




01.12.30 (月)![]() 今年もとうとう後1日を残すばかりとなりました! 今年の元旦に自宅近くの神社(原田神社)に初詣に出かけた時に引いたお御籤が「大吉」だったのだ。 本来は幸せがありそうだと喜ぶべきところなのだが、逆に何故か不吉な出来事でも起こるのではないかと不安な感じに襲われました。 実は昨年、一昨年と同じ神社のお御籤でも「大吉」を引いたのですが、年の始まり早々に一昨年は帯状疱疹に襲われ、左半身に耐えられない程の痛みを伴う状態になり病院に駆け込んだがしばらくの間痛さfがとれなくて参りました。 昨年にも正月早々原因不明の左目からの出血に襲われ、まもなく右目もおかしくなってきたので病院に行こうとしたがほとんど正月休みの休院のため、わざわざ大阪西区にある休日救急病院まで駆け込みました。 これまであまり急病の経験がない人生を送ってこれたので不思議な感じをしていましたが、単なる高齢のせいではなく神社のお御籤で「大吉」を引いたせいなのではないかと変な感情を感じました。本当はお御籤などとの関連性などはあるはずはないとは思いますが。 ところで今年の正月にもまた同じ神社で引いたお御籤が「大吉」で本当に不安な気持ちになりましだが、やはりこの予測は残念ながら当たってしまったようです。 4〜5月の連休に仙台にある自宅に家族全員で遊びに行ったとき、本人はほとんど気づかなかったのですが、庭で少し身体がふらついたのを異常と思ったのか、娘が救急車を呼び、近くの仙台赤十字病院に搬送され、約2週間入院を余儀なくされてしまいました。 救急車に乗るのはもちろん初めての経験で、しかもこんな長期の入院生活は初めてで本当に参りました。 最初は高熱などから肺炎ではないかとの判断でしたが、熱もしばらくすると下がり、お腹の膨らみがみられることから腸内のガスを抜く処置をすると体重も下がり、腸内の検査をしても病の原因らしいものも見当たらずとのことで2週間に及ぶ病院生活も終了して無事大阪に帰ることが出来ました。 ところで6月になり、事前に予約していた「人間ドック」に行きました。 「みどり健康管理センター」という人間ドックには現役時代から毎年利用しており、今年で39年目を迎えました。 来年は40年連続にもなるので、そろそろやめようかと思っていました。 ところが今年は事前の検便検査で潜血が見られたということで、帰りに担当医師から、かかりつけ医院への紹介状を渡されました。 たいしたことがないだろうと考えて、そのままにしていたところ10月にセンターから書状が届きました。すぐに関係の病院に行くようにとの内容でした。 潜血などたいしたことはないだろうと考えていたのですが、折角の紹介状でもあったので近くの病院に行き、検査を依頼したところ、内視鏡検査の結果、大腸にポリープが見つかりその場で除去してくれました。 ただ、その近くにやはり別のポリープの存在が発見されましたが、場所的に除去困難と言うことで市立豊中病院の消化器内科を紹介され、二泊三日入院で詳細に検査したところ、内科では切除困難と言うことで今度は外科に回されました。 外科ということは手術をするということで不安になりましたが、この際はすべて医者任せと言うことで、再び入院することに。 年末でもあることで病院も忙しいらしく年明け早々の入院、手術ということになりました。 現在の医術もかなり進歩していることもあり全然不安もありませんが、本当に今年は予測しない事の連続で精神的にもまいりました。 来年の正月にもやはり同じ神社にお詣りに行きおみくじを引いてみようと思いますが、「大吉」だけは絶対引かないように期待しますが果たしてなにが出るやら? |
01.12.05 (木)![]() 今日は緑陰クラブの忘年会! 今年も毎週木曜日に近くの緑地公園に集まってウォーキングを楽しんでいる仲間のサークルである緑陰クラブの会員の忘年会がやってきた。 ![]() ウォーキングが終わった後、緑地公園に隣接する”メイブーム”といレストランで開催された。 今年の参加者は26名で、毎年メンバーも少なくなり寂しくなってくる。 会員メンバーも32名。平均年齢も78歳となり、あと何年続けられるか心配になってくるが、特に若い会員の募集もしていないので仕方ないところかな。 約2時間にわたって楽しい仲間達との会話の中での忘年会だったが、是非来年もこの忘年会は勿論、週に一度のウォーキングも続けて健康維持に努めていきたいものだ。 |
01.11.29 (金)![]() 市立豊中病院へ! 毎年受診している「みどり健康管理センター」での人間ドックを今年も6月に受診したが、今年で実に39年連続となり、その間特に大きな問題も見つからず、来年で40年目を迎えるのと、現在歳も77才となり後期高齢者となったことから今年で最後にしょうかなーと思っていたのだが。 今年も検診結果は総合的に見ても、毎年と変わりなく大きな変化もなかったことから安心していたのだが、ただ検便検査で一部潜血が見られたので、受診後の医師との面談時に、一度近くの病院で検査を受けるように紹介状いただいた。 数年前にも一度同じような潜血結果が出たことがあったが特に問題なく、その後は正常状態が続いていたので今回も安心していたのだが.. ![]() ところが9月になって、健康センターより検査に行ったかどうかの確認の手紙が届いたので、とりあえず自宅近くの病院にセンターからの紹介状を持って検診してもらうことにした。 一応内視鏡を使って検査してもらったのだが、その結果大腸内に小さなポリープが見つかりその場で削除してもらったのだが、そのとき担当医師よりさらに詳しく検査する必要があるということで、わざわざ市立豊中病院を紹介され、診断日の予約まで取ってくれた。何故かそのときは一抹の不安な気持ちが横切った。 市立豊中病院は現在では紹介状なしでは、なかなか行きにくい病院でもあり、折角の紹介でもあるので、先日予約日に訪れてきた。 その結果一応2泊3日の予定で検査入院することになり27日〜29日まで病院生活をおくってきた。 入院といっても内視鏡検査を行うための事前の準備で薬剤を含んだ水を2リッターを検査直前に2時間で飲みほし、さらに水1リッターを加えて飲まなければならず大変な苦痛なことだった。 内視鏡検査をするには腸内をまず空白にする必要があるとのこと。ただ過去にも一度飲んだこともあるので案外スムーズに飲み干すことが出来た。 ただ内視鏡検査と同時に実施するCT造影検査も行う予定になっていたのだが、日頃から飲んでいる薬のうち血液をサラサラにする効果を持った糖尿病関連の薬については検査に影響を与えるとの事で48時間の空間時間が必要ということで、そのため検査が大幅に遅れた結果、3日目の帰宅時間が16時頃とかなりずれ込んでしまった。 帰りに担当者から後日今日の結果説明を行うとのことで、12月中にまた行かなくてはらなくなってしまった。 12月に入り、何となく忙しくなりそうな時期なのに困ったことに。 でも気持ちよく来年の正月を迎えるためには心配事をすべて払拭してしまった方がよいので、あまり深く考えないことにした。 2日後には12月に月替わりし何となく忙しくなりそうなので、一度部屋の整頓に取り組まなくてはならないとの焦りも出てきたようだ。 それにしても今年は正月に神社で引いたおみくじが大吉だったので逆に不吉な感じをしていたのだが、5月に仙台での2週間もの入院などもあり、やはり逆の結果になってしまったようだ。 来年の正月のおみくじは小吉でも出るように今から祈っておこうかな? |
01.11.21 (木)![]() 運転免許証更新のための高齢者講習を受けに行ってきた! 午前中は毎週行事の服部緑地ウォーキングに出かけて、緑地内を仲間とウォーキングを楽しんできたが、午後からは服部緑地に隣接している「阪急ドライビングスクール服部緑地」に予約してあった免許更新に必要な「高齢者講習」の受講に出かけた。 現在の免許更新は更新時に70才から74才までは高齢者講習の受講、75才以上はさらに事前に「認知機能検査」の受講が必要になっている。 この検査については事前に済ませてあったので、今日は高齢者講習のみ。 3時間コースで3750円と高額の受講料なのだが事前に支払い受講開始。 参加者は6名でもちろん75才以上の該当者なのだが、なぜか自分が一番年齢が若そうな感じであった。 コース内容は3つに分かれていて、最初はDVD等で交通ルールや安全運転に関する知識を再確認して、指導員から運転に関する質問などを受けながら受講。さらに器材を利用して動体視力や夜間視力、視野の範囲などを測定。 次に実際に車に乗り込み、車内に設置されているドライブレコーダーで自分の運転状況が記録され、隣の助手席に座った指導員から直接の助言を受けながらスクール内にある実際のコースを運転して廻った。 最後に再び講義室に戻り、ドライブレコーダーに記録された実際の自分の運転状況について、指導員から指導や助言を受けることに。 そのあとは高齢者の自動車運転の危険性などを実際の映像を見せられて、約3時間の講習を終えた後、「高齢者講習修了証明書」を渡されて終了。 後は現在所有の免許期限2ケ月前頃にに管轄の豊中警察署より郵送されてくる運転免許更新の連絡に従って今回の「高齢者講習修了証明書」を持参し、新しい免許証の交付を受ける手順になっているとの説明があった。 警察では視力検査以外は何の講習もないとのことなので、実際は運転免許更新は無事出来そうで一安心というところ。 ただ現在77才の高齢?なので免許証返却も一時考えもしたが、真剣に考えた結果もう一度だけ更新してみても良いのではとの結論に達した次第。 その次の更新時には80さいを迎えるノで免許返上も一応真剣に考えることにして、それまでは無事故に留意しながら安全運転を心がけていきたいと考えている。 |
01.11.17 (日)![]() 今年も11月の花、我が家の庭の「皇帝ダリア」が満開に! 最近は毎年11月になると我が家の庭に植えてある「皇帝ダリア」の花が咲きますが、今年は特に長く伸びた4本の枝から多くの花が現在見事に咲き誇っています。 太く育った枝もマンションの2階近くまで伸びてしまいましたが、きれいな花なので特に迷惑かけることもないのではと思ってはいるのですが。 ![]() ところで「皇帝ダリア」という花名の由来は、学名の「Dahilia imperialis(皇帝ダリア)からで、空にそびえ立つ威厳ある花姿に由来していると言われています。 また花言葉である「乙女の真心」「乙女の純潔」とも呼ばれていますが、まっすぐに天高く伸びて、秋の青空にやさしく澄んだピンク色の花を咲かせる姿にちなむとも言われています。 この「皇帝ダリア」は「月下美人」や「酔芙蓉」の花のように1日で咲き始め、夕方には枯れてしまうこともなく長期間咲き続けてくれるので毎日眺められて楽しみな花です。 |
01.11.11 (月)![]() 緑陰クラブ11月度郊外ウォーキング! カタシモワイナリー見学とブドウ畑散策へ! 毎月の郊外ウォーキングの行き先については担当月の会員が行き先を決めて実行している。 今月は私と女性会員1名の担当なので、相談の結果、柏原市にあるブドウ畑の一角にある「カタシモワイナリー」に出かけてみようということで、先日二人で下見に出かけてワイナリー側とブドウ畑等の見学について打ち合わせてきた。 今日は14名の会員が大阪駅に集まり、大和路快速に乗り、途中久宝寺駅で乗り換えて柏原駅に到着。 ![]() 電車を降りた途端にそんなに強くはないが、あいにく小雨が降り出した。でもたいした事もなく20分ほど歩いて訪問地の「カタシモワイナリー」に到着! ![]() 敷地内にある築130年も経過している「古民家」に貴重品以外の荷物を置き、裏山に広々と広がるブドウ畑の見学に出かけることに。 ウォーキングの前にこの広大なブドウ園を経営する社長より丁寧な説明があった。 当初は名物説明員と言われる人の予定だったが、何故か社長自ら出てこられたので少しみんな緊張気味だったが、説明もわかりやすく親近感も持てて良かった。 ![]() カタシモワイナリーの説明が終わって、社長を先導で詳しい説明を受けながら山全体に広がるブドウ畑に出かけることになった。 ただ収穫のシーズンは10月末までにすでに終わってしまっていた。そのためほとんどの畑にはブドウの房が見当たらず残念な気もしたが、ただ1ケ所だけが観光用のためかまだ収穫されず残されていた。 わざわざ今日の為かはわからないが、白い紙に包まれた多くの完熟したブドウが見事にぶら下がっていた。 もちろん無断では入ることが出来ないが、今回は社長の説明と言うことで入園OK! ちょうど食べ頃なのか、甘い香りが漂ってきて何とも言えない雰囲気に包まれた。 そのとき説明をしていた社長さんから美味しいブドウの見分け方などの話を聞いているうちに、思いがけなく特別に今日は社長判断で試食OKということで全員甘いブドウを探しながら味わうことが出来た。 ![]() もちろん今回のブドウ畑での試食などは出来ないとあきらめていたのだが、社長直々の好意でしかもわざわざ甘いものを選んで試食できて大満足だった。 ブドウ畑の視察のあと、会社に戻り、昼食はこの会社内にある「古民家」の中で昼食を取ることになった。 食事中には折角ワイナリーに来たのだから、このワイナリーで製造された新鮮なワインやジ ュースをいただくことに。これは残念ながら?有料だったが皆さん美味しそうに飲んでいたみたい。 「安明寺」を訪問! カタシモワイナリーでの昼食後、当初の予定にはなかったのだが、このワイナリーのすぐ近くにある浄土真宗の安明寺というお寺の建物の天井一面にブドウウの絵が描かれているとわかったので早速訪れることに。 事前に訪問を伝えていたせいか、住職さん自ら門前まで出てこられて我々一行を快く迎えてくれてお寺の中に入ったが、その天井一面に何と見事なブドウの絵が全体に描かれていたのが目に入った。 ![]() 住職さんの説明によると、奥さんが一人ですべて描いたということだったが、大変見事に描かれていてびっくり。 さすがにこの辺一体はブドウで埋め尽くされているので、何故かお寺の天井にブドウが描かれていてもよくマッチしていて違和感もなくおもしろかった。 招き入れてくれた住職さんから40分近くにわたって、仏教に関わる興味深く話をしていただいて本当に良い時間を過ごすことが出来た。 帰りには近くにあるカタシモワイナリー直営の販売所に立ち寄りそれぞれ気に入ったワイン等を買いながら柏原駅までたどり着き、今日のウォーキングはここで解散となった。、 「正倉院展」見学へ 解散後、私と家内は奈良国立博物館で開催されている「正倉院展」を見に出かけた。 ![]() この正倉院展は今年で71回目を迎えるという事だったが、毎年観に行くことが我が家の年中行事の一つになっているみたいだ。 今年も共催している読売新聞の販売店から招待状をいただいたので観に行くことに。 毎年は昼前後に行くためかかなりの観客で混雑するのだが、今回は3時半頃になったので、並ぶこともなく、ゆっくりと鑑賞することが出来た。 今年も正倉院に秘蔵されている多くの宝物のうち41点が展示されていがが、今回が初めての出展といわれる作品もあってなかなか興味深かった。 また来年もおそらく観に来ることになるのだろう! |
01.10.31 (木)![]() 本当にびっくりしました! 朝起きてテレビをつけたら、どの局も沖縄の首里城が燃えているとの報道! 午前2時半頃に正殿内部から出火とのことだったが、正殿を囲む南殿、北殿も真っ赤な炎をあげて燃えていてびっくりだった。 しばらくすると焼け跡に残っていた建物の柱部分もすべて崩れ落ちてしまった。 こんな火災はあまり見たこともない大変な現場だった。 ところで今からちょうど20年前の3月にサラリーマン生活もそろそろ終わりということで、2人で沖縄旅行を楽しもうと各地を廻ったがやはり印象に残ったのがこの首里城の建築物だった。 早速当時の写真を取り出して眺めてみると、やはり何とも言えない気持ちに襲われた。 ![]() 単に朱色に囲まれた厳かな建物というだけでなく、その歴史には沖縄の数々の物語が秘められていて沖縄県人はもちろん、多くの日本人にとってもいろいろの感情が込められている事は確かだろう。 もちろんこの建物は、第二次大戦のさなかに米軍の爆撃で壊滅されてしまったが、その後必死の努力を重ねて再建し、その見事な完成度に、私たちが訪問した3年後に世界遺産として登録されたということを聞いて何とも言えない気持ちになったことを思い出す。 焼け跡を見る限り、跡形もなく全滅したようで悲しくなるが、地元の人たちはどんな気持ちでこの焼け跡を見つめているのだろうか? 是非もう一度この見事な世界遺産の建物を是非再建してもらいたいという気持ちは沖縄県人は勿論、日本人全体が願う気持ちは同じなのではないだろうか。 このほかにも同様の素晴らしい建築物が全国に存在するが、その多くがやはり木造が主体だろうから、特に火災に対しての万全の対策を立ててもらいたいと願うばかりだ。 |
01.10.19 (土)![]() 東リ「睦会」総会に出席の為伊丹へ! 今年は東リ「創業百年」を迎えた記念の年! ![]() 東リ株式会社は我がサラリーマン時代の約40年間近くもお世話になった会社だが、1919年に創設され、当初の床材製造から最近ではカーテンなどインテリアの総合メーカーとして活躍してきている。 ![]() 今年、12月1日で創立100周年を迎える歴史ある会社だ。 東リには50年前の昭和44年の27才の時に中途入社でお世話になったが、在職当初から本当に気持ちよく働けた会社だった。 入社当初は東京カーペット課→仙台営業所→本社人事部→経営企画部→東京管理部→監査室とすべて業務内容の異なる部署への配属を経験することになった。 でも特に仕事内容に戸惑うこともなく理解することもできた。 しかも各配属先でもほとんどストレスなど感じることなく、自分がやりたいことをやり遂げ、無事当時60才の定年まで勤務を続けることができた。 提案した業務計画などもほとんどすべて実現させてもらえたりして仕事のおもしろさを会社人生の中で実感出来て本当にありがたいことだっと今でも感謝しているほどだ。 ![]() 現在はすでにリタイアー後、17年間の年月が過ぎ去ったが、定年退職した人たちが集まって作っている東西会員400人強の「睦会」という会があり、今年も関西会員の総会と懇親会を本社近くにあるホテルで開催し、旧交を温めることになった。 今年は特に会社の創立100周年という記念すべき年でもあるので、会社も全面的に応援してくれることになり、会費も無料で記念品までいただけることに。 ただ、毎年2回贈られてくる会報があり会員の様子などもある程度知ることも出来るのだが、最近は会員の年齢がかなり進んでいることもあって、同じ時期に共に頑張った友人の訃報連絡も多くなってきたみたいで寂しい感じもすることも多くなった。 ![]() ところで今年の睦会の関西総会は現役役員も含めて150名ほどの出席で、総会に次ぐ懇親会でも大いに盛り上がり楽しい時間を過ごすことが出来た。 ![]() 現役役員といっても、社長始め多くの役員達とも一緒に仕事をしてきた仲間がほとんどなので、懇親会などでも何の隔たりも違和感もなく大いに話題が弾み楽しいひとときを過ごすことが出来た。 今年の創立100周年を迎えて会社全体も大いに盛り上がっていることと思うが、これからも我が国を代表する「インテリア総合メーカー」として大いに頑張っていかれることを期待したい。 ところで、この会では長寿のお祝いとして、白寿(99才)・米寿(88才)・喜寿(77才)・古希(70才)を迎えると総会の席でお祝い金をいただけることになっていて、自分も今年3月喜寿になったのでお祝い金をいただいた。 さて何に使うかな? |
01.10.18 (金)![]() 「認知機能検査結果通知書」が届いた! 来年4月1日付けで現在使用している「運転免許証」の有効期限が来るので、先日大阪府公安委員会から「認知機能検査」を最初に受けて、次に高齢者講習を受けた後に免許更新手続きを行うよう通知があった。 3年前の免許更新時には、高齢者講習だけだったのだが、75才を超えてからの免許更新には、まず最初に認知機能検査を受けて記憶力の判定にある程度以上の成績に合格しなければならないということらしい。 制度自体は理解できないことではないが、運転技術と認知症との直接的な関係がどういう意味で関連しているのか疑問にも思うことだが、決まりということでは仕方ないと思うので、早速近くの自動車講習所に申し込み、受験していたのだが先日その結果が届いた。 検査内容は決して難解な内容ではないのだが、記憶力の持続性を確かめるような内容が主で、検査結果は総合点により3段階に判定されています。 76点以上取れば、記憶力、判断力は心配なし。 49点以上76点未満は記憶力、判断力が少し低い。 49点未満は記憶力、判断力が低くなっている。 これらの判断は次の3つの計算式に当てはめて算出されるとの事。 A→年、月、日、曜日、時刻を回答。 B→数分前に見せられた16枚のイラスト名を覚えているか。 C→時計が指示された通りに正しく描けるかどうか これらの総合点が示されて、検査基準が決定される。 内容自体は簡単な質問なのだが、ただB項目についてすべて覚えているかについては、やはり年齢が高くなるほど記憶力が劣るみたいだ。 ただこのことが運転技術との関連と直接的にどういう関連があるのかもう一つはっきり認識できなかった。 年齢が高くなれば記憶力は鈍くなるのは誰でも自覚できるのだが、強制的に認知症だ、認知症が進んでいると決めつけられ、運転は駄目だという相関性はそんなにあるとは思わないのだが。 ところで、検査結果は、やはり質問のB項目イラスト問題が少し思い出せなかったこともあり、総合点は74点で、記憶力、判断力が少し低くなっていますとの事。 こんな事は本人が平時から一番気づいているいるから、驚くこともなかった。 ただあと2点ほど得点出来ておれば、これから受ける高齢者検定に影響があるので残念な気もする。 A判定の人は2時間の高齢者講習。B判定は3時間の講習。もちろん受講料も高くなるはず。C判定はほぼ認知症で医療機関での診療が必要とのこと。 認知症と診断されれば、免許が取り消され、停止されるということもあるらしい。 当方も来年更新時の4月の年齢は78才! 最近は友人の中にも免許証返納したとの人もかなりいて、自分も考えないこともないのだが、自分の意志で返納することはいつでも出来るので、その考えの決心がつくまでは、とりあえず来年の免許更新には挑戦するつもりでいる。 |
令和元年10.08 (火)![]() 緑陰クラブ10月度郊外ウォーキング! 渡し船に乗り「千歳大橋」から 「尻無川水門」見学! 今回の郊外ウォーキングは担当者の事前調査がばっちりで、複雑な行程もなんら迷う事なく、なかなか楽しいウォーキングとなった。 まず、現地までの地下鉄やシティーバスなどの乗車券は事前に70才以上のシニア限定のカードを購入するように指導されていたので、全行程を僅か500円で乗り放題でかなりのお得。 ![]() 今回は20名の会員が参加したが、集後場所のJR大阪駅いかりスーパー前。 この場所は良く利用する場所なので遅れることなく予定時刻通りの出発。 ![]() まず最初は大正地区に昔からある甚兵衛渡船(無料)とバスを乗り継いで、見るからに巨大な「千歳大橋」に到着。 今回はこの橋を渡って対岸に行くのだが、かなりの段数の階段を上り、橋を端から端まで歩いて行くことに。 残念ながら天候が少し良くなかったこともあり、本来なら橋の中央からは360度のパノラマが望め、遙か彼方のアベノハルカスもはっきりと見渡せると期待されていたのだが、今日はかすんで見える程度で、少し残念な感じ。 それにしてもこの千歳大橋はかなり巨大な橋で、全長944m、海面からは28mもあるアーチ型の橋で、平成15年に完成したとされ、歩くというよりやはり車道がメインなのだろう。 ![]() 歩行者は渡し船で対岸に行くのが楽で便利だが、のんびりと高所から周りの景色などを楽しむにはなかなか興味がある歩道橋でもある。 千歳大橋を渡り終えると、今度は再び先程乗った渡船で出発地まで戻り、昼食場所の泉尾公園までバスで移動。 昼食後は泉尾公園をしばらく歩くと、「尻無川水門」に到着! 尻無川水門は、大阪ドームの南側から大正区に流れる尻無川にあるアーチ型の巨大な水門だ。 特に台風などで押し寄せてくる大阪湾からの高潮をせき止めるのを目的として、いまから50年ほど前の昭和45年に完成したものらしい。 ![]() 我々一行が着いたときには、わざわざ2人の所員の方が出迎えてくれて、詳しい説明をしていただき良く理解できて助かった。 ![]() 実際この巨大なアーチ型のゲートを水面まで回転させながら下ろしていく作業を見ることが出来てその豪快な作業には感激した次第。 ただこの巨大なアーチ型水門も、現在は当初の目的だった大型船を通すためにアーチ型だったが、現在ではその目的のためには利用出来なくなったので、将来の大地震の為にも役立つような橋を設計中だと説明員の方が言っていたが。 尻無川水門をあとにバス・地下鉄を乗り継いで帰宅の途に。 男性群は帰りにビール一杯というのが通例だったが、今回は何故か全員がばらばらでなってしまった。 仕方なく、まっすぐ帰宅。ただ帰りには日常毎日通っているスポーツクラブに立ち寄り、風呂にゆっくりと浸かって疲れを取ってから帰宅の徒に着いた。 |
01.10.07 (月)![]() 今年も「月下美人」の花が咲きました! 昨年の月夜の晩、9月27日に月下美人が1輪咲き始めから、しぼみ始めまでの数時間、居間で2人で見つめていたのを覚えています。 月下美人の花はクジャクサボテン属に分類されるサボテンの1種ですが、夜間の数時間しかも花を咲かせない珍しい特徴を持っています。 数時間のうちに、花の咲き始めから満開、しかも数時間ほどで折角咲いた花びらを閉じ始め、その一生を終えてしまう悲しくも珍しく短命な花です。 従って、その日を見落とすと、2度と見られないので、毎年この時期には注意ながら月下美人の花、特に花芽の先端の成長具合を気にしながら見守っています。 我が家では大変貴重な花となっています。 昨日、花のつぼみが勢いよく上を向いて立ち上がっていたので、今晩あたり咲くのかなーと思って期待していましたが、一向に花芽が開かずに終わりました。 今日の昼頃に確認すると、花の先端部分が少し開き始めていたので、今晩は間違いなく開花の日だと確信して期待していました。 ところで昨年は、一輪の花のみの開花だったのですが、今年はなんと1本の枝に5輪もぶら下がっていて驚きました。 ところで、月下美人の名前の由来ですが、昭和天皇がまだ皇太子の時に、台湾を訪れた際に、この花のすばらしさに目を奪われて感激し、そのとき付き添っていた台湾駐在大使だった田氏という人がこの花を「月下の美人です」と伝えたところから「月下美人」という名前が付けられた伝えられているそうです。 ![]() 月下美人は夜しか咲かないことや、1年に1回しか咲かないといわれていて、しかも新月や満月の日に咲かせる習性もあるようですが詳細は不明。 ![]() 今年咲いた月下美人の花も重なり合った薄い花びらの根元に長く突きだした雌しべがあり、その周りを囲むように錦糸状の雄しべがびっしり取り巻いていて本当に見事な咲き方でした。 ところで、この月下美人の花は、かなり強い香りを放すことでも有名です。「上品な香り」、優雅で心地よい香り」とジャスミンの香りに似た感じの良いにおいを放しています。 そのため、ベランダに置いてあった鉢を居間に移動させて、開花と香りを合わせて楽しむことにしました。 19:00 かなり花びらが開き始めました。 20:00 そろそろ満開に近いほど花びらが開いています。 20:30頃 近くに住む孫達も珍しい月下美人の花を見るために寝間着を着たままやって来て、きれいな花を見て大喜びでした。 22:00 5輪の花とも同じようなスピードで下向きに垂れ下がっていきました。 本当に咲き始めから、萎み始めまでの時間が早く、しかも5輪の花とも全く同じスピードというのも驚きました。 今晩遅くには完全に頭を垂れてこの花の寿命を終えてしまうのですね。美人薄命という言葉がこの月下美人にそっくり当てはまる言葉ではないかと感じますね。 |
| 01.10.05 (土) 我が家の庭に見事な「酔芙蓉(スイフヨウ)」の花が咲きました! ![]() 花好きの家内が自宅の庭で大事に育ててきた「酔芙蓉」の花が今年も見事に咲きました。 昼過ぎには庭の片隅に植えてある酔芙蓉の木に真っ白い花が7輪ほど咲きました。 本当にきれいな真っ白い花で、気持ちまできれいに洗浄されていくようなきれいな白色で感激しました。 自分は花や植物などには全く知識は皆無に近く、きれいな花はきれいと感心する程度ですが。 ![]() ただこの「酔芙蓉」という花は、もちろん「芙蓉」の花の一種だそうですが、たった一日で花の寿命を終わらせてしまうので残念な気もします。 その終わり方が最初から最後まで一日のうちに見届けることが出来るので、何故か親近感が出てくるような花でもあるようです。 今日の昼過ぎに庭を見ると、酔芙蓉の木に7輪ほどの真っ白い花が咲いていましたが、夕方になるとすべての花びらが本当にきれいなピンク色に変化し、まさにお酒でも飲んで顔をピンク色に染め、気持ちよさそうに咲いているような感じがして、他の花とは違う優雅さを漂わしている花みたいでした。 さらに夕方にはその花びらを閉じてしまう本当に短命の1日花ですね。 ![]() この酔芙蓉の花は、芙蓉の花の園芸品種なので、芙蓉の特徴をそのまま持っているようですが、芙蓉の花より少し遅れて咲き、季節をまたいで秋まで咲き続けるらしいですね。 ただこの酔芙蓉の花には芙蓉と違って花の色が一日で変化していくことです。 咲いてから時間が経つにつれて花びらが白からピンク色に変化していくことから酔っ払った芙蓉花といわれるのかも知れませんね。 難しい理由などどうでも良いですが、酔芙蓉の花色が変化していく理由は、もちろんお酒に酔ったからでなくて、アントシニアンの合成による結果だということだそうですね。 ![]() 日照の結果、アントシニアンを合成する酸素が増えて、花弁部分に蓄積されて赤みを増していくらしいです。 ただ気温が低いとアントシニアンの合成が進まず、もし25度以下では色の変化はあまり起こらず、白色のままのものもあるみたいです。 今回咲いた我が家の「酔芙蓉」の花は上手に日照を取り入れた結果なのかな? でも一日で枯れてしまうのはあまりにも短命でかわいそうな感じがしてなりませんが。 セミでも地上に頭を出してから、1週間も命をつなぐのに。 まー関係ないか。 |
01.09.30 (月)![]() 今年2回目の仙台自宅の雑草狩りへ! 9月24〜30日までの1週間程家内と2人で仙台の自宅庭の雑訴上がりに出かけてきた。 今年は暑い日々が続いたので雑草もかなり伸びているのではないかと心配していたが、想像したほどのものでなかったので一安心。 この程度の雑草なら2〜3日で終わりそうなので、のんびりとやることにした。 今年の5月の連休には、子供や孫達もやってきて大いに楽しんでいたのだが、当方は突然体調を壊し?なんと救急車で仙台赤十字病院に2週間も入院することになってしまった。 入院など初めての経験だったが、結果は特に心配する程のことでもなく、最近体重が太り気味で原料に苦労していたのだが、お陰で退院時には6キロも体重が減り、むしろ体調も快調な感じになって結果的には良かったと思っているほどだ。 :現在もこの体重を維持すべく食用には気を付けながら頑張っている! 今回は1週間近くの滞在を予定していたが、雑草狩りはあまり苦労することもなく終わったが、それでも大型の指定ゴミ袋には6袋ほどになったので、その他は裏にはの敷地内の一角に集めて、自然に枯れるのを期待することにした。 ![]() ところで、この住宅は42年前に転勤で仙台で仕事をしていたときに購入した物件だ。 そろそろ自分も77才を迎えて生前整理?も必要かなとの思いもあって、地元の不動産屋さんに住宅の価値などを相談したところ、土地は購入時の価格より1.5倍ほどになっていたが、家屋については40年以上経過しているとのことで、ゼロ査定ということで驚いた。 これまで地震震度7を2回も経験したのにもかかわらず、住宅自体は1ミリの狂いもなく建っていて、屋根や壁の塗り替えも繰り返し、住む住宅としては何の不安もないのに少しがっかりした次第。 当分売却する意志はなくなったが、毎年雑草刈りに出かけてくるのもそろそろおっくうになり始めてきたと感じてもいるのだが。 ところで、前回入院時に病院に支払った入院及び診療費が20万円近く支払ったのだが、帰郷して市役所の保健課で相談したら、高額医療に該当するので一部費用負担分が返金されるとの連絡だった。早速手続きもして、返金を待ち続けていたのだが、今日付で9万円強の金額が指定口座に振り込まれていた。 本当にありがたく感じた次第だ! |
01.09.16 (月)![]() 今日は「敬老の日」ですが? 敬老の日は、毎年「9月第3月曜日」と決まっていますが、今日がその日に当たります。 敬老の日は国民の祝日のひとつで、「多年にわたり社会に尽くしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う日」とされています。 ただ「敬老の日」といっても、何歳から対象になるとは決まっているものはないみたいですね。 ただ現在住んでいる豊中市では、毎年65才以上の年齢になると、市の関連団体と思われる豊中市社会福祉協議会というところから敬老の日に関連して、記念品を渡すので近くの指定日時・場所に取りに来るようにとのハガキが届きました。 今年も指定日は14日(土)で近くの小学校が指定されていました。 毎年この場所では小学生などが敬老の目的も兼ねて、体育館の舞台で踊りや、合唱などを披露してやってきた老人達を楽しませてくれています。 ところで今年の記念品の事ですが、以前は紅白のまんじゅうなどを渡していたこともあったとの事ですが、対象老人が増えたためかはわかりませんが、だんだんと簡単な品物になり、昨年は記念のお箸になりました。 今年はなにをいただけるのだろうと期待してハガキを持って指定の場所にいきましたが、記念品として渡されたのはなんと「豊中市指定のゴミ袋」でした。 それもゴミ袋30L中の袋5枚のみでした。 近くの店でも販売されているので一応調べてみたら、なんと10枚で65円で売られていた。 5枚だと33円? お金の問題ではなく、やはり中身はもう少し考えてもらえないものかと少し疑問も持ちました。 ただ持ち帰るのには軽くてポケットにもしまえるので助かりますが。 ところで最近豊中市では全国的にも高齢者の数が急速に伸びて、財政も苦しいと聞いているので、もうそろそろ自分の身の回りの整理を始め、不要な物をこのゴミ袋の中にでも入れておいた方が良いのではと示唆されているみたいで気分はもう一つ良くなかった。 折角だから今回もらったゴミ袋はすぐ使用するのではなく、逆にいつまでもこのまま大切に保存しておいてやろうかなと思った次第。 |
01.09.13 (金)![]() 今日は「中秋の名月」ですね! 我が家のマンションの庭から中秋の名月が見事に見えました。思わずカメラでパチリ! ただ今年9月の満月は14日ということで今日は満月ではないので残念ですが、それでも見た目には満月にしか見えないので満足できるお月見でした。 昔はこの日には秋の七草(スズキ、オミナエシ、ナデシコ、クズ、フジバカマ、キキョウ、ハギ)を飾って、月見団子を食べながらお月見を楽しんでいましたが、今では徐々にこのような習慣も少なくなっていくようで寂しい限りです。 ただ月見団子といっても関東と関西では月見団子の形が違い、関東は丸くて甘い団子、関西では楕円形の団子にあんこがかかった団子とちがった形をしているようで、なかなか面白いですね。 ところで、昔日本では月の満ち欠けと太陽の動きをもとに造られた「太陰太陽暦」という暦を作って、農業や暮らしに役立てていましたが、この歴を旧暦とされているものです。 その旧暦では7月〜9月までを秋としていて、その中間の8月15日を「中秋」と呼び、その晩にあがる月を「中秋の月」と呼んでいたみたいです。 また中秋の名月の別名として親しまれている「15夜お月様」もこの旧暦の名残といわれています。 また旧暦と新暦には1〜2ケ月のずれがあるので現代の中秋の名月は9月だったり10月だったりするみたいですね。 ところで旧暦の9月13日の夜に十三夜というお月見もあります。 2019年十三夜は10月11日に当たるそうです。 この十三夜は、十五夜とセットでお祝いすることがベターとされていて、どちらか一方しかお祝いしないと「片月身」などとして忌むこととされていたそうです。 ところで十五夜は中国や台湾、韓国などでも行事としてありますが、十三夜は日本だけのものらしいです。 この十三夜のお月見を最初に祝ったのは平安時代の後醍醐天皇といわれているみたいです。 たんに十五夜お月様を漫然と見上げるだけでなく、過去の行事には必ずそのいわれがあるので、勉強してみるのも面白いものですね。 ところで、20日は彼岸の入り。 暑さ、寒さも彼岸までという言葉もありますが、本当に暑かった日々も彼岸入りを迎えて涼しくなってほしいものです、本当に昔からの言い伝えを信じて、この暑さもあと少しの辛抱かな? |
| 令和元年9月3日(火) 9月度緑陰クラブのウォーキングで京都二条の「からくり屋敷」へ! 今月のウォーキングは久しぶりに京都市内に出かけてきた。 今回のリーダーは今年84才の誕生日を迎えてもまだまだ元気に緑地内を走り回っておられるほど元気な仲間の I さん。 60年ほど前の学生時代を京都で過ごし、市内の様子を隅から隅まで知り尽くしているだけてなく、その詳しい由来なども現在でも確実に記憶しているほど頭脳明晰で、その博学ぶりには何時も驚かれされている。 京都といえば素晴らしい建物や景色が見渡される最高のウォーキング地帯でもあるのだが、最近は多くの外国の観光客で満ちあふれていて静かに見物することなどかなわない状況が続いているので少し悲しい感じもする今日この頃だ。 ということでもないのだろうが、今回は京都二条城のすぐ近くにあっても観光客などが一人も見当たらない場所を選んでくれたのか静かな環境で歴史を感じながら、久しぶりにゆったりとウォーキングしながら楽しい時間を過ごすことが出来た。 そのため今日は市内ウォーキングというより、京都の特異な歴史の勉強といった感じのウォーキングだった。 小川家住宅(二條陣屋)を訪問 阪急電車梅田駅から阪急四条大宮で下車して小川家住宅に向かう。 今日の参加者は男女18名で普段より少し多め。 この住宅は一般には二條陣屋とも呼ばれており、江戸初期の寛文年間に建てられた特別の構造を持った町屋住宅で、国指定重要文化財にも指定されている。 またその当時の特殊な事情の造りから、何故か「からくり屋敷」とも呼ばれているほど特殊な内部構造を持った住宅でもある。 家屋全体も想像していたよりも遥かに広く、一間、一間がすべてカラクリを伴ったような造りで、現在の十七代目?かの若い当主自身が丁寧に一間、一間の構造を説明してくれて、なかなか興味ある時間を過ごせた。 最初はからくり屋敷といわれてもピンとこなかったが、元々は茶人好みの数寄屋風の建物としての建築だったのだろうが、地方から京都にやってくる大名を泊めるようになり、その身の安全を外敵から守るために、一室一室にからくりを施して、宿泊客の身の安全を守ったようだとの説明だった。 そのからくりの様子を説明されてなるほどと納得した次第。 ![]() 「神泉苑」へ からくり屋敷を後にして、近くの「神泉苑」と呼ばれ、824年に建てられたといわれる東寺真言宗の寺院に立ち寄る。 本尊は聖観音・不動明王・弘法大師で。二条城の南に位置していて、最初は天皇の為の庭園だったらしい。 元々の敷地は二條通から三条通まで、南北約500メートル、東西240メートルに及ぶ、池を中心とした大庭園だったらしいが現在はかなり縮小されている感じだった。 入園して大きな橋を渡ると、正面に「善女竜王社」という立派な建物があり、とりあえずお賽銭をあげて参拝したが、この建物が実際どのようなものかはわからなかったが、伝承では源義経と静御前が出会った場所だとも伝えられているらしいが、詳細は不明。 ![]() 二條公園で昼食タイム 神泉苑を後にしばらく歩いて行くと、二條児童公園というところに到着。 地図には児童公園として記載されているのだが、児童達が遊ぶような遊具などもなく、広々と広がる芝生の生い茂る普通の公園にしか見えない。 ただ一カ所入り口近くに、大きな屋根がある休憩場所があったので強い日差しを避けるため、ここで昼食をいただくことになった。 昼時間だというのに、我々一行以外は人影もまったくなく、お陰でゆっくりと昼食タイムを過ごすことが出来た。 錦市場へ 昼食後は歩いて錦市場まで移動する予定だったが、少し距離もあるとの事で、とりあえず近くの地下鉄を利用して行くことに計画を変更となった。 ![]() 錦市場は通路は狭いながらも両脇にはびっしりと多くの店舗が並び、地元の人の日常の買い物市場としても重宝な場所だと思われるが、最近は外国からの観光客も大勢押しかけてきて歩けないほどの混雑ぶりだ。 大阪の黒門市場と同様、店には歩きながら食べられるようにいろんな食品を串に刺して刺して売っており、外国の旅行者には喜ばれて居るみたいだが、店の商品をゆっくりと見て歩くような余裕もなく、市場の突き当たりにある錦天満宮にお参りして、この場所で今回のウォーキングは解散となった。 あまり歩いた感じはしなかったが、仲間から今日はすでに1万歩以上歩いたと聞いて少し驚いた感じ。 今回は普段のウォーキングとは少し違った感じになったが、やはり少し疲れも感じたので、帰りには何時ものスポーツクラブ立ち寄り、ゆっくりと風呂に入って帰宅。 |
12月に入った途端、一気に寒さが身にしみるようになりました。
服装も当然冬服使用に早変わりです。
一方今年の7〜8月の我が町豊中市は、これまでに経験した事がない程の暑い夏でした。
最高は気象庁発表で38.9度で、この日は日本で一番の最高温度都市として紹介されたほどでした。
実感温度も、豊中市立文化芸術センター前では、自分が持ち歩いていた温度計の針はなんと53度を指した程の暑さでした。
この温度は数年前に旅行先のエジプト・サワラ砂漠で経験した温度と全く同じでした。
秋、冬の季節はどう変化していくのだろうと心配していましたが。
でも10月以降は以前の気候に戻り、12月に入ると何時もの寒さに変化して、朝夕の寒さも身にしみて感じるようになってきました。
でも寒さもあまり強くなっても困りますね。どんなときでも適当という言葉が当てはまるのが一番ですね。