2018.05.16 (水)

 ウォーキング仲間で「奥道後・瀬戸内周遊旅行」に!

 14~15日の1泊旅行で、四国の「奥道後温泉」に宿泊し、翌日は786段の厳しい階段を登り金比羅さんに御参りしてきた。
 
 今回の旅行は、毎周近くの緑地公園でウォーキングを楽しんでいる「緑陰クラブ」という高齢者主体のグループ旅行だったが、参加者14名の年齢も平均75歳という全員元気者!

 普段は月に一度は日帰りの郊外ウォーキングに出掛けるのだが、年に1~2度は宿泊旅行も楽しんでいる。

 前日の13日の日曜日は関西は大雨に見舞われたのだが、一夜明けると快晴で素晴らしい旅行日和に変化していた。

 今回は男子4名と女子9名だったが、このグループには晴れ女が多いと言われていて、不思議な事に旅行に行くときは必ず晴れの日が待ち受けているという幸運な日々が続いている。

 5月14日:
 今回の旅行はクラブツーリズムの観光バスを利用。

 快晴の中、本州・四国を結ぶしまなみ海道を進む。途中展望台での休憩で14名の記念写真をパチリ! 一点の雲も無く澄み切った空を眺めながらの旅行は最高の出だしに恵まれて進行。

 最初の寄り道は、全国の山衹神社の総本山の「大山衹神社」(おおやまきじんじゃ)を参拝した後、しまなみ海道の四国側の起点で来島海峡を一望できる「糸山公園展望台」で記念写真をパチリ。 最高の景色が望まれてみんな満足顔!

 今日の宿泊地の奥道後温泉への途中、タオル生産量日本一を誇る今治市にあるタオルをテーマにした世界でも唯一の「タオル美術館」に立ち寄る。 店内にはもちろんタオルも販売しているのだが、あまりの価格の高さに驚いたが、勿論質量も手触りは最高だったが買う気持ちはおこらずにパス。

 夕刻には今日の宿泊先の奥道後温泉のホテル「壱湯の守」に到着。

 この温泉宿は「美人の湯」として全国的にも名高い天然温泉で、源泉掛け流しの風呂も有り、奥道後温泉の湯守として知られている。

 さらに西日本最大級の広大な大露天風呂から望む美しい自然のパノラマに囲まれて思う存分温泉気分を楽しんだ。

 夕食はバイキング方式だったが食材の種類も豊富で、何よりも食材を入れるかわいい器が気に入り、想像以上に食が進んでしまった感が有りちょっぴり反省の気分。

 5月15日:
 今日も朝から雲一つ無い快晴で!  最初の訪問先として、かって天皇陛下も入浴されたと伝えられており、裏側には皇族専用の入り口もある「道後温泉本館」を見学。 
 
 以前この道後温泉に宿泊したときに、この風呂に入ったが、木製で想像していたよりかなり小さなお風呂だったことを鮮明に覚えていたが、やはり歴史があるのか今でもかなりの人気があるらしいとか。

 近くにある「からくり時計」では、その名前の由来のからくりの様子が見られる時間が来たということで見物することにした。
時間にして5.6分ほどだったがいろいろなからくりの様子を見せてくれて面白かった。

 ここから「ハタダお菓子店」で名物の一六タルトなどのお菓子の試食や買い物を楽しみ、「りんりんパーク」というところで昼食を済ませた後、いよいよ最後の「金刀比羅宮」に御参りすることになった。

 本殿に辿り着くにはなんと786段の真っ直ぐに伸びたかなり厳しい階段を登らなければならないのだが、全員が挑戦することに。
 
 はたして最後まで一気に登れるものか、少し不安もあったのだが、登り始めてみると案外スムーズに進むことが出来て本殿に辿り着くことが出来た。
 
 これも日頃からウォーキングで足を鍛えて?いるお陰かも知れないなと自信も出てきた。

 この本殿から更に何百段か野彫ると「奥の院」があるのだが、残念ながら、ちょうど通行止めになっていて上れなかったが、本心はほっとしたところかな?

 本殿からの下段もかなり厳しいという事を聞いていたが、案外スムーズに下りることが出来て安心した次第。

 他のメンバーもほとんど本殿まで辿り着き無事御参りできた様子で、やはり日頃の成果が現れたのかも知れない。

 帰りも普段は必ず渋滞を起こしていた宝塚インター近くも、最近新名神高速道路が開通したこともあったお陰で全然渋滞もなくスムーズに帰着できた。

 今回は一泊二日旅行だったがなかなか充実した旅行だったと感じているが、それにしても平均75歳の高齢団体もあまり疲れもなく楽しんでこれたのもやはり日頃からウォーキングで鍛えている結果なのではないかと感じた次第だ。
 
2018.05.02 (水)

 今日は、「八十八夜」 ですね!

 小学生や中学生であった頃よくこの「茶摘み」という唄を歌っていたことを思い出します。

       も近づく八十八夜! 
            野にも山にも若葉が茂る
       あれに見えるは 茶摘みじゃないか
            あかねだすきに菅(すげ)の笠


  八十八夜とは立春から数えて八十八日目の夜のことです。
 また八十八を組合わせてみると「米」という文字になるため、昔から農業に従事している人々にとっては大変重要な日とされてきたみたいです。
 
 しかも八十八夜は、春から夏へと季節が変わる境目あたりになるので、天気がとても安定している時期とも言われています。

 といっても皮肉なことに今年の八十八夜の今夜は前後快晴の日々に囲まれているものの全国的に雨が降っていて少し期待外れですが?

 また「八十八夜の別れ霜」という言葉もあって、この時期になると霜も降りることもなくなるので種まきをはじめとした農作業の目安となる時期でもあったらしいですね。

 一方で、折角種を撒いて野菜や果実が芽を出して成長しても、急に気温が下がって霜が下りることもあるので決して油断は出来ないところから「八十八夜の忘れ霜」という言葉もあるそうです。農業に従事したことの無いものにとってはあまり関係ないことですが...

 でもこの「八十八夜」という唄は季節感がこもっていてしかもとても歌いやすくて好きな歌です。

 そろそろ自分も日常着る服も、春物から夏用のものに入れ替える準備でもしてみるかな...
 
2018.04.24 (火)

 今年も仙台自宅の雑草刈りに!

 昨年仙台の自宅を同じ団地に住む方から自宅新築の期間貸してほしいとの依頼があったので半年ほどお貸ししていたが、今年2月に完成し退去されたので、確認と庭の雑草刈りを兼ねて1週間ほど仙台に行ってきた。

 これまでに同じ団地内に住む人達から自宅新築期間の短期間だが自宅を貸してほしいという依頼が多く、すでに6人ほどから依頼を受けてお貸ししていた。 短期間の賃貸住宅を探すのが困難という事で、全て口づてで我が家に依頼してくる人がいるみたいで重宝されているみたいだ。

 毎年雑草狩りの仙台行きは、名古屋からのフェリーを利用して車で行くことが多いのだが、今回は久し振りに飛行機を利用した。フェリー利用だと片道2日間ほどかかるが、飛行機だと伊丹空港~仙台空港までの飛行時間は70分程度で本当に早いのだが、何故かこれまでは車で行く機会が多かった。

 今回は直前まで住んでおられたことと、昨年行ったときに丁寧に除草剤を蒔いておいたせいか、いつものように大量の雑草は生えていなくて助かった。

 全然知らなかったのだが、途中久し振りに仙台市内にに出掛けたときに、今日は昼過ぎから今年2月に韓国平晶で開催された冬季オリンピックで優勝し、66年振りの五輪連覇を果たした仙台出身の羽生結弦選手のパレードが市内であることを知ったので折角の事なので観てみることにしたのだが、なんとコースには身動きもとれず溢れんばかりの市民が詰めかけていてびっくりした。
 後のニュースで知ったことだが、約11万人もの市民が詰めかけていたとのことだった。

 やはり地元仙台では圧倒的な人気があるのだなーと思っていたら、仙台のニュースだけでなく全国ニュースでもこのハレードを取りあげていたらしい。

 ちょうど目の前を車に乗った萩生選手が通りかかったが、テレビで観る以上に実際に観るとかなりの細身であったのには少なからず驚いた。

 四方八方に詰めかけた観衆の前でも疲れた様子もなく、360度振り向きながら独特のポーズをしながら挨拶に応えていたがかなり疲れたのではないかと心配しながら、チャンスもあったので写真も撮らせて頂いた。

 今回は1週間ほどの滞在だったが、案外時間の余裕もあったが、車で来なかったので近辺の温泉場にも残念ながら出掛けることも出来なかった。

 帰りの飛行機は時間の関係でなんと40年振りぐらいのプロペラ機に乗ったが、総座席も74席、横席も4席、客席乗務員も2人だけという小型機だった。 でもジェット機とあまり飛行時間の差も無く、むしろ家族的な感じの飛行機だったみたいだ。

 
2018.04.06 (金)

 久し振りの映画鑑賞! 「北の桜守」

 梅田にある旅行社に用事があり出掛けたが時間があまったので、久々に映画でも観てみようかなという気持ちになった。

 吉永小百合主演の「北の桜守」という映画で、戦前、戦後の混乱の中で、樺太や網走を舞台に必死に生き抜いた親子の物語で、2時間の上映時間もあっという間に過ぎ去ってしまったが、それぞれの生き様がよく描かれていた映画だった。

 すでに映画が上映開始されてから1ケ月近くも経っており、しかも平日の13時過ぎの上映という事で、270席ほどある広い観客席にはなんと14人ほどの観客しかいなくて驚いた。

 吉永小百合という女優さんは、自分がまだ早稲田の4年生の学生だったときに入学してきたが、一躍大学中のマドンナになり、彼女が授業を受けている教室がわかると学部が違う学生も含めて大勢の学生がその教室に駆けつけて一緒に講義を受けるという異様な光景が繰り返されたものだった。
 もちろん彼女の姿を見るためのオッカケ集団みたいに。

 もちろん自分もその一人だったが。

 そのため何故か彼女が講義を受ける教室は不思議な事に定員を遙かに超える大教室だった気がする。混乱を防ぐための学校の異様な計らいだったのかも知れないが。
 
 また学生食堂で彼女が食事をしている情報が伝わると、大勢の学生が食堂に駆けつけて、彼女と同じ食事を選んで近くの席で食べるという光景もよく見られたものだ。

 彼女は高校時代には「キューポラのある街」に主演女優として出演し、ブルーリボン賞主演女優賞を獲得するなどすでに有名な女優だったから、大学内にも大勢のオッカケがいても不思議でないほどの人気者だった。

 しかも大学でも真面目に良く勉強も頑張ったせいで、学部の次席で卒業するなど当時から本当に真面目な人間性を発揮していたようだった。

 同時期に学び、校内でも彼女と何度か出会ったりしたこともあって、50年近く経った今でも当時とあまり変わらない雰囲気を醸し出している姿をみると本当に懐かしい気持ちで一杯になりながら映画を観ていた気がする。

 そういえば同じ時期に、田中角栄さんの娘だった田中真紀子さんも当時は商学部の学生で、校舎内を大勢の友人達と歩いておられるのをよく見かけたものだった。

 いろいろな思いでが詰まった出来事があった学生時代を経て、すでに50年以上も経ってしまったのだなーと変な気持ちになった一日だったが。

2018.04.02 (月)

 昭和時代の想い出がまた一つ........ 

 4月1日付より我が國の主要銀行の一つである三菱東京UFJ銀行の店名が一部変更になり、三菱UFJ銀行になると発表された。

 「東京」という名前が消えてしまうという事だが寂しい気がしてならない。
 なぜならこの名前は単なる東京と言うだけでなく、三菱銀行、東京銀行、三和銀行の三社が昔合併したときのひとつであったからだ。

 合併前までの東京銀行は外為専門の銀行で世界的にもかなり名の知れた銀行だったと記憶している。
 
 それよりも昔東京銀行には高校時代の初恋?の人が卒業してこの銀行に勤めていたことから不思議な事に何となく親しみがあった銀行だったのだが。

 これで最初に自分のメイン取引銀行だった三和銀行の名前がなくなり、今度は東京銀行の名も無くなり、とうとう三菱銀行の名前のみが残っただけという事になってしまった。

 ただ、現在もこの銀行には年金振込やほとんどの取引のお世話になっているのだが、なんと現在所持しているこの銀行のカードは現役時代の約40年以上も前に使用していたものだか、そのまま現在もまだ現役で使用しているのだから不思議な感じもしている。

 もちろん通帳の方は記載が満杯になると自動支払機から新しい通帳が発行されて出てくるので、発行された通帳の銀行名とカードの名前が全然違うもので出し入れしていることに違和感も感じもしているのだが、特に三和銀行時代に発行されたサンワカードであっても特に支障も無いようなので、これからもこのカードを使用して出し入れをしようと考えている。

 おそらくこんな古いカードをいまだに使用している人はあまりないのではないかな。

 それでもこのカードの耐用年数は大したものではないかと感心している次第だ。

2018.04.01 (日)

 今日は「エイプリルフール」の日でしたね!

 以前は毎年この日がくると、今日は「エイプリルフール」の日だから嘘はついても許される?と言われて盛んにいろんな場面で話題になっていましたが、最近は全然話題にも上がらないようになったみたいですね。

 理由はわからないが、テレビも新聞も完全に無視の様子。何故か遠い昔の事になってしまったみたいで寂しい思いもしますが。

 もともとこの「エイプリルフール」の由来は、昔フランスでは新年を4月1日として祭りを開催していたのが、1564年にフランスの国王シャルル9世によって、1月1日を新年とするグレゴリオ暦が採用されたため、それに反発した人々が4月1日を「嘘の新年」として馬鹿騒ぎするようになり、これがエイプリルフールの風習になったと伝えられているみたいですね。

 日本に伝わったのは江戸時代で「不義理の日」として、「義理を欠いていたこと、ウソをついていた事、お金を借りても返していなかった事」を手紙を書いて詫びる日だったとのことらしい。

 ただ現在のエイプリルフールの風習が浸透したのは大正時代、「午前中はウソをついても許されるが、午後からはネタ晴らしをしないといけない」と言われるようになったとか。

 別にどうでも良いことだが、なぜか昔の風習がだんだんと無くなって行くみたいだが、仕方の無いことなのかな。

 ところで今年の桜の開花は全国的にも早いみたいで、大阪でも今が満開だ。
 
 今年は年初から想像以上の厳しい寒さが続いていたので桜の開花も遅れるのではないかと予想されていたが、最近の異常とも云える気温上昇が続き、桜も一気に目覚めて開花を始めてしまったのかもしれない。

 毎年ウォーキング仲間達でやっている花見会は6日の木曜日にやる予定になっているのだが、この調子だとすでに散っている恐れもあるかも知れない。

 でも会員の多くは女性で全て70歳を超えている人ばかりだから、まさに「姥桜会」になるのかも知れないが、まーそれもいいかな?

2018.03.13 (火)

 やっと「国税還付金振込通知書」が届いたぜ!

 今年は森友問題などで不当に安く国有地が売り渡されたのではないかとの報道が連日テレビなどでも放送されているためか、国税局前などにも大勢の抗議のデモ隊が押し寄せているとのことだ。
 
 ちょうど今が確定申告の提出時期でもあり、税金に対する関心が国民の中にも高まっているのも関係しているのかも知れない。

 関係はないと思うが、税務署からの今年の税金の還付金の返還通知が少し遅いのではないかとの感じもしていたのだが、今日やっと「還付金返還通知書」がポストに入っていてほっとした次第。
 3月12付で指定口座に振り込んだとの事。

 早速、指定銀行に行き、通帳を確認したところ、確かに38,859円が振り込まれていて安心した。

 今年は昨年売却したマンションの譲渡所得が少しあったので、その金額を含めて確定申告書を作成したところ、還付金どころか逆に200,000円程を納税しなければならない結果になった。
 
 ただ幸運なことに現在、居住用不動産を売却した場合には、「租税特別措置法」という法律が実施されている事を知り、その内容にしたがって計算したところ税金がかからないことがわかった。
その結果今年も還付金を受けることがわかりほっとした次第。

 なんとなく毎年同じ感覚でやっていては駄目で、ちょっとでも調べてみたい点があればとことん調査してみる必要性を強く感じた次第だ。

 ただ初めての事なので事前に税務署に出掛けて行って、担当者に自分もこの制度に該当するのか確認したのだが、最初は何故か難しそうな返事だった。
 詳しく事情を説明してその時はやっと納得してもらったのだが、後日問題があれば連絡すると言われていたので心配もしていたのだが。

 いつもより今年は遅い還付金返還になったが、自分にとって年間行事の一つが無事終了した事に一安心というところだ。

2018.03.12 (月)

 京都洛西で春の息吹を浴びてきました!

 ウォーキング仲間「緑陰クラブ」の15人で京都嵐電に乗って洛西にある寺院巡りを楽しんで来ました。
 
 阪急梅田駅から阪急電車に乗り大宮駅で嵐電に乗り換えて、妙心寺、御室仁和寺、車折神社と巡ってきましたが、幸い快晴に恵まれて楽しいウォーキングを満喫することが出来ました。

 まず四条大宮駅で嵐電一日乗り放題の500円の切符を購入して出発!
 最初に「妙心寺」を拝観するが、ここでは拝観料500円のところ嵐電切符購入特典として10%割引の450円で入寺できた。
 
 この寺は臨済宗妙心寺派の総本山。
 三門、仏殿、法堂などの建築物が一線上に並んでいて、近世における禅宗寺院の伽藍配置の様子がみることが出来る。
その広い境内には七堂伽藍を中心に46もの子院塔頭が並んでいて壮観のひとこと。
 
 最初に寺院専属の女性の案内人から、妙心寺法堂の加納探幽筆の「天井画雲龍図」、国宝で日本最古といわれる「妙心寺鐘」、重要文化財で明智光秀の菩提を弔うため建てられたと言われる「浴室」などの詳しい説明を聞いた後に、広い境内を見て回ったがここだけでも大分歩き疲れを感じだ。
  
 ここからは歩いても大した距離でもないのだが、折角嵐電の乗り放題切符があるので1駅だが乗車して、次の訪問寺の御室仁和寺駅で下車。

 早速境内を散策するが、この寺は宇多天皇創建の門跡寺院で真言宗御室派の総本山

 御室御所も呼ばれ、金堂や五重塔などがあり世界文化遺産に指定されているとのこと。
 寺院内の庭園なども素晴らしいとのことだったが、入場料も高かったのでここはパスして境内をゆっくりと散策したが、櫻などはまだ時期が早くてしっかりとつぼみのままだった。

 昼食時間も近づいてきたので、停留所反対側に位置する「双ヶ丘」という小高い丘の麓に適当な芝生の広場が有り、ベンチもあったので、ここで昼食タイムを楽しんだ。

 昼食後、昔、京都で学生時代を過ごし、市内の隅々まで知り尽くしているというリーダーの案内で、近くに素晴らしい景観が楽しめる絶好の場所があるという事でついて行くと、「一の丘」という小高い丘の頂上に出たが、ここに至るまでの道が、急な階段の連続で参った。
でも天気も良かったせいか眺望は良く、眼下には素晴らしい光景が広がっていた。

 階段を下るにもかなりの勢力を使い果たしたが、全員元気に無事下山し次の目的地に向かった。

 次の訪問地まで、嵐電に7駅ほど乗り、車折(くるまざき)神社で下車。

 この神社は平安末期の儒学者の清原頼業を祭る商売繁盛の神様で、神石祈願が人気となっているらしい。
 
 境内には芸能神社というものもあり、芸能人らの信仰もあついといわれているようで、我々もよく知っている多くの芸能人の名前が朱色の玉垣に書かれていた。

 神社内は朱色一色で染められていてかなり派手な感じがしたが、あまり本来の神社という感じがしなかった

 境内を一周して今回の目的の訪問地は終了して、嵐電に乗り解散地の終点嵐山駅に到着。
 
 今日はそれほど歩いた感じがしなかったのだが万歩計を確認すると、1万2千歩ほどを記録していて驚いた。

 ここで解散となったが、この近辺には打ち上げ先の飲み屋が見つかりそうもなかったので男性5人は再び嵐電に乗り、四条大宮まで逆走。

 四条大宮の駅前に24時間営業と書かれた飲み屋らしき場所が見つかったので店前まで行ってみたが、店内の電気が消えていてまだ営業をしていなかったようだった。でも店員らしき人が出てきたので交渉して店を開けてもらって、打ち明け会を敢行!

 久し振りにピールで乾杯! お疲れ様でした! 

 
2018.03.06 (木)

 今日は私達の47年目の「結婚記念日」で~す!

 47年前の今日、:当時東京半蔵門にあった「東條會舘」で結婚式を挙げました。
 現在は建て替えられて当時の豪華な面影が亡くなってしまっているようで残念です。

 今日まで2人の子供を授かり、何とか無事に?今日まで仲良く?一緒に過ごしてくることが出来ました。
 
 現在は76歳と72歳の老夫婦にとって、あと何年一緒に生活出来るかは皆目検討もつきません。

 でもせめて最低でも3年後に迎える「50周年記念日」の時までは、お互い元気に過ごせたらいいな~と期待しているところですが、後期高齢者となった今は明日のことは判りませんね。

これまでに数え切れないほどの海外旅行や国内旅行などを一緒に楽しんで来ましたが、これからも体力が続く限りいろんなところに行ってみたいなーと語り合っています。

 今日は2人が毎日通っているスポーツクラブの同じビルの1階にある「食堂園」という高級な?焼肉屋さんで焼肉を食べながらビールで乾杯しました。

2018.03.01 (木)

 今日は我が輩の76歳の誕生日!

 昨年は後期高齢者の仲間入りという事で、今までの国民健康保険ではなく、「大阪府後期高齢者広域連合」とかいうところから、今後は「後期高齢者医療被保険者証」を使用するようにとのことで新しい「被保険証」が送られてきた。

 窓口は今までと変わらず豊中市役所内の保険課が窓口なのだが、わざわざこれからは貴方は後期高齢者ですよと別に区別しなくてもよいとも思えるのだが。 
 最近は「人生100年時代」といわれているのなら75歳などまだまだ前期でも良いのではないか。

 保険証をもらいに窓口に行ったときに、映画館はじめ最近はいろんなところで保険証やマイナンバーカードを見せればシニア割引で適用されますといわれているが、何故か「早よう死にや」といわれているみたいで気分が悪いといったら市役所の人も大笑いしていた。

 高齢者には違いないのかも知れないが「後期」という言葉はどうしてもなじめないので辞めてほしいものだ。

 後期高齢者の仲間に強制的に入れられて1年が過ぎて目出度く今日76歳の誕生日を元気に迎えることが出来たが、それでも最近少し、人並みに直近の物忘れが多くなったみたいのが少しの心配事!

 でもまだまだ健康に過ごしていける自信も残っており、人生を楽しみたい気持ちもあるので健康に注意しながらもう少し頑張ってみたいなーという気持ちだ。  

 その為毎日スポーツクラブに行き身体の健康維持に努めているといえば聞こえが良いが、実際は健康養老院とでも言った方が合っているのかも知れないな。
 昼間は70~90歳の老人ばかりだがみんな陽気に悠々と余生を楽しんでいるようで毎日元気を貰っているみたい。

 そのためか死期高齢者?の仲間入りまではまだまだ遠い様な感じがしている毎日だ!

2018.02.28 (水)

 能勢街道を歩いてきました!

 毎週一度は緑地公園に集まって公園内をウォーキングしている仲間(緑陰クラブ)では、毎月の担当者決めて月1回は郊外ウォーキングを楽しんでいるが、2月は「能勢街道歩こう!」ということで幸い快晴に恵まれてウォーキングをしてきました。

 昔、大阪と丹波を地方を結ぶ主要街道として能勢街道がありました。

 私達が住む豊中地方では一名「池田街道」とも呼ばれていて、三国、服部、原田神社を通り抜け、昔池田城があった池田まで続いている街道です。

 朝、阪急電車の石橋駅に集合した男女仲間19名で約9キロの街道に面する名所を訪ねながらウォーキングを楽しみました。

 阪急石橋駅から昔の面影をそのまま残すような商店街を通り抜けて二子塚古墳(稲荷山古墳)を見学して、水月公園へ。   

水月公園は大阪みどりの百選にも選ばれているが、特に250本の梅林や櫻、花菖蒲6000株など花の名所となっている。
  
 昼食は水月公園内の梅林内の公園でする予定になっていたが、今年は寒さが厳しかったせいか残念ながらまだ梅は咲きはじめという段階だった。

 この梅林内には斉芳亭という建物があり、昭和59年(1984年)に蘇州市との友好都市締結3周年を記念して蘇州市から池田市に贈呈された建物という事らしい。
公園の入口にも記念の狛犬さんも鎮座していてなかなか趣のある公園だ。

 昼食後は尊鉢厄神(釈迦院)から五社神社(鉢塚古墳)から池田歴史博物館で池田の歴史を勉強し、最後に落語ミュージアム内を見学して、今日のウォーキングはこの場所で解散。

 男子7名は解散の後のビール一杯を求めて池田周辺の居酒屋を探し回ったが、時間的にも少し早かったためか適当なところが見つからず、豊中駅まで帰って、早くから開店しているなじみの居酒屋でビールで乾杯の後解散となった。

 最初の計画ではウォーキング距離6キロと予測していたが、実際は10キロほど歩いたみたいで少し疲れた感じ。

2018.02.23 (金
 小林幸子のコンサートを楽しんで来た!

 昨年は同じ「豊中市立芸術センター」で開催された夏川るみさんのコンサートを聴きに行ったが、今回も同じ「夢グループ」主催小林幸子コンサートのパンフレットが届けられたてきたので早速家内分も含めて申し込んでおいたものだ。

 前回もそうだったが、自宅に届けられたパンフレットには、開催会場近辺に住まいの方限定ということで、なんとS席7,000円のところ特別料金3,000円という半額以下の値段で観劇できるというもの。

 なぜそんな価格設定ができるのかは不明だが、理由などはどうでも良くて、こちらとすれば少しでも安く観覧できるのは有り難い事なので別に特別な疑問も無く申し込んでしまった次第。

 さらに会場の「豊中市立芸術センター」は我が家から歩いても7~8分程の至近距離にあるので帰路も楽なので大変ありがたい。

 昨年12月にこの芸術センターで開催された沖縄の歌手、夏川るみさんの歌謡ショウも大変素晴らしかった。もちろん今回と同じ理由で通常より大変格安な料金で入手できたので観に行ったものだった。
 
 ところで小林幸子さんは歌もなかなか迫力もあって素晴らしいのだが、NHKの紅白歌合戦などでど派手な舞台衣装を何回も観たことがあるがその衣装を実際に観たらどんな驚きがあるのか興味があった。

 夜5時30分開演だったが、会場は満員で果たして今回はどんな衣装で現れるのやら会場全体が興味と熱気に溢れていた。

定刻に音楽と共に幕が開き、天井まで届くような巨大な豪華衣装の服装が現れたが、最初何処に本人がいるのか判らなかったが、なんと天井まで届くような衣装ドレスのてっぺんから顔を覗かせて歌を歌っているのが確認された。

 彼女は今年65歳を迎えるという事だが、幼少の頃から歌手として活躍してきており、その声量は全然衰えるどころか、今日もびんびんと響く声が会場を圧倒していた。

 2時間程の公演時間の合間には彼女の幼い頃の想像を絶する様な苦労などが当時の白黒写真や動画で紹介されていた。
よく今まで保存されていたものだなーと感心した次第。

 これからも歳など関係なく、身体の続く限り何時までも声量たっぷりの声でファンを楽しませてほしいものだ。

 昨年2月には橋幸夫、水前寺清子、五月みどり黒沢年雄、三善 英史松村和子など6人ほどのコンサート、9月には夏川るみさんの単独コンサート、そして今回の小林さちこコンサートと、今まであまり行く機会が無かったのに立て続けにコンサートなどに出掛けるという事はいままでなかったことなので不思議な感じがする。

 本人が直接出演するコンサートを目の前で観られるのはやはり迫力が全然違うものだという事も実感したのでこれからもハマリそうな感じが強くなったみたいだ。

 
2018.02.15 (木)

 平成29年度分の「確定申告書」
    税務署に提出してきた!


 今日もなかなか寒い朝だったが、午前中は服部緑地に出掛けていつものウォーキング仲間とウォーキングを楽しんできた。

 午後からは、昨日作成したばかりの平成29年分の「確定申告書」を管轄の豊能税務署に提出しに行ってきた。

 実際の確定申告書の受付は毎年も2/16からなのだが、申告書作成の結果、還付金がある場合は1月からでも受け付けてくれることになっている。

 最近は還付金が必ず発生しているので実際の還付申告受付前の一月中程には税務署に届けることにしていたのだが、今年は少し事情があって今日になってしまった。

 事情というのも、昨年2月に現在居住しているマンションの近くに10年程前に購入したマンションを処分したところ僅かばかりの差益があったため、その利益を加えて確定申告書を作成したところ、還付金どころか逆に納税しなければならならない結果となったので26日の納税期日までまっていたのだが...

 ところが、税務署で事前にもらってきていた今年の確定申告の書類を見てみると、居住用に使用していた自宅を売却したときにはその売却益3千万円までは課税免除の制度があることがわかった。

 この制度の恩恵を受けるにはかなり厳しい条件があるのだが、幸いにもすべての条件をクリアーしていることが判り、改めて再計算した結果なんとか課税されなくて済み、結果今年も還付金を受け取れることがわかったので、早速今日「還付申告書」を税務署に提出してきた次第。

 勿論今年もパソコンに保存してある前年の国税局の「確定申告作成フォーム」を利用して作成した。
 この方法を利用すると前年作成した申告書のフォームがそのまま利用できるようになっていて大変便利だ。 

 昨年作成した該当箇所に数値を打ち込むだけで、あとは自動的に税額計算してくれる。さらに税制が変更になってもそれに応じた形で計算された結果が出てくるので大変便利だ。

 さらに住所氏名は勿論、還付金の振込先など新たに記入しなくても前年と変更が無ければそのまま利用できるようになっている。
 更に今年からは、医療費の控除を受けるためにはこれまで全ての領収書を添付しなければならなかったが、集計用紙のみの添付でよいことになったらしい。但し5年間、各自で領収書を保管していなければならないという条件付きだが。
 今までのように税務署で領収書を保管するのが面倒になったからに違いないからなのではと想像するが?

 また最近税務署では出来るだけ自宅のパソコンで納税者自身で確定申告書を作成するようにとの指導を強調しているみたいだ。

 私はこの方法が導入された平成11年度から利用しているので、かなり慣れてしまっており、今年も約30分程度で確定書作成から提出用紙のプリントまで完成してしまった。

 計算の結果、なんと昨年度に源泉徴収されていた税額から今年は38,859円還付されることがわかった。 

 
 確定申告書の作成結果として還付金を請求を出来る人については、正式の受付開始日1ケ月前の1/16からでも受け付けてもらえて還付金が振り込まれるのも早いみたいだ。

 昨年は1月26日税務署に確定申告書を提出し、2月16日に還付金が指定口座に振り込まれたていた。
 今年は2月15日に提出したが明日から実際の確定申告書受付が開始されるので、かなり遅くなりそうな感じがする

 でも本来納める必要がない過分の税分を強制的に源泉徴収されているのだから少しでも早く返していただきたいものだ。

2018.01.31 (水)

 今日は3年振りの「皆既月食」!

 今晩の月は、地球の影に満月がスッポリと隠れてしまう「皆既月食」が見られるというので期待していた。
 3年前にも皆既月食が見られたが、その時はちょうど仙台からフェリーに乗って大阪に帰る途中だったが、満点の星空に月が徐々に隠れていく様子をフェリーの甲板から眺めていてその幻想的な光景に時間を忘れて見とれていたことを思い出した。

 今夜の大阪の天気予報は運悪く曇りという事であまり期待できなかったが、それでも月が欠け始まる9時10分ぐらいのときはまだ晴天でくっきりと月影が見えていた。
 もしかしたら完全な皆既月食が見られるかも知れないと期待しながら自宅マンションの庭に時々出て月が徐々に欠けていく様子を眺めていた。

 思った以上に月が欠けていく時間が早く感じられので見とれていたが、完全に皆既月食になる時間の10時20分頃には残念ながら曇り空が拡がってしまい、完全な皆既月食は見られなかった。

 今回の満月は1ケ月に満月になる「ブルームーン」であり、さらに普段より地球に近い位置にあって大きく見える「スーパームーン」状態にあるという事だったので是非観てみたいと思っていたのに残念だった。

 ところで、この3つの”プレミア”が重なる月夜を「スーパー・ブルー・ブラッド・ムーン」と呼び、計算上は平均256年に1度の出来事らしい。

 ところで「スーパームーン」で月が地球に近づくことで、地球は月の引力で少し引き寄せられた状態になり、さらに、皆既月食が起きることで太陽と地球、月が一直線に並び、太陽の引力も地球にかかることになるといわれている。

 そのため月と太陽の引力が地球の大陸プレートに刺激を与えて、大地震や火山噴火を起こす可能性も考えられるらしいといわれている。
 
 過去にもこの皆既月食の前後にかなり大きな地震が発生したこともある。
 2011年3月11日の東日本大震災の8日後にはスーパームーンが出現したことや、その余震みられる2014年7月12日の地震の当日にもスーパームーン現象が発生したといわれている。

 自然界のことはよくわからない事ばかりだが偶然かも知れないが注意した方が良いのかも知れない。

 *皆既月食の写真はデジタルカメラで逆光+フラッシュ設定で写したものです。

2018.01.22 (月)

 今年もウォーキング仲間と京都へ!

 毎週木曜日朝に近くの服部緑地に集まってくる高齢者仲間?とウォーキングを楽しんでいる。
 
 その仲間の一部が集まって「緑陰クラブ」という名前で毎月一回は郊外に出掛けて各地の名所を巡っている。
 
 今回でちょうど200回目を迎えるが、年の初めでもあるので京都の名所を巡ってきた。

 JR大阪駅に集合して、10時15分発の新快速に乗り込む予定だったが、珍しく少し遅れるとの放送があったが、特に問題も無く京都駅に到着。  
 今回の参加者は京都市内は午後から雨の予報だったことも影響したのか12名の参加者。

 まず最初は、今年もみんな幸せでありますように!との願いをかねて、西本願寺に御参り。
 
  この本願寺は浄土宗本願寺派の本山だ。浄土真宗は鎌倉時代の中頃、親鸞聖人によって開かれたといわれている。
 またこのお寺は「お西さん」とも呼ばれて親しまれている。
 
 いつもは大勢の参拝客で賑わうのだが今日は珍しく境内には人の気配もほとんどなく、のんびりと散策をかねて御参りが出来た。

 今日は午後から京都地方は雨の予報も出ていたので最初の予定を変更して、先に「粟嶋堂(あわしまどう)崇徳寺」というところを訪問することに。 
 
 この寺は女性の守護神・人形供養をする寺としても有名なところだそうで、今回のウォーキングの担当者の話では「緑陰クラブ」の女性陣が何時までも元気でありますようにとの願いから特にこのお寺選んだという事。

 境内はあまり広くはないが、着物を着飾った数え切れないほどの人形が並べられていてまさに壮観の一言。一角には人形供養という事でここにも数多くの人形が並べられていて見応えもなかなかのものだった。
 
 有名なお寺が多い京都では規模も小さく、住宅地の中に在るので観光客などはあまり訪れないみたいなのでゆっくり見て回れるのが良かった。

 一度は訪れてみる価値ありのお寺ではないかと思う。

 次にここから、普段はあまり訪れることはない静かで広々とした「梅小路公園」までウォーキング。
 この公園の一角には昔京都を走っていたチンチン電車が4車両展示されていた。
 
 ただ電車内にはなぜかお土産物品が陳列されていたり、パンや弁当などの食べ物が販売されていたり少し違和感があったが、他の2台の電車内は見学自由で、しかも車内での食事もOKということなので、ここで昼食を取ることにした。

 車内は我々一行のみの貸し切り状態でゆったりと昼食を取ることが出来た。チンチン電車内でのなかなか風情満点の昼食時間だった。

 昼食後はこの公園内にある「京都水族館」に向かい館内のプールでのイルカショーやペンギン、オットセイ、アザラシ、クラゲなど珍しい魚でいっぱいの館内をゆっくりと見物しながら歩いたが、人混みの混雑も無くなかなか興味深い魚介類もいて大いに楽しめた。

 JR京都駅までウォーキングを楽しみながら歩いたが、幸運にも雨にも遭遇せずになかなか楽しい郊外ウォーキングだった。

2018.01.03 (水)

 今年も「大吉」を引いてしまった(悲)!

 今年も元旦に近くの原田神社に同じマンションの3軒隣に住む娘夫婦と孫娘2人とで初詣に出掛けてきた。
 
 毎年この神社の参拝には行列が出来るので、今年は10時ぐらいに出掛けたら、案外空いていて時間をかけずに参拝する事が出来た。

 参拝後には必ず「おみくじ」を買っているのだが、去年は「大吉」だったのだが、なんか嫌な予感がしていたところ案の定左上半身が「帯状疱疹」にかかり、約半年にわたって耐えられないぐらいの痒さとの戦いを強いられて参った。

 更に10月には毎日通っているスポーツクラブの入口の階段を2段一気に登ろうとしたときに、左膝の後ろの筋がビシと大きな音が鳴って切れたような感じがしてびっくりした。翌日には歩けなくなって近くの病院に行ったが、レントゲン撮影しても何も映らず痛み止めの薬を支給されただけで原因判らずとの事だった。

 一時はもう歩けなくなるのではと心配したが、最近になって少し足を引きづりながらも何とか歩行できるようになり安心しているが、昨年75歳の後期高齢者になった途端に身体の調子が一気に年相応の身体になったのかも知れないと強く感じた次第だ。

 ところで今年はおみくじも「大吉」だけは出ないように念じながら引いたのだが、なんとまたしても「大吉」だった。
 昨年のこともあり嫌な感じが襲ったが、案の定今年も嫌な出来事からの始まりだった。

 大晦日の夜になって、突然右目がかゆくなり、目やにが出始め、いくら拭いても次から次へと止まらず、オカシイなと思っていたら、今度はドロリとした液体が拭いても拭いても流れ出てきて、急に不安になってきた。これまで経験したことも無いような出来事。

 元旦を迎えても今度は左目も同様の症状が現れてきたので、目の事でもあり不安が増すばかりなので、急遽パソコンで検索して、正月早々に開業している病院を探した。

 有り難いことに大阪市内に正月早々にもかかわらず急病患者対象の病院(大阪急病診療所)があることがわかり、急遽午後からこの診療所に行き手当をしてもらった。  原因はおそらく何らかの感染症が原因という事で、2種類の目薬を支給された。

 この目薬がすごい効き目で、翌日には見違えるほどの症状の改善が見られてほっとひと安心というところ。

 やはり昨年と同じ神社のおみくじで「大吉」を引いてしまった結果かも知れないなと思ったが。
 
 発病の仕方といい、昨年の帯状疱疹の発症と全く同じ大晦日だったので嫌な年の開け方だったが、あまり悪いことばかり考えても仕方ないので、これから何が起こっても、今年の干支のお戌さまに守られて、全て「ワンだふる」に終わらせるよう、のんびりと無理しないで歳相応の生活を心掛けていこうと思っている。

 病院の帰り道、正月でもあるので久し振りにお正月で賑わっているだろう心斎橋界隈でも歩いてみようかと立ち寄ってみた。
 やはりこの時期は人、人の行列でごった返していたが、一番の混雑名所のグリコの看板のある心斎橋付近は噂には聞いていたが、やはり外国人が8割以上。中でも中国人の若い観光客が目立った。

 ただ残念なのはやはりマナーの悪さが目立った。道ばたに座り込んでの大声での話や食べ物やゴミの散らかしぱなしなどマナーの点での問題ありには愕然だ。 

 外国に行けばその國のルールに従うのが観光客の最低の条件だと思うのだが。 正月早々あまり良い気分になれずに心斎橋筋を歩いたが、折角だからと名物のたこ焼きを食べながら憂さを晴らした次第。

 
2018.01.01 (月)



平成最後の年!

  平成30年の始まりです!


  右の年賀状は今年親しい友人に出したものです。
 毎年80枚程度を出していますが、徐々にその毎数も
 少なくなってきたようです。

 12月に入ると喪中のお知らせのハガキも年々多く戴くようにもなっており寂しい感じもします。

 最近は年賀状の代わりに携帯やスマホでの挨拶に代えている方も増えているみたいですね。

 普段から連絡を取り合っている方は別として、年を取ると友人ともほとんど会う機会も少なくなるので、年に一度ぐらいは自分はまだ元気に息をしていますよと新年の挨拶を兼ねて知らせるだけでも良いのかなと思ったりしています。

 今年は郵便代金の値上がりもありましたが、年賀状だけは52円の据え置き。この制度は来年も是非続けてほしいものです。

 といいながらも今年も年賀状は梅田の金券ショップで46円/枚で購入しましたが。

  今年は戌年  ワンダフルな年になるのかな?
 と思っていたら、年金生活者にはますます厳しい年になりそうな予感が!