花笑う

 

 久しぶりに見る透き通った青い空。外界と遮断された車内にも、穏やかな午後の光が遠慮無く

入りこむ。

 開発が進み建物が増えたといっても、まだまだ空き地が多いこの場所で見る空は、広くそして

どこまでも高かった。

「良い天気ですよね。こんな日に仕事だなんて、なんか勿体無いような気がしますよ」

「ああ。そうだな」

 本庁から運転手を勤めてくれている捜査員の軽口に答えながら、室井は手にした書類に目を

通した。それに気付いた捜査員も彼の邪魔にならないよう、静かに運転に集中する。

―ずいぶんと変わったものだ。

 声には出さずに呟く。ノンキャリアの彼等がキャリアの自分に気軽に話し掛け、心からの気遣いを

してくれる。以前の関係からは考えられなかったことだ。

 あの事件から彼等は変わった。そして自分も。

 たった一人の命がけの行動がすべてを変えた。

 彼の強い信念が、彼等の中にあったくだらないエリート意識やちっぽけな心の壁を取り除いてくれた

のだ。

―青島。

 今頃何をしているのだろうか。先ほど寄った湾岸署で彼の姿を見る事は出来なかったが、じっとして

いられない彼の事、またどこかで騒動を引き起こしているのかもしれない。

 そんなことを考えながら、ふと窓の外を見た時だった。

 視界の端に捕らえられた見覚えの在るカーキグリーンのコート。

 最初は丁度彼のことを考えていた為、何かを見間違えたのかと思った。しかし、振り返ってもう一度

見ると、道路の端に蹲っている人影は間違いなく青島のものだった。

「すまない、ちょっと止めてくれ!」

 いったいこんな所で何をしているというのだろう。まさか体調を崩して倒れているのだろうか。

 駆け寄る室井の足も自然と速くなる。

「青島!いったいどうし……」

 びくりとして振り向いた青島の顔に室井の息が止まる。

 彼の瞳にはいっぱいの涙が溜まっていた。

「あ、あおしま…!?」

 青島の唇が何か言葉を形どるが、言葉は声にならず代わりに瞳に溜まった涙が頬を伝う。

 よく見ると彼は、腕に収まるぐらいの大きさのダンボールを、まるで抱きしめる様に抱えていた。

 ダンボールの蓋は開いており、その中に何か茶色の布のようなものが見える。

 ダンボールの蓋には『誰かもらってください』と油性ペンで書きなぐられた文字。そして、室井が布だ

と思ったもの。

「…!!」

 それは、産まれて数週間の小さな小さな4匹の仔犬達だった。

 青島は室井から視線を仔犬達に移し、声も上げず静かに涙を流している。

 そして室井も気付いた。

 仔犬達がすでに死んでしまっている事に。

「青島…」

 声をかけその肩に手を置いても彼はなんの反応も示さない。失われた小さな命にただ涙を流し

つづける。

 いつまでも動かない青島をこのまま放っておくわけにもいかない。 

 室井はひとまず待たせておいた捜査員を先に帰らせ、改めて青島に向直った。

 まるで自分自身が捨てられた子供の様に、道端に蹲り声も立てず泣いている青島。 

 いつも強い信念に支えられ、大きな壁に立ち向かってきた彼からは想像も出来なかった姿。

 他人に弱みを見せずいつも強気で人を振り回している彼とはまるで別人のようだった。

 子供の様に繊細で傷つきやすい心を持ったもう一つの青島の素顔。

 こんな彼をみたのは初めてだった。

「青島、大丈夫か?何時までもこんなところで泣いていても仕方が…」

「…俺のせいなんです」

 消え入りそうな小さな声。

「もっと早く俺が気付いていれば…」

 昨夜の帰り道、青島はこの場所で微かに仔犬の泣き声を聞いたような気がしたのだ。たが、外灯も

少ないこの道でその声を確認する事は出来ず、終電の時間も迫っていた事もあって、その場を立ち

去ってしまったのだという。

 そして今朝の天候が災いした。

 放射冷却現象の為、零下まで下がった外気にさらされた仔犬達は満足な体温調整も出来ぬまま

幼い命を落としてしまった。

「…でもそれはお前のせいじゃないだろう?」

 人通りは都心に比べれば遥かに少ないが、この道を通勤通学に利用している者は多い。おそらく

仔犬に気がついたのは青島だけではなかった筈だ。

 だが、誰も手を差し伸べる事は無かった。

「お前だけが悪いんじゃない」

「…でも!俺があの時もっと真剣に探していれば、この仔達は…!」

「仕方がなかったんだ。これが仔犬達の寿命だったんだ」

「違う!俺が…!」

「青島!」

 ひたすら自分を責め泣き続ける青島を思わず抱きしめる。

 いや抱きしめるというより、蹲ったままダンボールを抱えている彼の上に覆い被さったといったほうが

いいのかもしれないが。

「…む、むろいさん?」

「…もう泣くな。お前が泣くと俺はどうして良いかわからなくなる…」

「……」

「…もう自分を責めるのはよせ。お前が泣いてもこの仔達はもう戻ってこないんだ…」 

 青島は何も言わず室井の胸に頭を埋める。その肩は小さく震えていた。 

 こういう場合、もっと気の聞いた台詞の一つもかけてやれば良いのだろうが適当な言葉が浮んで

こない。せめて、彼の心が少しでも癒せればと背中を優しくなでてやる。

「済まないな…。俺はいつもお前に何もしてやれない。お前が辛い時にも何も助けてやれない…」

「室井さん…」

 震える自分を支える優しい手。大きくて暖かい室井の手に包まれ、次第に青島の心も温まってゆく。

「…そんなことないよ。…俺、いつも室井さんに助けてもらってる…」

「青島?」

「ごめんね。…それにありがとう」

 そう言って涙にぬれた顔のままで微笑む。

 硬く閉ざしていた蕾がゆっくりと開いて行くようなそんな笑顔だった。

「もう、大丈夫だな」

「…うん」

「全く、お前は手の掛かる大きな子どもだな」

 そう言ってぐしゃぐしゃと頭を掻き回す。

「もう、やめてよね」

 泣き笑いの顔で青島が答えた。

 それから、青島の提案で仔犬達を土に返すことにする。幸い場所はすぐに見つかった。

 掌にすっぽりと納まってしまうほどの小さな魂の抜け殻達。その一つ一つを箱の中に入っていた

タオルで丁寧に包んでやる。

 せめて次に生まれてくる時は幸せになるようにと祈りながら。

 そうして最後の仔犬を手にした時だった。

「む、室井さん…」

「どうした?」

「こいつ、生きてる…」

「ほんとかっ!」

 慌てて青島の手の中に在る小さな茶色の仔犬に触れる。微かに伝わってくる体温。

おそらく箱の一番奥にいたのが幸いしたのだろう。他の兄弟達に守られる様にその仔犬は生き延びた

のだった。

「良かったな、青島」

「はいっ!」

 穏やかな冬の陽射しの下で、花は一気に笑った。

 

 

 それからしばらくして―。

 久しぶりに重なった休日。たまには一緒にと訪れた青島のアパートの駐車場でなにやら騒がしい声

がする。

 妙に耳になじんだ声のする方に行ってみると、並んだ車の影からころころと太った泡だらけの仔犬が

飛び出してきた。

 仔犬は室井に飛びつき、そのまま身体を振るわせ盛大に泡を飛び散らせる。

「あーっ!!こら、お前何やってんだ!!」

 全身泡だらけになって元気に走り回っているのはあの時の仔犬だった。

 あれから飼い主が見つかるまでという約束で青島の部屋で暮らし始めた仔犬は、そのままアパート

の管理人夫婦のもとに居着いてしまった。どうやら青島が仕事で留守の時面倒を見ているうち手放せ

なくなってしまったらしい。

 青島も飼ってくれるせめてものお礼として、休日になるとこうやって面倒を見ているのである。

「すみません!もう、なんでお前は室井さんにだけそうやっていたずらするんだ?!」

「構わない。…もう慣れた」

「ほんとにすみません。他の人にはこんな事無いんだけど…。せっかく名前だって…」

「…あ〜、その名前の事なんだが」

「いい名前でしょ!お前もそう思うよな」

 いつのまにか青島の足元で尻尾を振っている小犬を見て複雑な気持ちになる室井。

 確かに悪い名前ではないと思うのだが…。   

「でも、なぁ…」 

「えーっ、良い名前だよな。なぁ『慎ちゃん』!」

 そう言って仔犬を抱き上げキスをする。

「…あおしまぁ」

「お前も気に入ってるもんな『慎ちゃん』。管理人さんも良い名前だって言ったもん。なぁ『慎ちゃん』」 

 わざとらしく名前を連呼する彼に視線を向けると、にーっこりと悪戯小僧のような笑顔を浮かべる。

―全くこいつは…。

 一体いくつの顔を持っているのか。知れば知るほど解からなくなってくる。

 そしてそんな彼に惹かれている自分。 

―こうなったらとことん付き合ってやるさ。一生、な。

「室井さん?」

「なんでもない」

 あの日と同じ穏やかな午後の光の中で。

 

 春の陽射しに、花笑う。

終  

カウンター1111Getされた、さえぐさとうこさんのリク。

「泣いている青島君と優しく慰める室井さん」

微笑ましい二人が見たい!との事でしたが。

う〜ん、なんか内容ががずれてるような…。

ま、いっか♪(おいっ!!)

取り敢えずこんなもんで如何でしょう(^^;)