| 2018.12.28 (金) − 今年もあと3日となりました! 今年を振り返ってみると、自分自身のことに関しては直前の事が思い出せないなど軽度認知症?の進行が少し自覚されるようになったものの、幸運なことに身体的には特に大きな変化はなかったようでほっとしているところです。 でも身近にはショッキングな出来事がいくつかありました。 中でも一番残念だったことは、普段から元気そのものの人生を楽しんでいたと思われいた元会社の仲間の一人が、原因もよく理解できぬまま突然この世を旅立ってしまわれたことだ。 自分が毎日のように通っているスポーツクラブに彼も元会社近くを流れる猪名川沿いの堤防を毎日ウォーキングをした後、3時頃にこのジムにやってきて風呂に入り汗を流すのだが、週に何回かは会うこともあり世間話をしたりして楽しんだものだった。 最後に会ったのは7月の終わりだった。久しぶりに伊丹でカラオケを楽しんだのだが、そのときは何の不自由さもなく普段と変わらず元気そのものだったのに、10月に急に亡くなられたとの連絡が入り、本当に驚いた次第。 他の友人も信じられないと言葉もなかったぐらいのショックだったとの事。 彼とは自分より3歳ほど年下だが現役時代には身近で一緒に仕事をしたりして楽しい思い出も多くあり、本当に突然のことで残念った。。 普段は自分の人生の最後は「ピンピンコロリ」でこの世を去るのが最高などと言っているが、なぜか現実に身近に事態が起こると複雑な感じがしてきたが。 それにしても本当に人生とは想像を超えた事象の連続に思えてならない。 ところで今日は月に一度ほど昼食会やカラオケなどで会って楽しんでいる、もと会社仲間だったY氏と会ってひとときを過ごした。 彼も今年は持病以外の症状が検査で見つかったとのことで一時入院したこともあり心配したが、その後の経過も良好で昼間でも少しのビールなども楽しめるようになり、ほっとしている。 自分も来年は、77歳の喜寿を迎えて正真正銘の後期高齢者(否、末期高齢者?)となるが、希望としては今の状態が少しでも維持できればと期待しているのだがどうなることやら。 |
2018.12.06![]() 今年も無事に忘年会を開催できました! 毎週近くの緑地公園に集まってウォーキングを楽しみながら体調維持に努めている緑陰クラブのメンバーが集まって、公園内にあるレストラン「メイブーム」で今年も忘年会を開くことができた。 会員も多いときは50人近くもいましたが、現在は34名と毎年会員数が減ってきて寂しい感じが否めません。 男女問わず何人もの会員がすでに亡くなられていきました。 一緒にウォーキングを楽しんだり、月一回の郊外ウォークを兼ねて旅行したりと思い出多い仲間が次々と去って行かれるのもやはり高齢者ばかりの集まりなのだからの必然かもしれません。 ![]() 現在は34名の会員数ですが、男子は90歳を最高に平均81歳、女子75歳 会員全体でも77歳とかなりの高齢者ばかりですが、それでも元気にウォーキングを楽しんでおられるのも気心しれた仲間たちとの交流のおかげかもしれないと思います。 月一回の郊外旅行も今年で200回目を超えましたが、楽しい思い出も多く、これからも続けていけたらと期待しているところです。 毎月12月には忘年会と称して公園内のレストランで忘年会を開催していますが、今年も無事開催できました。 短い時間でしたが思い出話に花を咲かせることができました。 来年には平成時代から新時代に移行されますが、私たちの昭和時代に生まれた者は、遠き昭和から→遠き・遠き昭和へとますます現代から遠ざかっていくみたいで寂しい時代を過ごすのかもしれませんが、ここは一つ踏ん張って意識して楽しく過ごしていく努力をしていくしか仕方ないですね。 |
2018.11.27 (火)![]() 緑陰クラブ11月度ウォーキングて能勢温泉へ! 12月ということで、本格的なウォーキングというより近くの「能勢温泉」にでも浸かってのんびりと1年間を振り返るのも良いのではという今月の幹事の思惑があったのではないかと思われるが、とにかく能勢温泉に行ってみようということになった。 当日は阪急池田駅に19名の会員が集まった。池田駅前まで能勢温泉の専用のトロリーバスが迎までえに来てくれたので交通費も助かった次第。1時間程度の走行だったのでそんなにつかれもなく目的地の能勢温泉に到着。 「能勢温泉」は当初は「かんぽの宿」として営業されていたもので建物内の設備もなかなか立派ななものだった。 ![]() 当初の予定では、到着時は昼近くだったのですぐバイキング形式の昼食をとり、そのあとのんびりと温泉に入る予定だったのだが、そこはさすがウォーキング好きの集まりなので、温泉どころか裏山に広がる能勢の山を散策に出かけることになった。 登り始めるなりかなりの旧坂の連続で、女性のリーダーについて行くのがやっとだったが、それでも全員が目的のところまで行き着いたのはさすが毎週緑地公園でウォーキングを楽しみながら身体を鍛え?ている成果かもしれないな。 ![]() でもあまり無理をしてもいけないので、山頂近くにある「大日如来座像」というところで折り返すことにした。 この座像といっても独立した像ではなく大きな岩に「大日如来座像」が描かれているものだった。誰が描いたか不明だったがなかなか迫力があり見応えがあった。 この「行者山」と呼ばれている山の名前の由来ははもともとお坊さんたちの修行の道だったということだったらしい。そのせいかなかなか険しい道だということが理解できた。 温泉に着いたら14時を過ぎていたので、温泉に入っていたら15時出発の専用バスに乗れなくなるので目的の入浴はあきらめることにした。 近くに位置しし、バスの出迎えもあるので、後日のんびりと訪れるのも良いかもしれないと感じた次第。 |
2018.11.20 (火)![]() 我が家の庭に見事な 「皇帝ダリア」の花が咲きました! 昨年は一輪しか咲かなかった「皇帝ダリア」の花が今年はなんと我が家のマンションの庭に現在20輪以上の花を咲かせてくれています。 普通の花と違ってかなりの背丈があり、3mほどに伸びた先端に咲ている大輪の花は何ともいえない優雅さと美しさを漂わせています。 「皇帝ダリア」の学名は「Dahilia imperialis」と呼ばれており、その由来は空に向かって聳え立っている威厳さを感じさせる花姿に由来しているからだと伝えられているらしいです。 この花は春以降に苗を植えると10月頃に蕾をつけ、晩秋にかけてグングンと背を伸ばし、11月中頃に花を咲かせるとされています。 さらにこの花は竹のように膨れた節のある茎を生やし、互い違いに生えた葉っぱと10cmほどもある美しい8枚の花ビラを拡げて、何ともいえない美しいを持った花ですね。 我が家では今が一番の見頃のような感じがしますが、咲いている花の周りにはまだまだ蕾が大きくなってきている花芽も見られるので、ここしばらくはまだ当分の間楽しめそうで幸せな感じです。 今年9月に咲いた「月下美人」の花といい、マンションに住んでいながら美しい花に囲まれて生活できる楽しみを満喫している今日この頃です。 我が家のマンションの庭は40平米ほどしかありませんが、現在このほかにも私の知らな名前の花が至る所に咲き誇っています。 千葉の田舎育ちの家内は楽しそうにこのほかにも多くの草花や野菜など育てて楽しんでいるみたいですが、こちらはただそれらの花を眺めるだけで何の花か名前などさっぱりわかりませんが。 |
| 2018.10.30 (水) 秋のミステリーツアで日帰り旅行! 先日、よく利用させて戴く旅行社からお土産付きのミステリーツアーの案内がきて、早く申し込むとお土産の松茸3本が5本になるということで、早速相方と二人で申し込んでおいたツアーに行ってきた。 朝7時半の集合時間で少し早かった咲かせます。が、川西能勢口には大勢のツアー客が集まっていた。ここからは4台のバスが出発するという事だったが、全て座席は満席だった。 今年の目玉は、全て松茸づくしの昼食タイムとお土産は5本の松茸付きという宣伝が効いたのかも知れない。 昨年も同じようなミステリーツアーに参加して、大きなメロン2個など約5キロのお土産で家に着くまで重くて大変だったのだが、今年も懲りずに参加することにした。 ![]() 勿論行き先もわからないミステリーなのだが、案内のヒントに山一面ススキに囲まれた場所だという事だったので、なんとなく和歌山の曽爾高原ではないかと想像していた。 しかしバスが走り出すと、なんと神戸・岡山方面に向かっていることがわかり全然見当もつかなくなってしまった。 後はバスにお任せという事でのんびりと窓外の紅葉風景を楽しんでいたのだが、最初に到着したところは峯山高原というところだった。 ここはかって映画「ノルウェイの森」のロケ地にもなったリラクシアというところで約40分ほどのんびりと散策。 ![]() 一帯は林の木々に囲まれていて、散策していても空気も良くすがしい気持ちの良い高原だった。 ここを出発して、次は秋の風物詩ススキが山一面に咲き誇る兵庫県の「砥峰高原」に到着。 高原の中央部には約90ヘクタールにも及ぶススキが見頃を迎えていてなかなか壮大な光景が広がったいた。 約50分ほどの自由時間があったので、山頂近くに位置する見晴台まで登ってきたが、まだまだ歩くことにあまり苦痛も感じなかったが、これも毎週近くの服部緑地をウォーキングしているお陰かも知れないなーと感じた次第。 ![]() 次の行き先はお待ちかね、秋の味覚「松茸尽くし御膳」の昼食タイム。 あわくら荘という会場には広大な食事会場に松茸料理がずらりと並べられていて壮観! いつもは昼食はあまり多くの量は食べないのだが、この日は松茸三昧の料理をあまり苦も無く完食してしまったが、後になって自分でも驚いた。 昼食の後は近くの「あくあらんど」という道の駅で買い物を楽しんだ後、こんどは歴史情緒溢れる町並みが溢れる「大原宿」という宿場町に到着。 ![]() この大原宿は昔、播磨・因幡・美作の三国を結ぶ交通の要衝でもあったため、昔から宿場町として大いに栄えた場所。 街道沿いには本陣、脇本陣をはじめ14軒ほどの旅籠があったとかで、歴史的に重要な役割を果たした因幡街道の面影を残している町並みだった。 昔の賑わいの街道を想像しながら歩いたがなかなか素晴らしい町並みをのんびりと散策することが出来た。 最後にこの近辺の旅行には必ず寄り道をする場所があり、昨年も来たことがあった「メンタイパーク」という場所で最後の買い物タイム。 なかなか高価な品物だが、比較的安く購入できるので土産物としてはなかなか良い場所かも知れない。 ここはいくらでも試食OKなので、試食楽しませて戴いた。 今回のツアーは旅行会社の70周年ということでなかなか気合いの入った企画だったのかも知れない。 行き先といい、土産内容といい、満足のいくツアーだったのではないかな。 |
2018.10.24 (水)![]() 緑陰クラブの10月度ウォーキングは奈良「長谷寺」へ! 一週間前の天気予報ではこの日は雨の確率60%との事だったが、2.3日前から快晴の予報へと変更になっていZた。 最近の天気予報はかなりの信憑性もあったように思っていたが、いくら科学が進歩しても、自然の我が儘には永遠に太刀打ちできないのではないだろうか。 今回はたとえ雨が降ってもウォーキングは決行すると幹事さんが言っていたので迷いはなかったが、天気になって良かった。 集合場所の梅田イカリスーパーの前には集合時間の9時15分には会員男女14名が集まった。最近のウォーキングでは少ない人数だったが、特に行き先などを連絡する木曜日が何時も雨が降っていて会員になかなか美味く連絡がつかなかったことも要因かも知れなかった。 今月の行き先は奈良の長谷寺ということで、大阪駅からJR環状線に乗り、鶴橋で近鉄電車に乗り換えて長谷寺駅で下車。 ![]() 実は駅から長谷寺まではかなり急坂なども含めて距離もあるという事で、幹事さんが気を利かせて事前にタクシーの予約までしていてくれたのだが、さすがに元気なウォーキング好きなメンバーが多くてなかなか利用者がいなかった。 長谷寺は、山号を豊山(ぶさん)と言い686年道明上人が天智天皇のために「銅板法華説相図」を発瀬山西の岡に安置したことに始まったという事で真言宗豊山派の総本山として、また西国三十三所第八番札所として、信徒は約二百万人、四季を通じて「花の御寺」としてとして多くの人々の信仰を集めているといわれているようだ。 でも信仰心などあまり厚くないメンバー達は早々と入場料500円を払って広い境内を山頂に建つ「本堂」に向けてウォーキング開始。 ![]() 境内を入るなり本堂まで続く、しかも真っ直ぐに伸びた階段を300段以上も登らねばならず大変だと思ったが、今年行った四国金比羅山の階段の半分もなかったので、予想に反してみんな楽々と階段を登って本堂まで行き着いたみたいだった。 この長谷寺の本堂から見渡せる寺院全体の建物は山全体に拡がっていて、本当に広大な敷地を持ったお寺だという事がわかった。 本堂前での記念撮影後、本坊に向かう途中の休憩所で昼食タイム。 1時間ほどの休憩の後、入口近くにある「本坊」に向かった。 途中「奥の院」にも立ち寄る予定だったが、工事中のため通行止めになっていたので、直接「本坊」に向かった。 本坊は事相・教相の根本道場である大講堂や書院などがあり、寛文七年(1667年)徳川将軍の寄進で建立されたが1911年に火災にあい、現在の建物は大正十三年(1924年)に再建された建物で総檜造りの大殿堂で、平成二十六年に重要文化財に指定された立派な建物だった。 本坊から出口までは下り坂で楽々と到着。 ここから近鉄長谷寺駅までの途中、街道に並ぶ土産物店を眺めながら試食や土産物などを買いながらゆっくりと駅までウォーキング。 ウォーキングは大阪駅で解散となったが、男性5人は何時もの梅田横丁の居酒屋でビールで乾杯。 |
| 2018.10.14 (日) 元会社(東リ)の退職者の会(=睦会)の総会に参加してきました! この会社には40年近くお世話になった。自分の人生の想い出が本当に多く詰まった仕事場だった。 ところで東リを定年退職した人達が集まる「東リ睦会」という会があるのだが、毎年総会を開催し招待状も戴いていたのだがこれまであまり出席してこなかった。 当時の特に親しい友人達とは、これまでも日常的に会ってたりしているのと、まだまだ自分の中では過去を懐かしむ必要も感じていなかった。 ただ最近事務局から届く連絡の中で、現役時代に苦楽を共に頑張った仲間達の訃報がこの一・二年かなり多くなって、今年に入ってからもすでに12人の方が亡くなられたとの連絡を戴き、ビックリしていたところだった。 ほとんどが現役時代からの知り合いなので複雑な気持ちがこみ上げてきてくる。 ![]() 中には今年喜寿を迎えられた方が3人もおられたが、来年77歳の喜寿を迎える自分としてはなにか身近な感じが強くなって本当に気になるところだ。 元居た会社は建築材料の床材のメーカーとして活躍してきて来年創立100周年を迎えるとのことで、頑張っている姿も確認してみたい気持ちもあって今年は参加してみる気持ちになったところだ。 会にも参加されていた現在の社長以下役員の多くが当時一緒に仕事をした仲間達なので親近感もあり、来年の100周年を素晴らしい業績で通過してもらいたいとの気持ちを伝えたかったのだが、社長を先頭にかなりの自信に満ちた感じで経営をされているようで安心した次第だ。 この睦会総会は会社近くの伊丹シティホテルで毎年開催されているが、今年も懐かしい多くの先輩方や当時の仲間達も出席されてきていて本当に楽しい時間を過ごすことが出来た。久し振りに現役当時の数々の思いでがこもった出来事などを話し合う時間を過ごせた満足感で一杯になった。 参加者の中にはこの会社に入社するために自分は東京で面接を受けたのだが、当日100人ほどの受験者の中から6人ほどが選ばれた。当時の面接の責任者として、人事部長を務めておられた大先輩も今回元気に参加されていて本当に懐かしかった。 会食を含み2時間程度の会だったが、まだまだ元気な先輩方の姿を拝見して、自分も元気を戴いた感じで来年の総会も是非参加してみたいという感じを強くした次第だ。 |
2018.09.28 (金)![]() ! 満月の夜、今年も「月下美人」の花が我が家の庭に見事咲きました! 2年前の8月に我が家に20年振りに月下美人の花が咲きました! 昨年は残念ながら見逃してしまいましたので、今年は我が家の庭にある「月下美人」の花が咲くところを是非観てみたいとものだと願望していました。 昨夜6時前にベランダを覗いてみると、月下美人の花のつぼみ一輪が少し膨らんでいるのを見つけて、もしかしたら今夜あたり咲くのではないかと期待していました。 この花は咲き始めてしぼんでしまうまで4〜5時間程度と非常に短時間のなので、その瞬間を見逃すとその年は見ることが出来ません。 今から25年程前の現役時代に東京小石川にあった社宅に住んでいたとき、家内が大事に育てていた「月下美人」が見事に咲いたときがありましたが、夜も寝ずに二人で咲き始めからしぼんでいくまでの姿を徹夜してまで見続けていた事がありました。 たった一輪の白い花だけど大輪で本当に美しい花なので、今年も運良く見ることが出来て本当に良かった。 ![]() 特に今年は満月に近い月が背後に輝いていて、素晴らしい光景を醸し出していました。 この月下美人という花はいつも夜8時前後からから咲き始めて約4時間ほどで満開になり、その後はスーとつぼみになっていってしまう本当に短命な花です。 年に一度しか咲かない不思議な花ですがその美しさは見事と言うしかありません。 ところで「月下美人」は美しい花を咲かせるばかりか、濃厚な香りを放つの特徴です。 また翌朝4時頃には完全にしおれてしまい、その素晴らしい大輪の面影も完全に無くなってしまうことから、正に「美人薄命」といういう言葉がぴったりと当てはまる花だと思います。 ![]() またこの「月下美人」は学問的にはサボテン科のクジャクサボテンに分類されるという事です。 でも特にこの花が「月下美人」と呼ばれている由来は、いまの昭和天皇がまだ皇太子だった頃、台湾を訪問した際にこの「月下美人」のあまりにも美しい姿に目を奪われてしまったというを話されていたと伝えられています。 このときに皇太子に付き添っていた田氏という駐在大使にこの花の名前を尋ねたところ、大使が「月花の美人です」と答えたところから「月下美人」という名前が付けられたと言い伝えられているそうです。まさに納得の一言につきますね! 英語でも「A queen of a night」(夜の女王)と呼ばれているそうですよ。 今年もまさに神秘的な一夜でした。 |
2018.09.19 (水)![]() {緑陰クラブ}の会員で「朝日新聞大阪本社」見学へ! 9月の郊外ウォーキングは3月生まれの会員が当番という事で自分ともう一人(女性です)の二人で、肥後橋近くにある「朝日新聞大阪本社」の編集部などを見学してみようという事で行ってきました。 もちろん見学後のウォーキングコースで立ち寄る施設なども事前に下見しておいた。 当日の参加者は最近では珍しく男性10名、女子9名と男子の参加が多くなり19名の会員が参加しました。 ![]() 10時に梅田駅のイカリスーパー前に集合の後、訪問先の朝日新聞社の本社がある巨大な2層の高層ビルが並んで建っているフェスティバルタワーまでを15分ほどかけて地下鉄に沿って並んでいる地下街の商店街を通って15分ほどのウォキング。 ここは以前有名なフェスティバルホールという会館があったところだが、都市開発が進み、今は昔の趣が全然感じられないぐらいビルなどの高層化が進んでしまって、歩いていても威圧されるような感じがしてならない。 ![]() 見学の集合時間が10時40分と決められていたが、少し余裕を持って着いたので、現在この新しく開設されたいフェスティバルホール前にある素晴らしい真っ赤なじゅうたんが敷き詰められた階段で取りあえず記念写真をパチリ。 その後このビルの13階にある朝日新聞本社の受付に行き、すでに入口で待っていてくれた案内役の2名の女性社員の誘導で2組に分かれての見学となった。 本来なら絶対入ることなど出来ない編集局全体を丁寧な説明を聞きながら興味深くゆっくりと見学する事が出来た。 見学に先だって別室で朝日新聞の創立当時の説明や印刷の仕方などをビデオなどを使ったり、若い女性の丁寧な説明などを受けていたので、今日に至るまでの過程がよく理解できてみんな大満足の様子だった。 見学後にはなんと私達の朝日新聞見学の「号外」が知らない間に印刷され、用意されていて全員に配布されたがそのスピードと手際の良さに改めて驚いた次第。 その紙面にはなんと私達「緑陰クラブ」の記念写真が紙面一面のトップ記事?として掲載されているではないか! ![]() 気分を良くした後に、朝日新聞大阪本社を後にし、ちょうど昼食時間になったので、並んで建っている隣のウエストタワーに移動して、高級料理店が並ぶ中でも「響」というレストランに入り、ゆっくりと昼食タイム。 夜はかなりの金額を覚悟しなければならないが、ランチタイムの料金設定は格安のうえ、それでも味付けはしっかりとしていてなかなかの内容だった。 昼食後は、同じビルの34階にある無料の展望所に登り、市内を一望できる素晴らしい光景を楽しんだ。正面にはアベノハルカスビルもバッチリと。 その後、フェスティバルタワーを後にして、近くにある国立国際美術館やプラネタリュームで有名な大阪市立科学館を通り、解散場所に予定していた大阪国際会議場までの中之島ウォーキングを楽しんだ。 今回はこの場所で解散とし、女性達は二階にある見晴らしの良い喫茶店で全員が珈琲タイムを楽しんだみたいだが、男性達は隣の某有名ホテルの無料連絡バスを利用させて戴いて大阪駅に戻り、近くの居酒屋でビールタイムを楽しんで解散となった。 今日は朝から好天に恵まれて、気持ちよいウォーキングタイムを楽しむ事が出来て皆さん満足したのではないかな? |
2018.09.05 (水)![]() 今日は久し振りに友人とランチを楽しむ! 約2ケ月程前に元勤めていた会社の友人2人と伊丹で昼食後、途中参加した友人を加えて久し振りにカラオケを楽しんだ。 全員その時は元気だったのだが後日の連絡では3人とも身体の調子が思わしくないとのことで大変驚いた。 3人とも自分より年齢も若くて元気そうだったのだが、この年になると年齢など関係ないのだろうが、自分だけ普段の生活を送れていることになんか申し訳ないような気がしてくる。 でもあまり大した事も無いとの感じなのでじなので、またこれからもランチやカラオケを楽しめる日々が早々に来るのを期待したいところだ。 ところで先日その一人から連絡を戴き、今日岡町駅で待ち合わせてランチを楽しんだ。 以前と変わらぬ元気さと旺盛な食欲で少しは安心した次第。 ![]() ところで昨日の台風21号の風速には本当にビックリしました。 中心は神戸市付近に上陸したとのことだったが、午後2時過ぎから我が家近辺に吹き荒れた風速は瞬間最大時47.8mと放送されていたらしい。 ただマンションのテレビアンテナが台風の風圧により使用不能となってしまったのでその後の詳細な情報は不明。 確かに2時前後に吹き荒れた風は、これまでの人生で経験したこともないようなもの凄さだったことは確かだ。 昔、関西地方を襲った台風の中でも強く印象に残っている、68年前のジェーン台風や、57年前の第二室戸台風の時よりも今回のほうが風速はかなり強かったのではないかな。 ![]() ただ強風が吹いた時間は2時間程と短くて安心したが、風の吹き方も周辺の砂を巻き込んでいるのか、黄土色の風がマンションの周りを吹き荒れて、自宅の全ての窓を閉め切って呆然と外を眺めるだけのことしか出来なかった。 今日岡町駅に出掛ける途中に有名な原田神社に寄ってみたが、境内にある木々の枝等がかなりの被害を受けたみたいで、職人さん達が境内の整理に精を出しておられた。 昔、石原裕次郎が「風速四十メートル」という歌謡曲を唱っていたが、当時はそんな風など吹くものかと笑っていたが、今回は遙かにそれを超えてしまっているのだから時代は大きく変わってきてしまったのかな?という感じ。 さらに今年の夏の暑さも想像以上の異常な高温続きで、8月の高温日に持ち歩いていた温度計はなんと過去にエジプトのサワラ砂漠に旅行に行った時に経験したのと同じ55度を記録した日もあって本当に今後日本はどうなることかと真剣に心配になってきた。 地球自体の温暖化が進んでいると言われているが、日本もすでに亜熱帯地帯に入ってしまっているのではないかと思われる今日この頃の感じだ。 |





12月に入ると寒さも感じる日々も多くなりました。年末にかけては案外過ごしやすい日々が続くのではないかと期待しています。
紅葉もそろそろ終わりになりました。 今年の紅葉見は例年に比べて少しその鮮やかさがあまり見られず少し寂しい感じもしています。
コスモス畑
