The spring ghost


     

     微かに塩の匂いの混じった風が、頬を撫でて通りすぎる。

     こんな季節には珍しい深い霧の中。

     湿気を含んだ冷たく白い霧が、真冬の冷たい風と交じり合い、青年の体温を少しずつ奪っていく。

     昼間あんなに晴れていた空は、霧のベールに遮られ月の光の欠片すら見えない。

     纏わりつく霧は、薄いコートをじわじわと浸食し、中のスーツにも染み込んでこようとしている。

    「……ぇっくしょい!!」

     豪快とは程遠い、間抜けたくしゃみが人気のない道にこだました。

     続いてぐすぐすと鼻を啜る音。

    「う〜〜さむ」

     くしゃみの主に相応しい緊張感のない声がぽつりと呟く。

    「やっぱタクシーで帰れば良かったかなぁ」

     ようやく受かった昇進試験。その警部講習の帰り道。

     テレポート駅でタクシー乗り場の列に並んだものの、何故かタクシーには乗り損ね、人気のない夜道を一人淋しく歩いている。

     街路灯の明かりさえぼやける霧の中、次第につのっていくのは寒さと心細さで。

    「今からでもタクシー拾って帰ろうかなぁ…」

     などと一人ごちながら辺りを見まわして見ても、人どころか車一台、いや、ネコの子一匹通る気配もない。

    「……」

     昼間、鬱陶しいほど溢れていた人間は、何処に消えてしまったのであろうか。

     立ちこめた霧は音さえ吸いこんでしまうのか、普段は煩いと思えるほどの街の音すら耳には届かず。

     奇妙な静寂。

     霞んだ世界に、唯一人。

     胸の奥に、子供のころ見知らぬ場所で迷子になったとき感じにも似た、不安と心細さが蘇る。

    「……は、早く帰ろう」

     じっとしてるのが妙に恐くて、コートの襟を立てて夜道を家路へと急ぐ。

     霧はますます濃く、冷たさを増して行く。

     早足が次第に駆け足へと変わっていく。

     駆け足が全力疾走に変わる。

     ――コワイ。

     何が?と言われてもよく判らないが、とにかくコワイ。

     このままじっとしていてはいけないという思いが、運動不足の身体を突き動かす。

     現場研修でさえ滅多にしなかったような全力疾走。

     息が上がる。

     大きく吸いこんだ冷たい空気が、喉と肺を痛めつける。

     胸が苦しい。息が出来ない。

     走りすぎたせいか、激しく痛む脇腹。

     痛すぎて、熱さえ感じる。

     動かす足も振りきる手も重くて重くてどうしようもない。

     まるで、鉛でもついているのではないだろうか。

     思うようにならない身体が、もどかしくて。それでも。

     霧が纏わり付く。

     払っても払っても、まるで生き物のように全身に絡み付いてくる。

     ――コワイ。

     ――イタイ。

     ――アツイ。

     ―――――タスケテ!!

     声にならない悲鳴が、胸の中で弾けた。

     

     

     

    「大丈夫?」

    「……え?」

     突然頭の上から聞こえてきた声。

     驚いて瞳を開けると、霧の中に一人の少女が立っていた。

    「こんな所に寝転んでどうしたの?」

    「寝転んで…って?」

     覗きこんでくる少女の言葉に応えようと体を起こした時、青年は初めて自分が冷たい地面の上に寝ていたことに気が付いた。

    「…僕、ここで寝てた?」

    「うん」

    「ずっと?」

    「さぁ?知らない」

     首を傾げる少女。17.8歳だろうか。少し長めの髪が傾けた頭に合わせさらりと揺れる。

    「なんで、こんな所に寝てたんだろう?…確か、家に帰ろうとしてたと思うんだけど…。君知らない?」

    「私に聞かれても困るんだけど」

    「…だよね」

     沈黙。

     二人揃って黙り込む。霧の中、見知らぬ少女と二人。

    「……」

    「……」

     時が静かに流れて行った。

     一体どれくらいそうしていたのだろうか。我慢比べにも似た沈黙の中で、真っ先に根を上げたのは、いまだに地面に座りこんだままの青年の尻だった。

    「う〜つめた〜〜」

     春まだ遠いこの時期。夜の道路にいつまでも座ってなどいられない。霧に湿って冷たい道路に手を付き、脱力した身体を立ち上げる。

    「…よっこいしょ…と」

    「じじくさ」

    「うるさいよ」

     言われた言葉に軽く少女を睨み付けて見ても、同僚達から『とぼけた』などと言われた自分の容姿では迫力など無いのか、少女は舌を出して肩を竦めただけだった。

     そんな少女を横目に溜息一つ。言いたいことは山のようにあるのだが、その気力がどうにも湧いてこない。

     諦め半分、すっかり濡れてしまったズボンを両手でパタパタとはたきながら少女に背を向け歩き出す。

    「…帰ろ」

    「え、帰るの?」

     ほんの数歩,歩いた所で掛けられた言葉。思わず振り向いた先には、いかにも驚いたような少女の顔があった。

    「帰るの…って、当たり前でしょ。お兄さんはこんな所でのんびりしてるほど暇じゃないの」

    「寝てたくせに」

    「…うっ」

     涼しげな顔で容赦無いつっこみ。

    「と、とにかく僕は帰るから、君も早く家に帰りなさいね!こんな時間にいつまでもこんなところにいちゃ駄目だよ!」

     完全に少女のペースに填まってしまったのが悔しいやら情けないやらで、必要以上に声を荒げて注意してみたものの、それに対する少女の反応は、青年の予想を越えたものだった。

     彼女は言う。

    「こんなとこって…どこ?」

    「…へ?」

     意味不明な質問。

    「こんなとこって、ここに決まってるでしょ」

    「だからここって…何処?」

     まるで禅問答。噛合わない会話に、呑気な青年の神経もささくれ立ってくる。

    「あのね!いい加減にしなさいね。ここはっ…!」

     自分達が今いる場所を説明しようと、大きく広げた手が止まった。

    「ここは?」

    「………ここは」

     青年の言葉を待つ少女の首が横に傾く。

     再び長い沈黙が二人の間に下りる。

    「……」

    「……」

     暫くして、再び口を開いたのは呑気な青年のほうだった。

     何処と無く引き攣った笑顔を浮かべた彼が言う。

    「……ねぇ、一つ聞いても良い?」

    「一つだけなら」

    「ここは…一体何処でしょう?」 

    「さぁ?」

     冷たい風が二人の間を通りぬけて行った。

     

     

     数メートル先の前後左右は霧の中。辛うじて見える鉄製の欄干と、足元から微かに聞える水音で、かなり大きな橋の上にいる事だけは間違いないのだが、その橋が何処に架かっている橋なのか全く検討が付かない。いつも見慣れたレインボーブリッジでないことは間違いないのだが…。

    「…じゃあ、君も気が付いたらここに居た訳?」

    「うん。確か…会社から帰る途中だったと思うんだけど、いつのまにかここに立ってたのよ」

    「ふーん。…って、会社!?君学生じゃないの?」

    「昔は学生だったけど…?」

    「君いくつ!?」

    「24」

     …詐欺だ。

     と、聞えない声でこっそり呟く。何処をどう見ても17.8にしか見えないこの女性が、自分と同じ年とは。しかも、その同い年の彼女に、何ゆえジジイ扱いされなければならないのか…。

    「どうしたの?」

    「…ちょっと世の中の不条理ってやつを噛締めてたんです」

    「ふ〜ん?」

     そのまま何となく会話が続かなくなって、二人揃って橋の欄干に凭れかかる。

     ふと上を見上げれば、厚く垂れこめたままの霧の空。

     見れば見るほど気が滅入ってくる。

    「何やってんだろーなぁ、俺…」

    「ほーんと、何やってんだろうね」

     似たようなことを呟く女性を見る。

     小柄で童顔。

     名も知らぬ、初めて会った彼女。

     自分達の置かれた奇妙な状況にも怯える事なく、淡々と事実だけを受けとめている。

     空を見上げる横顔にも、焦りとか苛立ちの色は覗えない。

    「落ちついてるね」

    「そう?でも、そう言う自分だって落ちついてるじゃない」

    「そう見えるだけで、全然落ちついてないよ。これでも内心じゃ結構焦ってるんだから」

     実はそうなのだ。何処か惚けたような外見と呑気に見える性格で、全くそうは見えないのだが、内心ではかなり焦っていたりするのだ。

    「私も焦っているんだけど…でも、それよりもほっとしてるほうが強いから」

    「ほっとしてる?」

    「うん」

     相変わらず、白い夜空を見上げたままで変化のない横顔。

    「…帰りたくなかったのよ」

    「帰りたくないって?」

     小さく呟かれた言葉に思わず聞き間違いかと聞き返す。

     そのとき空を見詰めつづけていた彼女の瞳が、初めて青年を捕らえた。

    「聞きたい?」

    「えっ!え…っとぉ…」

     大きな、まるで猫のような瞳。

    「ねぇ、聞きたい?」

     悪戯な光を湛えた瞳に見続けられ、思わず降参してしまった。

    「聞きます!是非聞かせてくださいっ」

     ぺこりと頭を下げた青年の向こう側で、どこかほっとしたように笑う彼女がいた。

     

     

     橋の欄干の上に手をついて、霧で見えない川を二人で見詰める。

     ひどくゆっくりと流れる時間の中で、彼女が語る。

    「振られたのよ」

    「えっ!」

     いきなりの告白。

    「…って言うのは、正確じゃないかな。別に好きだって言ったわけじゃないから」

    「何だよ、それ」

     湿気を含んだ風が、霧に湿った彼女の髪を乱す。鬱陶しそうに顔を顰めたのは果たして風のせいだけだったのだろうか。

    「好きだった奴ね、大学時代の同級生で、同じ会社に勤めてるのよ。」

     友人として同期入社のライバルとして、ずっと付き合ってきたという。

    「いつの頃からかな?気が付いたら彼のこと好きになってた」

     だが、長い付き合いの中で、いまさら『好きだ』と告白するのも気が引けて。

     告白することで、今までの関係が壊れるのも嫌で。

    「別に結婚とかそんなことまで考えてたわけじゃないし、今まで通り楽しくやっていければそれでよかったのよ」

     大きな変化など望んでいなかった。

     いつもどおり、普段どおり。変わらぬ日常。

     与えられた平穏な日々。ただそれだけで良かったのだ。

    「…なのにね」

     今日の昼下がり。突然紹介された一人の女性。

     彼は照れながら、彼女と結婚することを伝えたのだった。

    「で、私の事は友人って紹介したのよ。あいつは」

    「…そ、それは…キツイかも」

    「まぁ、自分でまいた種なんだから仕方が無いけどね…」

     今までどおりで良いと、何もせず逃げていたばかりの自分。そのツケがこんな形でやってくるなんて思ってもいなかった。

     あの時、ほんの少しだけ勇気を出していれば。そう思っても、もう遅い。

    「結婚式にも招待されちゃった。きっと友人代表のスピーチもさせられるわ」

    「うっわ―――。きっつ――」

     好きだった相手の結婚式で友人代表挨拶。これを修羅場といわずしてなんと言う。

     結婚式になんて出たくない。幸せそうな二人なんか見たくない。

     このまま何処かに行ってしまいたい…。

    「いまさら後悔したって遅いけどね。…あーあ、明日なんてこなきゃ良いのにな――っ!」

    「そうだね…」

     二人揃って組んだ両手に顎を乗せ、盛大に溜息一つ。

    「なぁに?おじさんも、何かお悩みありな訳?」

    「そうなの…って、おじさんは止めてくれる?これでも同い年なんだから」

    「え、ホント?何だ、ずっと年下かと思ってた」

    「おいおい…」

     相変わらずとぼけた調子の彼女を横目で睨んでみても、そ知らぬ顔でそっぽを向くだけ。

     どう見ても青年に勝ち目はありそうに無かった。

    「ま、別に良いけどね」

     長いものには巻かれてろ。…ではなくて、巻かれろ。それが青年の処世術だったりする。

     よく言えば臨機応変。身も蓋も無い言い方をすれば、ただの根性なし。

     青年はそれ以上反論することもなく、あっさりと引き下がった。

    「で、あなたの悩み事って何?」

    「…聞いてくれる?」

    「聞いてあげる。是非聞かせてくださいな」

     先程の自分と同じように、ぺこりと頭を下げた彼女に、青年の顔に苦笑が浮かんだ。

     

    「僕もね、本当は帰りたくないって思ってた」

    「なに?あなたも誰かに振られたの?」

    「違うよ。そうじゃなくて…。何ていったら良いのかな?今のままの自分で良いのかなぁって、ちょっと自信が無くなっちゃってね」

    「ふ〜ん?」

     生まれた時から自分の歩く道は決まっていた。

     警察官僚の父と有名政治家を親戚に持つ母。二人いる年の離れた兄も、それぞれ国家公務員試験を受けて官僚への道を進んでいった。

     だから、それが当たり前だと思っていた。

     幸いにも、生まれ持った要領の良さと記憶力とで、東大にもストレートで入学し、その後の数々試験も無難にこなしていった。

     卒業と同時に進んだ道も、父と同じ警察官。周りもそれが当たり前だと思っていた。

     自分も警察で働く父親が好きだったので、異論は無かった。

     入庁後入った警察大学。その後の現場研修。

     そこで無難に研修期間をこなし、何事も無ければ本庁に戻って警部に昇進。後は官僚候補の道をまっしぐら…のはずだった。

     何事も…無ければ。

    「一応、父親の七光りだけの人間って言われるのは嫌だったから、本庁に帰る前に警部の昇任試験だけは絶対受かってやろうと思って頑張ったんだよ」

     周りの暖かい(と言えるかどうかは謎だが)協力もあり、試験は無事合格。本日の警部講習を受けて4月からは、胸を張って本庁に帰るつもりだったのだが。

    「最近、このまま本店に帰っちゃってもいいのかなぁって、考えちゃってね…って、何変な顔してるわけ?」

    「…えっ!だって絶対刑事になんて見えないもん!おまけに警部で官僚候補!?…あぁ、日本警察の未来は決まったわ…」

    「って、どういう意味だよっ!もう、真面目に人の話聞くつもりあるの!?」

    「あ、ごめんごめん。さっ、続けて」

    「もう…真面目に聞いてよね」

     思いっきり逸れてしまった会話に脱力しつつ、何とか軌道修正を図る。

    「…で、何処まで話したっけ?」

    「念願の警部にもなって堂々と胸張って本店に帰れるのに、ちっとも嬉しくないって所まで。でもなんでそんなに悩んでるの?ここまでの話を聞いただけじゃ、人も羨むエリートコースまっしぐらの人生じゃない」

     どうやら話しそのものは真面目に聞いていてくれたらしい。

    「…そのエリートコースなんだけどね、それが本当に自分の望んだ道なのかなぁって、最近思い始めちゃってね」

    「そんな…それこそ『いまさら』じゃない」

    「そーなんだよね。…でもね」

     何の疑問も湧かず生きて来た四半世紀。誰に反抗するでもなく、何かに疑問をもつことも無く平穏に、ただ与えられた道を生きて来た。それが当たり前だと思ってた。

     今までは。

     適当に決めた研修先の所轄署。そこで待っていたものは、一癖も二癖もある煮ても焼いても食中りおこしそうな人物ばかりだった。

     並みの男性警官より逞しい女性警察官。

     現場一筋、定年間際のたたき上げの頑固者。

     筋金入りの愛妻家で、事件よりも家庭を優先するマイホームパパ。

     いつもは上に媚びへつらってばかりで、ろくな仕事もしてないのに、なぜか飛ばされもせず毎日署でトリオ漫才を繰り広げている上司たち。

     それを当たり前のように受けとめている署員たち。

     そして極めつけは、彼だった。

    「台風の目みたいなっていうより、台風そのものみたいな人なんだよ」

    「台風そのもの?」

     着任早々、署に事件の嵐を巻き起こし、その度に皆を巻き込んで大騒ぎを起こす彼。

     周りの迷惑顧みず、自分の思うままに突き進む。

     その彼に巻き込まれた警察官は、本店支店に数知れない。

    「でも台風ってさ、確かに被害も大きいけど、上陸したときって何だかわくわくしなかった?」

    「あー、したした!!子供のときなんか、外に出ちゃ駄目だっていわれてるのに、わざわざ外に遊びに行ったりしたよね」

    「うん、逆に掠りもしないで通り過ぎたときなんか、つまんなくてがっがりした」

    「そうそう!」

     そして、台風が通り過ぎた後は、必ず抜けるような青空が広がるのだ。

     彼もそんなところがある。

     普段、迷惑だ、邪魔だとか言われている割に、いざ彼が行動をおこしたとき、いつのまにか誰もが彼の起こす行動に協力している。そして協力したことを誰も後悔していない。

     それは彼の行動が、信念に基づいた正しいことだから。

     真っ直ぐに、信じたことを貫いていく彼。

     どんなに厚い壁も、高い垣根も彼はその信念を持って乗り越えていくだろう。

     そしてそれは自分には決して出来ないことだった。

    「僕には、そんな信念も目標も無いからね…」

     彼だけではない。

     以前ある事件で大きな傷を負った彼女も、自分と同じような被害に会った人たちの為に頑張っている。

     現場一筋で頑張ってきたあの人も、残り少ない刑事人生を精一杯、活きている。

     仕事より家庭優先の彼も、裏返せばそれだけ家庭を愛し守っていると言うことだし、普段は接待ばかりしている上司も、いざというときは上役より部下を優先した。

     皆が何かを持っている。

     自分だけが何も持っていない。

     このまま上に上がったとしても、何を目標にして生きていけば良いのだろうか。

    「今まで何も考えずに生きて来たツケが、今になって回ってきたって感じだよ。いまさら後悔しても始まんない

    けど、なんでもっとよく考えなかったのかなぁって」

     自分の人生なのに、人任せに生きて来た。

     薄っぺらな自分の人生。

    「君も私と一緒なんだ」

    「そうだね。似てるんだ、僕たちって」

     そう言って二人で笑いあう。

    「でも、君はまだ大丈夫よ。自分の人生に気がついたのなら、これからまだまだやり直せるわ」

    「そ、そうかなぁ」

    「そうよ!」

    「でも、それは君もだろう?今回は駄目だったかもしれないけど、これからまた別の出会いがあった時、今度は勇気をもって行動できるんじゃない?」

    「そ、そうかしら?」

    「そうだよ」

     二人で見詰めあい、もう一度笑いあう。

     冷たい風は、いつのまにか止んでいた。

     

     

     風は止んだものの、霧は相変わらず視界を遮ったまま。

     足元に流れる水音を聞きながら、二人でぼんやりと橋の上に立つ。

    「これから如何する?」

    「そうね…」

     二人の目の前を、前半分と右半分が大破した乗用車が2台、それぞれに血まみれの運転手を乗せて、音も無く通り過ぎていく。

     その車の後ろからは、数人の老人達がゆっくりと、同じように二人の前を通り過ぎていった。

     さらにその後ろからは、ボロボロに壊れたバイクに乗った、首から下の無い青年が通り過ぎていく。

     皆、同じ方向にむかっている。

    「僕達も、そろそろ行こうか?」

    「そうね、そろそろ行きましょうか?」

     この橋の先にあるもの。それは天国かあるいは…。

    「で、どっち行く?」

    「そんなの決まってるじゃない」

     はっきりといって、真っ直ぐに歩き出す彼女。

     その後を追って青年も歩き出す。

     二人が向かう方向は同じ。

     橋の向こうに輝く、包みこむような暖かな光。 

     そこに、背を向けて歩く。

     冷たい風の吹くほうへ。

     自分たちが生きるべき世界へ。

     きっともう、迷わない。

     だから…。

     

     

     

     まだ麻酔の効いている頭で、目だけを動かして辺りを見る。

     相変わらず白一色の世界。

     でもここには、橋の上には無かった色々なものを感じる。

    ――生きてるんだ。

     目覚めた事に気が付いたのか、看護婦が何かを話し掛けている。

     ぼんやりとした頭で半分聞き逃しながら、適当に返事をする。

     麻酔のせいだろうか。眠くて眠くて堪らない。

    ――もう一度眠っても良いよね?

     開いた瞼をもう一度閉じる。

     不思議と拳銃で撃たれた痛みは感じなかった。

     ゆっくりと再び深い眠りに落ちる前、看護婦たちの話が耳に入ってきた。

     自分と同じ時に、交通事故で意識不明で担ぎ込まれてきた患者が目覚めたらしい。

    ――良かったね。

     何が良かったのかよく判らないけど、そう思う。

    ――また会おうね。

     誰に?それもわからない。

     わからないけど…。きっと…。

     

     

     それから数ヵ月後。

     青年が退院した後、台風は既に去った後だった。

     嵐を巻き起こすだけ巻き起こし、人々の心に青空を残して去っていった。

     そして青年は現場に留まった。リハビリという名目での事だったが、それでも良かった。

     なぜなら青年には、まだまだここで学ぶべきことがあったから。

     いつかは本店に帰る時が来る。その時、少しでも上で頑張る彼の役に立つように、彼らの夢に少しでも力になれるように。

     

     通報が入り署を飛び出していく。

     いつもと変わらない雑多な街。

     昨日と何も変わらないけど、何処かで何かが少しずつ変わっていく。

    「あっ!済みません!!」

    「あ、こちらこそ」

     犯人を追う途中で、一人の女性とぶつかった。

     小柄で猫の目のような瞳の彼女。

    「あれ、どこか出会ったっけ?」

    「初めてだと思うけど…。あれ?」

     見詰め合って、何となく可笑しくなって笑いあう。

     それぞれを呼ぶ声が聞こえる。

     二人背を向けて歩き出そうとして、ふと聞いてみた。

    「今、幸せ?」

    「うん。とっても!あなたは?」

    「充実してるよ。毎日ね!!」

     

     透き通った青空の下を、それぞれの方向に向かって歩き出す。

     あの時見た夢は忘れてしまったけど、感じた心は忘れていない。

     

     道は続いている。

     何処までも。

     いつまでも。 

     きっと…。

    終り


    うっわ〜〜〜!お久しぶりの「一期一会」です。

    実は以前、この真下編を途中まで書いていた事が有ったのですが、今回思いきって、最初から書きなおしました。

    で、出来たのがこれ…と。何か書き直ししてもしなくてもかわらんような…。

    ちなみに、蛇足ながら今回の話の時間は10話にて安西に撃たれた直後。

    真下君が『彼女』とであった場所は三途の川の橋の上です(^_^;)

    …ホント生き返って良かったね、、真下君♪