2012.12.04 (火)

 12月度緑陰クラブ郊外ハイキング

 北摂・三色彩道ウォーキング〜「万博公園」紅葉散策

 今日の集合場所は毎週木曜日に集まってウォーキングをしている緑地公園の梅林前。

 ここから緑地公園駅まで歩き北大阪急行(地下鉄)に乗り千里中央駅へ。ここで参加の会員を加えて合計20名で出発。

 今日のコースは、千里中央駅→こもれびの道→千里中央公園→ナンキンハゼ並木(古江路)→千里ケヤキ通り→ピアノ池→三色彩道→水遠池→大阪大学構内→万博公園となっている。

 まず、こもれびの道からスタートするが、両側には大きなマンションが建ち並び、その合間の通路に街路樹が植栽されていて、現在は紅葉真っ盛りと言うほどに美しかった。
 おそらく下記の季節にはこの道を歩くと樹木間からこもれびの光が漏れてくるのでつけられたのではないかと思われる。

 千里中央公園は桜の木も多く花が咲く時期には大勢の人々が訪れるが、紅葉の時期は少し過ぎたようで落葉が多かったむ。

 さらに公園を出てすぐ近くのナンキンハゼ並木と呼ばれる通りを歩き、千里ケヤキ通りを北千里駅の方向に向かって進むと途中ピアノ池と呼ばれる池が見えてくる。 

 池全体の輪郭がグランドピアノの形をしているのでそう呼ばれているらしいが、よく見なければわからないほどだ。

 ここから北千里駅に向かって進むと、三色彩道と呼ばれる通りに出くわす。この通りは千里ニュータウンの開発で生まれた地域で市内随一の紅葉の名所として知られているところだ。


 紅葉の見頃は少し過ぎたかと思われるが、その街道に落ちた落葉の葉が逆に道に彩りを加えて素晴らしい光景を現出していた。

 この道のいわれは一本の木々が紅葉の時期に三色に分かれて紅葉しているのでそう呼ばれているらしい。
それぞれの道の違った紅葉を十分に堪能しながらウォーキングを続けた。

 次に近くの万博公園の内部の紅葉も楽しもうとの計画なのだが、普通の道路を歩いて万博入口門までたどり着くのにはかなり遠回りをしなければならないので、その間に位置している大阪大学の構内を横切るのが最短ということがわかった。

 ただ正式の門から構内に入るのは少し気が引けたので、屏に沿って一部通路として利用されている細い道から構内に侵入することにした。

 ここは国立大学だから堂々と門から入っても文句を言われることはないのだが。

 全員裏口入学?を果たせた後は、構内で一応入学証拠写真を撮り、構内を出るときは堂々と正門から出ることにした。
門番の人も特に怪訝な顔をする人もいなかった。

 正門を出てすぐのところに万博公園の北入口があったのでここで入場券を購入したが、普段はあまりこの入口を利用する人はいないような感じがするほど閑散としていた。

 公園内では大きく二つの地域に分かれているが、先に日本庭園に行きよく手入れされた園内の紅葉を楽しんだ。ここの休憩所で少し遅い昼食を楽しんだあと隣接する自然文化園に行き、園内の紅葉を満喫してウォーキングを終えた。

 特に遠出しなくてもこんなに近くに素晴らしい紅葉の名所があるのだから幸せなことだと痛感しながら帰路についた。


















2012.11.26 (月)

 11月度緑陰クラブ郊外ハイキング

 世界遺産春日山原始林&奈良紅葉見物

 今年の紅葉ウォーキングはどこにしょうかと少し迷ったが、あまり混まないところでゆっくりと紅葉が楽しめるところとして奈良の春日原始林内でのウォーキングとなった。

 この地域は世界遺産に登録されていて、入り口の春日大社には見事な紅葉に誘われて観光客も大勢押しかけるのだが、裏山に拡がる春日山にまではほとんど訪れないので大自然の中の紅葉を楽しむには絶好の地域となっている。

 もちろん原始林全体が世界遺産地域なので立ち入ることはできないが周囲には良く整備された遊歩道があり、静かに大自然の紅葉を楽しむには絶好のスポットだ。

 近鉄奈良駅には16人の会員が集まって、まず春日大社へのお詣りとということで長い参道を進む。
道路を挟んだ奈良公園はちょうど紅葉の見頃を迎えていてすでに大勢の観光客が集まっていた。

 春日大社でのお詣り後、すぐ近くにある絶好の紅葉スポットの「水谷茶屋」前で春日山原始林入る前の記念写真を撮る。
この茶屋は周囲の紅葉風景とマッチしていて人気のある場所だ。大勢のカメラマンも周囲に詰めかけて盛んにカメラに収めていた。


















 ここから先がちょうど遊歩道の入り口にあたるらしい。少し歩くと入り口の看板が掛かっていた。
 遊歩道の両側に見られる紅葉はやはり自然のままの形で、市内の公園の紅葉とはまた違った趣があり、非常に気分よくウォーキングを続けることができた。

 自然の紅葉を楽しみながら山上に向かって2時間ほど進むと、三笠山へ続く道に出た。
ここから10分ぐらいで三笠山の山頂に到着。

 三笠山は別名「若草山」とも呼ばれていて、1月の山焼きでも全国的にも名前を知られた山だ。

 此の山は遠くから眺めると三つの傘を重ねたような形をしているのでそう呼ばれているらしい。

 この山は昔阿倍仲麻呂が16歳の時遣唐使として中国に渡り活躍したが、時の皇帝からその優秀さから強く残留を薦められたため、日本に帰る機会に恵まれず望郷の念も重なり、詠んだ和歌が百人一首にも残されている。

  「天の原 振りさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」

 ここで鹿に囲まれながら昼食をとり、山頂の入り口で150円の入山料を支払い山を下りることにした。

 山頂付近は木々一本ないハゲ山?だが、見晴らしは最高にすばらしかった。天気も最高だったので、隣県の京都の町並みがはっきりと見えるほどだった。

 山の麓に近づくと素晴らしい紅葉風景が続き、感嘆の声があちこちであがっていた。




































 今回は参加人数は少なかったが、素晴らしい紅葉ウォーキングだったのにと、少し残念さが残った。
 このあとは、2月のお水取りで有名な「二月堂」に立ち寄り、さらに大仏で有名な東大寺に隣接する胃腸の落葉が見事な「大仏池」にも立ち寄り紅葉を満喫した。

 さらに会員の方のお薦めで「奈良市役所」に立ち寄り、市庁舎の屋上展望台から若草山や奈良市内を眺めたが、素晴らしい光景が眺められた。

 全員気分よく過ごせた紅葉見物の一日だったのではないだろうか。

2012.10.23 (火)

 10月度緑陰クラブ郊外ハイキング

行きたいシリーズ
 念願の「大台ヶ原」ハイキングへ!

 会員の中から一度は行ってみたい要望の多かった「大台ヶ原」に緑陰クラブの郊外ハイキングとして取り入れることになった。どうせ行くなら新緑の時期か紅葉の季節がいいのではということで、紅葉最盛期のこの時期を選んだ。

 ただ大台ヶ原に行く手段としては電車の都合はなく、バスも大型車は入山できないことになっているので、阪急トラッピックスが計画していた26人定員の中型バスを利用させてもらうことになった。

 但し、参加希望者は最終的には30人ほどになったので結果的には分車しなければならなくなったのは残念だった。

 当日は運悪くちょうど晴れの谷間の雨模様の日で残念だったが、大台ヶ原は日本でも屋久島に続く、年間5,000mmも降る多雨地帯なのでしかたないこととあきらめながらのハイキングとなった。

 ただ山上の駐車場に着くと雨はまだたいしたこともなくほっとしたところだ。

 当日のコース

 山上駐車場からバスを降りて、「日出ケ岳」に向かう。
大台ヶ原では最も高い標高1,694mの山頂だ。展望台からは 
 大峯連山、台高山系、熊野灘を望むことができる。
晴れた日の早朝には富士山まで見えることもあるといわれるいる絶好の鑑賞ポイントです。

 ただ山頂までの道はあまり険しくはなくゆっくりと歩いて行けばそんなに苦痛を感じることはなかったので、日頃鍛えたウォーキングの経験が活かせたみたいだ。

 登った道を一部引き返して今度は「正木峠」に向かう。
 木道の両側にはシロヤシオが自生していて、ちょうど紅葉の真っ最中というところですばらしい光景だった。
 このトンネルを抜けると「正木ケ原」に到着。

 ここに来ると風景は一変。このあたりから天気も悪くなり、雨はたいしたことはなかったが風が強く前に進むのも困難な状態だった。

 この地域は元は原生林だったが、50年前の伊勢湾台風によって多くの寿期が倒木したといわれている。
 また白骨化した塾も多く、その原因は野生の鹿の食害とも酸性雨の影響ともいわれている。

 この立ち枯れた「トウヒ」の木の風景は昨年行った上高地の大正池で見られたが、規模からいって「原生林の墓場」といわれるほど不気味な光景を現出している。大台ヶ原独特の風景でこれを見るためにやってくる観光客を多いらしいとのことだ。

 この正木ケ原の風景を楽しみながら、「尾鷲辻」に向かう。休憩所が設けられているのだが、この辻をさらに進むと「牛石ケ原」から断崖絶壁で有名な「大蛇ー」にいけるのだが、雨も強く風もかなりあったので、一部の人はここから直接駐車場に向かうことになった。

 「牛石ケ原」に入るとミヤコザサ草地が開けていて、ここでも立ち枯れたトウヒの風景が見られます。このあたり野生の鹿が多く生息しているのだが、今日は天気が悪かったのか姿を確認することはできなかった。

 ここからしばらく歩くと「大蛇ー」に到着。
 ここは日出ケ岳と並ぶ大台ヶ原ビューポイントのひとつだ。

 崖の淵に設置された巨岩の展望台に到着すると、眼前に屏風のように立ちはだかる雄大な大峰連山を見ることができる。

 ただ展望台は眼下約1,000mの断崖絶壁なのでほとんどの人は立ちすくんでしまって先端までたどり着けた人はいなかったのではないかと思われる。この日は風が強かったのでなおさら恐怖感で足がすくんでしまった人が多かったみたいだ。

 しかもスリルは満点で岸壁の上に立っただけで満足できたひとがほとんどだったのではないか。

 ここからさらに進んでシオカラ谷に向かうのだが今日は足場が悪いのと時間がかかるので、尾鷲辻まで引き返して駐車場に向かった。駐車場までの道も見応え十分の光景が続き、満足のいくウォーキングだったのではないか。



















2012.09.26 (水)

 9月度緑陰クラブ郊外ハイキング

 「神峯山の森」&「攝津峡ウオーキング」

         (会員 N・I氏寄稿)

 彼岸の中日も過ぎた初秋の一日、阪急十三駅に三三五五メンバーが揃う。
 今回のリーダーは増田先生。 事前に芝さん、坂田さんと共に予定コースを下見し、周到に準備していただいたのには頭が下がる。
 
 高槻市駅で合流した者も居る。「どないして来たの?」 「空を飛んでスイスイ」と意味不明の発言。リュックの中の歯ブラシを見付けられ「にわかのべーぜに備えて」とありもせぬ事を口走る。

 阪急高槻市駅からJR高槻駅までの街並みの変貌を縷縷語ってもらえるのは徳永さん。
「この角の店は酒屋やったけど、今では何でも売っとる」。昭和30年代のセピア色風景が浮かび上がる。

 原大橋行きの高槻市営バスを神峯山口(かぶさんぐち)で降りると一面の稲穂の田。農家の庭から道にのびた枝に栗の実がたわわ。
立ち止まって栗の実が落ちるのを待とうとするご仁もおじゃる。 「たなぼた」がそんなにあるもんじゃおまへんて。

 やがて道一杯に大鳥居のような「勧請掛(かんじょうがけ)が見える。
縄に樒(しきみ)を結んだ12本のさがり(?)が付いている。神仏の来臨を講うものらしい。「聖地への結界です」との増田先生の説明に威儀を正す。
道端の宝篋印塔(ほうきょういんとう)も何やら由緒あり気。

 京都西山から続く北攝連山の中に1300年の静謐(セイヒツ)を今に伝えるのが根本山神峯山寺(かぶさんじ)。山門脇の説明板によると、役行者小角の庵を、770年頃(宝亀年間)開成(かいじょう)皇子が開基した天台宗の古刹。山門の右の柱に、光仁天皇勅願所と大書きされている。 

 「光仁天皇(こうにん)天皇ておったかいな?」早速ご下問。 「49代天皇で、平安遷都した桓武天皇のおとっつあん」と指を折り折りご返答。

 本坊や開成院を横目に本堂に参拝。日本で最初とされる毘沙門天が本尊として鎮座まします。

 経堂への径の奥、注連縄の向こうに滝がある。神仏混淆の素朴な形であろうか。

 寺を辞し、神峯山の森自然園へ。
鹿除けの手作りの門をくぐり、同じく鹿除けの張り縄を跨ぎ入園すると正に自然がいっぱい。

 蛇の脱け殻あり、哲学者めいた横顔の青蛙が葉に乗っていたりする。
害虫によるなら枯れ防止のための工夫やテストが随所でなされているのが目を惹く。ペットボトルも意外な活用法があると感心させられる。

 車座になっての昼食では例によって甲論乙駁。
 「阪神タイガースの話は今日はせんといて」と言論統制も発令。
 女性陣からの差し入れが廻ると「ビールを飲む時にいただけたら。とちとぜいたくな嘆き節も出る。

 攝津峡では白滝(しらたき)をバックに記念撮影。

 滝を眺めてマロニーの鍋を連想するのはいやしん坊。屏風岩を過ぎる頃から里の香りが漂う。

 桜公園には山口誓子の句碑「流螢(りゅうけい)の自力で水を離れ飛ぶ」がある。「誓子って男かい女かい。「男だす。女なら卵子とつけまっせ」の駄洒落には一同失笑。大喜利なら座蒲団をひっぱがれるケース。

 一方で「青かえで」を句材に一句ひねった閨秀俳人も居られる。徘徊中に俳諧を物にしたハイカラ熟女

 かき氷やアイスキャンデーに冷を求めた人々もまじえ軽く体操を済ませ、塚脇バス停から高槻駅へ向かう。

 車窓からは増田先生の母校芥川小学校が見える。芥川商店街と「芥川」の文字がふえると故事が彷彿としてくる。

 権中納言、藤原長良の娘・高子姫は清和天皇の婚約者であったが、藤原業平と恋におち、京を抜け出す。

 通りかかった芥川では業平は高子娘を背負って渡った。江戸の川柳子は「やわやわと重みのかかる芥川」、 「くじるたび背中でもがく芥川」など多くの句を残している。「畜生。色男め」と平成のもてん奴は嘆くばかり。

 かくて色々とありましたが、高槻市駅から阪急電車で一路家路をいそぎましたとさ。

2012.08.27 (月)

 8月度緑陰クラブ郊外ハイキング

豊中ミステリーウォーク
   &緑陰「うたごえ歌謡喫茶」開催
 
   (会員 N・I氏寄稿)

 夏には怪談が付き物とて、8月度の企画はミステリー・ウォーク。少なくとも「ぞーつ」として暑気払いをしょうということになった。

 スタートの服部緑地西口広場には会員(男子11名、女子13名)とゲスト2名の26名が集合。

 体操で身体をほぐし、先ずは皿池公園に向かう。園内の「雨乞い種取り池」では往時は「竹生島」の火をとりに行った」由で、農業との関わりの深さが推察される。  「昔はもっと広い池で水も仰山あった」とつぶやく元乙女。

 緑の木々に囲まれた長興寺住吉神社は地域の鎮守の神のたたずまい。かっては鍋いただきの神事に、新婚の若いお嫁さんが参拝したであろう情景が目に浮ぶ。

 はにわロードに入り南桜塚小学校に近付くと、南天平塚古墳・御獅子塚(おししづか)古墳・大塚古墳と3つの古墳が続く。いずれも5世紀に作られたらしい。仁徳天皇の難波宮の影響を受けていたであろうか? 古墳の上でしばし記紀の時代にタイムスリップした。

 象の形のすべり台のある桜塚公園は通称ぞう公園。木陰に腰を下ろし水分補給。飴玉を配ってくださる心やさしきお姉さんもいらっしゃる。ええなー。

 岡町商店街入口近くの瑞輪寺(ずいりんじ)は黄檗宗の古刹。山門わきの戒壇石に「不許葷酒入山門」とある。「“葷”ってどういうこっちゃ」と早速ご下問がある。

 「“クン”と読み、にら・にんにくなど臭気の強い野菜のこと」。 「にら・にんにくや酒の匂いの強い人は門を入ったらあかん...ちゅうことでっせ」。「ほんまか?」。 

 かって鳴くかじかは蛙だと説明しても魚だと言ってしんじてもらえなかった経緯もあるので、それ以上は口をつぐんだ。

 境内の墓地に、この地に20年余り在住した一休禅師子供紹偵(岐翁)の五輪塔があるのにびっくり。
 後小松天皇の子として生まれ各地を転々とした一休さん。こんな処で子作りに励んではったんや。
 
 86才(1394−1481)の長寿を保った一休宗純は応仁の乱(1467−1477)の終末期の1474年に大徳寺の住持となって京へ帰り晩年を過ごした。
 だから岡町に住んだのは足利義満や義政の時代であろうか。室町時代と平成がつながった。 ミステリーツアーは楽しい。

 当寺は眞言宗の桜墳山善光寺跡と説明されているから、臨済宗の一休宗純のせいで、禅宗に改宗したのかとミステリーの謎がまだまだ残る。どなたか教えてください。

岡町商店街の道端に桜塚の碑があり、由来が書かれている。成程、成程。

 原田神社もすごい。672−686年の創建だそうだ。
祭神は天照大神と素戔鳴尊(須佐之男命)の2神。

 牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)とも呼ばれていたそうだから、薬師如来でもあったろうか。でも神社には仏さんは似合わぬし、再度、どなたか教えてください。

 かっては老舗の昆布屋で、今は漢方のけやき堂薬局となっている建物の中に、けやきの古木がある由だが、これは入り口を眺めるだけで、バイバイ。

 伝統芸能館を過ぎると、公園の左右に大石塚古墳と小石塚古墳。「古墳の周りに桜塚作りよった。なんでこんなことをするんやろ」とふれあい尊重派の繰り言も出る。

 千里川沿いの緑地を進むと、伊丹空港に着陸する寸前の飛行機が真上に見える。「飛行機のへそまで見えた」。天女のそれならいざ知らず、そんなもん見てどないするねん。このド助平ジジい奴。

 樹木の生い茂った木陰でランチタイム
ビールやチューハイで「プハー 生き返った」と呑ん平。ビニールシートの上で蟻も右往左往。
 
 「握り飯のごまと間違えんようにせんとあかんなー」。いいえ、蟻も立派な蛋白源。かっての戦地の兵隊さんと思えばぜいたくはいえまへんで。

 腹もふくれたところで再起動。樹木見本園を過ぎ、新豊島川緑道へ入る。 川で絶滅危惧種となったメダカを探すが見つからぬ。学校崩壊になったのだろうか。

 服部天神宮へは裏口から入る。少彦名命に健康を、菅原道眞に聡明を祈願して一休み。

 ツアーの終点は176号線沿いのカラオケ屋のUーBOU(ユー坊)。これで前半の散策コースはおしまい。

 第2部は集いのコース「ふれあいうたごえ歌謡」
会場はユー坊一階のパーティールーム
 洋服を着替えて着席するおなごしが居てはる。流石、ええ氏のいとはん。こいさんやったと関心させられる。

 先ずフリーのソフトドリンクとソフトクリームで一同のどを潤す。
気配りのSKTさんの周到な準備に基づく流麗な司会で、合唱のプログラムは進む。

 音量や空調の調節などにはNKJさんは手際が良い。
童謡・小学唱歌・青春歌謡と皆さんの声が揃う。1時間程で十数曲を終えたところで中入り。

 後半には独唱も入ってくる。 IKZ会長の「高原の旅愁」の美声に酔った後は、元老TOKさんの「憧れのハワイ航路」

 ジェット機よりも豪華客船のわ方が趣があるやも知れぬ。いくらTOKさんでもデコイチでは海は渡れまい。
 
ZMさんの渋い声も良い。ピーナッツの「恋のバカンス」を歌ったKTOさんら4人組みの女声は若々しい。

 「小樽がどないの、こないの」とご当地ソングはじじん2名。NKJさんの歌は北新地あたりで相当授業料を払って仕上げた節がある。
煮ても焼いても喰えぬのはIKSさん。新入りのYGNさん母娘のホッブス「世界で一つだけの花」も楽しい。「スパシーバ」とロシア語の挨拶もパンチが効いている。

 何はともあれ、フィナーレは「青い山脈」の合唱でお開き。はいお疲れさま

 これだけで収まらぬのが飲兵衛9匹。反省会と称して筋向かいの「本陣くしや」に乱入。話は前後左右。過去未来と千変万化。「ここだけの話」も百出。「人生変わっていたかも?」 「ほんまかいな」てな話もでたが、もう全部忘れてしもうた。「反省だけなら猿でもする。反省を酒で忘却するのが人間である。缶斗(カント)」てな調子で、反省しても、酒ですぐに忘れて元のボケ老人に回帰し、9勇士は家路を急いだ。

2012.07.25 (水)

 7月緑陰クラブ郊外ハイキング

「 るり渓谷」散策と温泉入浴のハイキング

 今月の郊外ハイキングは夏真っ盛りの都会を離れて、「るり渓谷」をウォーキングしてみょうということになった。

 るり渓は京都・南丹市園部の南西端で、大阪府、兵庫県に隣接するところにあります。

 標高340m〜530m
ほどで起伏の穏やかな高原上の山地にできた全長約4km浸食谷でです。

 渓谷の流れは園部川に注ぎ、やがて桂川に合流します。
 渓谷を囲む山々は、スギなどの植林や、アカマツ・コナラを主体とする雑木林からなっています。

 その清流にはオオサンショウウオも住み着いていて、「京都の自然200選」にも選ばれています。

 「るり渓谷」に行くには交通手段が限られていて不便なのだが、今年から阪急川西能勢口から「るり渓温泉」の送迎バスが運行されているのがわかり、早速このバスに便乗させてもらうことになった。

 条件としては「るり渓温泉」食事と温泉入浴パックを予約しておくだけで運賃は無料ということなので願ってもないことだった。
 しかもパックコースも1,980円からという安さだった。

 この「るり渓温泉」「るり渓谷」は至近距離に位置していて今回のハイキング条件にピッタリのコースだった。

 参加希望者が30名いたのだが、バス座席は26名しか残っていないため、4人ほどは日生中央駅から出ている同じ会社の送迎バスを利用させてもらうことになった。

 集合場所の川西能勢口駅には、男子11名、女子19名の計30名が集まったが何故か今回は女性の参加者が圧倒的に多かった。

 バスは9:50に出発したが、約1時間ほどでるり渓温泉に到着した。日生中央からの4人組はすでに到着しており、我々の到着を待っていてくれた。

 昼食には少し時間も早かったが、時間の関係上先にレストランで昼食をいただいた後にゆっくりとルリ渓谷ハイキングに出掛けることにした。

 「るり渓谷」

 「るり渓谷」には特に見どころをピックアップした「るり渓十二勝」と名付けられた見どころがあるのだが、全て見学するには下流の入り口近くまで県道を下らなければならないのと、夏の日射しが強くて危険なので途中で一旦渓流遊歩道に降りて渓谷の中間地点から上流に向かって折り返すことにした。

 先日の雨で渓流の水量も多く、かなりの早さで流れていて絶妙の渓谷美を見せてくれていた。

 今日は快晴で太陽の日射しも強かったが、渓流沿いには樹木が生い茂りちょうど木漏れ日の中を気持ちよくウォーキングする事が出来た。

 上流の終点には大きな人造湖「通天湖」と呼ばれるダムがあり、そこからは勢いよく水が流れていて一層涼風を感じられて素晴らしい光景だった。

 「るり渓温泉」入浴!

 ハイキングの後はバスの出発まで2時間ほどの余裕があったので、「るり渓温泉」でゆっくりと疲れを癒すことにした。

 ここは日帰り温泉としても有名なところで、夏休みとあってか大勢の家族連れの人たちも訪れていて賑わっていた。

 大浴場はもちろん、サウナ、寝転びの間や薄暗いライト照明の中で静かに瞑想に耽ることが出来る間もあって、のんびりと入浴を楽しみながら、疲れをとることが出来た。
暑い夏のなかでも今日は涼しさを満喫できるハイキングだった。

 帰りのバス便は交渉したところ、バス便を増便してくれることになったので。全員一緒に川西能勢口まで帰ることが出来た。
今日は日帰りハイキングであったが、るり渓近辺は見どころが多いところなので、一泊しながら訪れてみるのも良いのかも知れない。

2012.07.08(日)〜09(月)

 緑陰クラブ夏期ハイキング
 木曽御嶽山登頂と爽涼の駒ヶ岳と千畳敷カール散策!


 昨年の上高地一泊旅行に続いて、今年の夏期ハイキングは歌にもよく詠われている有名な木曽の「御嶽山」「駒ヶ岳」千畳敷カールを散策してみようと決めた。

 ただ実施時期が梅雨の真っ直中ということと、宿泊を伴うので参加者数も心配したが、予想に反して昨年以上の参加者となった。

 最終的には男性13名、女性14名27名で、緑陰関係で団体バスの約7割を占めることになった。

 今回の宿泊場所はゴルフ場としても定評のある木曽駒高原ゴルフ場に隣接されている「木曽駒高原ホテル」でほとんどの室内定員が2〜3名室になっていたので、部屋割りには少し苦労したが、何とかうまくいったようだった。

7/8(日) 
8:15梅田発のクラブツーリズムのバスに乗り込んで出発!
名神高速道を進み、小牧インターから中央高速道に入り更に恵那峡インターから国道19号線(中山道)を進んで最初の訪問地で、浦島太郎伝説が残る有名な「寝覚の床」向けて進む。

 ちょうど眼下に「寝覚の床」が展望できるレストランで昼食を取った後、食道横の急な階段を下り、河原に降りて奇岩が並ぶ岩々の散策を楽しんだ。

 この「寝覚の床」には浦島太郎竜宮城から帰ってきた後の伝説が残っている。

 浦島太郎は竜宮城から地上へ帰るが、まわりの風景は変わっていて、知人もおらず、旅に出ることにした。旅の途中木曽川の風景の美しい里にたどり着いた。

 その時竜宮城の美しさを思い出し、乙姫様にもらった
玉手箱を開けたところ、白煙が出て、一瞬にして白髪の翁になってしまった。

 浦島太郎には、今までの出来事がまるで「夢」であったかのように思われ、目が覚めたかのように思われた。このことから、この里を「寝覚め」、岩が床のようであったことから「床」、すなわち
「寝覚の床」とよぶようになったという。

 天気も良かったせいか水の色コバルトブルーをしていて眺めの良い綺麗な渓谷が印象的だった。

 ここからしばらく走ると木曽御嶽山が見えてくる。

 この山頂近くまでは御岳ロープウェイで登っていくのだが、乗り場までには車一台がやっと通れる位の幅の山道を登っていくのだが不慣れな運転手なら大変苦労するに違いないところだろう。

 ロープウェイの一台の箱には定員6名だが、非常に多くの台車が廻っているので、すでに大勢の観光客が待っていたがあまり時間的には待つこともなく乗り込むことが出来た。

 ロープウェイのスピードもかなり早く、約7分ほどで標高2,150mの雲上の高原に到着した。
 当日はちょうどクラブツーリズム主催のイベントが開催されていて賑わっていた。

 御嶽山の最高峰は標高3,067mあるのだが、そこまでは到底時間的にも装備的にも無理で、御嶽山神社がある山頂周辺の高山植物を観賞しながら散策を楽しんだ。
 ただロープウェイ山頂駅に降り立ったとたん、山一面におびただしい数のブヨらしき虫の大群が飛び回っていたのには驚かされた。

 ふたたびロープウェイで山を下りて、今日の宿泊先である木曽御岳温泉にある「木曽駒高原ホテル」に向かう。
 ここでも細く曲がりくねった山道をバスで登りきった山上にあるホテルに到着した。

 ここのホテルは隣接するゴルフ場を利用する人達の宿泊施設のようなところで、従って一室定員が2〜3名のところがほとんどで参加者の部屋割りには少し苦労させていただいた。

 ただ館内全体は改装が終わってまだ間がないのか清潔感が漂っていてなかなか感じの良いホテルだった。

 空が晴れておれば御嶽山が真正面に見える絶好の位置に立地するのだが、あいにく頂上付近には雲がかかっていて眺めることが出来なかった。

 露天風呂で汗を流した後、かなり豪華な夕食をレストランでいただいた後、女子会員の方からごご夜8時からホテルの庭にホタルを見に行くので護衛のため付いていって欲しいとの要望があった。男子数名が早速お供に名乗り出てホタル見物に出掛けた。

 真っ暗闇の広大な庭をホテルフロントで借りたライトをともしながら斜面を降りていくと、水車があってその周辺を尾に光を放ちながら飛び回っているホタルの群生に出会った。

 最近はあまり見たこともないのでみんな歓声をあげていたが、姿の形、大きさから推測して平家ホタルの様だった。

 翌朝は早めに今日のメイン訪問地である木曽駒ヶ岳、千畳敷カールを訪れるため出発!

 ホテルからロープウェイ乗り場のしらび平までは途中地元のバスに乗り換えて細い道をくねくねと登りながら進んでいくと駒ヶ岳が見えてきた。

 駒ヶ岳ロープウェイに乗って、標高2,150mまさに雲上の世界を楽しんだ。
 約10分程で目の前に千畳敷カールが見下ろせる千畳敷駅に辿り着いた。ここは日本のロープウェイ駅としては最高の高さに位置する駅らしい。

 千畳敷カールには、高山植物を見学にきたのだが、台地はまだ一面に雪に覆われていて、一応整備されている遊歩道にも足を踏み入れるだけでも困難な状況だった。

 ほとんどの参加者は途中であきらめたが、数名は雪に足を取られながらも遊歩道に沿って歩き始めていた。

 それでも反対側の遊歩道には雪があまり残っていなくて、その山肌からは高山植物も多く咲き始めていて、大勢の人のカメラのシャッターを切る音が聞こえた。

 残念ながら多くの種類の高山植物はまだ見られなかったが、思いも掛けず残雪多い雪景色を目の前にして、みんなかなり満足そうだった。

 時間が経つと混み始めるので、早めに駒ヶ岳ロープウェイに乗って下山開始!
 最後の訪問地阿寺渓谷に向けてバスは行く。

 阿寺川は木曽川に流れ込む支流でやく15qほど美しい渓谷が続くと言われている。

 かなり上流にある小さな駐車場にバスを止めて、川面に沿って歩を進めていくと、綺麗なエメラルドブルー色の川がゆっくりと流れていてなかなか見応えのある素晴らしい渓谷だった。

 しばし渓谷美を歩きながら楽しんだ後、ようやくバスは来た道を戻り始めた。
 解散地の大阪駅付近に着いたときは7:30頃になっていたが、あまり疲れもなく今年の夏期ハイキングは終了した。

 梅雨時期にもかかわらず、雨が降ったのはホテルでの就寝時間と、バスでの走行中のみという恵まれた気候の中でのハイキングだった。

2012.06.05 (火)

 6月緑陰クラブ郊外ハイキング

 「六甲高山植物園」と「六甲オルゴールミュージアム」&六甲山上周遊ハイキング

 今年の郊外ハイキングのテーマは「一度は行きたい」、「もう一度行きたい」シリーズとして計画しているが、今月は4年ほど前に六甲高山植物園を訪れた時にピンクのクリンソウが咲いていた印象が強く残っていて、会員からの強い希望もあったのでここをメインに六甲山周辺ののハイキングを楽しもうということになった。

 三宮駅まで座っていくのには始発駅が便利ということで、阪急梅田駅の集合となった。

 集合時間の8時30分には32名(男子12名、女子19名)の会員が集まった。

 先月の葛城山には30名と最近多くの会員が郊外ハイキングにも参加するようになったみたいだ。
 三宮駅までの乗車時間は40分ほどだが全員が座っていくことが出来た。
 ここから市バスに乗り換え六甲ケーブル乗り場までいった。

 「六甲ケープ」で山上へ!
 ケーブルは往復1,000円ということだが、15名以上は一割引ということで900円で利用することが出来た。
 ケーブルは六甲山上駅まで新緑の素晴らしい木々を抜けて約10分弱で到着。
 天気も良く、空気も良くウォーキングに最適の状況が期待できた。

 山上駅から最初の訪問地記念碑台まで登りのなだらかな坂道が続くが、ゆっくりと休憩を挟みながら約30分程度で到着した。

 「記念碑台」到着!
 記念碑台はこの神戸の地を最初に開拓したイギリスの貿易商アーサー・グルーム氏を記念して造られた公園ということになっている。

 彼はまた日本最古のゴルフ場を作るなど居留外国人の避暑地として六甲を開拓したことでも知られている。

 神戸市内を一望に見晴らせる眺望の素晴らしい処だが、この時間には我々以外の訪問客はいなかった。

 今回もいい空気を吸いながら西村リーダーの指導で軽く準備体操を行った後、発声練習?も兼ねて全員で2曲ほど懐かしい歌をみんなで歌って、次の訪問地オルゴールミュージアムに向けて出発した。

 六甲大通りという道を進むのだが、名前とは大違いで車も通れない山道を進む。
 木々の間からゴルフ場が眺められたり、木々の間から小鳥の鳴き声や、道端の花を楽しみながら、六甲オルゴールミュージアムに到着した。

 「六甲オルゴールミュージアム」へ!
 六甲山には皆さん何度か来たことがあるのだが、このオルゴール館は入場料が高いこともあって素通りしてきたものだ。

 でももう最後かも知れないと思って、思い切って入場することにした。高山植物園の入場とセットで入場券を買うと1600円が1200円になりかなりの割引になるので助かった。

 1900年頃に英国人グルームが神戸に暮らす多くの外国人のために六甲に山開発し多くの別荘を建てたが、その頃の欧米ではオルゴール人気が最盛期でを迎えていて、その流行が六甲別荘にも影響して、多くのオルゴールがこの別荘にも持ち込まれたのかも知れない。

 この「六甲オルゴールミュージアム」には当時欧米で親しまれていたオルゴールや自動演奏楽器、自動人形などを集めて、1994年に開設したものだ。

 一歩館内に入ってみるとその豪華さには驚いた。
 毎日その当時の素晴らしい音色を直接入場者に聞かせているとのことで、早速2階にある演奏会場に足を運んだ。

 オルゴール独特の軽やかな澄んだ音色や大きな自動演奏楽器の演奏を聴きながら100年前の当時の欧米の情景を楽しんだ。

 会場正面に鎮座しているビッグな自動演奏楽器の前でとりあえず全員で記念撮影。

 一時間ほどのんびりと楽しんだ後、中庭に出て庭園を眺めながら昼食タイム。

 このオルゴール館の前から直接高山植物園に通じる裏道が整備されていたので進むことにした。
 良く手入れも行き届いていて、歩道には木製の板も敷かれていて歩きやすい。両側には可憐な花も咲いておりクリンソウもしっかりと咲いていた。

 一応この花のシーズンは5月末ということになっているが、今年は少し遅れていて、まだしっかりと咲いていることが期待された。

 「六甲高山植物園」へ!
 20分程歩くと植物園の西出入り口に到着。
 
 入場すると案内図に従って先ずはめずらしい高山植物が多く咲いているロックガーデン地区へ進む。

 この地区は現在コマクサやエーデルワイスなどの花が咲いていたが、珍しいといわれている「ヒマラヤの青いケシ」が咲いている地区に急ぐ。

 まだ多く咲いていました。
 涼しそうな大きな青い花びらの真ん中にふんわりとした橙色の輪があってなかなか綺麗な花だ。
 もケシという名前が付いている以上はやはりを持っているのかな?

 多くの高山植物を眺めながら、女性の足はなかなか前に進まないみたいだ。

 でも次のクリンソウが咲く地区に急ぐ。
 ニッコウキスゲなどが咲いている地区を抜けると、急にピンク色した花畑が目前に現れた。クリンソウの大群が現れた。案内書によるとこの一角には1600株ほどあるらしい。

 ピンクに混ざって白色や薄いピンクのクリンソウも混ざっていて素晴らしい光景だ。

 ここでは3班に分かれて記念撮影。皆さん満足そうな幸せそうな顔をしています。

 高山植物を楽しんだ後は最後の目的地「六甲ガーデンテラス」に向かう。
植物園の東出口を出て、「石切道」と書かれた山道を20分ほど登っていくと入り口に到着。

「 六甲ガーデンテラス」へ!
 ここは入場無料ということだが、ここの展望台からは六甲市内の景色が一望に眺望することが出来て素晴らしい光景だった。

 ここからケーブル乗り場までは、車道を離れて日本最初に開設された名門の六甲ゴルフ場の真ん中に通じている遊歩道をのんびりと楽しみながら今日最後のウォーキングを楽しんだ。

 今回は普段のウォーキングのように歩くだけでなくいろんな場所を寄り道をしながらのハイクだったが、案外楽しめたようだ。

2012.05.21 (月)

 5月緑陰クラブ郊外ウォーキング

 ハイキング出発前に世紀の一大イベント「金環日食」観察会を行う。

 1)服部緑地 梅林前に集合し、「金環日食」観察会を実施!

 今月の郊外ハイキングはツツジ満開大和葛城山に行くことになっていたが、この日は宇宙の神秘「金環日食」が集合時間予定の同時間帯(7時28分から32分)に観られるということがわかったので出発前に観察会をすることにした。

 今回の世紀の天体ショウを見逃すと大阪では次の機会まで300年後ということで、もちろん私達にとっては最後のチャンスだ。

 「金環日食」とは地球から見て太陽と月がほぼ同じ方向に並んだとき、月によって太陽が覆われ全体が欠けて見える現象のことだ。その時、月の見かけが太陽より小さいときは太陽の中にすっぽりと入り込み、太陽の周囲がリング状に見えることからこのように呼ばれているらしい。

 今回は7時20分に服部緑地の梅林前に集合して異例の観察会を行った。

 観察用メガネも事前に多数用意していたこともあって、なんと32名もの会員が集まった。













 「金環日食」時間帯には少し薄い雲がかかっていたが、観測には全く支障はなく、集まった全員は本当に綺麗な「金環日食」を観察することが出来て大いに満足そうだった。

 写真もデジカメで撮影することが出来た。
 技術的には少し難しいところもあったが何とか上手く撮影に成功したみたいだ。
 観察大成功に満足感一杯で元気に本来の目的である葛城山のツツジ見物に向かうことになった。

 2)ツツジ満開の葛城山に出発!

 本当はもう少し日食の観察を続けていたかったが、葛城山も今がツツジの満開時期を迎えているということもあって、特に山頂まで行くロープウェーの大混雑が予想されていたので急ぐことにした。

 緑地公園駅から地下鉄に乗り、天王寺下車。
 隣接する近鉄の大阪阿部野橋駅から吉野山行きに乗り換えて近鉄御所駅で下車。

 ここからはバスロープウェー駅まで行くのだが、事前の情報では今からでは乗車出来るまで約2時間待ちということが伝えられ心配した。

 しかし以前緑陰クラブの会員で、現在この近くに転居されている女性が今回は私達と一緒に合流してツツジ見物をしょうということになっていて、ロープウエー前で待ち合わせることになっていた。

 この女性が大変気を利かせてくれていて、幸運なことに乗車整理券を人数分事前にもらってくれていた。
 そのため乗車場に着いてもほとんど待ち時間なしでスムーズにローブウェーに乗車することができて本当に助かった。 彼女には本当に謝!謝!だ

 大和葛城山
標高960m。この山名の由来は、古くは金剛山も合わせた一帯を葛城地方の山という意味で葛城山と呼んでいたらしい。「葛城」という名前は、神武天皇が先住部族を制圧する際に葛の網を使用したことから付いたという話が「日本書紀」にも載せられている。

 山頂まで歩いて登ると1時間半はかかるのだが、ロープウェーでは約7分ということで、みんな歳も取っているので全員とりあえず無理をしないということで今回はこの機械のお世話になることにした。

 山頂駅に着くと空気も一気に変わり、新緑の素晴らしい山々が一行を迎えてくれた。ここから実際の葛城山の山頂までは、なだらかな山道を歩くのだが、途中ウグイスの鳴き声や、素晴らしい新緑の木々が迎えてくれていて、疲れもあまり感じずに20分ほどで山頂に着くことが出来た。

 山頂は360度の展望が開け、金剛生駒山系の山並み、大和盆地、大阪平野の眺望が望めて素晴らしい光景だった。

 風が少し強かったが、あまり人がいない場所を見つけて、先ずは準備体操! 続いて発声練習?を兼ねて、全員で「四季の歌」や「遠くへ行きたい」の歌を歌って英気を養い、今日の目的の一目百万本といわれるツツジ満開のツツジ園に向かった。

 山頂を後にしばらく歩くと、急に真っ赤な斜面が現れびっくりだ !
ちょうど満開を迎えていて、すでに大勢の見物客が訪れていた。

 広大な山の斜面一面に、真っ赤なジュウタンを敷き詰めたような豪華さで言葉に出ないほどの豪華さだ。

 ただ山の上部は風が強かったので、谷間の降りてみると一面ツツジに囲まれて風もほとんどなくところが見つかった。

 ちょうど昼食時間帯になっていたので、ここでゆっくりと昼食をとった。

 ツツジ園を一周して時間もあったので、直ぐ近くに自然散策路があったのでそこを散策しながらロープウェー乗り場までウォーキングする事にした。
 新緑に囲まれ、野鳥の声を聞きながら整備された自然ほどを歩きながらロープウェー乗り場までのウォーキングを楽しんだ。

 今日は早朝の「金環日食」の観察会、ツツジ満開の葛城山と充実した一日だったのではないかと思う。

2012.04.13 (金)

 4月緑陰郊外ハイキング

 京都・醍醐寺の桜見物!

 当初の日程は4/11の予定だったが、前日発表された天気予報では降雨確率は80%と確実に雨と推定されたので、会員には前日朝から連絡網を通じて中止の決定を連絡した。

 翌日は恒例の緑地でのウォーキングがあったので、終了後の緑陰クラブ集会で、翌日金曜日に実施することを決定した。

 本来なら次週の月曜日になる予定なのだが、現在満開の桜が次週まで持たないのではないかとの危惧があったためだ。

 更に当初はJRを利用して行く予定だったが、会員の方から私鉄の3day切符も利用したいとの申し出もあったので、急遽私鉄の京阪電車を利用する事にした。

 当日の京阪・淀屋橋駅には19名(男子=10名女子9名)の会員が集まった。急な決定で連絡の不備もあったのか、普段に比べて今日は女子会員の参加者が少ないようだった。

 淀屋橋から中書島駅乗り換えで六地蔵まで。ここから地下鉄東西線に乗り換えて醍醐駅まで約一時間で到着した。

 醍醐駅前から良く整備された歩道を歩くと15分程で醍醐寺に到着した。
 正門を入ると入り口右側に立派なしだれ桜が一行を迎えてくれた。

 「醍醐寺」
 この寺の桜が素晴らしいことは有名で、境内には80もの伽藍を備えて平成6年には世界遺産にも指定されているほどだ。さらに桜の木の多さでも郡を抜くほどの立派な桜の木がある。

 更にこの寺境内で、1598年に豊臣秀吉北政所(おね)や、淀君(ちゃちゃ)などの1,300人もの側室を従えて最後の豪華な桜の花見をしたところでも有名なお寺だ。

 入り口左側の三宝院の門前に立派なしだれ桜が満開を迎えていたので、ここに入ることにした。立派な庭にも満開を迎えたしだれ桜があったが、この境内は何故か撮影禁止になっていて残念だった。

 この境内を出て、更に霊宝館がある奥の境内に入ろうとしたが、ここでも拝観料を三宝院と同じ料金(600円)をということで、あきらめて昼食場所を探すことにした。

 境内を満開の桜を眺めながら歩いていたら、境内出口付近に「雨月茶屋」の売店近くに格好の芝生の場所があったので、ここで少し早めの昼食をとることにした。

 昼食後は次の予定地の小野小町が隠棲していたと伝えられる「随心院」に向かうことにした。

 醍醐寺から随心院に向かう旧奈良街道は、かの深草少将が小野小町に会いたさに百夜通いしたと聞くと、なにかロマンチックな道ではないかと期待していたが、自動車も多く現在では普通の道で、少しガッカリしながら歩いた。

 謡曲「通小町」によると、九十九日目の雪夜の晩、恋愛成就を前にして少将は遂に力尽きて死んでしまったととか。

 「随心院」
 その小野小町852年に移り住んだ跡地だと伝えられているのがこのお寺だ。

 醍醐寺に比べて静かな境内には、彼女が化粧を整えたといわれる「化粧井戸」深草少将はじめ多くの貴族から彼女に届けられた恋文を納めた「文塚」なども境内にあって、絶世の美女と謡われた彼女の面影を偲びながら、ゆっくりと院内を巡り歩いた。

 ところで、同じ深草少将の言い伝えが彼女の生まれ故郷とされる秋田県湯沢市にも残されているからおもしろい。

 この「百夜通い」の話は室町時代に世阿弥ら能作者がが創作したもので、それぞれ都合のよいように各地に広まったのかも知れない。

 「蹴上インクライン」
 そのような昔のロマンを頭に描きながら、今回の花見のコースには予定していなかったが、時間が少しあまりそうだったので、地下鉄に乗って桜満開と伝えられていた蹴上インクラインの桜の花道に寄ることにした。

 インクライン
とは琵琶湖疎水事業に伴い、船を運ぶために作られた傾斜鉄道の跡。

 蹴上は、日本の水力発電所発祥の地としても知られているところだ。

 現在その蹴上から南禅寺近くまで敷かれた約580mのレールの廃線跡が現在も残っている。線路に沿って植えられた桜は花見の名所として賑わうところだ。

 それぞれ線路の上を歩きながら両側に植えられている素晴らしい桜並木を楽しんだ。

 ここから四条河原町まで歩いて阪急電車で帰ることにしたが、折角だからといって八坂神社の裏にある円山公園に立ち寄って有名なしだれ桜も見ることにした。

 このしだれ桜は有名で多くの花見客が押し寄せるところだ。
ちょうど満開を迎えていて素晴らしい状況だったが、かなり老化が進んでいるのか全体を細いピアノ線で囲まれていて少し痛々しかった。

 誰かがこの桜の寿命と僕の寿命のどちらが長くもつかなーと独り言を言っていた会員もいたが...

 ここから八坂神社を抜けて駅に向かったが途中には先日の無謀運転で大惨事が発生し多くの犠牲者が出た南座近くの事故現場でしばし頭を垂れて冥福を祈りながら京都を後にした。

2012.03.27 (火)

 3月緑陰郊外ハイキング

 神戸 雌岡山〜雄岡山へ登ってきました!(27名= 女子17名 男子10名)

 (注:今回の報告は緑地夫人と名乗る某会員より独り言風の特別投稿がありましたので採用しました。)

 今日は緑陰クラブの月例の郊外ウォーキングの日なの。
お天気も良いし、朝から浮き浮きしちゃって。
お化粧の乗りもとってもいいの。
 
 集合場所の梅田駅へ行ったら、あの方のお元気そうなお顔も見えたの。胸がキュンとして。乳首もツンと立っちゃって。あたしったら。

 ラッシュアワーを過ぎた電車ではあたし達のグループの貸切りみたい。 合コンって感じ。

 新開地で神戸電鉄に乗り換え。電車に乗る時、あの方が頭を下げたので「どうなすったの?」ってお尋ねしたら、「神頼みならこうべ電鉄」ですって。
 
 それなら「足から乗ってもこうべ電鉄」の方がよくないかしら。
 緑が丘駅で降りると目の前に広野カントリークラブ。今日はゴルフボールのディンプルみたいに思いっきり空へ飛んでみたいわ。
大皿池、小皿池を過ぎると雌陸山(めっこさん)登山口。
 雌岡梅林の紅梅・白梅は花盛り。好文木の故事って本当にあったのかしら。
 
 神様が沢山お出ましになった神出神社てお昼のお弁当。手造りのお総菜やデザートがどんどん廻ってきて和気あいあい。たのしいわ。
 
 標高249mの雌岡山頂から降り始めるとまず裸石神社。社殿を覗き込むとご神体とてごろんとした抱き枕みたいな石が安置してあるの。
 男はんのなんなら、もっと脈々としたものじゃなくって。あんなのいやだわ。
 
 次の姫石神社は神殿がなく、ご神体の石の「ほと」が野晒しになっているの。無機質だわ。萌え出づる若草も、豊饒な生命力も、はた又、淫靡う悦楽も微塵も感じとれないの。おかしいね。あの方も首をかしげておられたわ。
 
 にい塚にはどなたが祀ってあるのかわからなかったけど、東西南北がきっちりとしてあり、流石に子午線の町の延長らしいとおもったの。
 
 ご家庭を大切になさる伝書鳩組とはここでお別れ。未来派のユースだけが雄岡山(おっこさん)に登ったの。
 
 こころ配りのあの方は早速、登山用の竹の杖を配ってくださるの。ありがたいわ。高さは雌岡山より8m低い241mだけど、登りは急坂なの。でも頂上に着くと須磨や明石が一望の下に拡がっていて気分がいいわ。小さなほこらがあって鏡とお稲荷さんが鎮座ましましたの。
 
 来し方を感謝し、行く末の幸を念じ、下山したわ。
 めっこもおっこも各々のねぐらへ急ぎました。
                                  2012.3.27(火)    緑地夫人

2012.02.27 (月)

 2月緑陰郊外ハイキング

 伊丹緑ケ丘公園コース!

 コース: 梅田駅→伊丹駅→ブルワリーミュージアム→みやのまえ文化の郷→猪名野神社→臂岡天満宮→緑ヶ丘公園→瑞ケ池→昆陽池公園→伊丹駅

 粉雪の舞っていた空も、梅田の駅に着くころは薄日のさす曇空に変わっていた。
それにしても寒い。

 27名(男子10名、女子17名の善男男女は、寒さを物とせず元気に梅田駅を9時41分に出発し塚口で乗換え、伊丹駅に到着する。

 最初の目的地「ブルワリーミュージアム」へ歩き出す。ほんの少しの距離で酒造会社「白雪」の本社が見える。

 時間が早かったのでミュージアムはまだ開店していない。隣の売店でショッピングをし、「みやのまえ文化の郷」に向かう。
 ここも、月曜日が休館日だったので、外観だけを見学したあと、猪名野神社へ向かう。
 神社でハイキングの安全を祈願し、神社横の石段を下り伊丹緑道に出る。

 よく整備された緑道の清掃をしていたおじさんに「いつもご苦労さまです。」とやさしく声を掛けるメンバー。
 市内であるのに嘘のような静かな、景色のよい道をゆっくりと歩き、伊丹坂で遅れていたメンバーと合流する。

 西国街道を右に歩き、県道の信号を渡り、西国街道と多田街道の交点にある「辻の碑(つじのいしぶみ)」を見学する。

 多田街道を北に進み教善寺まで歩く。途中、民家の堀割にある竹製の横置き植木鉢に植えられた可憐な小花が、旅人の目を和ませている。住民の優しい心が伝わってくる。

 教善寺より左に曲がり、県道の信号を越え、国道171号高架下の信号を渡り、左の側道を少し歩き、右の急な坂道を登ったところに、臂岡天満宮がある。
何をお祈りしているのか?皆、神妙な顔で手を合わせている。

 天満宮を出て、左の下り坂を歩き、橋を渡って緑が丘公園下池にでる。
池の中ほどに中国佛山市より寄贈された「賞月亭」が見える。
 下池を回り梅園に到着する。今年は開花が大幅に遅れていて、白梅紅梅ともに3分咲きぐらいで少し寂しい。

 梅園の下の上池休憩所で、楽しい昼食をとる。寒さも少し和らぎ、まずまずの昼食日和となった。
 
 たっぷりと休憩を取り、上池外周遊歩道を歩き、せせらぎに沿って作られた

 「たんたん小道」にでる。
 小道の途中、可愛い「こけし」みたいな木の根がたくさん出ているところがある。
 「気根(呼吸根)」と言うらしい。

 瑞ケ池に上り公園内の遊歩道をゆっくりと歩き、昆陽池に向かう。
県道331号線の信号を渡りしばらく南下すると昆陽池公園昆虫館前に出る。

 内の「ふるさと小径」を歩き、西入り口付近で小休憩をとり、昆陽池センターから野鳥観察橋に到着する。

 今年は野鳥が少ないそうであるが、それでも多くの鳥(キンクロハジロ、オナガカモ、コブハクチョウ、ハシビロガモ、コクガン等)がかわいい姿で泳いでいる。

 しばらく観察した後、多目的広場横の階段を降り、伊丹市役所と博物館の間の道を歩き、西国街道との交差点を左に曲がる。
ここから、午前中に通った伊丹坂に向かい、西国街道を歩いていく。

 県道の信号を渡り、大鹿交流センターの建物の横に出る。私達は少し歩き過ぎたらしい。
 散歩中の人に道を尋ね、少しバックして右に曲がる。

 伊丹小学校を左に観ながら歩き、伊丹空港に通じる広い道路の信号を渡り、阪急伊丹駅に到着する。
 駅前広場で解散し皆それぞれの場所に行く。

 男性群は、よっぽど飲んベーの集まりなのか、朝方閉店していた「ブルワリーミュージアム」に再挑戦すべく歩き出した。
(小田記)

2012.01.11 (水)

 今年初めての郊外ウォーキング!
 阪急沿線七福神巡りへ


 コース: 阪急曽根駅集合→園満寺(蛍池)→龍安寺ー西江寺(箕面)→呉服神社(池田)→中山寺:昼食(中山)      →清荒神清澄寺(清荒神)→東光院(曽根) 約12キロ

 今年最初のウォーキングとあってか、男性12名、女性16名の計28名が参加。

 少し寒かったがみんな元気に曽根駅を出発。今回の予定コースは電車での乗り降りが多いので多くの人は1枚千円で乗り放題の「1DAY切符」を購入して参加していた。

 あまり運賃的にはその都度精算するのと変わらないが精神的に楽なのだろう!

 七福神とは、福録寿、弁財天、大黒天、恵比寿神、寿老神、布袋尊、毘沙門天の神様のことで平安時代から福をもたらす神様として個々別々に信仰されてきたものです。

 特に室町時代頃から、これらの福神は七という聖数をあてられて福徳施与の神様として広く一般に信仰されるようになったみたいです。これが正月早々に福に恵まれるように七福神巡りをする人が多くなったみたいです。

 今回は阪急宝塚沿線でこの順番に巡るコースをウォーキングをしようということになりました。

 まず蛍池で下車して東南方向に200m程の所に福禄寿を祀った園満寺へGO!

 この神様は中国・道教の信仰神で、長頭に短身で多くの髭を蓄えて、鶴を従える福寿を司る神様です。
 大晦日になると除夜の鐘をつきに来る大勢の人で境内は賑わうとのことです。

 次に箕面駅まで行き、滝道を約900m程の所にある龍安寺へ、

 ここの弁財天は、河川を神格化したインドの神様で七福神の中で唯一の女神さん福徳・財与・音楽の神様として信仰されている。
 ここは修験道の根本道場として名高いこの寺は、斉明天皇(658年)役行者によって開かれた。

 役行者は箕面の滝のもとで苦修練錬行をし秘法を会得、修験道の奥義を究めたが、そのとき弁財天が現れて伝法の助けをしたので、報恩のためお寺を建て、箕面寺と称したと伝えられている。

 箕面駅近くの西江寺が向かう。
ここで祀られている大黒天は古代インドでは厨房の神様てあったが、日本で大国主命と習合した。

 左肩 に袋を背負い、右手に打出の小槌を持って米俵の上に 立っている

生産、家内安全の神様です。

 ここから電車に乗り池田駅で下車。
 恵比寿神を祀る呉服神社に向かう。

 えべっさん
として親しまれるこの神様は、日本の神様です。狩衣姿で、右手に釣竿、左脇に鯛を持っている着業、商売繁昌のの神様です。

 「呉服」の祖神である呉服比売神を祀るこの神社は繊維の総本社でもある。

 応神天皇の時中国の呉国から渡来した呉服、綾織、兄媛、弟媛の4人が日本に初めて機織、染色の技術を伝えたが、その内の呉服は当地に留まり、仁徳天皇(385)い没したといわれている。
 古来より家業繁栄、手芸上達の神徳があると言われている。

 池田駅から電車で中山駅まで移動。

 駅から歩いて直ぐの中山寺へ移動。正面には大きなワラジが飾られている。大きな門をくぐって参道を進むと左右にはいろいろな神様が祀られていてどこが本命なのか迷うところだ。
 とりあえずこの寺では寿老神にお詣り。

 寿老神は仙人の風貌を持つ中国は宋の人。南極星を精とした化身で、南極老人とも呼ばれている。
 長頭に白い髭を垂らし、杖に巻物、鹿を連れている。長寿の神様とされている。

 中山寺西国三十三ケ所霊場の第二十四番札所として知られる当寺は、聖徳太子創建の古刹で真言宗中山の妃大仲姫ゆかりの地で、 百済の国よりもらった十一面観音を本尊に、日本最初の観音霊場を開いた。
 安産の寺としても有名で、多くの人々が腹帯を受けに来るところだ。

 参拝が終わったところで、景色の良い無料休憩所で昼食タイムを取った。
 ここから歩いて布袋尊が祀られている清荒神 清水寺に向かうがその前にここで記念写真を撮影

 途中売布神社の横を通り清澄寺に向かうがかなりのきょりがあった。
長く緩やかな参道通り抜けて、やっと境内に辿り着く。
 
 布袋尊は、中国唐時代の僧。容貌は福々しくて、大きな腹帯を受け突き出して、常に袋を背負って喜捨を求めてあるいたという幸運の福神様だ。

 別名、この寺は清荒神ともよばれているが、真言三宝宗の総本山。寛平八年(896)宇多天皇の勅願によって、大日如来を本尊に、叡山の高僧静観が開創。

 かまどの神様、水商売の神
として特にお正月には多くの参詣客で賑わっているお寺だ。

 ここから長い参道通って清荒神へ。ここから最終目的地の毘沙門天を祀る東光院にむかう。

 最寄り駅の曽根駅で降りて北へ約300mを歩く。萩の寺としても有名な東光院に到着。
 この寺に祀られている毘沙門天は、仏法を守護する四天王のひとつ。

 甲冑を身につけて片手に宝棒を持ち、勝運出世の神として信仰
されている。

 この寺は天平年間(735)行基菩薩が大阪の中津に薬師堂を建立したのが始まりで、後に東光院と改名し、大正三年に現在の地に移建された。  境内には正岡子規の花の句碑もある。

 ただ、七寺のうちここだけは拝観料200円が必要で、入寺せずに門前でお詣りするだけのメンバーも多かった。

 今日のウォーキングは沿線の七福神巡りということでかなり歩いたが、平均20,000歩は軽く突破していたみたいだ。

上高地・梓橋

今年は辰年! 登り龍もあれば、下り龍もあります。どちらの龍に興味を持とうとも勢いよく勇気を持って前に進みたいものです!

今年も元気にウォーキング!
2012年