OPEN YOUR HEART
〜OPEN YOUR … 外伝・後編(上)〜
すっかり酔いつぶれてしまった青島を肩に担いで店を出る。
正体を無くし、力の入らなくなった体を引き摺りながら歩くのは、時田にかなりの苦痛を感じさせたが、肩に掛かる重みは、それと同時に過ぎ去った昔の懐かしい思い出をも蘇らせた。
昔、酔いつぶれた青島を、今はもういない香山唯と一緒に、二人で何度も家に送った事があった。
世界のすべてが自分を中心に回っていたあの頃。
世の中の柵なんか知らなくて、思ったことや願ったことすべてがいつか自分のものになると信じていたあの頃。
夢を、ただ純粋に信じていたあの頃。
いつも3人一緒だった。
3人いれば何でも出来ると思っていた。
そして何時までもずっと3人でいられると、そう思っていた…。
「………」
「ん…?」
眠り込んだ青島が何か喋ったような気がして足を止める。
「……さ…ん。俺たち………いっしょ…に」
再び聞こえてきた微かな声。
続けて聞こえた小さな鼾。
「やれやれ…」
どこか幸せそうな顔で眠りこけている青島に小さな溜息を一つ吐き、再び歩き出す。
あれからいくつもの時が過ぎ、周りの世界も自分たちも変わっていった。
新しく得たもの。
……失くしたもの。
やりたい事とやれる事の差を知り、夢と現実の違いを知って。
本音と建前の使い分けを知り、社会を渡る術を身につけて。
本音を作り物の笑顔で隠し、本当の笑顔を忘れ。
使える語彙を増やしながら、本音の言葉を失くした。
目まぐるしく移り変わる景色の中で、それを受け止めながら過ごして来た。
それが『大人』なる事なのだからと。
だが、それは本当に大事なものを失ってしまった時、初めて間違いであったことに気がついた。
どんなに時が移ろい流れても、絶対に変わってはいけないものがある。
決して忘れてはいけないことがある。
だから。
「…お前は、俺と同じ間違いなんかするんじゃないぞ」
そっと呟いたその声が、眠る青島の夢に届いたかどうか。
広い肩に身を預けながら引き摺られていく青島の体が、小さく動いた。
さて、時田が酔いつぶれた青島を担いで帰路についた丁度その頃。不夜の城…いや、不夜の要塞たる警視庁の一室で、室井が一本の電話を受けとった。
『もしもし、室井さん?夜分遅くごめんなさいね。私、恩田すみれです』
「…君か。どうしたんだ、こんな時間に?」
携帯の向こうから聞こえてくる、およそ上司に対しての電話とは思えない口調のすみれに苦笑しつつ、時計を見る。
時刻はもうすぐ日付けが変わる頃。連絡を取り合うには相応しい時間ではない。
『あのね突然で申し訳ないんだけど、青島君そこにいる?』
「……あお…しま?」
予告もなく耳に飛び込んできた名前。
青島がなんだというのか?
一瞬何を聞かれたのか理解できず、思考が止まる。
『実は前の事件の事で、大至急調べなきゃいけないことが出来ちゃったんだけど、今夜の当直の人間だけじゃ判んないのよ。青島君も関わった事件だし、彼なら何か判るんじゃないかと思って連絡しようとしたんだけど、携帯の電源切っちゃってるみたいでどうしても繋がらなくてね。家にもまだ帰ってないみたいだし、もしかしたら室井さんと一緒かなぁって…』
室井に口を挟む隙もあたえず、まるで立て板に水が流れる如く、澱みなく早口で一気に捲し立てるすみれ。室井もまた、そんなすみれに圧倒されていた。
『…室井さん?』
気圧され、黙ってしまった室井の耳に、少々苛ついた感のすみれの声が届く。
「あ、ああ、すまない。…急いでいるところ申し訳ないのだが、青島はここには居ない」
『え、なんで?』
「実は私も仕事で、まだ警視庁の中に居るんだ。だから青島とは…」
『えええっ!なんで!?』
会っていない、と続けようとした室井の言葉を、一際大きなすみれの声が遮る。
「何で…と言われても…それは…」
理由を答えようとする室井の言葉が途切れる。
今、室井が青島と共に居ない理由。
確かに今日は久しぶりに青島と会う約束をしていた。最後に会ってから数ヶ月ぶりの二人だけの逢瀬…のはずだった。だが、その約束を反故にしたのは、室井だった。
―― 気にしないで下さいって。忙しいのはお互い様でしょ?…だから
会えなくなったと告げた受話器の向こうから聞こえた小さな声。
――判ってます。無茶はしませんから。…室井さんも無理しないで下さいね。
少し沈んだ青島の声が蘇る。
『ねえ、本当に青島君と一緒じゃないの?』
「……ああ、急な仕事が入ってな。先程ようやく終わったんだが、今日は会えなくなってしまったんだ」
『……会えなくなった、ね。……ふ〜ん』
納得したような、していないような。何処かしら含みのあるようなすみれの返事。
それに対し、なんとなく引っかかるものを感じる室井。
「どうした?」
『いいえ、別に』
「…恩田君?」
不振に思い、問いただそうとした室井だったが、次に続いたすみれの言葉に、困惑気味だった思考は完全に停止してしまった。
『そっかぁ、室井さんと一緒じゃなかったんだ…。でも、変ねぇ。じゃあ青島君、今日は一体誰とデートなのかしらぁ?』
「……でーと、だと!?」
『そ、デート♪』
自分でも意識しないうちに口から毀れた単語を、先程よりも大きな声で、より明確な発音ですみれが繰り返す。
『終業間際だったかなぁ?青島君に電話が掛かってきてね。なんか凄く楽しそうに話してて、それから、それまで落ち込んでいたのが嘘みたいな程、すっごく楽しそ―で、うれしそ――で、蕩けるよ――――な笑顔で飛び出していったから、こりゃてっきり室井さんとデートだとばかりおもっていたんだけどぉ?』
楽しそうだの嬉しそうだの蕩けるだの、殊更強調しながら話すすみれの言葉が、思考の停止した室井の脳にゆっくりと毒のように染み込んでいく。
『青島君があんな顔するのって、室井さんに対してだけだと思っていたんだけど。…なんか違ったみたいねぇ?』
不自然なほど芝居がかった、わざとらしいすみれの口調。しかし余裕を失った今の室井は全く気がつかない。
『あ、そういえば室井さんとは、ずっと会っていないとか、まともに連絡も取ってないとか言ってたっけ』
「………」
『前は淋しそうだったけど、最近はそんなこともないみたいだし……』
すみれの毒が室井の思考を完全に絡め取る。
そして。
『あ!そっか。もしかして新しい恋人でも見つけたのかも!』
とどめの一撃だった。
携帯を握る手に力が入る。
一方的に切られる電話。
すみれの言葉をそれ以上聞きたくなかった。
握り込められた携帯が、どこか嫌な音を立てて軋んだ。
「あおしま……」
虚ろな声が名前を呼び、嫉妬という感情に揺れる瞳がここには居ない恋人を見詰めていた…。
耳に聞こえてくるのは、規則正しい非通話音。
前触れも無く、突然切られた電話に苦笑しつつ受話器を置く。
「…予定通りかな?」
少し離れたソファーで仮眠を取る同僚の鼾以外は何も聞こえない刑事課で独りごちる。
昼間、時田と立てた計画。
不器用で頑固な二人に、いかにして本音を喋らせるか。
理性などという鎧を剥ぎ取り、いかにお互いの本心をぶつけ合わせるか。
お互いに愛し合いながら、お互いに気を使いすぎて、雁字搦めになっている二人の心をいかにして解きほぐすか。
「あとは室井さんの行動なんだけど…」
その点についてはまず問題ないだろう。
先程の室井のとのやり取りの中で、受話器越しにもはっきりと感じた室井の動揺。
意外なほどあっさりとこちらの計画に乗せられ、徐々に焦っていく室井の心の様が、すみれには手に取るように判っていた。
「室井さんも、あれで結構わかりやすい性格してるのよね」
先程のやり取りを思い出し苦笑する。
室井はこちらの罠に術中八苦嵌った。間違いなく予想通りの行動をとるだろう。
あとは彼等自身次第だ。
「頑張ってよね、お二人さん」
天下のキャリアを手玉に取った策略家は、そう呟くと満足げに微笑んだ。
策略家が満足の笑みを浮かべていた頃、策略に嵌った室井は、一人粟立つ心と戦っていた。
どこかの誰かと楽しそうに話していたという青島。
すみれにデートだと思わせるほど幸せそうな様子だったという。
自分以外の誰かと。
自分の見知らぬ相手と…。
幸せそうに笑いあう青島の顔が浮かび、慌てて振り払う。
まさか。そんなはずは無いと。
だが。
―― あ!そっか。もしかして新しい恋人でも見つけたのかも!
否定すればするほど、先程のすみれの言葉が蘇ってくる。
「くそっ…!」
約10ヵ月程前のこと。紆余曲折を経てようやく手に入れた恋人。
誰よりも大切で、誰よりも近い場所に居ると思っていた。
「青島…」
デスクの上に投げ出したままの携帯を見詰める。
室井の中で、すみれの言葉を否定する心と、否定しきれない心がぶつかり合っていた。
「……」
無言のまま携帯に手を伸ばす。
微かな逡巡の後、押される番号。
長い呼び出し音の後、聞こえてきた声は。
『……はい?どなたですか?』
「……!!」
聞きなれないその声は、青島のものではなかった。
あれれ?またまた続いちゃった…。
すみませ〜〜ん;;またしても終わりませんでした;;
この後、ちょっとだけ長くなりそうなので、一度ここで切りますね。
続きは明日にでも…。
いやいや明後日にでも…。
いやいやいや明々後日でも…(殴)