The Dear Memorys


 

Memory 5 ― MUROI

 

 それから暫くして。

 赤く染まった太陽が、ビルの谷間に消える頃。

 通報を受けて出かけていた青島と魚住と、質屋に行っていたすみれが同時に帰ってきた。

「強盗殺人だって?」

「うん。湾岸署に特別捜査本部設置」

 湾岸署の長い廊下を歩きながら、会話を交わす。既に三人の周りでは、慌しく設置の準備が始

まっていた。

「新城さんくるよね」

「そりゃ管理官だもん」

「また苛められるかもねー」

「げっ」

 心底嫌そうな顔を浮かべた青島を見て、すみれと魚住が笑う。

「人事だと思って」

「人事だもん」

 にっこりと笑うすみれに何かを言いかけた青島だったが、その声は、背後から走ってきた真下に

よって遮られた。

「あー、先輩。こんな所にいたんですか!?」

「如何したんだよ、そんなに慌てて」

「如何したんだじゃないでしょ?本店の人たちがもう来ちゃいますよ。早く受付けの準備をしてくだ

さいよ!ぐずぐずしてる暇は無いんですから、ほらっ、早く早く!!」

 青島に言葉を挟む隙間すら与えず一気に捲し立てると、そのまま普段何処に隠しているのかと

いう馬鹿力で青島をぐいぐいと引っ張っていく。

「お、おい!真下そんなに引っ張ったら…わあっ!」

「頑張ってね〜!」

 真下に引っ張って…というより、引き摺られてといった感じで連れて行かれる青島を、すみれの

呑気な声援が送り出す。

 完全に人事のように手を振り、廊下の角に姿を消した青島を見送ったすみれの前に、山のよう

な捜査資料を抱えた雪乃が歩いてきた。

 何となく嫌な予感を覚え、くるりと背を向けたすみれだったが時既に遅し。

「あ、すみれさん!丁度よかった」

 背後から掛けられた無邪気な声。

 恐る恐る振り向いたその先には、声と同じく無邪気な笑顔を浮かべた雪乃の姿。

「あー、ゆ、雪乃さん…」

「丁度よかったです!会場設営の人手が足りなくて困ってたんですよ」

「あ、あのね、私はこれから報告書を…」

「そんなのいつでも書けますって。ほら早く行きましょ」

「あ、ちょっ、ちょっとゆきのさーん!?…きゃ――っ!」

 真下同様、細身の身体の一体何処にそんな力があるのか。右手に山のような捜査資料を持

ち、左手一本で、すみれをぐいぐいと引っ張っていく。

 すたすたと歩くその足がぴたりと止まった。

 くるりと振り向いた視線が捕らえたのは、呆然と立ち尽くしたままの魚住の姿。

「え、え〜〜と…」

「勿論、魚住さんも手伝ってくれますよね?」

 にっこりと微笑む雪乃に魚住が逆らえるはずもなく。

「……喜んで手伝わせていただきます」

 がっくりと項垂れ歩く背中には、微かに哀愁が漂っていたという…。

 最近ますます強さと逞しさに磨きがかかり、署内最強と謳われる柏木雪乃。 もう誰も彼女を止

める事は誰にも出来ないであろう…。

 

 

 

 

「先輩、そっちの机ちゃんと並べてください」

「はいはい」

「そんな不機嫌な顔してちゃ駄目ですよ」

「はいはいはい」

「もう、返事は一回!」

「はーいっ!」

 掛け合い漫才のような会話を交わしながら、受付準備を進める青島と真下の二人。やがて陽が

沈み、すっかり暗くなった外から、本庁の捜査員達が次々とやってきた。

 穏やかだった署内に緊張が走る。

 一気に慌しくなる署内。

 受付けの二人も次々とやって来る捜査員達の対応に追われていた。

 引切り無しにやってくる捜査員たちの名刺を延々と受け取り、挨拶を交わす。

 そんな単調な作業が終わりを迎える頃。捜査員の名刺を受け取り損ねた真下の手から、名刺

が一枚こぼれ落ちた。慌てて落ちた名刺を拾おうと屈み込んだ真下の胸ポケットから、飛び出す

ビー玉。

 床に落ちた拍子に硬質の音を響かせ、そのまま止まる事無くころころと捜査員達の足元をすり

抜け転がっていく。

 受付けの任を忘れ、ビー玉の動きを追っていた真下の視線が、ぴたりと止まった。

 目の前の捜査員を無視し、在らぬ方に気を取られている真下の視線を追った青島の顔が、驚

きの色に染まる。

 二人の視線の先にいたのは一人の男。

 彼は、足元に転がってきた硝子玉を拾い上げると、不思議そうな顔でそれを見詰めていた。

 ふと、自分を見詰める二人分の視線を感じたのか、男の顔が上がった。

「室井さん!」

「あ、先輩!受付けっ!!」

 真下の声を無視して室井に駆け寄る。

 満面の笑顔で、一直線に走ってきた青島を見た室井の顔に苦笑が浮かぶ。

「受付けの仕事はいいのか?」

「真下がいますから。それよりも室井さんの方こそ如何したんですか?」

 室井は今捜査一課の理事官の職にある。例え事件とはいえ、一所轄署に足を運ぶ暇はないは

ずだった。

「これから水上署に行くところで、その途中に寄っただけだ。今回の事件なんだが、昔扱った未解

決事件に手口がよく似ているようだったからな。何か役に立つ事があればと思って捜査資料を持

ってきたのだが…」

 そう言って青島に封筒に入った分厚い資料の束を渡す。

 重量のあるその封筒を手にしながら、ふと思う。

 これだけの資料を、しかも短時間で纏めるのは、そうとうな労力のはずだ。何かのついでにと、

片手間に出切る仕事ではない。

 忙しい仕事の合間をぬっての作業に青島の心に、素直な感謝の心が湧き上がる。

「有難うございます。この資料、大切に使わせていただきます」

 そういって受け取った資料を両手にしっかりと抱え込んだ。

 その時、青島の目が、握られたままの室井の手に留まる。

 先ほど床に屈みこみ、何かを拾っていた室井。あれは…?

「そういえば室井さん、さっき何を拾ったんですか?」

「ああ、これだ」

 開かれた掌にあったのは、深い青緑色の小さな硝子玉。

「あ、それ…」

 見覚えのあるビー玉に青島の目が大きく見開かれた。

「君のものなのか?」

「俺の…って言うか何て言うか…話せば長くなるんですけど…」

 頭を掻きながら、要領を得ない答えを返す。

 室井はそんな青島を問い詰める事無く、掌の上の硝子玉を懐かしそうに見詰めていた。

「ビー玉か…。久しぶりに見たな」

「え?」

「…子供の頃、ラムネの瓶の中に入っていたこのビー玉がどうしても欲しかった」

 懐かしそうに呟く室井。

「室井さんも、ですか?」

「という事は、君もか?」

「はい。どうしても欲しくて、いろいろやりましたね。今思い出すと、馬鹿みたいな話なんですけど」

「いや、俺も同じだ」

 たった一つのビー玉を手にするために行った様々な努力。

 人から見れば無駄な事かもしれないが、自分にとってはとても重要な事だった。

 重ねた努力。

 手にした喜び。

「俺たちって、今も昔も変わってないんですね」

「そうだな」

 穏やかに笑いながら応える。

 美しい模様が刻まれているわけでも、宝石のように輝いているわけでもない。大きさだけは一人

前の、無骨な硝子の真球。だが、それはどんな高価な宝石よりも二人にとって尊く大切なもの。

 室井の手の中のビー玉を見詰めていた青島が、静かな、だがはっきりとした声で呟いた。

「…室井さん。俺、頑張ります」

「ああ、俺たちは俺たちの信じた事をやっていこう」

 室井は青島の呟きにはっきりと応えると、掌の中で人工灯の光を受けて輝くビー玉を手渡した。

 受け取った青島の掌で転がりながら煌くビー玉。

 冷たいはずの硝子玉は、とても暖かかった。

「せんぱーい!仕事してくださいよー!」

 背後でたった一人で受付業務に忙殺されている真下の悲鳴が響く。

 その声に、顔を見合わせて笑い合う。

「俺、仕事に戻ります」

「ああ、頑張れよ」

「室井さんも」

 そういってもう一度室井に笑顔を向けた後、青島は自分の仕事場へと戻っていった。

 そして室井も、湾岸署に背を向け自らの戦場に戻っていく。

 それぞれの場所で、二人の夢を叶える為に。

 

 

 

 

 変わらないもの。

 変わり行くもの。

 過去から現在へと伝え行くもの。 

 ゴールの見えない長い道。

 先はまだまだ遠い。

 だが、その距離は無限ではない。

 そう信じて歩き続ける。

 それぞれが、それぞれの歩幅で一歩ずつ。

 いつかきっと叶う夢の為に。

 

 

 

 

 

「これより第一回捜査会議を始めます!」

 

 


以前、某ネットイベントに掲載させて頂いた作品に

ちょっと修正&「真下&雪乃編」を加筆しました。

ちょっと説教臭いけど、ある意味一番自分らしい話かもしれませんね。

一つのビー玉を巡る様々な人々の日常風景。

ささやかだけど、いや、ささやかだからこそ大切なものがある。

なんちゃって。

あ、『新城編』忘れてた。