待ち合わせ

 

ほんのちょっとだけ早く来た。

昨夜久しぶりに聞いた室井さんの声。

『明日会おう』

何時に何処でなんて言わない。

いつもの時間にいつもの場所で。

約束してからずっとドキドキして昨夜はよく眠れなかった。

朝はいつもよりもずっと早く起きた。

まるで遠足前夜の小学生。

楽しい事、うれしい事に対する気持ちは子供のころから変らない。

いや、もっと強くなったかな?

室井さんに会って、顔を見て、声を聞いて、話して。

それだけで幸せ。

いいじゃない。どうせ俺は単純だよ!

待ち合わせ場所に立って室井さんを待つ。

あの人の事だから、時間通りに来るんだろうな。

で、待ってる俺を見て済まなそうな顔をする。

『遅くなった』

ちっとも遅くないのにね。俺がちょっと早く来すぎるだけなのにね。

今日も多分同じ。

いつもの時間にいつもの場所で、いつもの室井さんに会う。

あともう少し。

…あれ?なんだろう。人の争う声がする。

ケンカか?学生服を着た高校生ぐらいの男子が二人、

道の真中で揉めている。

悲鳴?!

男の手に光るもの。ナイフか!!

考えるより先に体が動く。逆手にナイフを持った手首をつかみ関節をきめる。

痛みで落としたナイフを手の届かない所に蹴ると同時に、

手首を捻り上げ体重をつかって地面に倒す。

これでもう逃げられない。相手の男も何が起こったのかわからず

呆然と立ったまま。

そうこうしている内に、誰かが通報したのか近くの交番から

制服警官が二人やってきた。

ええ。この二人が…。え、そこの派出所まで?

事情徴収か。当然だよな。

う〜ん。でも室井さんが来たらどうしよう。

でも仕方がないよね。

室井さんごめん!ほんのちょっとだけ待っててください。

すぐに戻ってくるからね!

ほんのちょっとだけ遅く来た。

今日は朝から大失態だ。

目覚し時計の電池が切れてたことに気が付かなかったなんて。

よりによってこんな日に。

昨夜会いたいといったのは自分の方だったと言うのに。

また、青島を待たせてしまったな。

何時も俺より先に来て待ってる青島。

『ちょっと早く来ちゃいました』

嬉しそうな顔でいつもそう言う。

普段はぎりぎりまで寝ていて、遅刻寸前に出勤するくせに。

全く子供みたいな奴だ。

いつもの時間にいつもの場所で、青島が待っている。

…筈なのだが。

いない。

珍しい事もあるものだ。青島が遅刻するとは。

まあ良い。たまにはこんなのも良いだろう。

惚れた相手を待つのも良いもんだ。

…ん?あの人は何をしているんだ?

自分と同じ年ぐらいの男性。真っ青な顔してふらふらしている。

様子が変だ。もしかして、体の具合でも悪いのか?

ああっ、いかん!!

やはり何処か具合が悪かったのか。

胸を押さえて倒れこんだという事は、もしかして心臓が…とにかく何とかしなくては!

そこの人!済まないが早く救急車呼んでくれ!!

手首の脈がとれない。チアノーゼを起こしているのか唇が青い。

心臓発作か。とにかく応急措置を試みる。

大丈夫ですか!私の声が聞こえますか!

聞こえてきた救急車のサイレン。私も付き添いで乗りこんだ。

このまま放っておく訳にはいかない。行くしかないだろう。

すまん、青島。ちょっとだけ行ってくる。

すぐに戻ってくるからな。

 

 

待ち合わせの時間を一時間以上も過ぎちゃった。            

大遅刻だ。…室井さん怒ってるだろうなぁ。

あいつら、派出所でも乱闘はじめやがって。

あ〜ぁ。携帯壊れちゃったよ。この前買い換えたばかりだったのになぁ。

でも、さっき派出所の電話借りて連絡とろうとした時、室井さんの携帯は通じなかった。

どうしたんだろう?今までこんな事なかったのに。

あ、あれ?

室井さんがいない。

…もしかして怒って帰っちゃったんだろうか。それとも急な仕事が入った?

でも、そしたらなんか連絡くれるよなぁ。

きっちりした人だもん。

…なにかあったんだろうか。心配になってきた。

あ。そっか俺の携帯壊れちゃってたんだ!

もしかしたら、それで連絡が取れなかったとか?

とにかく室井さんに電話!たしかそこの先に公衆電話があったはず。

歩道橋を渉って通りの向こう100メートル。

あった!…でもこれじゃあ使えない。扉の前でオバちゃん二人が立ち話。

ああもう!こっちは急いでるってのに!

…え?さっきそこの待ち合わせ場所で、男の人が倒れて救急車で運ばれた?

済みません!それどんな男性でした?!

年は30〜40歳?

ちょっと小柄で?

真面目そうな?

カッコイイ男の人?

噂好きなオバちゃん二人のステレオ攻撃。

でもそんなこと気にしてる場合じゃないっ!

これってまるっきり室井さんの事じゃないか!!

まさかまさかまさか!

不安ばかりが募ってく。

いつも気を張り詰めて仕事している室井さん。

残業休日出勤なんて当たり前。

働き過ぎの室井さん。

俺達所轄の為に頑張ってくれるのは嬉しいけど、

たまには息抜も必要だよってこの前話したばかりだった。

このままじゃ過労死するよって

あの時は冗談でそう言ったけど…。

ある日突然室井さんがいなくなる。

声を聞く事もできなくなる。

二度と触れられなくなる。

怖い…!

室井さんがいなくなる。そう考えただけで怖くて怖くて堪らなくなる。

とにかく病院!!救急車どっちに行きました?!

…あっち?!

今来た道を走って戻る。

室井さんっ!今行きます!!

待ち合わせの時間を1時間以上も過てしまった。

大遅刻だ。…青島は呆れてしまっているだろうな。

 しかし、軽い発作ですんで良かった。ひとまず安心というところか。

おっと、携帯の電源切ったままだった。病院では使用禁止だったからな。

そう言えばさっき、病院の公衆電話から掛けた時、青島の携帯は通じなかった。

どうしたんだろう?今までこんな事なかったのだが。

ん?

青島がいない。

…もしかして怒って帰ってしまったのだろうか。それとも急な仕事が入っのか?

だが、仮にそうだとしてもなんか連絡くれるはずだ。

いい加減に見えるがこういう事に関してはきっちりした奴だ。

…なにかあったのだろうか。心配になってきた。

そうか。病院で携帯の電源を切っていたんだった!

もしかしたら、それで連絡が取れなかったとか?

とにかく青島に連絡を!……おかしい。何故通じない?

短縮1に入れた青島の番号。押し間違えるなんてありえない。

…え?さっき男喧嘩騒ぎに巻き込まれた?

声が聞こえた方を見ると、高校生ぐらいの女の子が二人。

よく判らないファッションに身を包み、大きな声で話しこんでいる。

済まない!それどんな男性だったか知らないか?!

年は25歳くらい?

背の高い?

グリーンのコート着た?

カッコイイ男の人?

賑やかな女の子二人の意味不明な言葉使い。

なんとか聞きとって情報を整理してみると。

これはまるっきり青島の事ではないか!!

青島が喧嘩騒ぎに巻き込まれた。相手はナイフを持っていたという。

はっきりとは判らないが、怪我人もいたらしい。

不安ばかりが募ってく。

いつも無茶ばかりしている青島。

擦り傷切り傷なんて当たり前。

この前の事件では危なく死にかけた。

一生懸命なのは良いけれど、少しは自重しろとこの前話したばかりだった。

このままでは殉職間違いなしだと

あの時は冗談でそう言ったけど…。

ある日突然青島がいなくなる。

声を聞く事もできなくなる。

二度と触れられなくなる。

あの時青島が刺された時に感じた喪失感が蘇る。

青島がいなくなる。そう思った時の恐怖が蘇る。

とにかく派出所へ!!たしか歩道橋を渉った向こうにあったはず。

急ごう!

ここ何年も走った事がない全力疾走。

青島っ!無事でいてくれ!!

 

 

 

いつもの場所でいつもの時間。確認の必要のないほどあたり前のこと。

いつものあいつと俺の待ち合わせ。

だけど、室井さんがいなくなったら?

もし、青島がいなくなったら?

もしもこのまま…。

…永遠に会えなくなってしまったら?

一緒にいることが当たり前だと思っていたのに。

傍にいることが当然だと思っていたのに。

今更ながらに気付く。

今更ながらに確認する。

この世のどんなものより

自分の命より

大切で…。

尊い…。

たった一人の。

存在。

…室井さん。

…青島。

 

歩道橋を駆け上がる。

歩道橋を駆け上がる。

今日何度目かの全力疾走に心臓や肺が音を上げる。

久しぶりの全力疾走に心臓や肺が音を上げる。

   でも止まらない。

                                                        だが止まれない。

        歩道橋の向こうに

                                                  この向こう側に 

                  あの人が…。

                                         あいつが…。

 

「あっ!」

「あ?!」

 

 

 

「あれ?青島さんと室井さんじゃないですか?」

タレコミのあった故買屋に向かうタクシーの中で、

隣に座っていた武君が指差した所には。

横断歩道の真中で見詰め合う二人の姿。

「何やってんの?」

「さぁ。でもなんだか幸せそうじゃないですか?」

「…まぁね」

笑顔全開の青島君と見たことのないような穏やかな表情の室井さん。

見ているこっちまで幸せなるような二人。

ちょ―っと、羨ましくなってくる。

「あーあ、こっちはこれから一仕事だって言うのにねー」

「当てられちゃいましたね」

「よし!今度なにか奢ってもらお♪」

一瞬、武君が気の毒そうな顔をしたようだったけど。

ま、気のせいでしょ!

歩道橋の下を通りぬける時、真上を見上げる。

もちろんなにも見えないけど、この上にあの二人がいると思うと

なんだかわくわくして来る。

「さぁ!張り切ってお仕事お仕事!!」

「…ほどほどにしてくださいね」

もう一度振り向いた時、二人の姿はすでになかったけど。

並んで歩く二人の姿が想像できて。

「なに笑ってんですか?」

「別っっにー♪」

 

なんとなく幸せな。

ある日の待ち合わせ。

 終    

おや?今回はほのぼの路線?

小さなすれ違いのあとの再会。

て感じでしょうか。う〜ん、乙女チック♪(殴)

…乙女チックかどうかは置いといて

大きなすれ違いは「秋スペ」でやちゃってますから

今回は小さなすれ違い。

当たり前である事がいかに大事かと言うことを

書いてみようかなぁ…と…と…

したんですけど…。

玉砕。