2016年
日々好日
2016.05.17(火)

 今日は服部緑地のウォーキング仲間と大和郡山への散策を楽しみました!

 集合場所のJR大阪駅には19名のメンバーが集まりました。

ただ今回は男性の参加者がたったの6名。  これまでの参加者は大体男女同数がほとんどだったのに、最近では徐々に男性の参加が少なくなってきており寂しい限りだ。  もちろん高齢化が進んで特に男性陣は体力の衰えが顕著になってきて遠出するのが億劫になっているみたいだ。

 今回の郊外ウォーキングは、関西の隠れた名所である古都大和郡山の散策が目的だ。

 大和郡山は1585年豊臣秀吉の郡山城築城により100万石の領地として栄えた都。
 
 それ以降(1724年)徳川幕府の甲府柳沢藩が統治することとなり、学問芸術が発展していったと伝えられている。
またこのあたりは金魚の生産地としても有名で、多くの種類の金魚の生産が現在も続けられている。

 JRに約1時間程乗り10時30分に郡山駅に着くと、事前にお願いしていた現地のボランティアの方が駅前に迎えに来てくれていた。今回はこのボランティアの説明を聞きながら市内を散策できるのでありがたかった。

 まず郡山城跡に向かうため外堀緑地公園を目指して歩いたが、途中かなり年数を経たと思われる古い屋敷跡に案内された。
 
 室内内部には特に家具なども無く、ただ古いだけの様な屋敷だったが、説明を聞いてみるとかってこの一帯は元遊郭が存在していたところだったそうだ。近くには何軒か同じような建物が残っていてさぞ昔は華やかな夜の街として賑わっていたのが想像できる。
 それにしてもお城の塀のすぐそばにあったとは面白いなと想像できるが。お客もお城の中の侍さんがお得意さん?

 さらに散策を続けていると大阪にある有名な和菓子屋の「菊屋」本店と同じ字体の和菓子屋が目に入った。

 よく見てみるとこの店は「菊屋」本家と名乗っている。説明を聞いてみると大阪の「菊屋」は元この本家に働いていた番頭さんが独立したものだったということだった。
でもお菓子の内容も全く同じなので、うまくのれん分けをしてもらった兄弟店であることに間違いないようだった。

 昼食は郡山追手門を入ってしばらく場内を散策しながら場所を探したが、適当な場所はすべて先客で占拠されてしまっていた。すぐ近くに本日休刊という看板がかかっていた「柳沢文庫」という建物の入り口をお借りした。

 初めての大和郡山散策だったが、今回で183回目ウォーキングなのだが、まだまだ身近なところに魅力的なコースがあるものだと感じた次第だ。

 帰りは近鉄郡山駅からの乗車なのでそちらに向かったが、駅前には現在すでに使用されていない「電話ボックス」の中になんと大小の金魚が50匹ほどがおよいでいるのがわかりビックリ! これぞまさに金魚ボックス。 さすが金魚の街と実感させられた。


2016.04.22

やっと「マイナンバーカード」のハガキが届きましたよ!

 昨年当家にも12桁のマイナンバーの通知が届きました。 その封書の中に今申請すれば無料で「マイナンバーカード」が発行してもらえるとの事だったので、早速デジカメでお互いの顔写真を撮りあって申請書に貼り付けて昨年12月20日に送付したのですが、一向に何の連絡も無く4ケ月も経ってしまっていた。

 新聞報道などでは全国的にカードの発行や発送業務にも混乱が発生しているとの記事がよく書かれていたので少し遅れていることぐらいは理解していたが、それにしてもお国仕事とはいえあまりにも遅すぎる。

 もしかしたら遅れでは無くてどこかの過程で紛失でもしたのではないかと心配していた程だ。
 
 すでにマイナンバー制度自体は開始されていて、これからいろんなところで必要になるらしいが、それにしても余りにも処理が遅すぎるとあきれてもいたのだが、ちょうど4ケ月も経った4月20日にやっと交付通知のハガキが届けられた。

 交付場所はそれぞれが居住する市役所が指定されていたので、2人で早速受け取りに行ってきた。

 その時の持参書類として、身分証明書に加えて「印鑑登録書」、「住民基本登録カード」なども指定されていたので何故なのかと疑問も持ちながら市役所に行ったが、それぞれの手続きにかなりの時間待機させられた。

 こまかいチェックするのは理解できるが、もっとスムーズに出来ないものかとも思ったが、確認作業は市役所だけでなく国で出管理するコンピューターとの交信も必要らしいので全国での手続きと重なってやはり大変な作業なのだろう。

 「マイナンバー」カードの交付と引き替えに持参した印鑑登録書や住基カードもこれからは必要ないとのことで没収?されてしまった。 

 これからは住民票やほとんどの書類は市役所に出掛けなくても、近くのコンビニでこのカードを持参すれば発行可能との説明を受けたが、あまり簡単に発行できるので逆に悪用されないかと心配になってしまった。

 これからこの便利さを悪用した犯罪も発生しそうな気もしてきたが、認知症になってこれらの犯罪に巻き込まれないよう気を付けなければならないなと感じを強くしたところだ。

2012.03.16 (水)

彼岸入りを前にお墓掃除に行ってきた!

 明日17日は彼岸の入りだが、一足早く奈良の王寺にある我が家のお墓の雑草刈りや掃除を兼ねてお詣りに行ってきた。

 このお墓にはすでに自分の両親が眠っているが、今から44年前の昭和は47年4月に奈良にある「王寺霊園」に建てたものだ。

 現在の住み家からかなり離れていて車で約1時間ほどの遠距離にあるので年2回の彼岸を目途に毎年お詣りすることにしている。

 この霊園はかって小高い丘があったところを造成して開設されたもので、かなり広い敷地に宗教を問わず多数のお墓が建てられている。
 
 そのためいろいろな宗派のお墓が混在しており、それぞれの流派や建立者の好みの形式で建てられているのでそれぞれ趣もありなかなか見ていても面白い。

 ところで墓を建てたときにはその建立者の名前を墓石の裏に彫るのが一般的なのだそうだが、我が家の墓地も当初は建立者である自分の名前も真っ赤なペンキで刻み込まれていた。でも最近になってその赤字の名前もだんだんと薄れてきていたのであまり気持ち良いことでは無かったのだが、今年はもうほとんど赤色の文字が見えなくなってしまっていた。

 建立者が亡くなったときはその赤字を消すのだと以前聞いたことがあったのを記憶しているが、ということは我が身もそろそろその時期が近づいてきたのでは無いかと少し複雑な気分になって落ち込んでしまった。

 でももう少しだけ人生を楽しんでみたい気持ちも強いのだが...
2012.02.24 (水)

 久し振りに「金沢」へ!

 2/21〜23日までの二泊三日の短い期間だったが、金沢と片山津温泉に相方さんと二人で出かけてきた。

 今回の目的は昨年埼玉県の深谷市から転勤になって、現在石川県の野々市に勤務している息子に久しぶりに会うためだったが、ここから金沢にも電車で10分程度で行けるのてついでに冬の金沢の見物と、さらに同じ行くならと翌日には近くにある加賀温泉郷の一つ片山津温泉にシーズンのカニを食べに行くことにした。

 息子は昨年まで暑さで有名な熊谷に住んでいて、今度は寒い雪国の北陸への転勤と大変だったがサラリーマンなら仕方ないことだと思うが。

 僕もサラリーマン時代は東京〜仙台〜大阪など転勤も多かったが、考え方によっては普段あまり行くことのないくことの地域にゆっくりと住み着くことができ、近くの名所も訪ねることもできて楽しい思い出のほうが多かったみたいに思う。

 息子の元気な姿を確認してから、東京までの新幹線開通で活気づいている金沢に戻ったが、現在はホテルなどの予約もなかなか取りづらいといわれているみたいだが、今回は旅行社のフリープラン旅行だったので宿泊には幸い苦労することもなかった。 
 
ホテルも新鮮な魚介物で有名な「近江市場」に近かったので、夕食は市場内のレストランまで出かけて取ることにした。 市場の二階にある食堂街はさすが寿司屋や海鮮食堂ばかりで店を選ぶのにも苦労するほどだった。

 迷った末に新鮮で美味そうな刺身が山盛りのサンプルが並ぶ「近江屋伝兵衛」という店に入って、名前も「百万石丼」という豪華な海鮮丼とビールで夕食を楽しんだがさすがになかなか新鮮で美味かった。

 翌日はホテルをチェックアウトした後、すぐ近くに位置する金沢城の見学に出掛けた。
昔から加賀百万石と呼ばれた城下町はなにごとにも大げさで豪華な感じの町並みが続いているが、城内に近づくにしたがってその広大な広場にはさすがと思えるほど広々とした芝生が拡がっていた。

 門をくぐって城内に入るとここも広々とした広場が拡がっていた。 
 庭園もよく整備されていたが、木造の長屋らしきものが2棟ほど並んでいて何か違和感が感じられた。 説明では五十軒長屋、三十件長屋と呼ばれていた武家たちの住み家だったようだ。 今は重要文化財に指定されているとのことで、当時は普通の長屋だったが年月が経つと全て貴重な建物になっていくのだなーと感じたものだが、肝心のお城が何処にも見当たらないので違和感も感じられた。
もし現在も当時の城が存在していたらどんな豪華な建物だったのか見てみたいものに思えたが。

 石川門から市内に出て少し歩くと立派な庭園で有名な「兼六園」に到着。

 早速に500円ほどの入園券を買おうとすると、チケット売りの人からなんと「65才以上の方は無料です」と言われてびっくり。
 
 時々地元の老人の方に限って無料とか割引するところがたまには存在するが、全国的から多くの観光客が訪れる有名な庭園を無料にしてくれるところはさすがに元百万石の城下町の肝っ玉の太い金持ちの都市だと感心した。

 庭園内に入ると見事な大木の連続で、しかもよく手入れも行き届いていて観光客も満足そうに見入っていた。

 午後からは加賀温泉郷の一つである片山津温泉に移動。今日の宿泊場所の「加賀 八汐」に到着。

 加賀温泉郷は周囲に山中温泉、山代温泉、粟津温泉など有名な温泉地帯に囲まれているが片山津温泉芝山湖を取り囲むように建っている旅館が多く景観も良いところが多いみたいだ。

 でも最近は老舗旅館なども経営が苦しいのか、湯快リゾートや大江戸温泉などのグループに買収されるところも出てきているようだ。

 宿泊先の「加賀 八汐」は純粋な日本旅館でなかなか落ち着きのある旅館だった。
窓からは芝山湖が拡がり景観も良かったが、特に印象に残ったのは湖一面に無数のかもがびくとも動かないで浮かんでいて、翌日になってもほとんど同じ位置に浮かんでいる光景が何とも言いようが無いほど不思議だった。

 夕食も今が旬のマツバガニの姿つきの内容だったが、最近の旅行では久し振りの部屋食でゆっくりと味わいながら食することが出来た。

 翌日は加賀温泉駅近くにある「折り紙博物館」というところに出掛けて、全国から集められた素晴らしい出来栄えの多くの折り紙の作品を見て楽しんだ。  

さすが日本人のきめ細やかさのできばえだと感心していたが、この折り紙の発祥の地はなんとドイツだったと解説されていて少しびっくり。

 帰りもサンダーバードの特急で約2時間の乗車だったが、天候にも恵まれて久し振りののんびりした旅行を楽しめて良かった。

2016.02.12 (金)

 今年はもう国税還付金が振り込まれていましたよ!

 今年の確定申告書の受付は正式には2月16日から始まるのだが、今年も還付金があることがわかったので1月20日に税務署に提出しに行った。

 計算結果で還付金がある場合は1月15日から受け付けてくれるので、提出に並ばなくてたすかる。今年も受付にはまだ誰も居らなかったので即提出が出来た。
 
ただ毎年医療費の領収書はチェックが終わると返却してくれていたのだが、今年から返却しないとのことだった。
 特に他に使い道もないのでかまわないが、個人情報でもあるので確実に焼却していただきたいものだ。
 
 ところで今日税務署から「国税還付金振り込通知書」が届き、確認したらすでに2月10日には所定の銀行口座に振り込みが完了していた

 今年の還付金は42,758円で昨年よりもだいぶ少なかったが計算結果が正しいので仕方ないところかな。
 
 今年は株式の配当金を総合課税に入れて計算したので、これでも多かったのかなと想像している。
 
 なにに使うかまだ決まっていないが、ボーナスがない年金生活者にはこの還付金は臨時収入として大助かりだ。

 
2016.01.20 (水)

今年も早々と「確定申告」を提出してきました!

 毎年ならこの時期になると税務署から「確定申告書のお知らせ」というハガキが届くのだが今年はまだ届けられていない。

 さらにすでに送付されてきているはずの厚生労働省発行の「公的年金等源泉徴収表」も今年は送られてこないで心配していたが、こちらのほうは昨日やっと郵送されてきたのでほっとしたところだ。
 
 この書類がないと申告書の作成ができないばかりか提出に必要な添付書類なので心配していた。
 
 おそらく今年は例のマイナンバー制度の開始で郵便関係の作業が混乱しているのではないかと思っていたが一安心。

 今年も正式の確定申告書の受付は2/15からなのだが、計算の結果、前年の納付税から還付金がある場合は1ケ月前からでも受け付けてくれることになっている。
 
 今年も還付金の結果を期待して早速朝から愛用のパソコンから打ち出した国税局の「確定申告作成フォーム」を利用して作成にとりかかった。

 自宅のパソコンからでも作成できる方法は平成11年から開始されていて僕は当初からこの方法を利用して確定申告書を作成している。
 一度この方法を利用すると次年度からの作成がものすごく簡単なので気に入っている。

 しかも前年作成した申告書がそのまま利用できることになっているので、該当箇所に数値を打ち込むだけで、あとは自動的に税額計算してくれる。
 たとえ新たに税制が変わっていたとしてもそれに応じた形に計算式が組み込まれているので絶対に間違うこと無く大変便利だ。

 今年も医療費や保険の支払い証明など申告書作成に必要な資料はすでに準備しておいたので約20分ほどのパソコン操作で提出用紙のプリントアウトまですることができた。

 計算の結果、昨年度に源泉徴収されていた所得税から42.758円還付されることがわかったので早速「豊能税務署」に確定申告書を提出しに行ってきた。 
 
 昨年はお正月に引いたおみくじで「大吉」だったお陰かしらないが還付金が9万円もあった。 
 今年は「吉」だったので少し心配?だったが、まあまあの還付金で良かった。  あまり関係ないことだが(笑) 
 
 でもボーナスのない年金受給者にはこの時期少しの小遣いになってありがたいことだ。

 ところでパソコンを利用しての確定申告書については、「e−Tax」という直接送信する方法と、書類を郵送する方法もあるのだが、年一度ぐらいは税務署に出掛けて行くのも良いのかなと思い毎年税務署まで提出しに行っている。

 昨年は2月24に還付金が指定口座に振り込まれたので今年も2月中旬には還付されるのではと期待したいところだ。

 本来納める必要がない過分の所得税分を自動的に源泉徴収されているのだから少しでも早く返してもらっても当然だとは思う。

 また実際の申告時期になると大勢の人が確定申告書提出に訪れてきていたり、作成方法の相談に税務署を訪れているので長時間待たされるのがあたりまえの状態になっている。
 事前に提出できることは混雑緩和の方法としても良いことだと思う。

 ところで毎年感じることなのだが所轄の税務署は阪急池田駅の近くにあるのだが、名前が「豊能税務署」というのでいつも違和感を感じる。

 現在も豊能郡という地域自体は存在しているが、池田市や豊中市などの大都市が管轄なのにもかかわらず、豊能という古くさい地名が税務署の名前として依然として残っているのも変な感じだ。

 少なくとも豊中ぐらいの人口密集地には提出できる出先機関ぐらいを設けても不思議ではないと思うのだが。


2016.01.07(木)

今日の我が家は「七草粥」?の朝食だ!

 普段の日の我が家の朝食は、四つ切り厚さの食パンの一枚に輪切りのトマト二切れと卵焼き、レタスなどをはさんだサンドイッチと牛乳が定番なのだが、今朝の朝食は日本の良き風習に従って七草粥と呼ばれているお粥を相方さんが作ってくれたものをいただいた。

 お粥に入れる七草は本来「ナズナ(ぺんぺん草)、スズシロ(大根)、スズナ(かぶら)、ハコベラ、セリ、母子草、仏の座」なのだが最近は自然に生えたものはなかなか見つけられないのが現状だ。

昨日、女房殿がマンションのちっぽけな庭で前の4草を見つけて採取してあったが、セリ、ゴギョウ、仏の座は見つからなかったので、従って今年は七草粥ではなくて四草粥となってしまった。

最近ではほとんどのスーパーでも300円前後でパックにされた七草も売られているが、もとはといえばほとんどが雑草に近いものだから買うこともないので毎年自家製のもので済ませている。  すべて揃わなくて四草粥でも季節感を味わうには十分だ。

 ところで昔から正月七日の最初の子(ね)の日に若菜を食べるとその年には災いや万病の予防が出来ると言い伝えられてきたらしい。

 また農家に於いては前年の五穀豊穣を祝い、新年を無事に迎えられた歓びを込めた行事としてこの七草粥を食べるという風習があったと伝えられてきたらしい。

 さらに正月には御神酒やお餅、おせち料理などのごちそうを食べ過ぎて酸性になった血液をアルカリ性へと変化させるには、この時期に七草をお粥に混ぜて食べるのが最適であることは栄養学的観点から見ても立証できるということらしい。
 そんな難しいことはどうでも良いが、昔の人は案外理にかなったことを自然のうちに会得していてみたいだで尊敬に値する。

 たとえば、スズシロに含まれる消化酵素のジャスターゼや、セリなどの強い香りは酒の飲み過ぎや食べ過ぎた胃のもたれを和らげる効果があるといわれている。

 でもそんな現実的なことよりも、後に紫式部が「源氏物語」を書いたときのモデルにしたといわれる光孝天皇が詠まれた和歌(百人一首15番)にも出てくる「若菜」がこの春の七草だったのではないかと伝えられていることの方が面白い。

 当時の人々にとってはこの七草は大事な食べ物だったので、これを摘んでせっせと大切な恋人に送ったのだろう。
 当時の風習として、恋人にものを送るときにはよく自作の歌を添えるのが風習であったので、この和歌もその一つであったことは充分想像できるみたいだ。

 この光孝天皇の親王時代はかなりプレイボーイだったのに加えて結構ハンサムでもあったらしい。そのため取り巻きの女性にもかなりもてたらしい。そのためこの時期に自分で若菜を摘んではせっせと言い寄る女性にこのうたを添えて七草を送っていたのかも知れない。

 この光孝天皇は若いときから贅沢が嫌いで普段の生活も質素だったらしいが天皇になってからもよく自分でも自炊をしていたということだ。
 
 でも54才での天皇即位後、たった4年で突然病気で亡くなっているので、果たして無病息災のこのお粥の効き目は果たして効果があったのだろうか?まあどうでも良いことだが正月早々こんな想像するだけでも楽しくなってくる。

2016.01.01 (金)

平成28年が始まりました!

  皆様お健やかに佳き春を
     お迎えのこととお慶び申しあげます!


 今年の元年はすがすがしい朝と共に年が明けました。

 正月を迎えたといっても昔ほど気持ちが高揚することも無くなってしまいましたが、それでも新年というのは気分新たに今年もまた元気にいろいろなことに挑戦してみようかなという気持ちになってくるので不思議ですね。

 「一年の計は元旦にあり」という諺もありますが、あまり格別なことをする事も無いので、今年も「よく食べ、よく歩き、よく考える」という姿勢だけは維持していこうという誓いぐらいしかありませんが、案外これが本当の健康を維持していく最良の生き方かも知れませんね。

 そのためには一番手っ取り早い方法は先ずは神頼みという事で、毎年元旦には近くの原田神社という地元の願掛けに行っています。
 
今年は現在住んでいるマンションの部屋から3室隣に昨年夏に娘一家が移転してきたので、初めて孫達と一緒に初詣に行ってきました。
 
 今年は珍しく午前10時近くに到着したのだが、初詣客は予想に反してあまり並んでいる様子もなくスムーズに進み20分ほどで参拝を済ますことが出来ました。
 過去には1時間近く並んだこともあったので、今年の行列の少なさは予想外でした。

 この原田神社は我が家から歩いて5分ぐらいのところにあり、現在は敷地もあまり広くはないのだが、昔は広大な敷地と影響力のある由緒ある神社だったらしく、東は吹田市の榎坂町から西は尼崎の富松までの実に72ケ村にも及ぶ土地を有し、氏神様としての影響力を及ぼしていたらしい。

 また社記によると白鳳12年(西暦684年)に天武天皇が神宝や神鏡、獅子頭などを納めたことや同時代に疫病が流行したときには「妖邪退所除」の詔勅を下し、神社に祈願したことなどが記されている。
 現在も地元の人達には絶大な人気の高い神社だそうです。

お詣り後、毎年おみくじを買うのが恒例となってしまったが、今年も100円を投じて買ってしまった。

 昨年のおみくじは「大吉」だったので、今年はもしかしたら「凶」でも出るのではないかと心配していたが結果は「小吉」だった。「凶」でないだけましだったかな。
来年はこれ以上のものが出ると希望を持って良しとするかと独り言。

 原田神社のおみくじは裏面に英文が記されているのでなかなかおもしろい。

 When spring come, snow's melting. Wait for some time. night-ingale!

 これを訳すと「春来れば ふりつむ雪も とけぬべし しばし時まて 山のうぐいす」となるらしいが。

 自宅に戻ると今年も高校時代、大学時代、会社関係で知り合った人達、そしてリタイヤーした後に服部緑地で知り合ったウォーキング仲間達から多数の年賀状が届いていた。

 最近はパソコンやスマートフォンなどの普及で年賀状を出す人達が減ってきているということですが、最近は単なるこれまでの風習から、現在自分はまだ元気に人生頑張って生きているよという近況報告みたいな役割を担っているのかも知れないと思って出来るだけ年賀状を出すように心掛けているのだが。
 
2018.01.01 (金)



今年は年だぜ!