| 2018.12.07 | 関西国際空港発 飛行時間3時間30分 (チャイナ エアライン) 台南空港着 観光:赤嵌楼・孔子廟・延平群王祠・旧台南知事官邸 夕食後 夜市散策 宿泊 台南驛時尚酒店 |
| 2018.12.08 | バスで高雄に向けて 観光:蓮池譚・高雄市文物館・日月譚湖畔 宿泊 インハウスホテル台中 |
| 2018.12.09 | 台中市内観光 観光:宝覚寺・九份・十分老街散策(天燈上げ) 圓山大飯店「園苑」で浙江料理 宿泊 圓山大飯店 |
| 2018.12.10 | 蒋介石の秘密のトンネル散策 観光:忠烈祠・故宮博物館 台北発→関空 |
2018.12.07 (金)![]() 関西国際空港からチャイナエアラインで一路台湾南部の「台南」へ 今回の旅行は阪急トラッピックスの主催旅行を利用させていただいた。 3泊4日の小旅行だが台湾全土の主な観光地を巡り、しかも台北では世界的にも人気のある豪華ホテルの「圓山大飯店」にも宿泊できるとあって人気があったのか、40名ほどの旅行となった。 関西空港を飛び立って、約3時間半で台南空港に到着! 空港に近づくと多数の軍用ジェット機が飛んでいるので不思議に感じたが、この台南空港は軍用空港との共同使用だと説明されてなるほどと納得。 ![]() 空港に着くと現地の通訳ガイドを兼ねた添乗員の方が迎えてくれていた。これまではすべて日本から添乗員が随行してくれていたので少し心配をしていたのだがすぐに不安は晴れた。 ![]() ガイドの方は50歳ぐらいの男性(孫さん)だったが、バスの中での自己紹介によると、若いときは日本に行き東大を受験したが落ちて、翌年京大に合格して5年ほど日本で真面目に留学生活を過ごしたということで、日本語はほぼ完璧。 祖先は台湾の原住民だったということで、台湾の歴史にも精通していて旅行中のバスの中でも常にしゃべりぱなしで少し聞き疲れもしたが大変勉強になった。 一行の乗るバスもまた派手な広告が書かれていて、観光地で降りてもすぐ見つけられるのに役立ったみたいだった。 バスは台南の名所赤嵌楼(セキカンロウ)・孔子廟(コンツーミャオ)・延平群王祠(エンペイグンオウシ)などを孫ガイドさんの説明で巡り、旧台南知事官邸に到着。 ![]() この旧知事官邸はコロニアルスタイルで日本統治時代に知事官邸として建てられた。また当時は日本の皇室の宿泊地としても利用されて、当時皇太子だった昭和天皇も1923年に宿泊されたとのことだったらしい。 建物は洋館と和風館に分かれているが、その後洋館はリニューアルされているが、和風館はそのまま現存されているとのことだ。 夕食を済ませてホテルにチェックインした後、夜には台南の夜の名所ともいわれる、夜市散策に出かけた。 かなり広大な公園敷地に焼き肉屋などの食物を中心にあらゆる種類の屋台が並び大勢の人々で歩くスペースもないほどの賑わいで混雑していた。 このような夜市は台湾のあらゆるところに存在し賑わっているとのことだった。 会場を一周したところで、集合時間も迫っていたので少し早めに集合場所に向かった。 今日の宿泊ホテルは台南驛時尚酒店という名前なのだが、何故か台湾では「酒店」という名前のホテルが多いのだが決して酒屋さんでないので注意しなくては。 |
2018.12.08 (土)![]() ホテルをバスで出発し台湾第2の都市、高雄に向けて出発。 最初訪問地は台湾でも有名な「蓮池譚」。 この池は300年異常の歴史を持つ公園で周囲5キロ、水域面積は74ヘクタールもあり、多くの蓮の花が植えられている美しい公園だ。 ![]() 公園内には龍と虎が入り口に陣取った七重の塔があり、大きく開いた龍の口から中に入り、隣の虎の口から出てくると罪が浄化され福が増えるとか。 ![]() まー素直に信じて壁画が飾られた道内を歩いて行くと、チョットエッチなおもしろい絵も飾られていたが意味不明? 蓮池譚をゆっくりと見学した後、高雄市新客家文化園区の文物館を見学。 ここには23歳から現地台湾人の教育にあたり、台湾での功績を広く認められている岡本要八郎という日本人の写真が大きく飾られていた。 ![]() 彼は北投温泉に入浴した帰りに北投石を発見したが、その寄付した実物が設置されていた。 ![]() ここから台湾で最大で一番美しい湖と言われている「日月譚湖畔」へ。 かって蒋介石も別荘地を構えたり、時の首相 吉田茂も訪れたことがあるらしい。 日月譚湖畔周辺 には「文武廟」という立派な建築物があったので内部を見学した。 ![]() ![]() 日本統治時代の1923年、日月譚が水力発電に用いられる際、すいぼつすることになった二つの廟を移築したのが、文武廟の始まりだそうだ。 中国北朝の建築様式で入り口には豪華な龍が見張っています。 今日は台中にある「インハウスホテル台中」に宿泊。 |
2018.12.09 (日)![]() 宝覚寺へ ![]() ホテルで早めの朝食を済ませて、バスに乗り込み台中市にある見上げるばかりの巨大な金色の大仏が鎮座するお寺「宝覚寺」向かう。 日本にも鎌倉の大仏が有名だが、前進金色に輝くこの大仏はまさに存在感抜群。 まさに笑う門には福来たるといわれるパワースポットだ。 ![]() はじめは建物の中に鎮座しているのかとも思ったら、なんと寺外にドーンと座っていて迫力満点のすごいの一言。 宝覚寺の豪華な大仏様に圧倒されながら次の訪問地「九フン」にバスは進みます。 ![]() 九フンは約100年前に台湾の金鉱採掘の中心地であったところ。 迷路のような狭い町並みには、石畳の急な坂道に沿って土産物屋などがひしめき合っていて、どこか日本の古い街に似ているような都市だ。 ![]() 最初に街を散策する前に自分らは金鉱の五番抗入り口まで行って昔の趣を味わってきた。 ![]() 「天燈上げ」 九フンの街並みを楽しんだ後、次の訪問地十分へ向けて出発。 「十分」の街は名物の「天燈上げ」で有名なところ。 ![]() 街の中心地は老街と呼ばれているごとく古い町並みが連なっているところに鉄道が走っている。 ただあまり列車走行数は激しくないみたいで、皆線路の中に入って名物の天燈上げを楽しんでいた。 ![]() 自分らも早速ガイドさんが事前に用意してくれていた店で天燈提灯をもらって、自分らの祈り言葉を書き込んで天空にあげることにした。 書き込んだ字句「一家の健康と幸福を願う」と当たり前の文句だが、願いを込めた提灯は天空高く舞い上がっていった。 ![]() 「圓山大飯店」 九フン、十分のどこか昔の日本の懐かしい雰囲気のする街中を楽しんだ後、今日の宿泊予定ホテルの「圓山大飯店」に向かう。 ホテルに近づくと、写真で見る以上の大迫力のホテルの概要が見られてバス中は大興奮の様相。 ![]() このホテルは地上に建てられた「竜宮城」とも呼ばれていて入り口にある門から後ろに聳え立ちホテル本館まで何から何まで豪華絢爛の一言。 ![]() 14階建ての中国宮殿様式のこのホテルは蒋介石の妻だった宋美麗が1952年に建てたと伝えられている。 内部に入ると独特の赤色が主力の壁面が尚一層内部の豪華さを引きだたせているようだ。 早速、部屋の鍵を受け取り、宿泊室に入ったが内部の仕様も豪華そのもので、ベッドの広さはもちろん、大きな事務用机・椅子まで用意されていた。 浴室もシャワールームと浴槽も別々に配置されていたが、普段から狭い浴室に慣れた者にとってはむしろ使いづらかったみたいだ。 室外のこれまた真っ赤なベランダも軽く6帖ぐらいの広さがあり、ゆったりと眼下が見渡せる。 室内だけでなく広々としたホールもちょうどクリスマスシーズンのためか豪華な飾り付けて埋め尽くされていてすごいの一言。 夕食も大食堂「園苑」で台湾「浙江料理」のフルコースと至れり尽くせりで大満足の最後の夜だった。 |
30.12.10 (月)![]() 今日が最終日! 朝食済ませてこれから最後の観光地に出かけようとしたところ、ホテルの女性から声がかかり、せっかく宿泊いただいたので、ホテルの特別な場所に案内しますと言うことでついて行くとホテルの地下に案内された。 洞穴のようなトンネルの前についたところで、普段は特に案内していないということだったが説明によると、この洞穴は蒋介石が政敵に襲われたときに気づかれないように外部に逃げ出せる秘密の洞穴だったということだった。 もちろん彼の妻でこのホテルの創設者だった宋美麗の発案だったということらしいが、トンネル自体はそんなに窮屈でもなく普通に頭を上げて歩いていけるほどの大きさだった。 いつの時代も権力者は身の危険に関しては細心の安全策を取っていたみたいで興味深いトンネルだった。 「忠列祠」へ ホテルを出発し、バスで台北市内観光に出発。最初の訪問地は「忠烈祠」を訪問。ここは1969年に建設され、大門、中央広場、鐘楼、鼓楼、山門、大殿、文烈士祠、武烈士祠で構成されていて、約5キロメートルの敷地には、革命・建国のために命を落とした志士約33万人が祀られているらしい。 ![]() 観光客の我々にとっても勿論厳粛にお参りしなければならないのだが、同時にここを守る兵士たちの様子が少し異常ななので一見の価値あると思ってやってきた次第。 特に入り口の門前に立っている若い兵士は姿勢を一直線にまっすぐに前を向いて立ち続けても長時間身動き一つしない。さらにまばたき一つしてもいけない決まりなのか大きな瞳を見開いたまま立っている。 一定時間の後、衛兵の交代時間が来てもその姿勢は変わらず、足をまっすぐ上げて入れ替わる様は人間業とは思えないほどすばらしい交代風景だ。普段から厳しい訓練をさせられているのだろう。 衛兵の交代時間には大勢の観光客も詰めかけて熱心に見学していた。 最後の訪問地「故宮博物館」へ ![]() 忠列祠を後に今回の旅行の最後の訪問地「故宮博物館」に向かった。 故宮博物館は世界4大美術館の一つに数えられるほどの素晴らしい国立美術館だ。 ![]() この美術館は歴史の奥深さを知ることのできる貴重な芸術品をはじめ、中国8000年の歴史を網羅する世界最大の古代中国の文化遺産が多く展示されているところとして有名なところだ。 ![]() ところで同じ名前の故宮博物館は以前中国を旅行したときにも入場したが、もちろん貴重な美術品の提示もあったが、所々に肝心の展示品のない箇所が多く見られたので、係員に聞いてみたところ、かって蒋介石が中国本土を追われて台湾に脱出したときに、かなりの貴重な美術品を台湾に持つ出してしまった語っていた。 それらの多くが台湾の同じ名前の博物館に展示されている事がわかり納得できたが、歴史とはいろいろなことが混じり合いながら進んでいるものだなと改めて感じた次第だ。 このような貴重な美術品は歴史上の争いごととは関係なく、大事に引き継いでいってもらいたいものだと思う。 故宮博物館の見物を最後に今回の旅行は終わりだが、台湾旅行中に感じたことがあった。 ![]() 一つはガイドさんがバスでの移動中に台湾の歴史を詳しく説明してくれて本当に勉強になったのだが、その説明の中で「台湾は一時日本に差し上げた時があった」と何回もつぶやいたことがあった。 本来なら一時でも戦争の結果、台湾が日本の統治下になっていたときの事を「日本に差し上げた」という言葉を現地の人がつぶやくのはどう解釈してもおかしいのではないかと感じたのは自分だけではなかったのではないかな。 ただ日本が統治していたときに、当時の駐留していた人物が、台湾に初めて義務教育制度を導入し、台湾人の教育・学力向上に熱心に取り組んだ結果、ある程度現地の人々に感謝されたことや、時の昭和天皇が訪れて友好に力を入れた結果からこのような思いを当時の人々は現在でも感じているのかもしれない。 今でも現地の人々からは何故か日本人に対しては本当に友好的な感じがする態度で接してもらえてなかなか気持ちの良い旅行だった。 |

定年退職後に中国・ヨーロッパ各国・カナダ・アメリカ・エジプト等かなりの国へ家内と旅行に出かけて楽しんできましたが、4年前に出かけたクルーズ船での旅行を楽しんだ後は、しばらく海外旅行に出かけてなかったので、急に一番近い台湾を是非訪れてみたいと思い、短期間でしたが楽しんできました。