OPEN YOUR ・・・
第四章(1)
あれから二日後。捜査は今だ何の進展もないまま時間だけが過ぎて行った。
「あーっ!もうイライラするっ!!」
「落ち着きなさいよ」
動物園のゴリラじゃないんだから…。と、イライラと室内を歩き回る月山に聞こえない様に
こっそりと付け加えるが。
「誰がゴリラよ」
「聞こえたのー?」
「しっかり聞こえてるわよっ!」
相変わらずの地獄耳に感嘆しつつ、杉裕里子はこっそりと肩を竦めた。
「ねぇ!何か、こう決定的な証拠みたいなものはないの?!例えば時田しか持っていない毒物が
でたとか、変わった形の刺し傷とかあったとか!」
「無茶言わないでよ。そんな物無かったって言ったでしょ」
と、早口で捲くし立てる月山とは対照的に、コーヒー片手に検死ファイルを読んでいた黒川が
のんびりと言う。
「大体、そんなに証拠が欲しいなら、こんな所で油売ってないで、さっさと捜査に行きなさいよ」
遠慮の無い杉の言葉に、部屋に残っていた職員が一斉に頷く。
「森田君だって、早く捜査したいわよね?」
「そりゃ、もちろ…い、いえ!本官は月山警部の部下ですから!!」
黒川に話を振られ素直に頷きかけるが、月山の視線にあっさりと前言を撤回する。
「あ〜ら、躾られてるわねー」
「それを言うなら、仕込まれてるの間違いじゃないんですか?」
「あ!天野、その言い方やらしー!」
「え!だったら黒川さんのだって、妖しいじゃないですか!」
「…どっちもどっちよ」
女三人何の話をしているやら。
黒川・天野・杉の会話に一人涙する森田だった。
「…ねぇ。あんた達、まともに話するつもりあるの?」
「あ、ごめんごめん。でもねぇ…司法解剖の結果はこの前言った通りだし」
「睡眠薬の入手ルートからは何か判らなかったんですか?」
流石に月山を気の毒だと思ったのか、天野が助け舟を出そうとするが。
「薬はごく一般的な物で、そこら辺の薬局で売ってるってさ」
つまり薬のルートから犯人を特定するのは、かなり困難だということで。
「つまり、手掛かり無しの八方塞って訳ね」
「ほっといてよ」
再び遠慮の欠片も無い杉の言葉に不貞腐れ、手近な椅子にどかりと座りこむ。森田は
勿論その場に立ったまま。
「でも、本当にあの時田さんって人が犯人なんでしょうか?」
新しく淹れたコーヒーを月山と森田に差し出しながら、天野は首を傾げる。
事件現場で見た彼の姿。
放心し、虚ろな目で宙を見ていた時田。
あの時のあまりにも傷心した様子に、如何しても彼が犯人だとは思えないのだ。
「間違いないわよ!現状から言っても時田が…」
「犯人じゃない」
「そう犯人じゃない…って、え?」
突然割りこんできた第三者の声。見れば戸口に一人の男が立っていた。
男は続けて言う。
「時田は犯人じゃない」
「あんた誰よ…?」
男は剣呑な月山に怯む事無く彼女を見返すと、たった今まで険しかった表情を一瞬のうちに
笑顔に切り替え、自己紹介をはじめた。
「どうも、湾岸署の青島です」
アイロンの掛かっていないダウンボタンのシャツと、弛めたネクタイ。
纏まっているのかいないのか、微妙なラインの少し長めの前髪。
その下から覗いた無邪気ともいえる、笑顔。
突然の訪問者にあっけに取られ固まる一同の中、いち早く反応したのは二人の刑事だった。
「湾岸署の…?」
「あおしま…さん?」
と、同時に呟いたのは月山と森田の二人で。
「あ―――っ!!」
と、同時に指差して叫んだのも月山と森田の二人だった。
「なになに?知り合い?」
「別に知り合いじゃないけど、よく知っているっていうか…」
「都内の警察官で、あの人を知らないほうがもぐりです」
好奇心丸出しの黒川に、よく判らない返事を返す二人。
案の定、聞いた黒川の頭の上にはクエスチョンマークが浮んでいた。
昨年の誘拐事件の最中、室井と青島との間で交わされ、無線を通じ都内の全警察官の元へ
届けられた会話。
互いを信頼しあい、上からの理不尽な命令に屈する事無く信念を貫いた二人のことは
都内全警察官の間で、今や伝説となっている。
彼等の名前を知らない警察官は、事件以後入った新人か、耳の遠い年寄り幹部連中ぐらい
だった。
「詳しい事は後で話してあげるから」
相変わらず頭にクエスチョンマークを浮べたままの黒川を放っておいて、青島のほうに向き直る。
「…で、その湾岸署の青島巡査部長が、何の御用かしら?」
彼は月山の挑戦的な視線を真っ向から捕らえながらも、その表情を全く変えることはなかった。
そしてその人懐っこい笑顔のまま、傍らにいた天野に向き直る。
「済みません、こちらに田所部長がいらっしゃると聞いてきたのですが…」
半ば無視された格好となった月山が、何か言おうとして逆に森田に取り押さえられたのを
横目で見ながら、天野は目の前の青島という人物を観察した。
人好きのする優しげな笑顔と、印象的な鳶色の瞳。
およそ警察官とは思えない着崩したスタイル。
本当にこの人が、警視庁一の有名人なのだろうか?
「…あのー」
いつまでも答えない天野に焦れたのか、上目遣いで遠慮がちに見詰めてくる。
「あっ、済みません!田所ですね。ちょっとお待ち下さい!」
我に返り、慌てて田所を呼びに行く。
隣室までの短い距離を全力で走り、ノックするのももどかしくドアを開く。
田所は、室内に据えられたデスクの上で、分厚い専門書を片手に書類にペンを走らせて
いるところだった。
「どうしたー?」
ノックもなしに突然開いたドアに別段驚いたふうもなく、書類からは目をそらさず天野に
声をかける田所。
逆に動揺していたのは天野のほうで。
「あ、あの…!お客様です。え…っと、湾岸署の…青田じゃなくて、青野でもなくって…」
「…青島君?」
「あ、そうですっ!!その青島さんとかっていう人が…」
「おー、判った」
隣室にて仕事中だった田所は、それが中断されたにもかかわらずファイル一つを手に取り、
あっさりと席を立つ。
今日の来客予定の中には青島という名前はなかった。しかし今の田所の様子から、どうやら
二人の間ですでに何かの約束が取り交わされていたのだと察する。
警視庁一の有名人と田所という奇妙な組み合わせ。
何かが起こりそうな気がする。
そんな事を考えつつ、天野はドアの向こうに消えた田所を慌てて追った。
「おう、青島君いらっしゃい」
「あ、お邪魔してます」
「悪かったな。呼び出したりして」
「いえ、こちらこそ無理言って済みません」
「おや?時田君は?」
「…あ、今日は…ちょっと忙しくて」
今日、彼は所属しているレコード会社の人間と会っている。
今回の事件は、すでにマスコミの知るところとなってしまった。たとえ名が売れていないにせよ
芸能人として名を連ねた以上、彼等が放っておくわけはない。事実、一部芸能雑誌・新聞等で
事件内容を大きく湾曲した記事が紙面を飾っていた。
今日の呼び出しもおそらくその事に関することだろう。
今朝、契約解除は間違いないと、意外なほどすっきりとした笑顔で言っていた時田を思い出す。
「そっか。…じゃあ早速だけど、これが香山唯の死体検案書と解剖所見。担当したのはそこにいる
天野だから、何か解からないことがあったら直接天野に聞いてくれ」
差し出された一冊のファイル。この中に唯の死の全てが書いてある。
ファイルを受け取る手が震えた。
「ちょ、ちょっと田所!あんた何渡してんのよ!!」
森田の拘束を振り切った月山が、慌てて飛んでくる。
いくら刑事とはいえ、青島の所属する湾岸署は今回の事件では管轄外だ。そんな縄張りをやぶる
ような事をすれば管轄署の連中が何を言い出すか。ただでさえ非協力的な所轄との間に、
これ以上問題が起きれば、捜査どころではなくなってしまう。
「この件については、警視庁の室井警視正から彼に協力するように要請があった」
「えっ!?」
「協力の要請ですって!?」
室井の名に、月山の動きが止まる。
そして青島も。
「ああ。香山唯の事件に関しては、出きる限り青島君に協力してやってくれってな」
「…室井さん…が?」
この事件には一切関わらないといった室井が如何して?
訳も判らず田所の顔を見詰める。青島の視線に気付いた田所が優しく微笑み、青島にだけ
聞こえる様に小声で言う。
「理由は後で室井に聞くと良い」
もう一度手元のファイルに目を落とす。
「室井さん…」
小さく呟く青島の肩を、田所が優しく叩いて行った。
「まぁ、そう言うことだから、文句があるなら室井に直接言ってくれ」
青島の傍を離れ、今度は月山にも聞こえる様に大声で話す。
「…んなもの、言えるわけないじゃない」
不貞腐れた月山の声を笑って受け流しながら、田所は隣室へと戻っていった。
ファイルに書かれていた香山唯の死因は、先日田所が青島に語った事と同じものだった。
頚部圧迫による窒息死。胃の内部より多量の睡眠薬の検出。
書類と変わり果てた唯の写真を見比べながら、出来るだけ冷静に資料を頭の中に叩き込んで
行く。
と、その手が止まった。
「あの、ちょっとここ良いですか?」
「あ!はいはい」
田所が隣室に消えてから一言も喋らずファイルに没頭していた青島の質問に、天野は一気に
緊張する。
「ここなんです…け…ど」
駆け寄ってきた天野を見た青島の動きが止まる。
「何ですか?」
「やっぱり似てるよなぁ…」
「はい?」
間近に来た天野を見て改めて思う。
ここに来た時も思った事だが、髪型に違いはあるにせよ、すみれと天野は面白いほど
よく似ていた。
「あ、ごめん。知り合いにちょっと似てたもんだから」
「はぁ」
自分のよく知る人物に似た人が傍にいるだけで、無意識の内に感じていた緊張感が解れて
行くような気がする。
へたな口説き文句のような青島の台詞に困惑する天野をよそに、青島は完全にいつもの調子を
取り戻していった。
「…それでここなんだけど、遺体に全く抵抗の跡がなかってホント?」
「あ、はい。最初に見たときもそうでしたけど、手とか首の周りにも防御創は全く見られなくて」
「防御創?」
と、これは脇で聞いていた森田。
「身を守る為に無意識の内に付ける傷のことです」
絞殺の場合、巻かれた紐等を外そうとして首の周りに引掻き傷が出来る事がある。
「そーなんだ」
「…森田ぁ。あんた仮にも一課の刑事なんだから、それっくらいの事は覚えときなさいよ」
「…仮にもって事はないでしょ」
「何か言った?」
「いえ!何も!!」
月山と森田の妙な漫才をBGMに、更に質問は続いていく。
「でも、それって変じゃない?いくら薬で意識が朦朧としてたとしても、苦しければ何らかの抵抗を
する思うけど…」
「そんなことわかんないわよ。彼女が飲んだ睡眠薬はかなりの量だったていうし、首を締められた
時はもう殆ど抵抗する力も残されてなかったかもしれないわよ」
と天野の代わりに月山が答える。
「じゃあ、どうやってそんな量の睡眠薬を飲ませたんだろう?」
「そんなものビタミン剤だとかどうとか言えば、いくらでも飲ませられるわ」
「う〜ん。なんか無理矢理みたいな気もするけど…」
「なによ、なんか文句ある?」
「う〜ん…」
かなり強引な理論ではあると思うが、確かにそれも一理ある。
他に何か反論の材料が無いか、もう一度探してみるが…。
「よく判らないなぁ…」
強行犯係の刑事とはいえ、青島も天野たち監察医に比べたら、ずぶの素人同然である。
彼女等が気付かないことを青島が気付く訳もなく。
「お手上げかなぁ…」
珍しく弱音を吐いたその時だった。
「あの。ちょっと気になる事があるんですけど」
「え?」
控えめにそう発言したのは天野だった。
実は天野は遺体を見たときに感じた違和感が、如何しても気になって仕方がなかったのだった。
「気になる事って何?」
「はっきりと判らなくて…カンみたいなものなんですけど」
言い淀む天野に杉が呆れた様に注意する。
「あのね、天野。何度も言うようだけど、そんな何の根拠もない…」
「カンや思い込みで判断するなっていうんでしょ!」
「解かってるじゃない」
杉の言う事も解かっている。この仕事で思い込みで動くほど危険な事はない。それは経験上、
十分承知していることだ。しかし…。
「ねぇ、それなら私も同じようなこと感じたけど?」
「何よ、黒川。あんたまで」
新人同様の天野だけではなく、黒川までそんなことを言い出すとは。
「もう、知らないわ。勝手にしなさい」
すっかり呆れた杉は二人に背を向けてしまった。
「あのー、もし皆さんが良かったら、一つやってみたい事があるんですけど」
気まずくなって顔を見合わせる二人に、青島が意外な提案を申し出た。
「やってみたい事って?」
「最初に見たときに感じたものが何なのか、考えても解からないなら、再現しちゃうってのは
どうですか?」
「再現?」
「そ、現場の再現」
そう言いながら、にっこりと微笑んだその顔は悪戯を思いついた子供のそれと大差はなく。
青島以外の五人は、揃って顔を見合わせたのだった。
続く
第四章にて、ようやく「きらきら」メンバーと青島君の初顔合わせです。
…それにしても。
室井さんと田所部長。
すみれさんと天野。
同じ顔で2ペアー。
…想像しただけでややこしい。
もしここに司馬までいたら…(汗)