所の「尾P利倉高原ホテル」により、ゆっくりと入浴を楽しみ、昼食を食べた後、「越後湯沢駅」まで送ってもらい、さらにそこから金沢駅で特急「サンダーバード」に乗り継ぎ、無事帰りについた。 万歩計を見るとこの3日間で55,000歩の大ウォーキングとなったが、不思議な事に疲れはあまり感じなかったのは満足のいく尾P旅行だったからかも知れない。 |
2014.07.12日 (土)![]() 驚! 服部緑地公園に熊(アライグマ)が出た! 今日も自宅近くの服部緑地公園で朝5時40分から始まるラジオ体操に行ってきた。 体操も終わり、いつもの通り30分近くを緑地内をウォーキングするため歩き始めたのだが、近くを歩いている方から変な噂がささやかれているのを耳にした。 なんと緑地公園内に「アライグマ」が現れたという噂だった。 服部緑地公園は周りをマンションや住宅が建ち並ぶまっただ中に位置し、住民には身近な公園として親しまれているところだ。 野良犬やたまにはイノシシが現れるという噂はこれまで何度も聞いたことはある。 そのために注意書きや捕獲用の檻が設置されている事も知っていたが、今日はその檻の中になんとアライグマが入っているという事だった。 いくら何でも真実ではないだろうと思ってみたが、一緒にいた友人と相談して少し遠回りにはなるが取りあえずその檻のところまでまで見に行ってみようという事になった。 その檻の設置場所はウォーキングでいつも歩く途中に在るのですぐわかった。 檻に近づいて中を覗いてみると確かに一匹の子供の「アライグマ」がじっとこちらを睨んでいるのがわかった。 さらに檻の前まで近づくと大きな声でウォーと吠えられてびっくり! 誰かに飼われていたのなら非常に無責任な事だが、もし野生の熊なら、親グマや小グマが近くにいるかもしれないとおもうと恐ろしくなってきた。 今日は土曜日で午前中から大勢の子供を含めてこの緑地公園にやってくるのを想像すると心配だ。 ![]() 朝早いことも在ってこの公園の管理事務所の人もまだ誰も来ていなかった。 ところで最近この都会のど真ん中に在るこの服部緑地公園ではおかしな事件がよく起こるようになった。 先日も緑地のラジオ体操の会場横にある大きな「蓮池」に「ウートリア」と呼ばれる大ネズミの親子が住み着いていて、一日中池の草や葉っぱを食べていたのが先日までみられたことがあった。いまでも住み着いていると思われるが、ハスの葉が大きくなりすぎて姿を見ることが出来なくなってしまった。 話が変わるがこの緑地公園にはここを利用している人から「神霊スポット」と呼ばれている場所も存在していて、同じ場所で知っているだけでもこの3ケ月内だけで二人の方が同じ方法で命を絶たれている。 ![]() お一人については私もラジオ体操後のウォーキングの途中自分でも確認してしまった。 この場所は毎年何人かの人が亡くなられているので神霊スポットと呼ばれているのもわかるような気がする。 午後になるとその場所で何も知らない大勢の子供達がお弁当を食べたり、遊び回っているのだから信じられない。 なぜなら不思議な事にここで発生した事柄については一切外部に知らさないという暗黙の了解が存在するみたいだ。 今日のアライグマの事件などは本来なら当然ニュースや新聞にも載っても不思議ではないのだが、やはり一切報道されていないみたいだ。 不思議な事だが! |
2014.06.16 (月)![]() 今年も「人間ドック」に行ってきた! 今年も居住地の豊中市健康福祉部から今年の「特定健康診査」の「受診券」と「受診票」が送られてきた。 これは市内指定機関での「特定健診」受診か提携機関での「人間ドック」受診かを選択できるようになっているため、早速毎年受診している「みどり健康管理センター」に「人間ドック」の予約をしておいたので、今日夫婦で受診してきた。 今年も昨年と大きく変化するような症状もなかったのである程度安心していたが、いつでもやはり一抹の不安はあるものだ。 検診結果はそれぞれ年齢相応の症状はあるが、特に心配するようなものは今年も見つからず一安心というところだったが、家内が風邪を引いた直後の受診だったので、一応面のため後日胸部検査をしたらどうかとの話だったので、市民病院への紹介状を書いてもらった。 ![]() その時以前ならB4ぐらいの大きく撮影した写真を診察機関に見せるよう渡してくれるのだが、今年からは当日撮影した全ての写真を収録した一枚のDVDを渡され、診察機関に持って行くように言われた。 以前なら預かった写真なら後日返却しなければならないのだが、このDVDは返却の必要なしということだった。 毎年受診しているが、大きな変化はないが徐々に受診方法を含めて後処理も少しづつ変化していっているみたいだ。 ところで今年も贈られてきた「特定健康診査」の受診は、 「人間ドック」ほど多項目の検査ではないが健康状態を知るための最低限の検査が格安の700円程度で市内の指定診療所で受診できるようになっている。 年に最低一回は健康診断を受診する必要性はいうまでもないが、まだ僕たち夫婦はまだこの制度を一度も利用したことはない。 現役時代から毎年6月頃に女房殿と一緒に吹田の江坂にある「みどり健康管理センター」という人間ドックの専門機関で受診していたので、今年もこちらの「人間ドッグ」を利用することにした。 なんといっても検査から約3時間後にはすべての検診結果の詳細が分かるので、後日確認に行く手間が省けるのだ。 ![]() 検診結果で少しでも疑問なところがあれば、その場で精密検査までやってもらえるのでありがたい。 最後に検診結果に基づいて直接医師から詳細な説明を受けられて、しかも食事や生活指導までの助言まで受けられるのだ。 現役の頃、勤務していた会社の健康保険部署とこのセンターの提携で格安で受診できるようになったのが最初の受診で今から34年前が最初の受診だった。 ただ当時検査結果について説明していただいた医者から、「折角この機会に食事などの生活指導の説明をしても、家に帰ってからも奥さんに正確に伝わらないことが多いので夫婦一緒に来るのが理想だ」といわれて以来、翌年から夫婦一緒に受診するようになったのだ。 実に今年で33年連続の受診になる。特に意識したわけではないがすごい記録でないかなとおもっている。 特に20回目を迎えた時にここの院長さんから、「今年の学会で毎年夫婦一緒に受診に来られる夫婦がおられるが、健康診断特に「人間ドック」のこのような受診方法が一番の理想だ」と僕達のことを紹介したと言っておられた。その言葉を聞いてその後も毎年夫婦二人での受診を義務のような感じて続けているみたいだ。 お陰で今日まで大きな病気もなく、歳相応の体調変化はあっても早期治療を開始することで手遅れになることもなく、今日までなんとか健康に生活してくれたのも、もしかしたら毎年の「人間ドック」受診のお陰かも知れないと思っている。 ただ若いときから掛けてきた高額の保険料もほとんど役に立つこともなく、本当に掛け捨てに終わってしまったことはちょっぴり残念な気もするが。 ところで「人間ドック」を受診するといっても、通常45,000円強も費用が必要なので、、吹田市にある「みどり健康管理センター」での「人間ドック」受診は無理かなーと思案していた。でもありがたいことに幸運にも豊中市の「人間ドック」提携指定機関の一つになっていて、受診料の7割を市が負担してくれることがわかった。 そのため本人負担分は3割の14,000円程で済むので毎年このセンターで受診できてきたのだ。 このセンターでは過去5年分のデーターも同時にもらえるので病気などの早期発見の資料として大変重宝している。 いまでも時々30年分以上のデーターを眺めながら健康管理に役に立ってきたのではないかなーと眺めてみることもある。 この制度が続く限り今後も利用していくつもりだ。 |
2014.06.11![]() 高齢者仲間と「伊勢神宮」に「人生卒業旅行」! 毎週木曜日に近くの服部緑地公園でウオーキング楽しんでいる高齢者仲間もいつ人生の卒業時期が来てもおかしくない年齢に達しているので 昨年5月に和歌山の白浜温泉に「第一回人生卒業旅行」に出掛けてきたのだが生憎全員留年?となり、改めて今年も旅行を実施することにした。 今年は伊勢志摩方面に出掛けてみょうということになった。 昨年も利用した湯快リゾートクラブのグループで格安の値段で宿泊できるホテルが志摩にあり、しかも親大阪から専用の往復バスが運行されていて大変便利がいいというのが選択の理由だった。(宿泊一泊二日2食付き=8,100円+バス代往復3,300円) 旅行目的は勿論仲間との友好だが、参加者7名は83歳のN氏を筆頭に平均年齢も75.7歳と高齢なので無理をして全員が本当に人生を卒業してしまわないように万全の配慮をしながらの旅行なので、最年少の72歳の私も全員の健康に気を使わなくてはならないのでなかなか大変なのだが、旅行が始まってしまえばまだまだ現役人生真っ盛りで一気に安心感が拡がった。 旅行中はパターゴルフやカラオケなどで楽しむのはもちろんだが、折角伊勢に行くのだから翌日は少し距離的には離れてはいるが幸いホテルから専用バスが利用できることがわかったので、昨年10月に20年に一度の神様のお引っ越し「弐年遷宮」終えた「伊勢神宮」にお詣りしようという事になった。 ![]() 伊勢神宮の正式名称は「神宮」と呼ばれ、日本の神々のトップに君臨していて全国の神社の中心的な存在であることは日本人の常識として知られているところだ。敷地は約5500万uもあり、これは伊勢市の4/1の面積を占めるといわれている。 6月10日(火) 新大阪駅前から8:45定刻にバスは出発したが、45人乗りの大型バスには我々7人のほかには若い女性2人の乗車で車内はまさに貸し切り状態だった。途中京都で数人のおばさん達が乗り込んできたが、それでも座席は余裕たっぷりだったので、お陰で一人2席づつ利用できてゆったりとしたバス旅行を楽しむことが出来た。 しかもホテルまで昼食時間を挟んで14時過ぎ到着の長旅なので助かった。 途中「二見プラザ」というパーキングエリアで昼食を取ったが、折角お伊勢さんに行くのだからと全員が名物の「伊勢うどん」を注文。 ![]() ぶ太いうどんに真っ黒な色をした汁が少なめに入っていて驚いたが、うどんは予想に反して柔らかく、汁もたいして辛くもなくなんとか全員完食。 食後はプラザ裏の海岸から二見名物「夫婦岩」が見られるかと期待して外に出てみたが、残念ながらそこからは大きな岩に隠れて見ることができなかった。少し海岸を歩いて行くとみられるのだがあまり時間もないので今回はあきらめた。 ![]() いまさら夫婦岩を拝む年齢でもなさそうなのであまり残念がる人もいなかったが、ただお一人だけは海岸をひたすら歩いて「夫婦岩」を見に行かれた方もおられたみたいだ。 定刻通り14時過ぎに宿泊ホテル「志摩彩朝楽」に到着。 英虞湾を見渡せる高台にあってなかなか見晴らしの良いホテルだ。以前は「賢島グランドホテル」として営業していたらしいが、最近は経営も厳しくなって湯快リゾートの傘下に入って「志摩彩朝楽」として再出発したみたいだ。 最近は全国的にもこのような傾向が強くなっていて、北陸地方の有名な温泉旅館や我々が日帰り温泉地としてよく利用していた「箕面スパーガーデン」も最近大江戸温泉グループの傘下に入って格安料金で出来るようになってうれしいことには違いないが、旅館独自の独特の格式のようなものが無くなってきてしまって一抹の寂しさもあるが仕方ないことかも知れない。 ![]() 「志摩彩朝楽」にチェックインしてすぐにホテル前庭に拡がるパターゴルフ場に出掛けて全員でパターゴルフを楽しんだ。 勿論無料で利用できるので初めての経験だったが案外気楽に楽しめた。 途中80歳を超えた仲間の一人が実力か偶然か知れないがホールインワンを決めるなど大いに盛り上がった。 パターゴルフが終わると、今度はこれも無料で利用できるカラオケ室に行きで全員が楽しんだ。 ![]() ここでも最高齢のN爺さんが主役で夕食までの時間をたっぷりと楽しんだ。 翌日ホテル出発までの時間を再びカラオケで楽しんでいたが、ここでもNさんが歌った唄が全国1位の評価が画面に映し出されたりしたので、この段階でNさんは今年も人生卒業はまだ早計という事で留年決定となった(笑) ![]() 温泉に入った後、夕食会場に移動したが広い食事会場には地元名産も含めて料理がギッシリと。もちろんバイキング形式なのだがそれぞれ思い思いの料理を腹一杯食べて飲んで此処でも全員元気一杯! 満腹の腹を抱えて部屋に戻ったが、早速二次会の始まり。 皆さん年齢など関係なく元気そのもの。まだまだ人生卒業など遠い遠いという雰囲気が漂っている。 厚生年金が赤字になるのも何となくわかる気もするが、我々も現役の時に真面目に年金を払い納めおわったのだからなんら気にすることなく長生きし、年金をもらい続けても文句を言われる筋合いは無いという事だろう! 6月11日(水) ![]() 朝もバイキング形式の朝食を終わって、一服するまもなく専用バスで伊勢神宮のお詣りに出発。 ホテル着が遅くなるので先にチェックアウトの手続きをしおくことにした。伊勢参りの往復バス代も含めて一人あたり16,500円と格安な旅行代で一泊二日の宿泊旅行を楽しめたことになる。 ![]() バスは途中同じグループの「鳥羽彩朝楽」に宿泊していた人たちを迎えに立ち寄り、10時過ぎに内宮前の駐車場に到着。 ここから一昨年新しく建て替えられた「宇治橋」を渡って伊勢神宮の「内宮」に向かうのだが、橋を渡りきると一気に何か神々しい空気が充満しているような感じて、すがすがしい気持ちで満たされる感じがしてくる。 ![]() 先ずは入口を流れる宇治川の「お手洗い場」で手を清めてから「内宮」に通じる玉砂利が敷かれてある参道を進むが、本当に心が清められるようで気持ちがいい。 ![]() 昨年新築された拝殿で健康祈願をしたが、案外境内は空いていた。昨年は朝早くからお詣り人や見学者で一日中大賑わいだったと伝えられていたが、少し時間も早かったからかも知れないがスムーズにお詣りできて良かった。 早速「内宮」で参拝を済ませてから、今度は神宮前に立ち並ぶ「おはらい通」を通って「おかげ横丁」の見学に出掛けることにした。 先ずは伊勢名物として全国的に有名で入口近くにある「赤福」の茶店で出来たての赤福餅を食べながら一服。 ![]() おはらい通をしばらく行くと「おかげ横丁入口」の看板。ここで取りあえず記念写真を! ![]() ぶらぶら横町内を見学して昼食時間になったのだがお伊勢さんではなにがなんでも名物の「てこね寿司」を食べたいという人がいて、有名な「すし久」という店で食べることにした。 この店は地区の老舗としての風格もあり、全員が注文した「てこね寿司」も値段の割には味もしっかりとしていてなかなか美味だった。 店内の造りの一部には宇治橋建て替え時の柱の部材が使用されたとも伝えられていて地元でもなかなかの老舗らしかった。 ![]() 15時出発のバスの時間に間に合うようにホテルに帰ったが、少し時間の余裕があったので数名は再びカラオケを楽しむため部屋に向かう。 このとき最高齢のNさんが歌った唄の採点が画面に表示されたところが、なんと全国1位の点数が映し出されてびっくりだったとか? 一応素直に信じることにして全員気分良く帰路の途に着いた。 この調子では元気すぎて全員今年も卒業できる事は難しく、もう一年頑張ってみようということに(笑) |
曲は「四季の歌」
平成26年もとうとう大晦日を迎える事になりました。
歳を取るに従ってますます一年が過ぎるのが本当に早いなーと感じるようになりました。
今年も日常生活に大きな変化は無く、夫婦二人とも大きな病気にもかからずに、お互い好きなことを今まで通りやってきたんだという思いで語り合ったりしています。
毎年二人一緒に受診している「人間ドック」も今年で連続33回を迎えました。
来年も当然受診する予定ですが、70歳の大台を二人とも超えますので、身体にも何らかの変化があっても不思議ではないと思います。 ただ手遅れにだけはならないよう来年以降も事情が許す限り受診を続けていこうと話し合っています。
健康に過ごせる毎日がこれからの何事にも勝る大きな宝ではないかと思います。
ホームページも立ち上げてからすでに13年も経過しましたが、これからも事情が許す限り続けていこうと思っていますのでたまには訪問してやって下さい。
それでは来年も良いお年をお迎え下さい。